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大規模魔法陣

ジリリリリリリリ………

 

 けたたましく鳴り響く火災報知器に合わせ、スプリンクラーから大量の水が降ってくる。

 目の前には氷の鎖で拘束されてはいるが、荒い息を吐き威嚇してくる魔物と、ショーンのパンチで伸びた男。

 魔物と化した女の体からは、急速に魔力が抜けていっている事がわかる。

 元々が普通の人間だ。

 魔力を収めておく器としては脆弱すぎたのだ。


「ゼ、ゼインさん、ごめんなさい!僕…人殴っちゃいました!」

 すっかりいつもの調子に戻ったショーンが顔を真っ青にしている。

「…いいんだ、いいんだショーン。お前がやらなきゃ私が潰していた」

 ショーンをぎゅっと抱き締める。

「…だが……二度と自分を盾になどしないでくれ。頼む…お前に何かあったら……」

 最後は言葉にならなかった。


「ゼイン、脱出の時間だ。どうする?彼ら……」

 彼ら……か。

 ニールの言葉に口の中に苦さが広がる。

「…連れて脱出だ。私は建物内に残った人間がいないか確認する」

「おっけ。…ショーン、大丈夫?」

「…大丈夫です」

「よしよし。君も立派な男だったんだなぁ」

「…そう言いつつ頭を撫でないでくださいよ……」

 二人が掛け合いしながら〝彼ら〟と転移するのを見届けたあと、まだ少し脈打つ心臓を落ち着かせ、感知魔法で建物内を辿る。

 …2階に3人…地下1階に4人…か。

「…どこの組織にも阿保がいるな」

 助ける義務は無いが、こちらの都合で死なせる権利も無いだろう。

 私は残存者の元に転移しては彼らを眠らせ、建物外へと転送して回った。



 ニールとショーンの魔力を追い、脱出した先は建物屋上。

 そこではショーンが大規模な魔法陣を描いていた。

「これはまた手が込んでるな」

「あ、ゼインさんお疲れ様でした。…色々考えたんですけど、火災で建物を壊したら消火の後に調査が入るでしょう?なるべく原因不明がいいかなって……」

 ショーンが描いた魔法陣をじっくり眺める。

「…やってみろ」

「はい!」

 ショーンが魔法陣に魔力を注入する。

 額に血管が浮いている。相当な魔力を使っているのは間違いない。

 理論が正しければ発動するのに魔力をそれほど必要としない魔法陣に、延々と注ぎ続けられる魔力。

 そして手の平から繰り出される、途切れることが無い魔力。



「ゼイン……気づいてる?」

「ああ。ショーンの魔力の回復スピードが桁違いに早くなっている」

 強さとはまた違う魔力の特性。

 発動した瞬間から元に戻ろうとする魔力。

 ディアナの魔力操作との親和性……。

「……扱いにくかっただろうな。私はショーンの事を何もわかっていなかった。……失格だ」

「失格って…それって親として?それとも師匠として?」

「………………。」

「ゼイン、比較対象が悪すぎるよ。僕らには圧倒的に経験値が足りないんだ。でも僕らだから教えてあげられた事もあるだろ?」

 

 ショーンが描いた魔法陣。

 時間を戻す魔法陣。

 効果範囲は建物躯体、戻す時間は20年。

 ディアナから清浄魔法の術式を習ったあと、ショーンが私に初めて自分から魔法を教わりに来た。

 安全に使える時間魔法の魔法陣の作り方を教えて欲しいと……。

 

「ほらほらウルウルしてる場合じゃないでしょ!」 

 ニールに引っ張られ、空から魔法陣が青白い光を放つのを見た。

 魔法を完成させたショーンが照れ臭そうに隣に浮かぶ。

「物質交換の魔法陣で、コンクリートの中の砂と砂糖を入れ替えたんです」

「…建物は築20年、建築中の状態まで時間を戻したのだな。そしてスプリンクラーの水……。二度と固まらないな、この施設は」

 ショーンが悪戯が成功したように口端を上げる。

「…ぶっ潰せ、でしょう?」

 

 溶けるようにゆっくりゆっくり崩れていく建物と、それに慌てふためきながら怒声をあげる軍人たち。

「…ショーン、よくやった」

 相変わらずくりくりした瞳の可愛い息子。

 頬擦りしたい気持ちを抑え、グッと拳を目の前に突き出す。

「はいっ!」

 嬉しそうに拳を重ねて来るショーン。

「さあ、仕上げるぞ」

 くるりとショーンに背を向けその場を飛び去る。

 ……球体に封印した、〝彼ら〟を引き連れて。





「…はっ!ここは……」

「お目覚めか……?結界の中の寝心地はいかがだっただろう」

「…だ、だれだ。ここは……どこだ!」

「聞かれた事に答えるのは……お前の仕事だ」


 指を鳴らし、球体の封印を解く。

 ザクッザクッと雪を踏みしめながら、雪原に転がした神経質そうな男の腫れ上がった顔間近まで歩みを進める。

 男の目が私の爪先を見る。そして目線だけが上へ上へと登ってくる。

「…金色の瞳……?まさか…本物……?」

「……本物、とは聞き捨てならんな。まるで偽物が存在するかのようだ」

 魔力で男を宙に吊り上げる。

「ぐっ…や…やめ……!」

「それは私が決める。お前たちが何をしたのか…この場所に何を放置したのか……見ろ」

 

 手の平を地面に向け、炎を出す。

 すると雪に覆われていた大地から地表が顔を出す。

「…ここから何が生まれているかお前に分かるか?見えるか?淀みきった空気、頭を狂わせる障気……感じるか?」

「なんの……はなし…」

「そうか。お前は自分が何を研究しているのかも分からない暗愚だったのだな。…白衣は遊びか?」

「!!」

 腫れ上がった顔の男の瞳に光が宿る。

「わ、たしは、純粋に医学を…追い求めた…だけだ!!」

 純粋…そう、人間は純粋だ。何も知らずに生きられる。

 見えず聞こえず感じない。だから手に入れようとする。自分たちで生み出そうとする。

 ……すぐそばにあるものさえも。


「純粋な好奇心の果てを見るがいい」

 男の瞳に魔力を与える。

「……ひ、ひ──っっ!!」

 男の目にもきっと映っていることだろう。

 障気を振り撒きながら、ヒタヒタと歩き回る肉体の崩壊しかかった不死者の姿が。

「…お前たちの実験の結果だ。さあ答えろ。目的は何だ」

「ひ、はあっはあっ……こ、子どもの頃…見たのだ!魔法を!!あの狂った獣を一瞬で焼き払った力を!!わた…わたしは!魔法使いを生み出して、シェラザードのために…!!」

 ……魔法使いを生み出す…か。

「…それができたならば、我々〝本物〟はお前たちにとって何になるのだろうな。ともに暮らせる家族?笑いあえる友人?身近にいる隣人……か?」


 足音が二つ近づいて来る。

「人間はさ、誰かが亡くなったら弔うじゃない。なんで彼らはそうしてもらえなかったの?」

 ニールが透きとおった瞳で男を見つめる。

「…僕はあなた方の好奇心を責める事はしません。けれど生み出そうとしたのは魔法使いじゃない。兵器だ。そこだけは間違えないで下さい」

 ショーンが動かなくなった魔物を抱えている。

「…ここにいる皆に敬意を払おう。魔物として処理はしない。ショーン、彼女をここに。ニール、この医者を頼む」

「「ラジャ!」」


 …ショーンにちゃんと見せる機会は無かったな。

 そんな事を頭の片隅に浮かべながら、雪原を覆うように魔力で大きな陣を描く。

 そしてその中心に元人間の女を据える。

「医者、お前もちゃんと見送れ。パートナーだろう」

「あ………う…」

 陣の外側に4人で立ち、それぞれが魔力を流していく。

 医者も見よう見真似で陣に触れる。

「…旅立つ魂よ…光の方へ進みたまえ……」

 ニールが(ことば)を唱え出す。

 淡い…淡い光が粒となって立ち昇る。

 たくさんの光が空へ舞っていく。


「……ゼインさん、これが葬送魔法陣なんですね」

 ショーンが空を見上げる。

「ああ。さすがニールだ。私なら失敗したかもしれない」

 

 心を込めて送れたかと聞かれたならば、是と答えられたかどうか自信が無かった。

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