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 説明しよう。

 魔法少女マジカルピーチの正体は松本桃李(まつもととうり)という少年だ。

 いや、松本桃李という少年だったと言うべきか。

 『少年が魔法少女!?』と思われる人もいるだろう。

 それには浅ーい事情がある。


 魔法少女は『使い魔』を使役する。

 イメージ的には『魔女が黒猫を使役する』という話を思い浮かべて欲しい。

 『魔法少女が人工生命体である使い魔を作るのか?』

 『使い魔が魔法少女を求めるのか?』

 "ニワトリが先か?卵が先か?"みたいな話だが、どちらも正しい。

 歌舞伎役者になった人に"歌舞伎を始めたきっかけ"を聞くと『親に歌舞伎を習わされた』と答える人もいるし『親が歌舞伎役者だったから世襲で』と答える人もいるし『自分で憧れて始めた』と答える人もいるだろう。

 つまり魔法少女になるきっかけも様々なのだ。

 親が魔法使いで世襲で『魔法少女』になった者もいる。

 自分で望んで修行して『魔法少女』になった者もいる。

 素質を買われてスカウトされて『魔法少女』になった者もいる。

 では桃李はどうだったのか?


 先代の"マジカルピーチ"がやめた。

 確かに"少女"じゃなくなっても魔法少女を続けるには図太さが必要だ。

 "どこが少女やねん!"という周囲の見えないプレッシャーに打ち克たないと30歳を越えて"少女"は名乗れない。

 先代の"マジカルピーチ"は長くやってくれた。

 何せ34歳まで魔法少女をやってくれたんだから。

 これ以上は引き留められない。

 今までも"あと一年だけ続けてみよう?"と宥めてすかしてここまで来た。

 使い魔は魔法少女がいなくなってから二週間は存在出来る。

 二週間以内に次の主となる魔法少女を見つけなくちゃいけない。

 見つからなければ使い魔は消滅してしまう。

 誰でも良いや。

 そうだ"マジカルピーチ"だから名前に桃がついている人を新しい"マジカルピーチ"にしよう。

 そういえば引退した""マジカルピーチも"胡桃"って名前だったな。

 "桃"って名前がつけば、絶対女だろう。

 『桃子』とか『桃花』とか・・・。


 『サーチはかけた。

 この民衆の中で"桃"の付く名前の人間は四人。

 一人は老人。

 一人は配偶者あり。

 一人は配偶者はないがシングルマザー。

 "魔法少女"の条件に合うのは『桃李』、君だけだったんだ!』

 「先ず性別で跳ねろよ!

 "少女"じゃないだろ!

 "少年"だろ!」

 『名前に"桃"が付く男の子がいるのは想定外でサーチ条件に性別を含んでなかったんだよ』

 「『なかったんだよ』じゃねえ!

 何で俺が魔法少女の格好なんだよ!?」

 『選んだ人物に魔法少女になってもらうつもりだったんだ』

 「こちらの意思を確認しろ!」

 『確認して"魔法少女をやっても良い"なんてお人好しがいるとも思えないし』

 「お人好し!?」

 『いや、こちらの話だよ。

 今までに散々断られて来たし。

 今度断られたら、時間的に間に合わないし。

 新しい『候補者』を探すより、声をかけた『候補者』の記憶を消すためには3日間必要となる。

 しかし3日後にはボクは露となって消えてしまう』

 「どちらにせよ俺は"魔法少女"にはなれないだろ!」

 『何で?』

 「『何で?』って。

 先ず"少女"じゃないし・・・」

 『それなら大丈夫。

 今の君はどこからどう見ても"少女"だから。

 見た目だけじゃない、君は正真正銘の"少女"だよ!』

 「何でだよ!」

 『だってボクがそう変えたし』

 「『変えた』て!

 さっき『記憶を消す』だけでも3日かかるって言ってたじゃん!」

 『"消去"や"発生"は手間がかかるんだよ。

 "改変"はそんなに手間がかからないんだよ。

 "少年"を"少女"に。

 "少女"を"魔法少女"に改変するのは朝飯前なんだ』

 「俺を『少女』に変えたって同じだろ!

 周囲の『俺が男だった時』の記憶を消さないと辻褄が合わなくなるじゃんか!」

 『"事実の改変"も"記憶の改変"も"事実の消去"や"記憶の消去"と比べたら簡単なんだ。

 君は普通に家に帰って、普通に生活すれば良いんだ。

 既に君の"男子高校生の日常"は"女子高生の日常"に改変されているから』

 「家族が俺を"少女"だと認識していても、俺の周りの環境はそのままだろう?

 例えば俺の部屋は"男子の部屋"のままだろうし。

 矛盾だらけなんじゃないのか?」

 『言ったじゃないか。

 "改変"したのは"記憶"だけじゃない。

 "事実"も改変されているんだ。

 例えば君の部屋は"少女の部屋"に改変されているよ?』

 「ち、ちょっと待て!

 俺のコレクションのゲームは!?

 マンガは!?」

 『大丈夫。

 マンガは残ってるよ。

 ただ、ちょっとマンガのジャンルやタイトルが変わってるだけで』

 「どういう意味?」

 『大丈夫だってば。

 今の少女漫画は男が読んでも面白いって言うし』

 「オイ!

 俺の大事なコレクションに何してくれとんねん!」

 『ごめんごめん。

 でも良かった。

 気になったのがゲームやマンガで』

 「・・・どういう意味だ?

 何か他に重大な改変があるのか!?」

 『まあ隠したってすぐに実感しちゃうだろうし。

 "学生生活"の改変が君にとって一番の激変だろうね』

 「『学生生活』?」

 『そうだ。

 先ずは通っている学校は元の男子校じゃない』

 「元の学校に通えないの!?」

 『当たり前じゃないか。

 女の子が男子校に通えると思うかい?

 君は女子校に通っている事になっている』

 「今までの友達は!?

 いきなり女子校に通っても、友達どころか知り合いもいない!」

 『そこら辺はちゃんと配慮してあるよ。

 君がボッチにならないように君と同じクラスには君の幼馴染みの隣の家の少女がいる』

 「となりの家の少女?

 "林檎"の事か?」

 『林檎』とは伊藤林檎(いとうりんご)、俺の家と林檎の家とは"家族ぐるみ"の付き合いがあった。

 "あった"と過去形なのは、俺が男子校、林檎が女子校に通うようになり、俺が自転車、林檎がバス通学で家を出る時間も30分以上違ったので、林檎と俺とは接点が全く無くなったのだ。

 俺が帰宅部、林檎が茶道部で帰宅の時間も全く違う。

 親同士は付き合いはいまだに少し続けているようだが、本人らは全く疎遠だった。

 少しというのは林檎の父親は単身赴任していて、母親は頻繁に父親の単身赴任先に行っているのであまり顔を合わせる事はなくなったからだ。

 林檎はチョコチョコと俺の後を追いかけてきて可愛かった。

 俺の事は『桃李ちゃん』って呼んでたっけ。

 中学に入る頃、妙に『桃李ちゃん』って呼ばれるのが恥ずかしくて林檎に素っ気ない態度を取ってしまった。

 その頃林檎とは疎遠になってしまった。


 その林檎と今さら同じクラスと言われても、何を話せば良いかわからん。

 『あ、君の名前も少し"改変"されているからね。

 君の今の名前は"桃李"じゃない。

 今の君の名前は"李桃(すもも)"だよ』

 「テメー!

 人の名前を勝手に変えやがって!」

 俺は犬みたいな猫みたいなウサギみたいな使い魔をガクガクと揺する。

 しかし使い魔は全く堪えていないようで平然としている。

 『出来るだけ桃李という文字を変えないようにしたんだよ。

 "酸桃(すもも)"って字の方が良かったかい?』

 コイツは全く罪の意識がないようだ。

 まぁ、人間が犬の雄や雌にあんまり頓着しないように、コイツら使い魔も人間の男や女にあんまり頓着しないのかも知れない。

 人間は猫を飼う時当たり前のように去勢をするが、男女を変えるのなんてあれくらいの感覚なのかも知れない。

 だいたい人間以外が人語を解して人間の運命を左右する、なんて人類史上あんまりないかも知れない。

 「こんな理不尽があろうか!」なんて言っても、人間は他の動物に対してそれ以上の理不尽を課してきたのかも知れない。

 実際自分ら人間が運命を他の動物に左右される立場になった時、どこまで俺は抵抗すべきなんだろうか?

 そもそもどこまで俺は抵抗出来るんだろうか?

 使い魔は俺達人間の記憶だけでなく、事実もねじ曲げている。

 人間なんかより遥かに大きな力を持っているんだろう。

 そして人を魔法少女に出来る、という事はおそらく"魔法の力を持っている"という事だ。

 そんなの一人の高校生が敵うはずがない。

 しばらくはコイツに従うべきかも知れない。

 でも俺にも絶対譲れない条件がある。

 「さっきアンタ『魔法少女を引退した人がいる』って言ってたよね?

 俺もそのウチに引退出来るの?」

 『もちろん。

 ある程度の任期を終えたら、君も魔法少女を辞めれるよ』

 「で、その時に俺は男に戻れる?」

 『戻すのは簡単だよ?

 でも戻るのには条件があるんだ』

 「条件?」

 『そうだよ。

 ①ある程度成果をあげる事。

 ②後任の"マジカルピーチ"を作る事。

 ③"マジカルピーチ"活動で知り得た情報は絶対に漏らさない事。』

 「それを守るのは吝かじゃないけど、俺の記憶なんて消せば良くない?」

 『"用済み"になった"元魔法少女"の記憶を消したとなったら魔法少女になりたがる人がいると思う?

 それに勘繰られるはずだよ。

 "果たして消したのは記憶だけなのか?

 誰も覚えていないんだから存在全てを消したんじゃないか?"って。

 "元魔法少女"を残す事で"魔法少女を辞めても存在を消されない"と安心して魔法少女を引き受けてくれる人が増えるんだ。

 "元魔法少女"に与えた魔力も消さないよ。

 その後どんな活動をするかは、魔力を公言したり、ボクと敵対したりしない限り好きにすれば良い』

 「"あくまで元魔法少女の感想です。感想には個人差があります"って通販番組なんかでよく見る"アレ"を元魔法少女にやらせる訳だな。

 でも世の中で通販番組がどう思われているかわかるか?

 "胡散臭い。都合の良い感想だけタレ流して、都合の悪い感想を揉み消してるんだろ?"って思われてるんだよ。

 いくら元魔法少女の感想があっても、都合が良い感想を見せているだけって俺は思うよ?」

 『君も胡桃、"先代の元魔法少女"に会う?』

 「取り敢えずは引き受けるよ。

 勘違いすんなよ!

 "信用していないから"引き受けるんだぞ!

 "断ったら何をされるかわからないから"引き受けるんだ。

 通販番組の青汁のCMなんて俺は信用した事ないんだ。

 そちらの都合が良い感想見せられて安心なんてするもんか」


 というやり取りがあって俺は魔法少女になった。

 魔法少女の衣装が消えて無くなった時、裸になると思ったら俺はジャージ姿だった。

 このジャージは見覚えがある。

 林檎が日課の朝のランニングをする時に着ていた藤崎学院のスクールジャージだ。

 林檎のジャージをコッソリ着ているようで、少し変態チックで背徳的だ。

 別に魔法少女の力を垣間見た訳じゃない。

 魔法の力と言えば俺を女に変えたのと、俺を魔法の力とやらで早着替えさせたぐらいだ。


 魔法少女がどの程度の魔法を使えるのか知らない。

 だが、俺は今一刻も早く確かめたい事がある。

 本当に家族は俺がこんな姿になっても受け入れてくれるんだろうか?

 俺はこんな姿になっても、家に入れてもらえるんだろうか?

 使い魔の言う事が本当なら、俺はそのうち男に戻れる。

 そう簡単に男に戻れないのはわかっている。

 先代の"マジカルピーチ"も34歳まで魔法少女を辞められなかったらしいし。

 俺にすべき事は次のマジカルピーチ候補者を早く見つける事だ。

 そうすればすんなり魔法少女を辞めれるはずだ。

 そんな事は今はどうでも良い。

 俺は母さんに『アンタ誰?』と言われたくない、それだけを考えていた。

 マンションの三階の俺の家に帰ってきた。

 緊張する。

 本当に父さんと母さんと妹は俺を受け入れてくれるんだろうか?

 いや思春期、反抗期真っ只中の妹には元々拒絶されているが。

 「お兄うざい」「お兄どいて」これ以外の言葉を妹に最近かけられていない。

 昔は仲良し兄妹だったんだけどなあ。


 辺りは暗くなり始めている。

 俺は家のドアノブを回す。

 鍵がかかっている。

 げ、マジか。

 鍵なんて持ってねーぞ。

 普段であれば鍵は財布の中に入っている。

 でも、持っている財布からして変わっている。

 俺が男の時に愛用していた長財布と違って、どこに鍵を入れているかわからない。

 小銭入れか?

 ドアの前で鍵を探すのも不審だ。

 チャイムを鳴らそう。

 それで「誰ですか?」と言われたら「部屋を間違えました」と言って立ち去ろう。

 そうしたらどこに行こう。

 "ピンポーン"

 呼び鈴を鳴らした後に考える。

 ・・・使い魔のコイツどうすんだよ!?

 マンションはペット禁止じゃないし、昔猫飼ってたし、決まりとしては問題ないとは思うけど。

 使い魔を家族が受け入れるかどうかは別問題だよな?

 使い魔はチョコチョコ歩いてついてきたし、プカプカ浮いたりとかしてる訳じゃないけどコイツは犬でも猫でもないし、何て説明すりゃ良いんだよ?


 「何してんの?

 お姉ちゃん?」妹の菜那が玄関からひょっこり顔を出して声をかけてくる。

 俺の足元の使い魔を見て菜那は言う。

 「あぁ、"ナッツ"の散歩に行ってたのか!

 ・・・でも、鍵持たずに出かけたの?

 ジャージで出かけたの?」

 「う、うん」俺は何て答えれば良いかわからず生返事をする。

 菜那が両手を広げると、使い魔が菜那の胸の中に飛び込んだ。

 「変なお姉ちゃん!

 まあ良いや。

 取り敢えず家の中に入ろうよ。

 玄関開けっ放しにしてたら虫が入ってきちゃうよ」

 「そ、そうだね」俺は家の中に入る。

 俺は履いていたスニーカーを脱ぐと勝手知ったる我が家に入った。

 スニーカーは男だった時に履いていたスニーカーよりかなり小さかったが、取り敢えず違和感はそれだけだ。

 妹がリビングのソファーに座ってテレビを見始める。

 母さんは夕飯の買い出しに出かけているんだろう。

 家の中にはいないようだ。

 使い魔は菜那の膝の上で大人しく撫でられている。

 使い魔の名前は"ナッツ"だったな?

 「ナッツ、おいで」俺が使い魔に声をかける。

 使い魔がチョコチョコと走って俺の方に来る。

 使い魔は俺の肩に飛び乗る。

 俺はかつて俺の部屋だった部屋に入る。

 ・・・なんだ、このファンシー空間は?

 作ったプラモを並べていたスペースにはぬいぐるみが並んでいる。

 集めていたマンガの代わりに少女マンガが並んでいる。

 続きを楽しみにしていたラノベは種類が全く変わって『悪役令嬢』モノと、『聖女』モノが並んでいる。

 ゲームはあるが、ソフトのジャンルが全く俺好みじゃない。

 『集え植物の森』はまだ良い。

 俗に言う『乙女ゲー』なんてやりたいとも思わないのに、ズラリと揃っている。


 「こりゃどういう事だ?」

 俺が使い魔に詰め寄る。

 『矛盾がないように現実を改変したんだよ』

 「お前、張り切って改変しすぎだろう!?」

 『やっぱりそうかな?

 男の子を魔法少女にしたのは初めてだったし、"矛盾が出ないように"頑張って改変しちゃった!』

 「『しちゃった』じゃねえ!

 俺のコレクション達を返せ!

 乙女ゲーも少女マンガも興味ないんじゃ!」

 『女の子がそんな汚い言葉を使ったらダメだよ?』

 「望んで女になったんじゃねえ!」

 『そりゃそうだろうけど、"家族に受け入れられる事"は普通に生活していく上で、大切な要素だよ?

 家族の中で違和感なく過ごしていくべきだとボクは思うなあ。

 "こんなのお姉ちゃんじゃない""お姉ちゃんはそんな事言わない"なんて疑われたら生活しにくいでしょ?』

 「もし俺が疑われたらお前が現実を改変すりゃ良いだろ!

 この現実だってお前が改変しまくったモノなんだろうが!」

 『今まで多くの魔法少女達に"あんまり現実を改変しないでくれ"って言われたよ?

 特に仲の良い友達や家族の記憶をいじらないで欲しい、って』

 「散々現実をいじった後に何を言ってやがる!?」

 『さっきも言ったじゃないか。

 "これは初めてのケースでどの程度、現実を改変すれば良いかわからないで少し張り切ってしまった"って。

 これ以上は出来るだけ改変したくないんだ』

 「最悪にいじりまくった後『これ以上いじらない』宣言って・・・。

 まぁ、近しい大切な人の記憶をあんまりいじって欲しくない、っていうのは俺も同じ考えだ。

 でも、俺は違和感を感じさせないように生活していく自信なんてまるでないぞ?」

 『それは君の努力次第じゃないかな?』

 「努力次第?」

 『忘れたのかい?

 君の設定を作ったのはボクなんだ。

 君がボクの作った設定通りに日常を演じれば君の周りの人達は違和感を感じないはずだ。

 そうすれば君は疑惑を抱かれる事なく生活していける』

 「何で俺が悪い事もしていないのに、自分を演じなきゃいけないんだよ!?」

 『でも君は"女の子の君"を演じていかなきゃいけないはずだよ?

 だって、ボクが作った"現実"には"男の子の君"を知っている人なんて君以外ほとんど存在しないんだから。

 君がこの家で普通に暮らしていきたいなら"女の子の君"を演じるしかないんだ』

 「諸悪の根源が何を偉そうに言ってやがる!

 ・・・でも、そうだな。

 俺は確かに男に戻るまで、ここで暮らしたい。

 演じるしかないなら演じてやるよ。

 で、俺はどう演じれば良い?」

 『そうだね、先ずは妹の呼び方だね。

 "ナッちゃん"って呼んでね』

 鳥肌が全身に立つ。

 最後に"ナッちゃん"って呼んだのは妹が小学四年生の時だから四年前だ。

 「当時菜那は俺を『お兄ちゃん』って呼んでたんだぞ!?

 『お兄は"ナッちゃん"って呼ばないで』って言ったのは菜那なんだぞ!?」

 『今は"お姉ちゃん"って呼んでるよ?

 だったら"ナッちゃん"って呼ぶのが筋だよね?』

 「・・・わかったよ。

 "ナッちゃん"て呼べば良いんだな?

 気は進まないけどこの家で暮らしていくためだ。

 他に何か"普通に暮らしていくための予備知識"はないの?」

 『"ある"には"ある"けど・・・』

 「じゃあ勿体ぶってないで教えてよ」

 『勿体ぶってる訳じゃないけど、君がボクが作った"事実"を受け入れられなきゃ知らないのと変わらないし・・・。

 じゃあ、教えるけどどうせ受け入れられないと思うなあ』

 「そんなもんは俺が聞いて決める」

 『それじゃ言うだけ言うけど・・・。

 あくまでボクが作った君の設定ね。

 君の趣味は"ぬいぐるみ集め"ね!』

 「勝手に俺の趣味を決めるな!

 ぬいぐるみなんてUFOキャッチャーを楽しんだついででしかゲットした事ないわ!」

 『だから"受け入れられない"って言ったじゃん!

 趣味が変わった事にすりゃ良いから、無理して"ぬいぐるみ集め"する必要ないってば』

 「道理で部屋がぬいぐるみだらけだと思ったぜ・・・。

 他に設定はないのか?

 設定通りにするかどうかは別として、辻褄合わせる為にも"設定"とやらは知っておくべきだろう?」

 『他には・・・君は"恋に恋する乙女"だ。

 君は内気で男の子と面と向かって話が出来ない』

 「おい、コラ!

 ちょっと待て!」

 『これはボクの親切心だ。

 "男の子が苦手"って事にしておけば、そうそうは男の子を紹介されたりしないよ?

 それとも君は男の子と付き合いたいの?』

 「『男が苦手』って設定は良いとして『恋に恋する乙女』って設定はいらんだろうが!

 もしお節介がいて男紹介されたらどうすんだよ!?」

 『あっ、そうか』

 「『あっ、そうか』じゃねえ!」

 『女子校じゃ女の子同士で恋愛する子がいるらしいじゃん。

 あんまり"男に興味ない"って思われると面倒臭い事に巻き込まれる、と思ってさ。

 同性の恋愛どうこう、じゃなく恋愛する気ないかな?って』

 「だったら余計に『恋に恋する乙女』って設定いらないだろうが!

 『恋愛に興味ない』って設定にすれば全く問題ないだろうが!」

 『あ、そうか。

 でも設定しちゃったモンはしょうがないよね』

 「"よね"じゃない!

 ・・・まぁいいや。

 他の設定を教えろ!」

 『君は"お父さん大好きっ娘"だ。

 高校生になってもお父さんが風呂に入っていると一緒に風呂に入ろうと風呂場に入って行くんだ』

 「ふざけんな!

 何だその設定は!?」

 『女同士で風呂に入るより良いでしょ?』

 「高校生は男同士だって風呂に入らん!」

 『風呂が故障したら銭湯に行く事になるんだよ?

 "父親以外と一緒に風呂に入らない"って設定がないと女湯に入らされるかも知れないんだよ?』

 「父さんと一緒に男湯に入って行ったら『痴女』じゃねーか!

 それにそんなにしょっちゅう風呂釜故障しないよ!

 故障している間、風呂に入らなきゃ良いじゃんか!」

 『これから魔法少女として闘うんだよ?

 どんな汚れが身体に付くかわからないじゃん』

 「あ、そうか・・・何て言うと思うか!

 『お父さん子』だとしても高校生の女の子が男湯に入れるか!

 どう転んでもいらない設定だろうが!

 ・・・まぁ良いや。

 他の設定を教えてよ」 

 『おしとやかで・・・』

 「ふざけんな!」

 『何で!?』

 「無茶な設定付けるんじゃねえ!

 おしとやかに出来るワケがないじゃねえか!

 せめて『男勝り』とかの設定を付けてくれよ!

 何でよりにもよって『おしとやか』なんだよ!」

 『そう言われればそうだね。

 でも設定しちゃったものはしょうがないよね。

 あんまり人の記憶をいじりたくはないんだよね。

 もう一回設定し直したくはないんだ』

 「俺だって家族や知り合いの記憶をいじり回したくはないよ!」

 『記憶をいじるのなんて"洗脳"みたいなもんだし』

 「いじり回したお前が言うな!

 それに、どうせいじるならもう少し慎重でも良いだろうが!」

 『そうだね。

 今後は気を付けるよ。

 でも今回はこの設定で我慢してね』

 「『おしとやか』だけでも設定を変えて欲しかったけど・・・」

 『あんまりワガママを言わないで下さい』

 「ムカつく言い種だな!

 テメーのミスで俺が『魔法少女』をする事になったのに!

 俺は何にも悪くないのに!」

 『その"俺"っていうの何とかならない?

 おしとやかな女の子が"俺"なんて言う訳ないじゃん』

 「設定では自分の事は何て言うんだ?」

 『"スーちゃん"・・・』

 「正気か!?

 俺は自分を"ちゃん"付けする"自分大好き女"なのか!?

 しかも『李桃(すもも)』なんてお前が決めた名前で、名乗った事なんて一度もないし!

 名乗った事もないのに『スーちゃん』なんて言う訳ないだろうが!」

 『はいはい、そんな事より、他に設定は・・・両親の呼び方とかかな?』

 「軽く流すな!

 『父さん』『母さん』は性に関係なく『父さん』『母さん』だろうが。

 菜那だって『父さん』『母さん』って呼んでるはずだぞ?」

 『"菜那"じゃなくて"ナッちゃん"ね。

 そうだね、"ナッちゃん"は"父さん""母さん"って呼んでるよ。

 でも君は『パパ』『ママ』って呼んでる事になってる』

 俺はナッツをつまみあげた。

 「おい、コラ!

 『そうじゃないか?』とは疑惑を抱いてたけど、お前楽しんでるだろ?」

 『ナンノハナシカナー?』

 「惚けるんじゃねえ!」

 『使い魔の任務は単調なんだよー!

 少しぐらい楽しみがあっても良いじゃないか!』

 「俺で楽しむな!」

 『"俺"じゃなくて"スーちゃん"、ホラ言ってみて?』

 「す、『スーちゃん』・・・じゃねえ!」

 『ちっ!誤魔化されないか・・・』


 「お姉ちゃん、何一人でブツブツ言ってるの?

 またぬいぐるみとお話してたの?

 ・・・それより、いつまでジャージなのよ?

 部屋着に着替えたら?」と菜那。

 「う、うん。

 そうだね」取り敢えず俺は頷く。

 「?

 変なお姉ちゃん・・・」菜那は首をかしげながら部屋から出て行く。

 『ホラ、設定通りに演じないと周りから不審がられる・・・』

 「それがわかってるなら、設定を盛るんじゃねえ!

 何で俺が『ぬいぐるみに話しかけてる』メルヘンチックな設定なんだよ!?」

 『その設定は絶対に必要なモノなんだよ!

 部屋でボクと話してるのを不審がられないための設定なんだから!』

 「何で俺一人が火傷を負う設定なんだよ!?」

 『それはともかく・・・』

 「だから軽く流すな!」

 『後の設定はその都度知っていけばいいよ。

 一気に頭に詰め込んでも、どうせ覚えきれないし』

 「知っとかなきゃいけないのは家の中の事だけじゃないだろう?

 学校生活の設定とか・・・」

 『学校生活も覚えなきゃいけない事は多いね。

 でも学校には強力な"サポート"がいるから。

 最初は無理に取り繕おうとしないで、彼女を頼ると良いと思うよ』

 「『彼女』?

 誰?」

 ♪ピンポーン

 呼び鈴が鳴る。

 母さんが帰って来たんだろうか?

 この生活に慣れるまでは自分からは目立ったアクションは起こすべきではないな。

 悪いが、来客の応対は菜那に全てやってもらおう。

 「お姉ちゃん、お客さんだよ!」菜那が俺にドアの向こうから声をかける。

 「『お客さん』?

 誰?」

 「林檎ちゃんだよ。

 お姉ちゃんのクラスメイトの」

 林檎とはクラスメイトなんだっけ。

 しかし林檎と話すのは本当に久しぶりだな。

 「それじゃあ林檎ちゃんに部屋に入ってもらうね!」

 「え!?

 ちょっと待って!

 心の準備が!」

 否応なしに部屋の扉が開き、一人の少女が入って来る。

 ロングのストレートヘアで黒髪、いかにも『負けヒロイン』という風貌の彼女が伊藤林檎、俺の幼馴染みだ。

 何故仁王立ちで睨んでいるんだろう。

 記憶が改竄されて親友って事になってるんじゃないのか?

 『あ、言い忘れてたけど林檎ちゃんの記憶は改変されてないから』とナッツ。

 「お前!

 バカ!

 何で他の人の前で普通に喋ってるんだよ!?」俺が慌てて言うがもう遅い。

 「アンタ『桃李』よね?

 何でそんな姿になってるのよ?」呆れたように林檎は言う。

 「そんなモンはナッツに聞いてくれよ!

 訳わかんないよ、名前に『桃』がついている人をサーチしたら俺がひっかかったんだってさ。

 それで俺が『マジカルピーチ』をやる事になったらしい」

 「そんな安直な・・・って言いたいけど、使い魔の魔法少女の決め方なんて安直なモノよね。

 私も『林檎』って名前だから『マジカルアップル』にされたし」


 「おい、ナッツ。

 どういう事だ?

 説明しろ」

 『どうも何も、彼女は"マジカルアップル"だよ?』


 説明しよう。

 伊藤林檎は『魔法少女マジカルアップル』なのだ!


 『林檎は世界で唯一、改変前の君を知っている人物だよ』

 「って事は他に魔法少女はいないのか?

 魔法少女の記憶は改変しないんだろ?」

 『いや、他にも魔法少女はいるよ。

 でも元々君の事を知らない女の子ばっかりだ。

 彼女達は君が昔"男の子"でも"女の子"でも何とも思わないよ』

 「そりゃそうか。

 ・・・そんな事より、林檎は昔の俺の事を知ってるんだよな?」

 「その容姿でその言葉づかいは気持ち悪いわね」

 「え、ウソ。

 そんなに気持ち悪い?」

 「何か悪ぶってる女の子って感じ。

 アンタは普通に話してるつもりなんだろうけど凄く痛い」

 『それじゃあ林檎、学校での李桃のフォロー頼むよ!』

 「李桃って誰よ?

 あ、桃李の事か。

 わかってるわよ。

 ・・・良い?

 アンタは学校では大人しくしてるのよ?

 喋ったらボロが出るからね!

 あと猫背、辞めなさい。

 がに股、立て膝は持っての他よ。

 足を開いて座るのもダメ」

 「女の子はみんなそんな厳しいルールで暮らしてるの!?」

 「男だって猫背にならないように気を使ってる人はいるわよ。

 がに股は普通にしてればならないと思うわ。

 おそらく女性の骨格ががに股になるように出来ていない・・・あ、股間に太腿に挟まるような物が付いてないから・・・何を言わせるのよ!」

 「林檎が勝手に言ったんじゃないか!」

 「あとは立て膝ね、これはどうなんだろ?

 『女性のたしなみ』というよりウチの学院じゃ『はしたない行為』と言われているわ」

 「なるほど」

 「じゃあ『歩き方』と『座り方』からレクチャーするわね!」

 こうして30分みっちり作法の特訓を受けた。


 「まぁ今日はこんなモノかしら?

 日頃から姿勢には気を使ってね!」と林檎。 

 ナッツも言っていたが、いっぺんに詰め込む気はないらしい。

 待てよ?

 こんな特訓の日々がしばらく続くって事か。

 「次に覚えなきゃいけないのは制服の着方ね」

 「待て、これで終わりじゃないの!?」

 「確かにいっぺんに詰め込むつもりはないわ。

 でも日常生活に必要不可欠な事だけは覚えておかないと。

 アンタ、裸で学院に行くつもり?」

 「学院なんて行かない!

 部屋に引きこもって過ごす!」

 何でそれに気が付かなかったんだろうか?

 別に学校に通う必要はないじゃないか!

 「そうしたらアンタ、いつまで経っても男に戻れないわよ」

 「それってどういう意味?」

 「私の使い魔が言うには地球は魔素が低いらしいのよ。

 つまり魔法戦士の動力源がほとんどない。

 そもそも地球以外では魔法戦士は男女関係なく、むしろ男のほうが多いんだって。

 海外に行った時、日本の家電を使うために『変圧器』を使うじゃない?

 変圧して海外の電圧を使用可能にする訳。

 地球で魔力に変換されるモノが『乙女パワー』なのよ。

 つまり魔法少女が『乙女らしく』すればするほど『乙女パワー』がたまって、それが魔力に変換される、と。

 だから地球には魔法少女しか魔法戦士はいないのよ。

 ・・・でアンタが『乙女らしく』しないで部屋に引きこもっていたらアンタには魔法少女として闘う力がたまらない、って訳。

 それでアンタは魔法少女を辞めるための実績も作れない」

 『ボクが嫌がらせで君の趣味を"ぬいぐるみ集め"に設定したと思う?

 君に"乙女パワー"がたまり易いようにだよ!

 それ以外の乙女チックな設定だって君が"早く魔法少女を辞める"のに必要不可欠なモノなんだ!』

 本当に考えて設定したのかよ!

 疑わしいが確かに設定は無駄なモノじゃないらしい。


 「じゃあ服の着方を説明するわね」

 「そんなの聞かなくてもわかるよ」

 林檎は少しカチンときたようだ。

 「・・・そう。

 じゃあ制服を着てみせて」

 林檎は部屋の隅のハンガーにかかっている制服をパサッとベッドの上に置いた。

 何か俺、地雷踏んだかな?


 それはともかく、いざとなるとジャージと違って女子の制服を着るのはこっ恥ずかしい。

 「林檎、ちょっと後ろ向いてもらえるかな?

 着替えたいんだ」

 「桃李が通うのは女子校なんだよ?

 みんな目の前で気にせず着たり脱いだりする。

 私の前でくらい着替え出来なくてどうするの?

 さ、早く着替えて?」林檎は俺を促す。

 「林檎は恥ずかしくないのか?

 俺の着替えを見たり、俺に着替えを見られたりするんだぞ!?

 俺はそのうち男に戻るんだぞ?」

 「わかってるわよ。

 でもそんな事言ってられないでしょ?

 『乙女パワー』は日常生活の中で蓄積されるのよ?

 魔法少女を卒業したいのは桃李だけじゃないのよ?

 『乙女パワー』を手に入れるためなら何でもするわ。

 それに桃李は私のパートナーよ。

 桃李が『乙女パワー』を得るのは私にもメリットになる。

 『桃李の前で着替えられるのか?』と言ったわよね。

 桃李の前でくらい着替えてみせるわよ。

 何だったらここで着替えてみせましょうか?」

 「わかった!

 着替えなくても良い!」

 「そこまで拒絶されると傷つくわね。

 まあ良いわ、取り敢えず制服の着方を説明するわね」

 「だから制服くらい着れるってば」

 「いや、多分制服の三角タイも結べないと思う」

 「三角タイ?何それ?」

  ・

  ・

  ・

  ・

 全然、制服は着れませんでした。

 「これどうやって着るの?

 かぶっても頭通らないじゃん」

 「脇の下のところファスナーになっててパカッて開くのよ」

 「おぉ!何かアジの開きみたいだ」

 「何その変な喩え」

 「これでセーラー服の上が着れた訳だね。

 ・・・これ何か違わない?」

 「三角タイがついてないからでしょ?」

 「だから『三角タイ』って何だよ?」

 「襟の周りに巻くスカーフみたいなストールみたいなヤツ、ホラ、コレの事だよ」

 林檎は三角形の白い布を俺に渡す。

 「あ、そうか!

 ネクタイみたいなコレの事か!」

 「さあ先ずは自分で巻いてみて」

 「わ、わかった」

 俺は『三角タイ』とやらをねじった。

 「何でねじるの!?」

 「いや、ねじり鉢巻きだってねじるモンじゃん」

 「もっとふんわり襟の周りに巻くの!

 ねじったらシワになっちゃうじゃない!

 ホラ!左右対象じゃない!

 綺麗なリボンにならないでしょう!?

 本当に不器用ね!」

 「もっと優しく、オブラートに包んで言えねーのか!?」

 俺が半ベソをかきながら言う。

 何で俺が綺麗にセーラー服を着れないだけでこんなにボロカスに言われなくちゃいけないんだ?

 「綺麗に三角タイが結べるようになるまで練習するわよ。

 アンタ、体育の時は自分で三角タイを外して、自分で巻くのよ?

 出来なきゃ格好つかないでしょう?」

 俺は猛特訓の末、何とかセーラー服の上だけは着れるようになった。


 「じゃあ次はスカートね」

 「ま、待ってよ!

 ジャージを脱ぐって事!?」

 「アンタのパンツ姿なんて見たくもないわよ。

 別にジャージの上からスカート履いて、スカート履いてからジャージを脱いでも良いのよ?」

 あ、中学の時スカートの下にジャージ履いてる女の子いたし、スカート履いた後ジャージ脱ぐのも見た事ある!

 「今回はそれで勘弁してあげる。

 でもみんなの前で脱げないと不審がられるわよ?」林檎はため息をつきながら言う。

 俺はジャージの上からスカートを履く。

 「何かホックはめにくいんだけど」

 「慣れね。

 最初ははめにくいかも知れない。

 前ではめた後、横にズラしても良いわ」

 「それで良いの?」

 「慣れた後も前ではめてる人もいるわよ。

 それは人それぞれね。

 しかしアンタ、憎たらしいくらい細いわね」

 林檎がスカートのウエストの部分を引っ張る。

 知らんがな。

 「・・・まぁ良いわ。

 じゃあジャージ下ろして」

 俺は言われるままにスカートの下のジャージを下ろす。

 鏡台の前に立つ。

 どこからどう見ても女子校生だ。

 「結構なお嬢様校だから、指定の靴下とか革靴とかあるし、後は迷う事もないんじゃないかしら?」と林檎。

 「服装についてはこんなもんね。

 あとは細かい事をいくつか・・・」

 「細かい事って?」

 「スキンケアとヘアケア、髪の結び方とか色々」

 「そんなの別に良いよ!」

 「良い訳ないでしょ!

 アンタ髪の櫛の入れ方とか、髪の乾かし方以前に髪の洗い方も知らないんじゃないの?」

 「そのくらい知ってるよ!」

 「じゃあどうするのよ?」

 「先ず髪の毛を濡らして、リンスインシャンプーで髪の毛を洗って、タオルで拭いた後、自然乾燥・・・」

 「聞いておいて良かった!

 放っておいたら明日、鳩の巣みたいな頭でアンタ学校に来てたわよ!」

 俺はヘアケア、スキンケアの基礎をみっちりと叩き込まれた。

 しかし頭がパンクしそうだ。

 世の中の女は日常的にこんな面倒臭い事をやってるのか?

 明日、朝6時半に林檎が俺の格好を最終チェックしに来てくれるらしい。

 なんだかんだ林檎は昔から面倒見が良い。


 「色々ありがとう。

 最後に聞いて良いか?

 どこにも部屋着がないんだけど」

 「因みに桃李のイメージする部屋着って?」

 「上下灰色のダブダブスウェット」

 「桃李は乙女パワーを貯める気がないの!?」

 「じゃあ何を着れば良いんだよ!?

 パジャマか!?」

 「何でこんな早い時間からパジャマ着るのよ!

 『ルームウェア』って言って、ゆったりとした普段着よ!」

 「うわ、女って本当に面倒臭いな」

 「男でも着ているモノに気を使っている人はいるわよ!

 自分がだらしないのを『男全般』がだらしない事にするな!

 それにアンタは今、女の子だからね!」

 そう言いながら林檎はタンスを開けた。

 「えーっと・・・この棚は下着で、この棚は・・・あったあった。

 はい、これがアンタのルームウェアだね」と林檎は俺にモコモコのワンピースを渡した。

 えー、これ着るのー?

 「どうやらアンタの服はスカートばっかりみたいね」

 俺はナッツの首根っこを掴んで「お前が考えた設定だろうが!」と言った。

 『忘れたの?

 早く男に戻りたいなら早く"乙女パワー"を貯めなきゃいけないんだよ?

 少しでも"乙女らしく"するのが男に戻る近道なんだよ?』

 「使い魔の言う事は本当よ?

 男に戻る方法はよくわからないけど"乙女パワー"を貯める事が戦闘力を上げて、戦果を挙げて、魔法少女を辞める近道なのよ」

 林檎は説明してくれるが、俺は別の事が気になり始めていた。

 「なぁ『戦闘』とか『戦果』とか言うけど、闘いって危険ないの?」当然の疑問だろう。

 命をかけて魔法少女をやらなきゃいけないなら覚悟は必要だろう。

 『他の世界の"魔法戦士"は頻繁に命を落としているよ。

 でも我々が地球ではあんまり魔力を得られないように敵組織も魔力を得られないんだ。

 だから敵組織もあまり破壊力も攻撃力もないんだ。

 だから確実に"乙女パワー"さえ獲得出来れば、危険はあまりないはずだよ?

 でも逆に"乙女パワー"が手に入らないと危険かな?』

 「ど、どれくらい危険なの?」

 『今まで犠牲になった魔法少女はいないよ。

 でも君が初めての犠牲者になるかも』

 「なんでだよっ!」

 『だって女の子は普通にしててもある程度"乙女パワー"は貯まるんだよ。

 でも君は"乙女パワー"が貯まる様子も、貯める気もないみたいだ。

 敵の攻撃を弾き返せない可能性が高い』

 「それもこれも、お前が男を魔法少女にしたからだろうが!」

 『だから不可抗力だってば。

 男の子に戻りたいなら、ある程度戦果を残すしかないんだよ。

 何度も言ってるけど戦果を残すには"乙女パワー"を貯めるしかないんだよ。

 でも君に"乙女らしくするつもり"というのが全く見えない。

 ボクも出来れば君を助けたいし力になりたい』

 「俺だって死にたくない!

 わかったよ!

 どうすれば良いんだよ!

 何をすれば乙女パワーとやらは手に入るんだよ!?」

 『それだよ!

 その"俺"だよ!

 乙女が自分の事を"俺"なんて言う訳ないでしょ』

 「『スーちゃん』だっけ?

 言いたくないなぁ・・・」

 「学校では『私』で良いわよ?」と林檎。

 何にしても俺って言っちゃダメなのか。

 つーか家の中では自分の事を『スーちゃん』って言わなきゃダメなのかよ。

 気が狂いそうだ!

 「わかったよ!出来るだけ乙女らしくするよ」 

 『口調が全然乙女らしくない』

 「善処します!」

 『取り敢えずルームウェアのワンピースを着る事から始めようか?』

 「うっ・・・」

 『何を躊躇してるの?

 今だってセーラー服着てるじゃないの。

 それだって男が着ていると考えたら充分変態チックよ?』

 「わかったよ!

 着替えりゃ良いんだろ?

 着替えるから出ていってくれよ!」

 「学校でみんなの前で着替えれるようになるように訓練しないと。

 それに見てないと、変かどうかなんて誰も判断出来ないわよ?」

 ・・・一理ありまくる。

 俺、いや、私は林檎とナッツが見ている前でセーラー服を脱ぎ、ルームウェアのワンピースに着替えた。

 もう今日はこれで勘弁して欲しい。


 「ただいまー!」

 玄関の方から聞き慣れた声が聞こえる。

 母さんの声だ。

 「それじゃ私は帰るわね」と林檎。

 「うん。

 色々ありがとう」そう私が言うと林檎はヒラヒラを手を振って帰って行った。

 林檎は玄関で母さんとすれ違ったようで、

 「あ、おばさん。

 お邪魔しました。

 今日は失礼します」と母さんに声をかけているようだ。

 私も声はかけるべきだろう。

 「母さんお帰り」の一言だけでも良い。

 『"ママ"って呼ぶんだよ?』とナッツ。

 そうだった。

 そんな設定だった。

 「何でそんな設定にしたんだよ!」

 『言葉遣いが荒いよ?』

 「・・・何でそんな設定にしたのか聞きたいな」私は言い直した。

 『胡桃が両親の事を"パパ""ママ"って呼んでたから。

 女の子はそう呼ぶモノなのかな、って』

 コイツは悪気はないらしい。 

 『家族の前では自分の事を"スーちゃん"って呼ぶんだよ?』

 前言撤回。

 コイツは悪意の塊だ!


 自室のドアを開けて、玄関から来た母さんに声をかける。

 「お、お帰り、ママ・・・」

 母さんはにっこりと微笑みながら私に「ただいま、スーちゃん!」と言う。

 『スーちゃん』と呼ばれた事は複雑だが、変わらず私を受け入れてくれる母さんに思わず泣きそうになる。

 こんな姿になっても家族団欒は変わらない、どころか妹と険悪じゃない分、男だった時よりも一家団欒だ。


 夕飯の支度が終わる頃、父さんが帰ってきた。

 「ただいま!

 この匂いは今日はカレーか!」と父さん。

 「あれ?

 お姉ちゃん、今日は『お帰り!パパ!』って父さんに抱きつかないの?」と菜那。

 もうナッツの作った設定に悪意しか感じない。

 父さんは少し寂しそうにしている。

 そりゃいつも甘えてくる娘が、急に他人行儀な態度を取ったのだ。

 「あ、あぁ。

 今日、ちょっとランニングを兼ねてナッツの散歩に行ってたから、少し汗臭いかな?って・・・」私は言い訳がましい事を言った。

 「汗かいたならご飯食べたらすぐお風呂に入れるようにしておくわね」と母さん。

 「そうだね。

 今日は『パパと一緒にお風呂入る!』ってダダこねちゃダメだよ?

 すぐにお風呂入らないとね!」と菜那。

 ・・・もういい加減にして欲しい。

 私は一体どんなキャラ設定なんだよ!

 そう心の中で思いながらも私は愛想笑いした。

 カレーは私の大好物で最低二杯は食べるのだが普通盛りの一杯を残しそうになった。

 その時はとにかくご飯を終わらせたかった。

 「早く食べ終わらないと父さんと風呂に入らなきゃいけなくなる」とカレーを胃に流し込んだ。

 

 「女の裸を生で見てみたいよなー」私はうわごとのように繰り返し呟く危ない童貞男子だった。

 でもいざ裸を直視しても何とも思わなかった。

 私は真理に気付いてしまった。

 ヌードグラビアや水着グラビアを見て興奮するのは女優さんの顔がついているからだ。

 女体のパーツを見ても全く何とも思わない。

 そう思いたい。

 「全く女体に興奮しない」なんて思いたくない。

 まぁ林檎に教えられた洗顔、洗髪で頭が一杯で裸どころじゃなかったのだが。


 私なりに風呂の中、風呂から出た後からやるべき事はやったつもりだ。

 しかし女って面倒臭せー。

 昔「女の子って楽しい!」ってコマーシャルあったけど、コレ、オシャレが楽しくならないと拷問だよね。

 パジャマに着替えるには大分早い。

 もう一度部屋着のワンピースを着る。

 部屋に戻り、ネット検索をする。

 『乙女らしさ』を知るためだ。

 乙女らしくなりたい訳じゃないが、乙女らしくなることが男に戻る近道で、乙女らしくなることが不自然さを消す事だと言われたらそうするしかない。

 ノートパソコンを立ち上げる。

 別に検索はスマホで出来る。

 だが少し見たスマホは私が以前使っていた物とは違う。

 ピンクメタリックの色も絶対選ばない色だ。

 スマホって機種が違うと、凄くイジりにくいよね?

 ・・・という訳でノートパソコンを立ち上げたのだ。


 少し気になって検索履歴を見てみる。

 『少女マンガ 無料』

 『ぬいぐるみ かわいい』

 『コスメ オススメ』

 『女子高生 恋愛』

 だから設定をでっち上げるな!

 コレ、私が検索した事になってるの!?

 何一つ興味ないんだけど!

 何がイヤって周りから『そういう女の子だ』と思われていることだ。

 「お前、いつの間にこの設定練ったんだよ」

 私はドライのドッグフードを食べるナッツに言う。

 つーか、食い物ドッグフードで良いんかい。

 まぁ文句なさそうだし別に良いか。

 『ん?

 何か言った?』ナッツは私の話は聞いていなかったみたいだ。

 「・・・なんでもない」

 色々気になるが今は優先度が低い。

 私はネット画面を立ち上げた。

 ネットのトップ画面は"ヤブー"だ。

 ヤブーをトップページにする事を男のオタクは嫌う。

 画像が多くて処理が重くなるからだ。

 だが悪い事ばかりじゃない。

 トップページを表示するだけで話題になっているニュースがある程度わかるのだ。

 ん?何だ?このニュースは?

 『埼玉県川越市で謎の黒づくめ集団』

 川越市か私が住んでる上尾市から結構近いな。

 『これが我々の敵の組織"ペティナイフ"だよ!』とナッツ。

 「何でわかるのさ?」

 『川越市に鎮圧に行ったのは"マジカルアップル"だからだよ』

 「マジカルアップルには別の使い魔がついてるんじゃないの?

 言ってみれば"管轄外"じゃん」

 『確かに管轄外ではあるけど、同じ魔法少女同士"同じ会社の隣の部署"みたいなモノなんだよ。

 横の繋がりもあるし情報共有もある。

 それにマジカルアップルの使い魔"シナモン"と

ボクは使い魔学園の同期にあたるんだ。

 川越市の平和を守る魔法少女がマジカルアップルで、上尾市の平和を守る魔法少女がマジカルピーチなんだ』

 「じゃあ桶川市の平和を守るのは?」

 『えーっと、確か"マジカルチェリー"だったかな?』

 「魔法少女ってローカル色が強いんだね」

 『規模が大きい、強い敵相手の時は他の魔法少女と共同戦線を組む事もあるから他の魔法少女との人間関係も大切だよ』

 「魔法少女もコミュ障じゃつとまらない、という訳だね?」

 『そういう事』

 「で、どうやって戦うのさ?

 魔法少女に変身は出来るけど、それ以外何にも出来そうもないんだけど」

 『それは君の中の"乙女パワー"が枯渇しているからだよ』

 「『乙女パワー』が貯まれば戦える?」

 『それはもう』

 「何が出来るの?」

 『わかんない』

 「おい、コラ!」

 『出来る事は魔法少女毎に違うんだよ!

 李桃に何が出来るかなんてボクにはまだわかんないよ!

 それを知るためにも早く"乙女パワー"を貯めないと!

 ボクが嫌がらせで李桃の設定を決めた訳じゃない事はわかってよ!』

 「一応信じるよ。

 ナッツと私とは一心同体。

 ナッツの知識がないと私は男には戻れないんだから」

 『信じてくれて嬉しいよ!

 それじゃあ、手っ取り早く"乙女パワー"を貯めようか?』

 「え?

 どうやって?」

 『そのためにパソコンを立ち上げたんじゃないのかい?』

 「そうだけど。

 でも『どうやったら乙女らしくできるか?』なんて調べる方法もわかんなくてどうして良いやら・・・」

 『ボクに任せて!

 先ず勉強机の一番下の引き出しを開いて!』

 「一番下の引き出しね、それで?」

 『引き出しを出来るだけ引っ張りだして!』

 「?

 どうするのさ?」

 『引き出しの後ろにスペースがあるよね?

 そこにあるDVDを取って』

 「この透明のケースに入ってるのがDVDなの?

 結構沢山あるけどどれを取れば良いんだろ?」

 『どれでも良いよ』

 「あ、そう?

 じゃあ、一番手前にあるこのDVDで」

 私は引き出しの奥から一枚のDVDを取り出す。

 『じゃあ、そのDVDをパソコンに読み取らせて』

 「うん、わかった」

 私はケースからDVDを取り出すとパソコンのプレイヤーに入れてメディアプレイヤーを起動した。

 どうやらDVDはアニメのようだ。

 悠長にアニメを見ている暇はないんだけどなあ。

 アニメの内容はよくあるラブコメみたいだ。

 ボーイミーツガールならぬボーイミーツボーイ・・・。

 ってこれ、男と男のラブストーリーだ!

 「ちょっと待ってコレって!」

 『これを見る事で君の"乙女パワー"はぐんぐん上がるんだよ!』

 「おい!乙女に関する知識が歪んでるだろう!?」

 『何も歪んでないよ。

 "乙女パワー"を貯める方法は一つじゃない。

 恋愛しても"乙女パワー"は貯まる。

 女の子らしい趣味を実行しても"乙女パワー"は貯まる。

 ガールズトークをしても"乙女パワー"は貯まる。

 でもそれらは君にはハードルが高過ぎるでしょ?

 だから、手っ取り早く"乙女パワー"が貯まる方法"BLアニメを見る"を実行したんだよ』

 「もしかして引き出しの奥って・・・」

 『そう。

 君のBLアニメDVDの隠し場所だよ』

 「勝手に人の趣味を決めるだけじゃなく、勝手にやましいモノの隠し場所まで設定するな!」

 『でもそのアニメを全部見たら、かなり"乙女パワー"が貯まるはずだよ?』

 「全部、ってかなり数あるぞ?」

 『3日も徹夜で見れば全部見れるでしょ?』

 「こ、これを夜通し見るの?」

 『乙女ゲーは別のところに隠してあるから。

 そちらも一週間も徹夜すればクリア出来るでしょ?』

 「・・・地獄だ。

 少しは寝させて下さい!」

 私はナッツに懇願した。

 『他にもあらゆる"乙女らしい事"をすれば"乙女パワー"は貯まるよ。

 その方法が確立出来ればBLに頼らなくて良くなるからね!』

 私はこのBL地獄から解放されるためにも、乙女らしい趣味を早く見つけなくちゃいけない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い話です。TS魔法少女はいいですね。主人公と使い魔のやり取りは気に入ります。よくできたコメディーです。 現実改変の設定もすごくしっかりして作者がこの作品にいっぱい気合を入れて書いたと…
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