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女坂

 ~田辺視点~

 「17秒64」

これは50メートル走の松本さんのタイムだ。

 松本さんに身体能力を感じたのは気のせいだったのか。

 しかし運動音痴特有の"少し動いただけで息を切らす"ような事は全くない。

 むしろ松本さんは汗一つかかずケロッとしている。


 「もう少し、腕を振って走って見よう?」

 「腕・・・ですか?

 やってみます」

 「同い年なんだから敬語はやめよう?」

 「はい・・・じゃなくて、うん、わかった」


 「12秒06・・・もう少し腿をあげて走ってみて」

 「腿ね。

 うん、わかった」

 「6秒21・・・」

 既に私を上回ったタイムを出すようになっている。

 気のせいじゃない。

 この娘はズバ抜けた身体能力がありながら、それの使い方を知らないんだ!


 「今から私と同じように身体を動かしてみて」

 「うん、わかった」

 私は肩幅に足を広げる。

 そのまま、身体を海老反りさせていって、そのまま腕を伸ばして地面に手を付いてブリッジした。

 元の姿勢に戻ると私は松本さんに「やってみて」と声をかけた。

 「やった事ない。出来るかな?」と松本さんは自信なさそうた。

 肩幅に足を広げ、身体をしならせ・・・難なくブリッジした。

 「じゃあ、元の姿勢に戻って」と私。

 私は腕をバネのようにして勢いをつけて立ち上がった。

 しかし松本さんは私と違う立ち上がり方をした。松本さんがバネのように使ったのは"肘"ではなく"膝"だった。

 松本さんは地面を蹴り、バク転して立ち上がったのだ。

 (全く手垢が付いていないダイヤの原石だ!)

 松本さんは私が子供の頃、練習して出来るようになったバク転を"なんとなく"出来てしまう身体能力の持ち主なのだ。

 "知らない"だけであらゆる運動センスがあるんだ!

 松本さんはチアリーディング界の新星だ!

 「松本さん!

 もう一度、私と同じようにダンスしてみて!」

 「わ、わかった!」

  ・

  ・

  ・

  ・

 何べんやっても松本さんは『井森ダンス』を踊った。

 松本さんには確かにズバ抜けた運動センスがある。

 しかし、ダンスセンスだけは壊滅的にないらしい。

 惜しい、松本さんにはあらゆる競技で天下を取るだけの実力が秘められている。

 だがチアリーディングだけはポンコツも良いところなのだ。

ーーーーーーーーーーーーー

 ~李桃視点~

 「ねぇ松本さん、どうしてもチアリーディングやりたいの?

 私は他の競技の方が良いと思うんだけど・・・他にやりたい部活はないの?」

 「新体操とかバトントワリングとか・・・」

 「ダ、ダンスしない競技で!」

 何故田辺さんは私にダンスさせたくないんだろう?

 さてはさっき披露した私のダンスの才能に嫉妬しているんだな?

 でも、それらは林檎オススメの"乙女パワー"が貯まりやすい部活だし、その中でも田辺さんがいるチアリーディング部は女の子だらけの空間がちょっと苦手な私には有り難い空間だ。

 「やっぱりチアリーディング部のユニフォームに対する憧れは捨てきれないよ。

 ごめんなさい、私はやっぱりこの部活が良い。

 田辺さんには色々覚えるまで迷惑かけるとは思うけど」と私。

 「そっか。

 でも覚えておいて。

 "やりたい事がやれる事"じゃないのよ?

 "やりたくない事"でも"出来ない事"でも"やらなきゃいけない事"っていうのはあるのよ?」と田辺さん。

 「それは痛い程身にしみてます・・・」

やりたくなくてもやらなきゃいけない事『魔法少女活動』『乙女パワー集め』『女の子らしくする事』『部活』などなど・・・。

 逆にやらなきゃいけない事で『やりたい事』を見つける方が難しい。

 「?」

 田辺さんは私が何を言っているかわからないようだ。


 その後、私は他の一年生達と混じってポンポンを持って応援の練習をした。

 田辺さんはチアリーディングの推薦で入学しただけあって他の一年生の指導役だ。

 私は他の人を真似て音楽に合わせて踊った。

 かなり上手に踊れたと思う。

ーーーーーーーーーーーーーー

 ~田辺視点~

 最近、他のチアリーディングを始めたばっかりの一年生も形になってきている。

 この分なら後半月で私の指導は必要なくなる。

 みんなが形になってきたからこそ、松本さん一人が『炭鉱節』を踊っているのが気になる。

 いや、アレを『炭鉱節』と呼ぶのは『炭鉱節』に失礼だ。

 例えるなら『死霊の盆踊り』に一番近いだろう。

 本当に惜しい!

 チアリーディングでさえなければ彼女は世界を取れるのに!

ーーーーーーーーーーーーー

 「はーい!今日の練習はここまでー!」部長の掛け声がこだまする。

 気がつけば暗くなりはじめている。

 「「「お疲れ様でした!」」」

 「松本さん、この後どうする?」一年生の一人が声をかけてくる。

 「ごめんなさい。

 バスの時間があるから・・・」

 「そっか、残念。

 じゃあ、また明日!」

 私はチア部の面々と別れて、バス停へ向かう。

 そこには林檎がいた。

 待っててくれたのか。

 「か、勘違いしないでよね!

 私も部活があって今来たばっかりなんだからねっ!」

 何、この古いタイプのツンデレ。

 詳しく聞いたら本当に今、部活が終わったところだったらしい。

 よくよく考えたらウチに行く路線のバスの時間は一時間に二本しかない。

 部活が終わる時間が30分違わなければ、同じバスに乗るしかないのだ。

 というか完全下校時間って決まってるんだから、高確率で同じバスになるよね。


 「どうだった?

 相変わらず『井森ダンス』と『炭鉱節』だけしか踊れなかったの?」と林檎。

 「・・・どういう事?」

 「李桃、昔から踊りという踊りは『井森ダンス』か『炭鉱節』になってたじゃない。

 魔法少女に身体能力が改変されたって壊滅的な踊りのセンスは変わらないでしょ?」

 「・・・何で教えてくれなかったの?」

 「私は気付いてなかった李桃にビックリよ。

 だからこそダンス系の部活を勧めたんだけどね」

 「何で!?

 イヤがらせ!?」

 「そんな訳ないでしょ。

 私が中学の時、水泳部に入ってたの知ってるわよね?」

 「そういえば子供の頃から水泳やってたよね。

 何で急にやめちゃったの?」

 「魔法少女になったからよ」

 「何で魔法少女活動なったら部活やめるの?

 今だって茶道部やってるじゃない?」

 「魔法少女になって手に入れた身体能力は私が努力して手に入れたモノじゃないからよ。

 今まで0.1秒縮めるために他にやりたい事みんな我慢してたのに、魔法少女になった途端、10秒以上毎日縮んで行くのよ。

 笑っちゃうわよね。

 一体何のために頑張ってきたのかしら?」

 「・・・・・」

 「だから魔法少女の身体能力に関係しない部活を選んだのよ。

 ・・・だから李桃にはダンス系の部活に入ってもらおうと思ったのよ。

 あの魔法少女になっても消えない壊滅的なダンスセンスを克服したらそれは努力によるモノよ。

 決して魔法少女になった恩恵じゃないわ」

 「やっぱり魔法少女になって手に入れた力は"自分の力じゃない"と?」

 「難しい質問ね。

 でも時々思う。

 こんな自分は自分じゃない、と。

 だから早く魔法少女をやめたいのよ。

 李桃には、折角部活に入ってもらうんだから達成感を得てもらいたかったの。

 だからチアリーディング部を勧めた、という側面もあるのよ」

 なるほど。

 でもまだイマイチピンと来ないな。

 自分の能力が上がる事を喜ばずに嘆く。

 ラノベでは能力が上がって喜んで『俺TUEEEEEE!』するもんじゃないの?


 「それはともかく、チアリーディング部のユニフォームは着た?」

 「ううん、ユニフォームを練習の時、あんまり着ないんだって」

 「『あんまり』?」

 「全く着ない事はないんだって。

 ユニフォームを着て練習する事もあるって」

 「そう、残念。

 第六体育館に見学に行けば李桃の可愛いユニフォーム姿が見れるのかと思ってた」


 バス停に他の人が並んだから私達は話すのを止めた。

 会話内容を人には聞かせたくはなかったから。

 バスはかなり混んでいた。

 ちょうど帰宅ラッシュに重なったようだ。

 私と林檎はバスの中央から少し前に立った。

 男子校に通っていた時は自転車だったので、こういう混雑は経験がなかった。

 数日バスには乗っていたけど、ラッシュ時間前には帰れたし。

 「いっつもこんなに混むの?」と私。

 「今日はまだマシな方よ」と林檎。

 部活帰りはいつもこんな満員バスを味わうのか。

 ちょっと辟易する。

 突然、尻に違和感を感じる。

 スリスリと手の甲が上下にすり付けられているような感覚。

 落ち着け、手の甲だぞ?

 掌じゃないぞ?

 偶然かも知れない。

 正直、私は痴漢された感覚がまるでない。

 一度でもあれば『この人は痴漢です!』と勇気を持って言えたんだろうけどその勇気もない。

 男だった時に散々『痴漢冤罪』についてネットで見てる。

 痴漢冤罪で職を失ってしまう人がいる。

 それを考えると『勘違いでした!』じゃ責任は取れない。

 ただ、ただ気色悪い感覚を我慢する。

 「ちょっと何やってるのよ!」固まる私の代わりに動いてくれたのは林檎だった。

 痴漢の腕を掴み、後ろ手に捻り上げる。

 「え?イテテテテ!

 何しやがる!?」

 痴漢は女の子に怪力で腕を捻られて訳がわかっていない。

 これが魔法少女の力か。

 つまり私にもこれと同じ事が出来る訳だ。

 「アンタの痴漢行為はキチンとスマホで撮影しているわ。

 申し開きはお巡りさんにしてね!」林檎は更に容赦なく掴んでいる腕を捻りあげた。

 「ごめんなさい、すぐに助けなくって。

 確実に痴漢をしている証拠がないと動けなかったのよ。

 さあ、次の停留所の近くに警察署があるわ。

 そこで絞りあげられなさい」

 「頼む!

 見逃してくれ!

 魔が差しただけなんだ!」

 「ここで見逃したら他の子が被害に遭う可能性があるでしょう?」

 「そんな事は絶対にしない!」

 「私は既に貴方を一回見逃しているのよ?

 『証拠不充分だから捕まえる訳にはいかない』って。

 今回、都合良くスマホを構えていたと思う?

 『今回こそ、痴漢の決定的証拠をとらえよう!』ってあらかじめスマホを構えていたのよ。

 貴方、痴漢の常習者よね?

 ここで見逃されたら再び痴漢をする可能性が高いわ。

 いえ、もう既に見逃された事があるのかも知れない」

 「・・・・・」

 「図星ね。

 さあ、停留所についたわよ。

 観念して一緒に降りましょう!」

 私は林檎に連れられてバスを降りた。

 定期券の区間内だからそれで料金が発生する心配はない。

 調書を取ったり色々してすっかり遅くなってしまった。

 解放されたのは20時過ぎ。

 もうきっとパパも帰ってきている。

 婦警さんが「お家には連絡しておいたから心配しないで」と言っていた。

 言わないで欲しかった。

 親には心配ってかけたくないよね。

 本当に心配事があったとしても両親だけには知られたくない私は変だろうか?

 警察署を出るとパパが車で迎えに来ていた。

 きっと仕事から帰って来た瞬間に警察から連絡があって、すぐに車に飛び乗ってここまで来たんだろう。

 その証拠にパパは背広のままだ。


 こんな場合どんな態度を取れば良いんだろう?

 パパと向かい合う。

 パパが無言で私を抱き締める。

 痴漢に触られた時のような嫌悪感は全くない。

 何故かポロポロと涙が溢れ出る。

 何故かは知らないが"乙女パワー"が凄く貯まった。

 何をすると"乙女パワー"が貯まるんだろう?


 家に帰るとママとナッちゃんが心配そうな顔で私を出迎えてくれた。

 私は他の魔法少女達が『頼むから家族の記憶だけはいじらないでくれ』と頼んだ気持ちがわかった。

 家族だけは巻き込みたくない。

 そのためにも早く魔法少女とは無関係になりたい。

 私は覚悟を決めた。

 自分の部屋へ戻るとナッツに話しかける。

 「魔法少女を引退するには、ある程度実績を残せば良いんだよね?」

 『うん、それが大前提だね』

 「今から私は本気で魔法少女活動に取り組む。

 そのために必要な事は全部やるよ。

 だからナッツ、必要な事全部教えて欲しい」

 『わかった。

 今までは君のプライドを考えて"これは要求出来ないな"って部分があった。

 そこも遠慮しないで言うよ』

 「うん、よろしく頼むね」


 朝、林檎が家にやってくる。

 「おはよう・・・って李桃!

 どうしたの!?」

 「どう・・・って似合わないかな?」

 少し照れ臭そうにはにかむ私は髪を編み込み、リップを引いている。

 これまで頑なに髪はいじらないし、いじらせなかった。

 「今日はナッちゃんに髪、やってもらったんだ。

 自分でやれるようにならないといけないね」

 「李桃!

 一体どうしちゃったの!?」

 「私、覚悟してるつもりでヌルかったよね。

 家族の記憶いじってるし、林檎に負担かけてるのに。

 こんな茶番劇はサッサと終わらせるんだ」

 「・・・具体的には?」

 「私は男だった事を捨てる。

 男のプライドを一切抱かない。

 これからは"女として"過ごす」

 「・・・そんな生半可な事じゃないわよ?」

 「わかってる。

 私の覚悟がヌルかったから、林檎は時々イラついてたんだよね?」

 「私は李桃を既に"女の子"として扱ってたつもりよ?

 李桃が"男のプライド"捨てられてないのにイラついてただけで」

 「今まで、ごめんなさい。

 被害者意識がどこかにあって『自分は女の子に変えられただけなのに、何でそこまでやらなきゃいけないんだ!?』って不貞腐れてたんだよね。

 やるからには徹底的にやらなきゃ意味がないのに・・・」


 私と話をしている林檎のところにトコトコとナッツが寄ってきて言う。

 『ようやく李桃も覚悟が決まったみたいだね。

 タイミング良くペティナイフのアジトが見つかったんだ。

 二人で攻めてみない?』

 「アジト?

 誰がいるの?」と私。

 『わからない。

 わかるのは"ペティナイフのアジト"という事だけ。

 もしかしたら誰もいないのかも知れない』

 「もし攻略できたら・・・」

 『功績が認められるね』

 「魔法少女を引退出来るかも!?」

 (果たして敵の本拠地を攻略出来るような優秀な魔法少女が引退させてもらえるかな?)

 「ん?

 ナッツ何か言った?」

 『ううん、何でもないよ!

 でも攻略作戦は"夜討ち朝駆け"、時間的に今仕掛けても遅すぎる。

 決行は今夜の夜中だけど大丈夫?』

 「夜中か。

 昨日の事があって学校を休む訳にいかないのよ。

 パパとママが過剰に心配しちゃうわ」

 『李桃、口調・・・』

 「ナッツ、何か言った?」

 『いや、何でもないよ』

ーーーーーーーーーーーーーー

 ~林檎視点~

 李桃の雰囲気が変わった。

 かなり"乙女パワー"も貯まったようだ。

 しかし"女"へ道のりはそんなに甘くはない。


 李桃は上りはじめたばかりだ

 この果てしなく長い女坂を


 未完

 


 

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後まで読み終わりました。主人公がどんどん女の子に落ちていくところは本当にすごいです。 [気になる点] こんな打ち切りで残念です。もし続きがあれば読みたいです。
[良い点] ラストは男坂の第一部終了みたいな感じですね。 三十年ぐらいたって再開するとか……(汗)
[一言] 楽しく読ませていただきましたー! 女の子するのも大変ですね♪
2023/01/13 17:47 退会済み
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