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魔法使いの子孫

 ディアナの話を聞いていて、なるほどと納得する部分と、腑に落ちない部分があった。

 あれだけ大勢の軍人が同じように魔に侵されながら、ザハールだけが魔物化してしまった理由。

 考えてみれば話は単純だ。

 彼はそもそも自身の魔力を体内に宿していたという事だ。

 そこに何らかの方法で魔力が加わり続ければ魔力過多を起こす。

 だがしかし、彼はどう見ても人間としての成人を迎えるぐらいの年齢だろう。

 この年まで魔力を顕現させずにいられるものだろうか……。



「……ディアナさんとおっしゃいましたか?」

 沈黙を保っていたマカールがゆっくりとその重たい口を開く。

「ああ、悪かったわね、ちゃんと名乗りもせずに。ディアナ・アーデンよ」

 人間とちゃんと会話するなど、ディアナが成長している。……なわけが無い。

 この魔女は敬語がダメなんだろう。それはそうだ。

 遥か遠い昔からそこに()り、敬われるだけの存在だったのだろうから。

 ……ついでに言えば、マカールが完全な人間かどうかも微妙だ。


「ディアナさんは……春を告げる魔女と話をしたことがある…と」

「そうね。シエラが…何というか、死ぬ前に私の所にやって来たの。お互いに存在は知っていた。だけど話したのはその時だけ」

「……つまり、もう何百年も生きて………」

 いや何千年だぞ、マカール。

 などという無粋な突っ込みは置いておき、魔女というのはお互いに交流があったわけでは無いのだろうか。

 アレクシア・クラーレットは昔馴染みだと言っていた。クラーレットとシエラ・ザードの違いは何なのだろう。


「ディアナさん、それから皆さん。我が家……グラーニン家に伝わる伝承を聞いて頂いてもよろしいでしょうか」

 何かを覚悟したような顔で言葉を発するマカール。

 私はその意を汲むと、部屋の暖炉の側に魔法でテーブルと椅子を出す。

「…座るといい。ニールにも何か食べさせたい」

 突然現れたテーブルセットにマカールが目を白黒させたが、頭をブンブン振った後に頷いた。

「ニール動ける?」

 ディアナがニールに話しかける。

「ん、大丈夫。…あれ?何か頭の中がスッキリして来た…」

 その言葉にギリアムとショーンも同意を示す。

 ということは……そろそろ煩いのが帰って来るか。



「……私の家には古い伝承があるのです。いつから伝わるのか定かではありませんが、私は母から、母は祖父から、屋敷と一緒に受け継いで来ました」

 暖炉の前で、ディアナの出したやたら甘い謎の飲み物が入ったカップを握りしめながらマカールが静かに語り出す。


『凍てつく大地を統べる者、その叡智を分かつ者、その絆はとこしえに。枯れぬ花を捧げよう。シエラの大地に』


 きっと何度も何度も母親から聞かされて来たのだろう。

 マカールは淀みなく、自身が受け継いだという伝承を誦じてみせた。

「…お恥ずかしい話、今日の今日までこの言葉を意識した事などなかったのです。ギリアムさんが屋敷の隠し部屋を見つけられた時、急に母親の顔が浮かんで来まして……」

 ギリアムが口を開く。

「あー…ゼインさん、よかったらマカールさんが屋敷を売りに出さなきゃならなかった理由を聞いてやってもらえないすか?あの屋敷には膨大な書物が残されてます。本屋が開けそうなほど。…コソ…クラーレット所長の手に渡る前に何とかした方がいいと思うっす」

 な…んだと?膨大な……書物?

「マカール!」

「は、はいぃ!!」

「…貴様……魔法使いの残した書物を売りに出すとはどういう了見だ!!どれほどの価値があると思っている!!」

「ひいぃぃ!」

「…ゼインさん、そうじゃないっす……」

 ……しまった。

 どうにも書物の事になると我を忘れてしまう。


「……ゼイン、あのさ、私人の顔とかあんまり見分けつかないんだけど、マカールの瞳の色…最近似たようなのいなかった?」

 ディアナの言葉に改めてマカールの顔を見る。

 薄い色味の金髪に、ヘーゼル色の瞳……

「…ダニール?」

 私が呟くとマカールは今度こそ腰を抜かさんばかりに驚き、椅子から転げ落ちそうになった。

「ダ、ダ、ダ…ダニール!!ダニールに会ったのですか!?」

「どうした。半日前にこの宿で会ったが」

「ここで!?ダニールに!?…まさか…信じられん。ダニールはザハールの双子の兄ですよ!!私のもう一人の息子です!」

「ふーん。ああ、だから私覚えてたんだ。あの子もただの人間じゃなかったってことか」

 ディアナが雑な感想を言う。

「ふーん…て!ダニールとは……その、随分前に仲違いしまして…。そうか、この街にいるのか……」

 なるほど、彼らは双子の兄弟だったのか。

 ダニールもこの男の息子だということは、屋敷を売り出した理由は想像できる。


「マカール、ダニールは母親の体調が悪いというような話をしていた。必要なのは医療費か?」

 マカールがハッとした顔をした後、息を一つ吐いて言葉を発する。

「…ダニールは妻とは連絡を取っているのですね…。もう何も隠す事などありません。…医療費…とは少し違うのです」

 マカールが語った言葉は、我々魔法使いにとっては当たり前の、そして人間にとっては理解不可能な…本能の話だった。


「…この国では度重なる戦争のせいで凄まじく物価が高騰しているのです。一年のほとんどを雪と氷に覆われたシェラザードですが、不思議と民が飢えることのない程度には魚や穀物が採れていた。…ですがそれも軍に優先的に回るようになり、庶民には手が届かないものになってしまいました」

「あ、僕資料を読みました。確か3年ほど前にインフレが原因で国内で暴動が起きたと。プロイスラーグループがシェラザードに進出したのはその頃だったと思います」

 ショーン…お前はやはり天才だ。幼児の頃からその片鱗は見えていたが、間違いない。天才だ。

 当然のことを思っただけなのに、ディアナから『親バカ』という思念が飛んでくる。

 どこがだ。


「…プロイスラー………。そうです、プロイスラーです。彼らの供給する工業食物のおかげでシェラザードの民は飢えを免れた。…ですが、妻は全く彼らの食べ物を受け付けなかったのです。…私が持つあらゆるツテを辿り、この3年何とか自然栽培の食べ物を買い漁って来た。ですがすぐに金銭的に立ち行かなくなり、母の屋敷を………」


 ディアナがベッドで眠るザハールをジッと見つめる。

 その無表情な横顔に、僅かだが戸惑いに似た感情が浮かんでいる。

 …そうだな、そうとしか考えられない。

 マカールの妻は……魔女なのだろう。

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