双子の母
「双子の声はほとんど同じなんすよ。…いや、生物学的には同一人物っすね」
ギリアムが時折顔を左右に向けながら何かを探している。
「あんたまさか…ダニールの声聞いてるの?」
「シッ!……集中すれば半径5キロ圏内いけるっす」
マ……マジかい。地獄耳どころの話じゃない。
街に出た私たちは、ギリアムの後をゆっくり歩いていた。
転移せずに歩いてみれば、何と宿屋と屋敷は一区画も離れていない。
「…ディアナ様、鍵など探す必要がありますの?眠らせておけば良いではないですか。あの屋敷」
あのアレクシアが空気を読んでヒソヒソ声を出す。
「駄目よ。あの屋敷は眠りから覚めかかってる。正しく起こさないと魔力だまりができる。私は魔に染まったドレスは着ないわよ」
「……!!」
後ろをトボトボ着いてくるマカール親子。
ロマン・フラメシュから何代目の子孫なのだろう。いや、子孫はおそらくザハールの方。
そして…母親。
「見つけた…!東に3キロ、近くに蒸気を出す何か……!」
「えっ、あんたすごいわね」
「赤ムシ…おぬし何者だ」
私たちの会話を聞きつけ、親子が近寄って来る。
「東に3キロ…?はて、それって…」
「父さん、ダニール普通に家帰ってるんじゃないの?」
「ええっ!?もう何年も顔を見てないぞ!?」
「………………。」
何したんだ、マカール。何してそこまで息子に嫌われた。
「ま、とりあえず…行くわよ!」
バターン!!
乱暴に開け放たれる扉。
「邪魔するぞ、下々の者ども」
そして響き渡る偉そうな魔女の声。
目を見開くザハールそっくりの顔。
そして私たちの来訪を知っていたかのような顔の女。
ここは、マカールの自宅。
「…うぷっ…はあ、はあ、はあ…皆さん、急に転移するなんてあんまりです……!」
転移魔法で無理やり引っ張って来たマカールが愚痴を言う。
場所を知っているのがマカールだけなのだから仕方がない。
「黙れ、微生物。おぬしのとろとろとした動きに付き合っていられるほど暇では無い」
「…アレクシア、あんたがお黙り」
一歩部屋の中へと進み入る。
ベッドがポツンと置かれた、簡素な部屋に。
「マカール、私たちを紹介してちょうだい」
「は、はい!」
マカールがスススとベッドの側の二人に近づく。
「と、父さん!?どういう事だよ。出稼ぎ行ったんじゃないのかよ!」
「…ダニール、説明は後だ。この方たちは……」
マカールが私たちの方へ顔を向けた瞬間だった。
シュンッという一陣の風とともにギリアムが転移して来た。
「な、な、な、なに……!?」
ダニールの目玉が飛び出そうになっている。
そしてギリアムの左手には首根っこを掴まれた……
「あー!!ダニール!!」「ザ、ザハール!?どうやって…!!」「カリーナ!ダニール!この方達がザハールを助けてくれたんだ!」「あなたどういう事なの!?」「母さん久しぶり!!」「だから父さん何でここにいるんだよ!」
………うるさい。情報過多。双子が紛らわしい。
パチンと指を鳴らして全員を一列に並べる。
「…いいこと?呼ばれた順に一歩前に出て喋るのよ…?」
コクコクコクっと頷くグラーニン一家。
「ふふふ…分かればいいのよ、分かれば……ね」
ニコッと渾身の笑みを浮かべる。
「…姉さん、怖いっす」
「ディアナ様、さすがの威厳ですわ……!」
二人の賑やかしを片手であしらい、グラーニン一家をジッと見つめる。
「騒がせて悪かったわね。私はディアナ。ディアナ・アーデンよ。後ろの偉そうなのがアレクシアで、いい感じの筋肉がギリアム」
「偉そう……?私が?」「俺筋肉だったんすね」
私たちの緊張感の無いやり取りを固唾を飲んで見守る一家に向けて軽く指を振る。
するとダニールがスッと列から一歩分出てくる。
「う、わぁ!」
「ダニール、あんたとは二度目ましてね」
そう声をかければ、ダニールの目が見開かれる。
「ディ…ディアナってまさか、駐屯地でウロウロしてた…?髪の色が……」
「あら、火炙り系はお気に召さない?とにかくよろしくね」
また指を振りダニールを列に戻す。
「……カリーナ」
呼びかければ女が一歩前に出て、そしてその場で跪く。
「……お初にお目にかかります、古の魔女よ。カリーナ・グラーニンと申します」
跪いたまま深く頭を下げる私より遥かに若い魔女。
そしてそんな妻と母親の姿を見て動揺を隠せないグラーニン家の男たち。
「カリーナ、頭を上げてちょうだい。いいのよ、そんなことしなくて。……一人でよく頑張ったわね」
膝をついてカリーナの肩を抱けば、細い肩が震え、その喉から嗚咽が漏れ出す。
「…ごめんなさい、ごめんなさいあなた……。ごめんね、ダニール、ザハール……ううう…あぁぁ……!」
とうとう床に突っ伏して泣き出してしまったカリーナ。
「カ、カリーナ…?何を言ってるんだ…?」
「「…母さん?」」
戸惑いながら視線だけを寄越す3人を見上げる。
「マカール、ダニールにザハール。カリーナのこと愛してる?」
私が問えば、3人がすごい形相で憤る。
「当たり前だ!」「当然だろ!」「言われるまでもありません!」
「んじゃチャッチャとやってちょうだい。その辺にいるから」
「「……は?」」
仲良くハーモニーを奏でるグラーニン一家に背を向けて、ギリアムとアレクシアに目線で合図をする。
そして指を鳴らして一家の縛りを解きながら、家の一階へと移動した。
「……姉さん、どういうことっすか?」
部屋を出されたギリアムの顔に怪訝なものが浮かんでいる。
「…ギリアム、カリーナを見て何も思わなかった?」
ギリアムが視線を宙に浮かべる。
「…カリーナ……あー……ええと、魔女にしては…魔力が…少なすぎるな……と」
そう、おそらく彼女は姿を保つだけで精一杯の状態だ。
「…赤ムシ、そなたも魔法使いの端くれなら知っておくが良い」
アレクシアがゆっくりとギリアムに言葉を発する。
「…子を為した魔女は、魔力を大幅に失うのだ」
「…え?」
口を開けたまま固まるギリアムの肩を叩きながら言う。
「大袈裟よ、アレクシア。100ある魔力が60ぐらいになるだけよ」
「い、いや、大ごとじゃないっすか!何でそんなことに……」
「みんなそうよ?自分の命を分けて命を産むの。そこに魔法使いも人間も無い」
天井を見上げる。
消えてしまいそうなほど淡いミルク色の姿をした魔女を想う。
人間に囲まれたこの世界で、魔力を持って生まれた我が子を守るために母親として何をしたか……。
そしてロマン・フラメシュの鍵を次代に繋ぐために魔女として何をしたか……。
体を保つのが精一杯のあの孤独でか細い魔女を誰が責められるのか。
「…ギリアム、あんたの言う通り、あの屋敷にかけられたのは〝愛の封印〟だったわ」
宿のテラスで双子の母に抱いた憤りは、急速に萎んでいった。




