運命の青年①
その日は朝から曇天で、禍々しい空気に満ち溢れていた。
「逃げろ!おい逃げろ!!魔が来てる!都まで走れ!!!」
兵士たちが忙しなく街の家々に呼びかける。
---魔が来る---
この言葉は、恐怖を伴う最悪な死と直結していた。
人々が悲鳴をあげ逃げ惑う混乱の中、
兵士の長・恒河が全速力で馬を走らせてやってくる。
「おい!!要塞の奴らは...花の国の者はまだか!?」
「現れた気配はありません!」
「何してるんだあいつらは!!!この時のためにいる者たちではないか!役立たず目が...!お前たち!今回の魔は西の方角から来ている!!一刻も早く花の国の者を呼んでこい!さもなくばこの街は全滅するぞ!」
魔とは、この時代、どこからともなく現れる異形の化け物であった。人間も動物も見境無く喰らい、その土地を荒らしまわる。長年に渡り人々を苦しめていながら、その生態に関しては一切謎のままだ。
恒河は、自身の心臓の脈打つ鼓動がどんどん早くなっていくことを感じる。
(まさかこんなにも中心部に魔が入り込むとは....実際の魔に遭遇する兵士の方が少ない.....私とて....。今ここに現れたらひとたまりもないぞ....)
その時、大きな破壊音と共に黒い影が現れた。
『……………....ァァァ...』
砂埃の向こう...それは、言葉にならぬ声をあげながらユラユラと蠢いた。
悪い予感が的中した。
死の匂いがする。
恐怖のあまり、誰も言葉を発することができなかった。
すでに多くの街人を喰ったのだろう。
顔面、歯、身体中が血まみれで、右手には半身のちぎれた女を"持って"いた。
魔は大きな体格に反し豪速球並みの速さで動き、鋭利な爪と牙で人々を引き裂くと言われている。
魔を狩る力も能力も持たぬ兵士たちはなす術もなく立ちすくむしかない。
もう、終わりだ。
死を覚悟した矢先、突風が吹き荒ぶと共に魔の身体を「なにか」が貫いた。その速さと力強さに、魔は声すら出さなかった。
魔の巨大な体躯がズシンと倒れ、ピクリとも動かなくなる。
震える身体を抑えながら、恒河は頭をめぐらせる。
(....あの魔を一撃で...。花の国の者か....!?……………否!!あの貧弱な花の国にこのような力を持つ者がいるはずあるまい...!)
吹き荒んだ砂と風が止み、あたりがクリアになる。
そこには1人の青年の姿があった。
兵士の1人が震えた声でつぶやく。
「星の国の...奏多だ...」