表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/230

ショーンの怒り

 ザハールを救出した部屋から奥は未踏の地。

 私は改めて二人に告げる。

「ここから先私たちが目にするものは、おそらくあまり気分のいいものでは無い」

 ニールが頷きながら言う。

「今まで見た部屋の中で、唯一足りない場所。…気持ち悪いものたくさんありそう……」

 ショーンもぐっと拳を握りしめながら言う。

「医務室……ですね」

 私は頷く。


 ディアナと最初に来た時に浮かんだ仮説。

 大量の人間に魔力を与えられる方法として食事の線が消えた以上、考えられる中で最も可能性が高いのは医療行為だった。

 まず軍人ならば誰しもが最初に受けるもの、それは身体検査。これほどまでに正確なデータを集める機会は無い。

 そしてザハールの話で仮説は確信に変わった。

 身体的弱点の補強の名目で、彼らが課されていたトレーニングとその後振る舞われる栄養補給剤。

〝自ら進んで取り入れる〟の条件を充たすためのピースが揃ったのだ。

 それが何からできているかは、おぞましくて想像することを脳が拒否する。


「…何を見ても、淡々と。それから作戦行動についてだが……」

「わかってる。その時はゼインが指示して!」

 二人の顔を見ながら頷いた。

「行くぞ」





「…ドクター・ウゴール、サンプルCの件ですが、おかしなデータが出ています」

「…何だと?」

「こちらをご覧下さい。生体反応は通常通りでしたが、細胞の培養結果が……」

「……分裂していない?どういう事だ…」


 忍び込んだ医務室で、白衣の男女が話をしている。…例の二人だ。

 鼻につく消毒薬の匂いに混じって漂って来るのは微かな血の匂い。

 想像したくも無かったが、我々が嗅ぎ慣れた魔物の血の匂いだ。

『…ゼイン、奥、奥!』

 ニールの目が早くも目的物を見つけたらしい。

 ショーンに合図を出すと、ニールがすり抜けた壁の先へと向かう。


 部屋に入って真っ先にしたことは鼻を覆うこと。

 そして、目の前の光景を目に焼き付けることだ。


「……空間隔絶!」


 防音や侵入阻害など生温いことは言っていられない。

「ニール、ショーン、構えろ。…壊すぞ!!」

「「ラジャ!!」」

 3人で三方向に展開し、ガラスケースを次々と壊す。

 薬品漬けにされた、数十体の猪型魔獣が収められたガラスケースを。


 ドチャ…グチャ…ベチャ……。

 不快な音を立ててケースから転がり出て来る魔獣たち。

 たくさんの管に繋がれ、おそらくは血を抜かれ続けているのだろう。生きているのか死んでいるのかも分からない、ピクリとも動かない魔獣。

 20年前の残りだろうか。それとも……


「ゼインさん……」

 ショーンが何かを言いかけて唇を噛む。

「…わかっている。だが野に放つことは出来ない。ショーン、一滴も残らず液体を集めろ。その後ケースに復元魔法。ニールは液体焼却後、部屋の浄化だ」

「「…ラジャ」」

 この場合、魔獣に罪は無いだろう。だが次の災禍を防ぐには消し去らねばならない。

 右手に魔力を集める。瞳に熱が篭る。

「──【白炎の瞬き】」

 字面から得られるイメージとは真逆で、対象物の骨まで一瞬で消し去る火属性の上級魔法。

 唱えた刹那、魔獣の体が眩しい光と熱に巻かれ……そして消えた。



「ゼイン、時間が無い。次行こう!」

「ああ」

 再び隔絶空間を元に戻すと同時に、部屋に駆けてくる足音が聞こえてきた。

『…ゼインさん、隣に抜けましょう』

 ショーンの思念で壁をすり抜ける。

 すり抜ける背後で悲鳴に近い叫び声を聞いた。

「な…なぜだ…!なぜだなぜだなぜだーーー!!!」

『…彼が主犯?』

『どうだろうか。あの女を見る限り……そうとも言い切れ無さそうだ』

 顎で指し示した先には、何かの紙を握りしめてワナワナと震える女。

「…死体?人形?…じゃあ生体反応は何…?誰よ、誰なのよ!!誰が私の邪魔をした!!」

 叫び声を上げる白衣の女。

『…ゼインさん、あの人、目の色が!!』

 ショーンの言う通り、白衣の女の目が血走っている。

『…最悪のパターンだな』

 どんどん青紫色に変わる女の皮膚。

『ゼイン、もう聖魔法じゃどうにもならない……』

 …よもや自分自身をも実験体として使っていたとは。


 人間の女だったはずの生き物は、もはや例えようの無い生物へと変貌していた。

 まとめていた髪を振り乱し、四つ脚で床を掻く。

 掻くなどという可愛い表現では足りない。鋭く伸びた爪で石床を抉っていく。

 口からは牙を生やし、全身が太くて硬い毛に覆われている。

 …魔物化。これほどまでに惨いことだとは……。


【グァァァァ!!!】

 魔物の咆哮に、白衣の男が飛んで来る。

「イ……イヴァンナ…?イヴァンナ!その姿は何だ!!薬の量か?それとも性差……」

 魔物の目がブツブツ呟く男を捉える。

『ニール!全員避難させろ!やれ!』

『わかった!』

 ニールが端末を操作し、建物内に仕掛けた煙玉を爆ぜさせる。


ジリリリリリリリ………!!!


 けたたましく鳴り始める火災報知器。

 白衣の男が音に気を取られ一瞬天井を見た瞬間だった。

「危ない!!」

 左隣から飛び出る銀色のローブ。

「ショーンッッ!!」

 叫んだ時には手遅れだった。

 魔物が振り上げた爪が男を庇ったショーンの背中を抉る。

「ショーーン!!」

 飛び出して魔物に雷撃を放つ。

 隣からはニールの氷の鎖が飛ぶ。


「あわわわ…な、なんだ、お前たちは…な…にもの……」

「黙れ!!」

 瞳に魔力を込めて睨みつければ男が固まる。

「ショーン!!ショーン……!!」

 体を抱えあげ声を掛ける。

「……大丈夫です、ゼインさん」

「…ショーン?」

 ゆらゆらとショーンが立ち上がる。

「僕…こんなに怒りが沸いたの初めてです……」

「お前、傷は……」

 あんなに深く背中を……

「僕が何着てるかご存知でしょう…?」

「あ…ローブ……」

「ゼインさん…お行儀悪いことしてごめんなさい」

 ショーンの拳に魔力が集まる。

 …魔力を……発動している……。


「ゼイン!ショーンがキレてる!!止めろ!!」

「…はっ!」

 私が正気に戻ったのは、ショーンが白衣の男に鮮やかな左ストレートを決めた時だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ