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何か起こっているかやっと聞ける事になった春香です
ゆっくり目覚めた。知らない天井だ…そっかコールマン家の町屋敷だった。マニュラ様のポプリのお陰で枕が変わっても熟睡できた。サイドテーブルにある時計を見たら3時半前だ。起きて部屋に行くとエリさんが居て、いい笑顔でお茶を入れてくれた。ふとテーブルに置いてある手紙が目に入る。
『そっか!昨晩読まなかったんだ』
手に取り朝からきっと激甘になるのを覚悟で殿下の手紙を読む事にした。
手紙には先に帰ってしまった事への謝罪と愛の言葉が便箋1枚にびっしり書かれている。殿下は恋愛小説家になれる様な気がする。
2枚目に陛下に気持ちが通じた旨報告したら、直ぐにでも婚約&王太子にと言われたそうだ。だか殿下は私の気持ちが固まるまで保留にしてくれた。殿下に感謝しながら読み進める。しかし次の一文に一抹の不安が襲う。
『今、ゴラスから宰相補佐の侯爵が来ている。詳しくはアレクから説明があるだろ。事が落ち着くまで王城と町屋敷には近付かないで欲しい』
と書いてあった。アンリ王女は押しかけ女房なのは分かるが、なんでゴラスの宰相補佐が来ているの?
アンリ王女の暴走を止める為?それとも正式にミハイルさんとの縁組で?
何にせよ簡単な話では無さそうだ。また暫くコールマン家のお世話になる事になった。溜息を吐くとエリさんが
「春香様!溜息は幸せが逃げてしまいますわ。おやめ下さい」
「こっちでも迷信あるんだ。私のいた所も同じ迷信があるんですよ」
これをきっかけにエリさんと色々話す。アレックスさんが言ったみたいに、屋敷の人は明るく気さくな人ばかりで気が楽だ。話しやすくて人見知りの私は助かる。ふと思い付いた事を質問してみる。
「エリさんはゴラスからですか?」
「はい。実家はゴラスの薬師で付き合わせで来ました」
「アンリ王女はどん方なの?」
「祖国の王女をそんなふうに言うべきでは無いのは重々承知していますが、色ボケし王女と呼びたくないですね」
「辛辣だね」
「ゴラス出身の平民は皆んな同じ事を言うでしょう」
どうやらアンリ王女は容姿、身分に拘り暴言も酷かったらしい。
「それに比べハンナ王女は素晴らしいお方で、平民にも同じ目線でお話をそれ気さくな王女さまです。本当に姉妹なのかと疑いますわ」
これだけ言われるアンリ王女を見てみたいなぁ…なんて考えていたら、近いうちにご対面する事になるなんて、この時は考えてもいなかった。
エリさんと話が盛り上がっていたらアレックスさんが迎えに来た。まだ夜着にのままだったから、慌てて寝室に着替えに行く。着替え終わり部屋に行くと微笑み抱きしめちゅーをしてくる。エリさんは慌てて退室していった。
「アレク。おはようございます。あのね!人がいる時はちゅーは止めて欲しいの」
「何故だ⁉︎」
「恥ずかしいから」
「俺は気にしない」
「いゃ!私が気にするんです!」
結局私に甘いアレックスさんは極力人がいる時はちゅーしないと約束してくれる。後日殿下にもお願いしたけど却下され、どこでもしてくるからその度に恥ずかしくい思いをする事に…いつか慣れるのだろうか⁈
アレックスさんと食堂に行き朝食をいただき、その後にサロンで今起きている事を聞く事になった。
「結果から言えばミハイル殿はアンリ王女とシュナイダー公爵家町屋敷で5日間の付き合わせをする事になった」
「はぁ?」
意味が分からず首を傾げていたら苦笑したアレックスさんは更に詳しく説明してくれる。
アンリ王女は家出同然でレイシャルに来ていた。ゴラス女王はレイシャルに迷惑をかける事を懸念し、最後のチャンスをアンリ王女に与えて欲しいと、正式に申出をする。陛下とレイモンド父様は協議しこの問題を長引かすより決着をつけた方と判断。ゴラスに恩をうれるしジョシュさんとハンナ女王との縁組にも有利になると考えた。
「ミハイルさんが貧乏くじじゃないですか⁉」
「びんぼう?意味がわからんが、ミハイル殿にも利があるぞ」
アレックスさんが言うには正式に断る事ができ何より私を守れるという。
『私を守る?』
どうやら私が知らないだけで密偵の類が私の周りをうろついていたそうだ。シュナイダー公爵家屋敷にはクロードさんが、町屋敷にはクリスさん、コールマン領にはグリフがいるから簡単に私に近づけなかった。やっぱりクロードさんとクリスさんはその筋の人なんだ…納得だ!だって気配を消せるなんて普通の人は出来ません!
その上アンリ王女から私宛に手紙も沢山届いていたそうだ。
「全く気付かなかった!」
「春香は何も知らなくていいんだ。穏やかに過ごし自分がどうしたいかだけ考えればいい」
「でもそんな密偵がいたらここも危ないんじゃ…」
「それは無いと判断した」
「根拠は?」
アレックスさんが言うにはアンリ王女は今ミハイルさんに全力投球中で反対に私に構っている暇がない。恐らくこの町屋敷を監視はしていても、何かするつもりは無いとみている。
「春香がこの屋敷から出なければ問題ない。少し窮屈だが付き合わせが終わるまで我慢してくれ」
「事情は分かりました。でも…」
「?」
“織田春香”のまま帰れる期限まであと20日もない。ミハイルさんに想いを告げてからここに残るかを決めなければならない。付き合わせが始まったのが昨日からだから…真剣に3人と向き合えるのは10日ほどしかない。そんな短い期間で今後の人生を決める事が私に出来るのだろうか⁈
黙り込んだ私をアレックスさんは抱きしめてくれる。
「帰る期限の事か?」
「うん。あと20日ほどしかないのに、こんな状況になり困惑しているの」
「取りあえずミハイル殿がアンリ王女を選ぶ事は無い。陛下もゴラス女王も破談を願っているから心配するな。ゴラス女王はアンリ王女の我儘に愛想が尽きこれが最後だと仰ったらしい。ミハイル殿が断れば他国の皇太子との縁組が強制で決まる。今お前は我々の想いを受けたうえでここに残りたいかを考えればいい。他の想いや他の者の事は気にしなくていいんだ」
「…」
「そう言っても春香は優しいから他者の事を考えるんだよな…そんなところも惚れているんだぞ」
「ありがとう。ここにお世話になりゆっくり考えてみます。アレク…外出も出来ないし暇なの。町屋敷みたいに身の回りの事を自分でしていい?」
「ふふ…お前らしいな。セバスに話しておこう。エリの手伝いをするといい」
「ありがとう」
こうしてすべての事情を聞きあと4日この町屋敷にお世話になる事になった。
早速アレックスさんがセバスさんに話をしてくれ、エリさんのお仕事の手伝いをする。一緒にベッドメイキングをしてシーツを洗濯場に。洗濯は流石にセバスさんからのOKが出なくて出来なかったが、庭師のグレンさんと花壇の水やりをしている。花壇の端まで水やりを終えて“ほっ”と一息吐いていたら真っ黒なウサギに似た小動物が花壇から顔を出した。
「めっちゃ!可愛い!野生かな?」
「そいつは野生サップという草食動物で大人しい。花壇の隅に映える草を食べに来るんですよ。この町屋敷の裏手は森につながっているのでね」
「可愛い…」
「春香様。こいつは臆病だから手を出すと噛むぞ」
「へっ!」『早く言ってよ!もう出しちゃったよ』
噛まれるのを覚悟すると…私の出した手の平の下に頭を持ってきた。まるで撫でて欲しいかのようだ。そっと撫でると見た目より毛並みは柔らかく思わず口元が綻ぶ。あ…軟禁状態のストレスが発散されていく…
「春香さま~!」
「あっ!」
サップはエリさんの声に驚いて森の方へ逃げて行ってしまった。
「エリ!あんたは声がデカいんだ。今春香様はサップを撫でていたのに!」
「本当ですか!サップは野生で懐かないって聞いていたのに!」
庭師のグレンさんは興奮気味にエリさんと話をしている。そんな凄い事なんだ…私はこの世界では異質だからと人として認識されていないのかもしれないと少し自虐する。
アレックスさんが使用人さん達に色々言ってくれている様で、暇にならない様に皆があれこれ声をかけてくれ寂しくないし居心地かいい。
「エリさん何か用事ですか?」
「若様が仕事のキリがついたのでお茶をと申されています」
「分かりました。サロンですか?」
こうして待機中恙なく過ごしあっという間に4日目の昼下がり、暇で庭師のグレンさんに頼み込んで正門近くの草むしりをしていた。正門は締められ施錠されているので、安心して“ぶちぶち”雑草を抜いている。すると簡素な馬車が正門真ん前に停まりフードを被って女性が降りてきた。今、門番さんが交代時間でいない。少し怖くなり人を呼びに行こうとしたら…
「春香様…」
「ん?」知り合いか?
いつでも逃げれるように警戒しつつ相手の顔を覗き込むとシュナイダー公爵家町屋敷の侍女のエリスさんだった。
「何で⁈」
「静かに願います。命を受けて秘密裏に来ています。ミハイル様から手紙を預かっております。お渡ししたいので門近くまでお越しいただけますか?」
「・・・」
エリスさんは紛れもなくシュナイダー公爵家の侍女さんでコールマン領地に行くまでずっと私の担当で結構仲良くしてもらっていた。けど…今町屋敷はアンリ王女が滞在されミハイルさんと付き合わせ中だ。そんな時にミハイルさんが直接私に手紙なんて書くかなぁ⁈怪しさ7割、本当かも2割、分からんが1割って感じだ。今日は朝からアレックスさんが登城していて屋敷には使用人さんと騎士さんだけ。判断つく人がいない。夕刻にメリージェーンさんが婚約者の承諾を得てまた来てくれることになっているがまだ着いていない。
「お早く、アンリ王女の密偵が見張っているので怪しまれますわ!」
「ちょっと待って下さい。せめて騎士さんを同伴させてください。アレックスさんから注意するように言われているので」
「…やっぱり駄目だわ!作戦2を実行」
「はっ?」
するとエリスさんの背後から黒い何かが飛び出し門を飛び越えて来た。一瞬の事で訳が分からない。次の瞬間体が浮いた。
「ぎゃぁーーー!」
必死で叫んだ。黒い人に肩に担がれ逆さになった景色に正門が馬車で引っ張られ見事に壊れるのが見えた!私を担いだ黒い人はそのまま馬車に飛び乗り、馬車は猛スピードで走って行く。車内下ろされ猿ぐつわと目隠しをされ手首をロープで縛られた。
「春香様。大人しくしていれば何もしませんからお静かに!」
「・・・」
エリスさんが現れてからホンの数分の出来事だった。軟禁からの拉致となりこれってラノベの最後の大事件じゃん!!と心で叫ぶ。
“ガタガタ”馬車は進みどのくらい走っただろう…私の感覚では半時間位?馬車のスピードが遅くなりやっと停まり扉が開いた。誰かに触れられ体が強張る。視界を奪われたので状況が分からない。抱きかかえられ何処かに入っていく。ひんやりした空気に人気が無いのが分かる。廃墟とか地下室とかだろうか⁈扉が開き何処に入った⁈
ベッドかソファーの上に下され扉が閉まる音がする。猿ぐつわと手首のロープが解かれた。
「目隠しはそのままで!春香様。後2日ここで大人しく過ごしていただけるなら、貴女の身と貞操を守ると約束します。ここにある物は貴女が町屋敷で使っていた品が揃っていますから自由に使って下さい。食事と湯あみも自由にして下さい。大声で助けを求めても周りに家は無く誰にも気づかれないので、無駄な努力と体力を使われない様に。今から目隠しを取り部屋の入り口は施錠します。後はご自由にして下さい」
「エリスさん。貴女は…」
「私はアンリ王女の侍女を長く勤め、貴女の監視の為に町屋敷の侍女として潜入しておりました。我が君主はこれが最後のチャンスなのです。邪魔をしないで頂きたい。もし破談になれば好きでもない男に嫁がされるのです。春香様も同じ女性ならそれかいかに苦痛かお分かりになりますね」
「邪魔をする気はさらさらないよ。コールマン家の町屋敷でアンリ王女の付き合わせが終わるまで大人しくしているつもりだったんだよ。こんな事しなくても…」
「ミハイル様が会いに行く可能性もあります故」
「私が何を言っても帰す気ないのでしょう⁉」
返事をしないから肯定と判断する。まだまだ言いたい事はあるけど、とりあえず頭の中を整理したいからそれ以上言うのをやめた。するとエリスさんは目隠しを取り、さっき私を拉致った黒ずくめの人と部屋から出て外から施錠する。施錠する音を聞いていると鍵は3つある様だ。気分は大犯罪を犯した犯罪者だ。
「はぁ・・・」大きな溜息を吐いてベッドに寝転がる。エリスさんが言った通り町屋敷にあった私のダブルベッドだ。起き上がりクローゼットを開けてみたら、アビー母様が用意してくれた衣類が並んでいる。ここに私の荷物が全てあるという事は、アンリ王女があの部屋を使っているんだ。
あの部屋はミハイルさんの部屋の真上にあり、階段を下りると直ぐ行ける。凄いモヤモヤして来た。
「何かイヤ!」
一頻り文句を言ったら疲れた。ふとカーテンが目に入り近づき開けてみたら…
見事に外から板が打ち付けられていて光さえ入らない。慌てて部屋全ての窓を確認したが、やっぱり全て板が打ち付けられている。
「はぁ…後2日って言っているけど信用できないし、もしミハイルさんが断り逆上して私に怒りが向くかもしれない」
取りあえず身を守るために武器になる物と脱出する方法を探す事から始めた。クローゼットや浴室に行き色々探す。鈍器になりそうな花瓶やナイフの代わりになりそうな鏡もない。後は食事の時に出てくるカトラリーだ。期待して食事を待つと…サンドイッチとカップに入ったスープだけで、ナイフやホークを使わない食事だった。武器が入手できません!どうする私!
お読みいただきありがとうございます。
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休載中ですか『女神の箱庭は私が救う』もよろしくお願いします。




