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特別夜勤

「…何で夜勤に着替えが必要なのよ」

「ディアナさま〜!!嬉しいですわっっ!!アレクシアコレクションNo.23〝初めての夜遊びレッドベルベッド〟が日の目を見ようとは……!!」

「いやだからね、何で化粧してドレス着る必要があんの?そんで何よ、夜遊びはレッドベルベッドって」


 アレクシアに会うのは城の移転が済んだあとではなかったか?

 そんな疑問が些細な事に思えるほど今日の仕事には違和感がある。

 サラスワの学校を修理して来いとか、オスロニアの豚を捕まえて来いとか言われる方がまだ納得できるほどに。


「ディアナ様?細かいことを気にしていては魔女として生きてはいけませんわ。このミッションをクリアしたあかつきには、週に一度…いえ、週に二度はドレスを着せても良いと虫ケラズに言われておりますの……!」

「あんたすっかり懐柔されてんじゃないの」

「懐柔?お互いの利害が一致しただけですわ。私は色とりどりにディアナ様を着飾ることができ、あやつらはディアナ様のための舞台をせかせかと準備する……完璧ですわ!」

「よく分からないけど、とりあえずこれ着て何とかっていうビルに行けばいいのね?」

「その通りですわ!ささ、髪を結いますね!」

 …やはりどうにも腑に落ちないが、今日からしばらくはアレクシアのおもちゃになることが決定しているらしい。


「まぁぁぁぁ!!う、美しいですわっっ!!首筋から伸びる鎖骨はまるで真珠のよう……」

「あーはいはい。髪と瞳は茶色でいいの?」

「ええと…青ムシからのオーダーでは…そうですわね。そこだけはしっかりと明記されておりますわ」

「…ほんとでしょうねぇ?」

「……私だって不服ですわ。庶民と同じ茶色の髪など目立たないではないですか。ああ、いえ、茶色を纏っていてもディアナ様の美しさは天下一ですわ!」

 ……そもそも目立ちたくないんだけど。

 てかアレクシアって昔から目が悪いのよね。特に美的感覚が変態。


 60階のいつものフロアは、さながら劇場の控え室のような有様だった。

 ゼインからの指示は一つだけ。指定場所に行ってニコニコすればいいらしい。

 ニコニコ……。

 鏡を覗き込んでニールを思い浮かべながら練習してみるが、どうにもあの戯曲の……誰が赤子の血を搾るんじゃ!!

 あ、やば。このドレス返り血の色じゃん。


「…はぁ。とりあえず行ってくるわ。何でまた車で移動なのよ。面倒くさ」

「いってらっしゃいませ!私は次のドレスの準備にかかりますわ!」

「………………。」

 絶対におかしい。

 わかってはいるが、理由を知らされない事にも意味があるのだろう。

 …どうせ覚えられないとか思われてるんだろうが。



 会社の入り口まで迎えに来ていた車に乗り込み、揺られること数分で今日の仕事場へと到着する。

「……これまた高い建物だこと」

 車を降りて建物を見上げれば、首が痛くなる上にキラキラで目も痛い。

「…はぁ〜……気が重いったらありゃしない」

 と口に出した直後、突然バシャバシャバシャッと大量の光が放たれる。

「!!」

 防御魔法…と頭を掠めるも、出やしない。爪先ほどの魔力も出やしない。

 ──アレクシアのドレス!!き〜っっ!!

 背中を追いかけて来る明滅から逃げるように、とりあえず私は建物の中へと駆け込んだ。


 

「な、なんだったのよ、さっきの!」

 ほとんど走った事など無い体を引きずり、ひいこら言いながらエレベーターとエスカレーターを乗り継ぎ指定場所へと来てみれば、そこには大量の人間がたむろしていた。

 そして彼らが私を見たかと思えば顔前に何かを掲げ、それと同時に再びバシャバシャと音が鳴り出す。

 ……ははあ、あれは写真機だったか。

 え、ちょっと待って。私今写真撮られてる……?

 だ、だめよ!可愛い後輩の写真は可愛い服の時に撮ってくれなきゃ!

 大事なのはそこでは無いのだが、とりあえず両手で顔を隠しながら部屋の前へと歩みを進める。


「あのう……ちょっと呼ばれて来ました」

 片手分だけ顔を出し、部屋の扉の前に立っている黒服蝶ネクタイ姿の男に申し出る。

「招待状はお持ちですか?」

 勇気を出して声をかけたというのに、向こうからの返事はにべもない。超笑顔ではあるが。

「…招待状……?無いわね。じゃあ帰るわ」

 ニコっとする。

 指定場所に来て、ニコっとしたら今日の仕事は終わりのはず。超楽勝じゃないか。着替えの時間の方が長かったっつーの!

 

 クルッと蝶ネクタイに背を向けて元来た道を辿ろうと一歩足を出した時だった。

「お、お待ち下さい!失礼ですが、ディアナ・アーデン様では……」

 ああん?……だったら何だっつーのよ。

「申し訳ございません!ささっ、こちらへ!」

 なぜか蝶ネクタイによって開かれる観音扉。

 そして開かれた先ではけっこう最悪な光景が待っていた。


 ……なんて数の人間だろう。

 高い天井の煌めく空間には、綺麗な服を着てグラスを片手に談笑するたくさんの人間がひしめき合っている。

 うげー……。どうすんのよ、あの巨大なシャンデリアが落ちて来たら。

 それなりの緊張感を持って足を一歩踏み出せば、なぜかまた中にいる人間がバババッとこっちを見る。

 な、何よ、喧嘩なら今日は買わないわよ。明日かあさってにしてちょうだい!それとも何よ、私の顔に何か付いて……あ!ニコニコよ、ニコニコ!

 口端を上げようとするが、引き攣ってヒクヒクするばかりで、まるで勇者に倒された誰かさんである。


 私の心の中などお構いなしに、背中側で扉が閉まった音がする。

 やれやれ仕方ない。

 アレクシアの言う通り、小さな事を気にしていては長い人生やってられない。

 視線を上げて前を向き、人間の波の中を歩く。

 魔封じというのは本当に厄介だが、こういう場では役に立つ。魔力を抑える努力がいらない。

 ……そう言えばあの双子は魔封じ結界を体に施されていても思念で会話ができた。双子だからという事を抜きにしても、おそらく相応に魔力が強い。

 どう育てるのがいいのかしらねぇ………。


 いつもの癖で仕事そっちのけで今後の双子に課す修行内容について考えていると、いつの間にか人間の波は左右に割れており、その波の間を悠々と歩いて来る人物がいる。

「迷わなかったか?」

 どこにいても偉そうなゼインである。

「…そう思うならせめて入り口まで迎えに来なさいよね!魔力無しでどんだけ大変だったと思ってんのよ!歩けど歩けどあんたの顔すら見えやしない!」

「そうか、それは悪かったな。……視力は年相応なのか?」

「…………………。」

 

 落ち着くのよ、ディアナ……。

 コイツは今や可愛い弟子可愛い弟子可愛い弟子……

「ボケたのか?行くぞ、仕事の時間だ」

 スッと掴まれる右腕。

「……可愛い弟子可愛い弟子可愛い弟子……」

「………大丈夫か?」

 大丈夫な訳ないでしょうが!!

 人間が……人間がめっちゃこっち見てんのよ!!

「あんたのせいでしょ!!」

「は?」


 最近バタバタしていてすっっかり忘れていたが、コイツは超有名人なんだった。

 ……今日の仕事は過去最高に面倒くさいに違いない。

 腕を引き摺られるようにしながら、私は部屋の中を練り歩くのだった。

 

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