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リリアナ・プロイスラー

「今日の集まりは、ネオ・アーデンに新規出店するジュエリーブランドのレセプションパーティーだ」

「ブラ…レセ……?」

「……テナント出店のみだったガジール国の老舗宝石店が旗艦店を出して……とにかく、有名な宝石屋が開いているパーティーだ」

「宝石……へぇ!」


 ゼインと合流した私は、ようやく今日の集まりについて聞く。

「宝石が好きなのか?」

「ううん、原石が好きなの。魔力とよく馴染むのよ」

「そうなのか?」

「そうよー。ギリアムに貸したネックレスはオニキスだし……あ、なるほど!ギリアムの新しい魔封石の材料探しが今日の仕事?」

 ゼインが顎に手を当てて何かを考えていたが、私と目が合うと首を横に振った。

「それは次の機会だ。今日は伝えた通り、ここにいるだけでいい」

「…はい?」

「笑う、会釈する、それだけだ」

 それだけ。


 釈然としなかったが、私は弟子の後をヒョコヒョコ着いて行ってはゼインと誰かの会話を右から左へ聞き流し、その場を立ち去る際にニコッと…したかどうかは微妙だが、ペコッはした。

 会場をよく見れば、壁側にはガラスケースが並べてあり、重そうな宝飾品が飾ってある。

「ゼイン、ニコッとペコッはちゃんとやるからあれ見て来ていい?」

「あ…ああ?」

 いまいち信用されて無いようだが、いかんせん退屈である。

「んじゃ後で!」

「待っ……」

 返事を最後まで聞かずに私は壁側へ逃げた。



 ガラスケースに飾られている宝飾品の中にどこかで見たような気がするネックレスを見つけた私は、それをマジマジと凝視していた。

「んー……誰かが持ってた気がするんだけど……」

 膨大な記憶を振り絞ってウンウン考えていると、背後からコソコソ話が聞こえてくる。

「…え、じゃあ彼女が本物ってことか?」

「そうなんじゃないか?さっき隣歩いてただろう」

「はあ〜……さすがだ」

 どうやら誰かの本物が出たらしい。

 いつの時代もドッペルゲンガー騒ぎはよくあることだ。


「……そちらのネックレスが気になっておいでかな?」

「え?」

 突然左隣に立った人物に声をかけられる。

 声の方へと顔を向ければ、恰幅のいい初老の男が私をジッと見ていた。

「…ええと……このネックレス…どこかで見た記憶があるような、無いような……」

 ハッ!しまった!何百年も昔のものだったらどうしよ。

「…さようか。それは有名なネックレスだからな…」

「有名……」


 初老の男は大きな溜息をつくと、こう言った。

「…呪われし王家の首飾り……」

「呪い?……ああ、思い出した。リンデルバルトの愛人ね」

 男が一瞬目を開いて、再び大きな溜息をつく。

「…ご存知だったか。よもや本当に呪いなどというものがこの世にあるとは思わなんだ」

 いやいや、あれは呪いじゃなくて、リンデルバルトっつーどっかの王様の数十人の愛人を王妃がアイデア満載に暗殺しまくったっていう面白エピソードなんだけど……。

 大ぶりな真っ赤なルビーとダイアモンドがあしらわれたネックレスを物憂げに見つめる男。

 身近に呪いがあるのなら聞いてみたいと、口を開きかけた時だった。


「ディアナ!」

 ゼインが慌てた様子で部屋を突っ切って来る。

「ゼイン?」

「どうした!何かあったのか!?」

「え?別に何も………」

 ゼインが私の肩を抱き寄せ、後ろ手に男から姿を隠す。

「私の連れが何かご迷惑をおかけしたでしょうか。……プロイスラー会長」

 プロイスラー?プロイスラー…プロイスラー……あ、マカールの工場の!

「…いや、そちらのお嬢さんと王家の首飾りを見ていただけだ。安心されよ、エヴァンズ殿」

 何となく、あまり仲が良くなさそうな雰囲気を醸し出す二人。

 周囲の人間もどこかしらザワザワと騒めき立っている。

 

 そんな空気を張り詰めたものへと一変させたのは、一人の女の登場だった。

「エヴァンズ様……こちらにいらっしゃったのね。…探しましたわ……」

 鈴を転がすような、だけどどこか心ここにあらずな声。

「リ…リリアナ!なぜここにおるのだ!」

 マカールの工場と何かがあった男が慌てている。

「…招待状を頂きましたの。…エヴァンズ様をお一人で参加させるなどできませんわ…」

「か、帰ろう、な?」

「…どうしてですの…?わたくし…エヴァンズ様と一緒に……」

 

 ゼインの背中からヒョイっと顔を出し、噛み合わない会話を繰り返す声の主を覗き見る。

 び、美人……!完璧美人がいる!どこかで何回か見たような気がする顔だが、美人は何度見てもいい。

 だけど今はそんな事言ってる場合じゃない。

「…ゼイン、ゼイン!」

 やたら高そうな弟子の服を引っ張る。

「わかってる」

「え、そうなの?」

 私を横目で見たゼインが再び前を向きながら、私の腕を掴む。

「……仕事の時間だ」

「へ?」

 仕事?これから?


「こんばんは、リリアナ嬢」

 こ、こんばんは!?あんた誰よっ!?と思わず叫びたくなるような柔らかい顔でゼインが微笑む。

 きっもー……などと言っている場合では無い。

 どう見ても美人のリリアナは魔に魅入られている。そして原因は……マジか。シエラのドレスじゃん。

 …な〜るほど?完璧に記憶が合致した。

 この美人のリリアナは、ゼインとニュースに出てた子だ。となると、美人の魔物化を止めるためにゼインはシェラザードまで足を運んだわけか。

 ……ふーん、青春か。生意気な。


「…エヴァンズ様……そちらの女性は……」

 リリアナが虚ろな瞳で私を見る。

「……大事な人ですよ」

 ゼインが柔らかい声で言う。

 大事…!?

 まぁそりゃそうね。

 私は大魔女だし、何てったって超偉い師匠ですから!!


「…大事……エヴァンズ様の…特別……黒い服…違う……?」

 空虚な瞳でブツブツと呟くリリアナ。

「…ドレス…… どちらで…お求めになられたの…?」

 リリアナの瞳に鈍い光が宿る。

「…ディアナ、アイツを紹介しろ。…ヒソ…欲しがっていただろう、アレを。…紫色の煩い魔女が」

 なるほど。アレクシアがゼインの手足になってる理由も判明した。

「あー…腕のいい仕立て屋がいるの。あなたに会いに行くよう伝えるわ」

 完璧に配置された顔がぼんやりと頷く。

「…リリアナ……帰ろう、な?」

 男がリリアナの背に手を回す。

「…エヴァンズ殿、迷惑をかけたな。…今夜は失礼する」

 え、帰んの?

 青春の続きは?


 ガヤガヤと騒がしい会場の中で二人の背中を見つめていると、隣でゼインが両手で顔を覆って大きく息を吐いた。

「助かった。よかった、一度で済んで……」

「どういうこと?」

「…歯が浮くかと思った」

「…どういうこと?」 

 ゼインが顔から手を離し、私をジッと見る。

「これで終わったという事だ」

 終わった…。え、終わった?

 眉根を寄せていると、ゼインが周囲に軽く手を振りながら口を開く。

「……お前、そういや返り血でも浴びて来たのか?」

「………どういうことよっ!?」


 

 とにかくヤレヤレな弟子ではあるが、自分で試行錯誤しながらドレス事件を解決したっぽいところは褒めてやろう。

 だが、これだけは言っておかねばならない。


「…あんたさぁ、人間と結婚する気無いんなら、あんまり若い子相手に無体なことするんじゃないわよ?」

「……は?」

「ドレスに精神を開け渡すほど(すが)るなんて……あの子魔女になりたかったのかもしれないわねぇ…」

 魔法使いに恋した人間の悲哀ってヤツよ。超泣かすわ。

 涙を拭う振りをしながらゼインを見れば、完全に据わった目をしてブツブツブツと呪詛を唱えている。

 

「あんたの呪いなんか効かないわよーだ。とにかく子どもじゃないんだし、遊ぶならキレイに遊ぶのよ!」

 半目の弟子に言い残し、クルッと踵を返す。

「私も夜遊びしてくるから」

「は?」

「朝には帰る。んじゃね!」

「は!?」

 

 あんたばっかり人生謳歌してんじゃないわよ。

 そんな気持ちを抱きつつ、私は残りの仕事をほったらかして夜の街へと繰り出した。


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