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運命の弟子

 シエラの弟子、シエラが自分の最期を託した弟子。

 黒衣を引き継いだ挨拶に来た時、彼はいったいいくつだったのだろう。

 若くはなかった。おそらくはシエラと相当長い年月を共にしていた事は間違いない。

 ……500年前に生きていたのかどうかは記憶に無い。



 おおよその話がひと段落したあと、私はザハールの服を脱がせてもいいか父親に尋ねた。

 ゼインもニールもギリアムもギョッとした顔をしていたが、そこはゼインいわく天才のショーンが『あ、僕やります』とサクサク作業を行なった。

 あの子は出来る。

 

 想像通り…では無かったが、ザハールの体、正確に言えば首の左付け根、そして左脇の下、左膝の裏と左足の小指の裏に隠蔽魔法で隠された小さな魔法陣が刻まれていた。

 見慣れたどころではない、紋様は魔封じ。

 シェラザードの魔法使いの流派なのだろうか。

 私にとって人体に施すやり方は、他に取るべき手段が見つからない時の最終手段。

 ……肉体と精神に及ぼす影響が大き過ぎるから。




 マカールを囲んで根掘り葉掘り家族の情報を聞き出す4人の輪を抜け、私は一人外に出ていた。

 テラスというには少し粗末な場所。

 陽が落ち、寒風吹き荒ぶその場所で、人知れず抱えた動揺を悟られないようにしていた。

 

 ショックだった。

 知ってか知らずか、マカールとその妻は魔法使いの血を引く者同士だった。

 だけどお互いにその事を打ち明ける事もなく、ただの人間として暮らすことを選んだ。

 マカールは仕方がないのかもしれない。彼にはほとんど魔力が無い。

 だからあの歳まで自分が魔法使いだという自覚が持てなかったことには納得できる。

 ……問題は妻の方。

 子どもに魔法陣を刻める程の知識を持つのだから、自分が魔女である事は充分に分かっていたはずだ。

 だけどそれを隠した。子どもの魔力を封じてまで。

 ……魔女であることは、そんなに生きづらい事なのだろうか。隠し通さねば家族も作れないのだろうか。

 私たちは……私たち魔法使いは、このままひっそりと世界から消えていくのだろうか。



「……お前、寒くは無いのか?何千年も生きると寒さも感じなくなるのか?」

 しんみりしている所に、空気の読めない声が割り込んで来る。

「…馬鹿言ってんじゃないわよ。寒さを感じるなんて見習いどころか入門試験からやり直しよ」

「ふむ…。体内魔力操作の話だな」

 情緒欠落魔法バカめ。

「向こうはもういいの?」

 そう問えば、ゼインが生意気そうに応える。

「ああ。大体のことは繋がった。今回は私も軽く動揺を覚えた」

「……()ってどういう意味よ」

「は?だってそうだろう。私はあれほど探していた魔法使いが目の前に3人も現れたのに、誰の魔力も感じ取れなかった」

「…ああそっち」

「そっち?大事なことだ。魔力が感じ取れなければ見逃してしまう。人間に擬態して暮らすなどという肩身の狭い生き方させられるか」

 ………こいつは分かってんのかねぇ。


「…ゼイン、あんたの動揺と私の動揺はちょっと違うわ」

 そう言えば、ゼインが片眉を上げる。

「…魔女であることは、家族にさえ…夫にさえ隠さなきゃいけない事なのかって、もう魔女としては誰にも愛してもらえない時代なのかって…そう思ったのよ」

「愛?」

「そうよ。あんたも人間として暮らすの?子どもが魔力を持ってたらどうするの?」

 そう口にすれば、ゼインの眉間に皺が寄る。

「……何の話だ」

「だから、あんた結婚するんでしょ?相手は…あ、思い出した。そうそう、リリアナよ、リリアナ!何か喉の小骨が取れたわ。あの子人間でしょ……」

 そう言った瞬間、ゼインの瞳が金色に変わる。


「……それで?私のためにくだらない心配をしていたということか」

「くだらないって、大事なことでしょうよ。人間として暮らすんなら、魔力がある子が産まれたら私が弟子にもらうから……」

「ほう…?私を飛び越えて私の子を弟子に……?お前は…どこまで馬鹿なんだ!!」

「はあ!?弟子の幸せを願うのは師匠として当然でしょ!!あんたほどの魔法使いが姿を隠して生きるなんて悲しいじゃない!」

「私は魔法使いである事に誇りを持っている!人に紛れて暮らしても、私は魔法使いだ。それを隠さねばならない相手など選ぶわけがないだろう!!」


 な、何よ、なんなのよ?

 私何か間違った?

「……ディアナ、私はお前の側を離れるつもりはないからな。お前が勝手に離れて行こうとするなら全力で追いかける。そして約束した通り私がお前を送る」

 送る約束……?

「え?あんた私を送ってくれんの?」

「死に場所を用意すると言ったはずだ。それともお前は500歳そこそこの私より遅く死ぬ気なのか」

「う、ううん。できればなるべく早く…」

「それは駄目だ。死ぬのは私に魔法使いの叡智を全て伝え終わった後だ」

 叡智を…伝え終わる……?

「ゼイン!!」

 ガバッとゼインの体を抱きしめる。

「はっ!?な、何をする!離せ!!」

「ありがとう!ありがとうゼイン!!」

「はっ!?」


 シエラ、あんたもこうやって運命の弟子候補を見つけたの?

 私たち魔女が生きた証を次代に伝えてくれる運命の弟子を、自らそう名乗り出てくれる弟子を……。


「ゼイン、あんたとりあえずまだ結婚しないってことでオッケー!?」

「とりあえずも何も最初からその予定は無い!…ぐえっ!は…はな…せ……!」

「大事にする!あんたのこと大事にするわ!」

 生意気な弟子から突然可愛い弟子に昇格したゼインの胸にひとしきり頬ずりすると、バッと顔を見上げる。

「あんた、少々危ない目にあっても大丈夫よね!?大丈夫って言いなさい!」

「はあっ!?とりあえず…離れろ!」

 ゼインの体に回した手をパッと離し、首根っこを掴んで口付ける。

 ぎょっとして目を見開くゼインを無視し、とにかく魔力を分け与える。

 唇を離すと、弟子の耳元で囁く。

「…ゼイン、あの施設、ぶっ潰して来なさい」

「……ああ……施設……」


 放心状態のゼインがフルフルと首を振って意識を覚醒させる。

「…お前は……いきなり……!!」

「何よ、時計くれないそっちが悪いんでしょ」

「わ…若返ったらどうするのだ!ようやく生きていくのに便利な外見をだな、その…」

 まごまごしているゼインのオデコを指先でピンッと弾く。

「ば〜か。あんたもう少し魔力ってもんを学びなさいよね!理屈もわからずに『魔女の接吻(キス)』を時計で再現するんじゃないの!トリオと仲良く超便利に使ってんじゃないわよ!」

「お前が見て盗めと言ったんだろうが!」

「そこだけ素直か!」


 ゼインが恨めしげに私を見たあと、なぜか偉そうに言う。

「理屈は後回しだ。とりあえずもう少し寄越せ。3人に分けるには足らない」

「わたしゃ栄養袋かい。まあ…お好きなだけどうぞ」

 ゼインの指が私の顎にかかる。

 唇が重なると同時に、ゼインの金色の瞳が私の魔力を得てどんどん濃くなっていく。

 そしてどんどん薄まる私の魔力。

 え……は?

 ちょっとちょっと、あんたそれ以上やったらザハールどころの話じゃなくなるって……!


「ふむ。やはり老婆にならないな……」

 唇を離したゼインが呟く。

「は、はあ〜!?あんたこの非常時に体張って実験してんじゃないわよ!」

「ニールがいるから平気だろう」

「ば、ばかたれっっ!!そのニールに分けるために魔力渡してんでしょうが!!」

「……そう言えばそうだな」


 だ、だめだ…!

 コイツに叡智を託したら何かだめな気がする……!

 よ、よし。

 あくまでも運命の弟子候補(仮)に留めておこう。


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