23時00分
十年。
十年、この仕事をしてきた。
一年に一度、儀式で捧げられる生贄を見張るだけの、ただそれだけの仕事。
小屋の扉の前でただぼんやり突っ立っているだけの、世界一消極的な人殺し。
逃げ出した先で待つ村の重鎮からの報復が恐ろしく、かといって自分で命を経つ勇気もなく、そうして片棒を担ぎ続けてきたこの儀式の犠牲者たちへのせめてもの餞として、臓物を吐き戻したくなるような罪悪感から目を背けることだけはすまいとしてきた。
しかし今年に限っては、それすら難しいかもしれない。
「それで、今から私が捧げられる……何様でしたっけ?」
「ただの質問のはずが煽っているようにしか聞こえないな……水神様だ。この村の天候を司るとされている」
「ははーん、弱点はでんき・くさってとこですね。お兄さん、スタンガンとか持ってます?」
「この状況であまりに逞し過ぎる」
何せ生贄が図太すぎるのだ。
たかが十年、されど十年。昨年の儀式でとうとう見送った人間は二桁を超え、後に引くタイミングを完全に逃した俺は並大抵のことでは驚かなくなっていた。
詰られても、泣かれても、縋られても。中途半端に残ってしまった良心を胸の奥へと押し隠すのも、ここ十年でずいぶん上手くなったのだ。
上手くなったのだが、さすがにこのケースにおける正しい対処法を学ぶ機会など、この十年ぽっちでは訪れるはずもなく。
「えっ、まさか持ってないんですか?」
「そんなスマホみたいなノリでスタンガン持ってるやつがいてたまるか」
「え〜、お兄さんまだ鼠取り使ってるんですね」
「そのガラケーユーザーに対して哀れみの目を向けるスマホユーザーのような目をやめろ」
「お兄さんの経験談ですか?」
「殺すぞ小娘」
ずばり図星を突いてくる生贄に対し、つい感情的な答えまで返す始末。何かと精神的苦痛の多い仕事ではあるものの、今年は例年とは違った意味合いで疲れが溜まりそうである。
感情に任せてうっかりこの小娘を手にかけないよう、細心の注意を払わなければ。
儀式まであと六時間。長い長い夜が始まった。