送り人
春香がアイスコーヒーを堪能中に町屋敷では…
クリス目線で話しが進みます。
「「「「「「「・・・」」」」」」」
覚悟はしていたがかなりキツイ…今春香様の部屋で6人の鋭い視線が容赦なく俺に刺さっている。
そう、テクルスの啓示を受けた俺は“送り人”として、先ほど春香様を時空の狭間に案内し戻って来た。戻ると屋敷は大変な事になっており屋敷の中を春香様の名を呼び使用人が走りまわっている。
「クリス様!大変です!」
「カタリーナまずは落ち着きなさい。何かありましたか」
「はい!昼過ぎから春香様がいらっしゃらないのです。門番に聞いても外出されておらず屋敷中を今手分けして捜しております。クリス様お心当たりはありませんか!」
「カタリーナ。春香様の行方は私が知っています。説明をするので皆様を春香様のお部屋に集めて下さい。それから春香様の身は安全である事は一番にお伝えするように」
「へ?春香様はお無事なのですか⁈よかった…分かりました。すぐ皆様にお伝えいたします」
カタリーナは踵を返して走って行った。春香様は屋敷の者達にも好かれている。気取らない性格と謙虚で使用人にも礼儀正しい。本当に不思議なお人だ。
さて…説明に向おう。恐らくアレックス様あたりから一発ぐらいは貰う事になるだろう。覚悟を決める。
部屋に着くとまだ誰も居ない。春香様も恐らく今日は戻られないだろう。早くて明日朝か⁈
“ハンっ!!”
凄い勢いで扉が開きいきなり胸倉を掴まれた。うん…想定内…
「クリス!春香は何処だ!」怒気を含んだ声はアレックス様だ。
「アレックス様。私はテクルスの啓示により春香様を時空の狭間にご案内いたしました。詳しくは皆様が揃われましたらご説明いたします」
「テクルスの啓示…クリスもしかして…お前は“送り人”か…」
「はい。仰る通りでございます」
驚愕の表情をしたアレックス様は手を離し呆然と俺を見ている。
「春香が…また心から帰りたいと願ったのか⁈」
「否。その件は皆様が揃われてから…」
顔色を失くし立ち尽くすアレックス様。気持ちは分かる。恐らく今朝まで春香様がもう残ると確信していたのだろう。
“バンっ!”次はローランド殿下だ。
“ガッ!”「っつ!」
「クリス!春香は何処だ!」
いきなり一発殴られた。覚悟していたが加護持ちの一発は重い。踏ん張り転倒は免れた。
「殿下。春香様の身は安全です。説明は皆様が揃われてからいたします」
殿下は憤っていたがアレックス様の表情で何かを察した様でトーンが落ち
「春香は今どこに…」
「テクルスの意志により別の場にいらっしゃります」
「もしかして…」
殿下もまた顔色を失くす。状況を把握された様だ。
その後1時間ほど経ち皆さんが揃い説明を始める。
「まず、春香様の身は安全である事をお伝えします。今春香様はテクルスが作りし空間においでです。その空間はこの世界と春香様がいた世界の時空の狭間です。その空間に作り出された扉を通し春香様の世界が見ることが出来、恐らくずっと気にかけられていた叔母様の様子を確認されておられるかと…」
「では、ハルがそこで日本に帰りたくなったら…」
「帰る事が出来ます」
「「「・・・」」」
「一目でも会えないのか!」
顔色を失くしたレイモンド様が声をふり絞る。
「テクルスから指示を受け春香様を案内致しましたが、そこを一度出た私はもう一度行く事が出来ません。春香様がこの世界に残ると決め、ご自分でこの世界に繋がる扉を開けない限りは…
ちなみに春香様が帰りを望まれた訳ではなく、テクルスの温情と贖罪でございます」
皆さん困惑しているが気にせずに話を進める。
「過去の迷い人にも時空の狭間へ案内して、最後の決断をしていただいております。迷い人はご自分が生まれ育った環境と親身内や親しい方々全てを手放されるのです。それはそれは重い決断です。せめて最後にテクスルはもう会うことの出来ない人達を見る機会をお与えになるのです」
恋ばかり彼等に少し意地悪をしてやりたくて…
「あの空間では春香様が望む物を取り寄せる事が出来、もとの世界で好まれていた飲み物と日常使っていた愛用品を手にされ大喜びされて、いいお顔をされておられました。1人目の迷い人は残る意思が強かったそうですが、この空間で故郷に触れ心揺らいだそうです。故に春香様も分かりませんね」
俺の発言に更に重く冷えた空気が部屋を包む。反対に俺は嫌味を言えてすっきりしている。
窓の外を見ると既に日は落ち今は夜の10時だ。あの空間とこちらの世界では時間の流れが違う。恐らくあの空間では半時間程の事でも、こちらでは半日ほど時が経つ。空間のリミットを考えると最長明日の夕刻までかかるだろう。長丁場になりそうだ。
給仕長を呼び待機している皆さんに軽食を用意させる。旦那様と奥様は旦那様の執務室へコールマン侯爵様は客室で召し上がっていただき、待機していただく事にした。
相変わらず春香様の部屋の空気は重い。徐にアレックス様が聞いてくる。
「なぜ、“送り人”である事を黙っていたんだ。他の者に言えないのは分かるが、同じ啓示を受けた俺には知らせておくべきだ」
「テクルス神の意志で誰にも伝えていません。勿論春香様にも…」
「何故だ!意味が分からん!」
ここで2人目のテクルスの使いの話をしてやった。途端にアレックス様の顔が曇る。どうやら何か知っている様だ。
「それに本来なら春香様が“帰りたい”と強く願い倒れたあの日に、時空の狭間は開かれ日本に繋がるドアはあり、あの時に春香様は望み通り元の世界に帰れる筈でした」
「「「!」」」
そう、春香様が“帰りたい”心の叫びを挙げ、アレックス様と俺がテクルスから啓示を受けたあの時、あの空間は開かれていた。春香様が気を失われ、記憶を失くし延期になっただけだ。
「では、春香が記憶を失くさなければ…」
「はい、私が日本に通じるドアに案内し、恐らく…」
3人とも青い顔をしている。そう春香様は辛い記憶を失くし何も知らずに求婚者達と交流を持ち今に至る。記憶が無くならなれば今頃日本で平穏な日々を過ごされているだろう。
「これは私個人の意見ですが、春香様は記憶を失わずにあのまま日本にお帰りになるべきだったと思っています」
「何故だ!」
殿下が怒りをぶつけミハイル様とアレックス様は眉を顰め苦い顔をしている。
「よく考えて下さい。あの方がどれだけ危険な目に合い心身ともに傷ついたかを」
「うっ!それは…」
「あの方は人が良すぎて傷つく。目立たずご自分のペースで穏やかに過ごされた方がいい」
「「「 … 」」」
反論できない御三方は黙り込む。春香様が帰りたいと叫び混乱した彼女を抱き止めだ時、彼女の感情が伝わって来た。知り合いなくたった1人で周りに迷惑をかけない様に気を張っていたのだ。そんな心情も知らずに目の前の男どもは彼女に求めるばかり。
正直腹が立つ。特にアレックス様には負の感情しかない。いくらテクルスから啓示を受け改心したとしてもだ。春香様がお心を向けられるのが理解出来ない。
すると沈黙を破りローランド殿下が話しだす。
「私が春香に初めて会ったのは王都の平民図書館だった。あの日の春香は女神に見えたよ…」
お読みいただきありがとうございます。
次話から求婚者達の回想に入ります。




