英才教育
「なーんか久しぶりだね。こうして外国でゼインと一緒に行動するの」
「そうだな。昔はよく暴れ回ったものだ」
「えっ!?ゼインさんとニールさんがですか!?」
「そうだよー。僕らにも若かりし頃があったのさ。相当無茶したよね」
「ええー!?いつでも冷静沈着なのに…!」
まるで観光のような雰囲気の二人を従え、私は再び軍の駐屯地に来ていた。
頭に施設の見取図が描けるから当然転移も可能だが、私はあえて二人にディアナと辿ったルートを通らせることにした。
私一人では見落としている場所があるかもしれないからだ。
ディアナと比べるのもどうかと思うが、軍の施設についてはこの二人の方が遥かに見識が高い。
ニールはそもそも傭兵として世界中の戦場を渡り歩いていたし、ショーンにはあらゆる人間社会の組織と建物構造と語学、機械工学に法律学……とにかく与えられるだけの知識を与えてある。
サラスワでの一件を通して、世界の勢力図上、明らかにガーディアンと対立する相手となった軍事大国シェラザードの情報は、あればあるほどいい。
この二人に今回の目的を二つ明かした上で、作戦の立案を任せると告げた。
一瞬目を丸くした二人だったが、そこはやはり手慣れたもの。私が端末で記録した映像から簡易的に建物図面を起こし、それぞれの魔力で結界が及ぶ範囲などを計算し、脱出ルートの確保、戦闘になった場合の動きなどを纏めてみせた。
「忘れてはならないのがディアナからの命令だ。〝ぶっ潰せ〟と言われている」
そう告げれば、ニールがショーンと肩を組みながら言う。
「オッケー!得意だもんね、ショーン!」
「…魔力が持つかどうかが問題です」
ショーンが施設を見据えて言う。
「…ショーン、ディアナのローブだ。着てみろ」
ディアナから借りっぱなしになっていたローブ。この場ではショーンが身に付けるのが適切だろう。
「…え、なんか魔力の巡りが……」
「魔法使いの戦闘服だ」
「えっ!?ローブってそういう意味があったんですか!?」
……違うが、似たようなものだと思う。
纏うだけで防御効果がある上に、通常より体内の魔力をはっきりと感じられる。
「えー、いいなぁ。僕もローブ欲しい」
子どもから玩具を取り上げるようなことを口にするニール。
「このローブはお前とは相性が悪い」
そう言えばニールが目をパチパチする。
「…端末を使わない時のお前の魔法の発動のタイミングは私とよく似ている。おそらくディアナのローブを纏うと指先の感覚が微妙にズレるはずだ。初見の場で微調整しながら魔法を使わせるのはリスクがある」
ニールが自分の手の平を見つめる。
「へぇ〜……タイミングか。じゃあショーンは?ショーンだって生まれた頃からゼインの魔法見てるじゃない」
そう、そこだ。
「……ショーンの魔力操作は、私よりディアナのやり方に近いのだ。呪文より先に効果をイメージした魔力を指先に集め……とにかく、ものすごく腹が立つ」
ショーンが手を開いたり閉じたりしながら呟く。
「ディアナさんと……?僕ゼインさんと同じようにしてるつもりでした。何が違うんだろう」
それは私が聞きたい。本気でディアナを問い詰めたい。
だが魔法を使う前に〝想像する〟ことを基本として学んだ結果なのだと思ってはいる。
ニールがショーンの背中をポンッと叩く。
「はは!いいね、ショーン。二人の良いとこ取りしてグングン育っちゃいなよ。それには実践あるのみ!行こう!」
ニールが楽しそうに言いながら姿を消す。
「実践……よし!」
ショーンが気合いを入れて後に続く。
……お手並拝見だな。
私も姿を消すと、二人の後に続いた。
──1時の方向、敵兵
先頭を行くニールがハンドサインを出す。
無尽蔵に魔力が湧き出るディアナと違い、ニールたちは魔力を節約できるところはしっかり締める。
思念も便利ではあるが、人間の知恵もはっきり言って侮れない。
前回よりも人数の多い施設内の人間をやり過ごしながら、ショーンは建物内部に何かしらの工作を施す。
…柱に魔法陣を描いているのか。
物質交換……ほう、なかなか面白い。
ニールは歩きながら時限式の煙玉を器用に建物内に隠している。
ディアナと見て回った最後の部屋、ザハールを見つけた部屋まで辿り着いた時に、ニールが防音結界を張った。
「ゼイン、この人形……浄化しとく?」
「いや、これの役目は今日で終わりだ。幻視に切り替える」
「おっけ」
ニールが気にしたのはザハールの魔力を込めた人形が放つ歪な波動。
見事に人型を保ち、ディアナがあの時命じた通りにひたすらは眠っているが、吸収した魔力がアレだ。
帯びる禍々しさはそのままだ。
「ゼインさん、人形持って帰りますか?」
ショーンが問う。
「…そうだな、どうやって元の姿に戻そうか……」
そう呟けば、ショーンがムムッという顔をする。
「もう!集めるばっかりでちゃんと自分で管理しないからですよ!」
なんとまあ、可愛くプリプリ怒っている。
「す、すまないショーン。覚えがあるのか?」
「これはクラーレットさんのオリジナルですけど、人形作りの基本は同じはずです。人型に変化する人形は中に魔力の依代が…」
そう言いながら躊躇なくあくまでザハールの姿の人形の背中に手を突っ込む。
「!!」
ショーンは可愛いが、絵面はグロい。
「あ、ありました。…小さな石ですね」
そう言ってショーンが手を抜き取った瞬間、ザハールがどんどん縮み、元の気持ち悪い人形へと戻った。
「…ショーン……末恐ろしい子………!!」
ニールがふざける。
「子どもじゃないですっ!ゼインさんがいつも言ってるでしょう?最小の労力で最大の効果を生み出すならば、結果が出る前に悩む事こそ時間の無駄だって。やってから…結果が出てから考えろ…ですよね?」
「「………………。」」
私とニールは微笑みながら思念の無駄遣いをしていた。
『…英才教育しすぎて情操教育足りてなくない?』
『書物に頼った教育の弊害だろうか……』
『いや……正直男手三つではあれが限界だったと思う』
『やはり仮にでも母親を用意すべきだっただろうか』
『………ゼインのお眼鏡にかなう女がいた?』
『全く』
『ま、大丈夫じゃない?今は適任者がいるじゃん。その道のプロが』
『プロ……』
頭の中に銀色の魔力を振り撒く魔女の姿が浮かんだが、あれに任せるとショーンが阿呆になる予感もまた同時に浮かんだ。




