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仕事は楽勝……?

 皆が忙しなく働くビルの中で惰眠を貪るのは最高である。

 たまに感じる視線、ゾクゾクする背徳感、たまらん。

 

 私は60階オフィスの空中にハンモックを出してほとんど寝て過ごしている。

 はっきり言って仕事は楽勝だった。

 片付け?掃除?資料整理?

 この世にこれほど魔女と相性のいい仕事があるだろうか。

 …指先一つである。もう一度言おう。指先一つである。

 実労働時間は3分。

 たまに60階に戻って来るトリオの世話もしはするが、彼らはとにかく忙しい。

 ほとんどオフィスにはいない。

 社長のゼインはというと、見ていない。

 多分消えた。


「……消えてない」

 空中に浮かべた『サラリーマンポエム』とやらを読みながら、年下の部下に顎で使われる悲哀を学んでいる真面目な私の耳に冷たい声が響く。

「あれ、来てたの?てか今思念……」

 ハンモックから頭半分を出し、相変わらず真っ黒な男をギロッと見下ろす。

「読んでない。新しい魔法を見つけたから使っただけだ」

「新しい……?」

 ゼインはときーどき60階に来る以外は会議、出張、会議、出張、まるで重役である。

「社長だ。馬鹿者」

「あー!!やっぱり読んでるでしょ!!」

「読んで無い。考えたことが文字化する魔法を見つけた」


 ……何コイツ、魔法マニアかなんか?

 忙しいんじゃないの?

 そんな暇あるなら仕事しろ。

「考えが文字化する…ねぇ。は?今私の頭の上に文字が浮かんでるって事!?」

「ああ。ちなみに魔法マニアではない。コレクターと言ってもらおう。そしてお前こそ働け」

 ……無、無よ、ディアナ。

 文字化だあ!?なんて面倒くさい!!


「…だがこの魔法の体系がわからない。裁判記録にたびたび出て来る」

「はあ〜?」

 この男がよく分からないのは、こうやって時々やって来てはどこから引っ張り出すのか、ふっるーい魔法書を持って来ては私にあれやこれや聞くところだ。

 馬鹿扱いしてるくせに。


 だけど一応ハンモックから半身だけ乗り出して、ゼインが指し示す古書を読む。

「…どれどれ、ああこれ専門職しか使わない魔法だわ。ええと…うーむ…私あんまりこっち方面に関わり無かったのよねぇ……」

「どんな専門職だ」

「国際魔法裁判所裁判記録…どこから引っ張って来んのよ、こんなもの。ええと…偽証…ていうの?裁判で嘘つくヤツ。あれを防ぐって書いてある。魔法の修得には厳しい訓練と厳格な遵法精神が必要…ってあんた……本読んだだけで魔法修得したわけ?」

 ゼインが頷く。

「呪文は全て書物から学んだ。魔法陣も描き方以外は書物で…」

 書物で……

「嘘でしょ!?基礎魔法も!?普通見て覚えるでしょうが!!」

「色々事情がある」

 は〜……。

 何なのコイツ、天才なの?それとも究極の努力家?魔法使いに遵法精神?初めましての四文字熟語だっつの。

 しっかしねぇ……書物から………。


「あんたさー、ちょっと間違ってんのよね」

 ゼインの耳がピクッと動く。

「なんて言うかカッチカチなのよ。修行つけてあげようか?魔法使いは師匠から魔法を盗んでこそ一人前!残り3人は魔力を限界まで引き出すところから始めるとして……」

 …言いかけたところで口を両手で覆う。

 しまった。自ら仕事を増やすような真似をしでかすところだった。

 

 チラッとヤツの顔を見ると、目を見開いている。

「…何よ」

「………修行」

「……ちょっと言ってみただけよ。あんたにはタカタカポンポンが……」

 再びチラッとヤツの顔を見ると、顔が少年のように輝いている。

 いや、少年になっている。

「……まぁあんたならチョロチョロっと修行すれば呪文無しでも魔法使えるようになるとは思うけど……」

「本当か!?どのぐらい修行が必要だ!100年!?200年!?」

 正直びっくりである。

 驚くほどに食いついた。


「いや、だから言ってみただけだって。あんた十分に凄い魔法使いだし、忙しいでしょ?修行なんて…」

「やる。絶対にやる。私には圧倒的に足りないものがある」

「あー…いや、仕事どうすんのよ」

 ゼインが冷たい瞳でジーッと私を見る。

 そして突然私の指先を掴むと自分の額に押し当てた。

「何の真似よ」

『完璧なプランが浮かんだ』

「は……って何で私の頭にあんたの思念が入ってくるのよ!!はーー!?」

『読むことができるのだから、読ませることもできる。当たり前の話だ』

 コイツ…常軌を逸している。

 どこに遵法精神が……

「…というか、せめて口を開いてもの言わんか!!」


 ゼインが指先を顎に当てて、何かを思い出す素振りをする。

「……年長者を敬うというアレか」

「当たり前でしょ!?このガキんちょ!」

 空中の『サラリーマンポエム』をゼインのおでこ目掛けてペシッと飛ばす。

「ふむ……」

 ふむ…じゃないっつーの!

「ディアナ」

「な、何よ。かしこまって」

 かしこまってる割に偉そうなゼインから少し距離を取る。

「側で魔法を見せて欲しい」

「はぁ?」

「お前より大分年下の若輩者からの頼みだ」

 ………嫌な予感がする。こんなに上から目線の頼みは〝頼み〟では無く……

「だから……働け」

「!!」

「追って連絡する」

 はあ〜〜〜!!?

 マイペースか!?マイペースなのか!?



 その日以降、60階に与えられた私のデスクには毎朝山のように書類が届くこととなる。

 どれもこれも相当に面倒くさい内容のつまらない書類ばかりが。

 いちいち紙に印刷されているのだから、犯人はヤツに決まっている。

 そして日が経つにつれ、ヤツは社内にいる時はほとんど60階で過ごすようになる。

 それと同時に私の快適な惰眠タイムはその幕を下ろしたのだった……


「…ってちょっと待て〜い!」

 自席でポンポンタカタカやっている生意気な黒男の頭上で空中仁王立ちをする。

「何だ、騒々しい」

「あんた…私言ったわよねぇ?つまんない仕事させたら辞めるって」

「ああ。でもこれらは魔法の実演を見るために仕方なく用意している」

「…は?」

 どの口が何言ってんの?顔も上げずに生意気で意味不明なんだけど。

「私はじっと見ている。どうやって書類を捌くのか、掃除をするのか、茶を出すのか」

「………は?」

 ゼインの顔がようやく上を向く。

「見て盗むつもりだ」

「…………はあ〜〜〜っっっ!?」

「早く他の魔法も見せろ」

「………このボケぇ!!」


 とりあえず私はお望み通りヤツの頭に特大雷を落として見せた。

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