状況の整理
何分泣きわめいたのか。
子供の体で力いっぱい泣く行為はとても疲れる。
落ち着いてきた頃には体力ゲージが半減していた。
いや、むしろ瀕死状態?
今度は睡魔が私を襲う。目がとろんとしてきたのを見て、慌ててケッツが口を開く。
「おいミコト。結局帰る家はあるのか?わからないってのはどういうことだ。場所を覚えてないってことなのか。それとも逃げ出してきたのを隠してるのか?隊長にお前のことを任されてる。半端なところで別れるわけにはいかないんだ」
頬をはたきながら言うケッツ。
そうだ眠っている場合じゃない。
気力で持ち直す。
状況を整理しよう。
私は死んだ。
寝不足で歩いていたあの朝に、階段を踏み外して死んだのだ。
そしてどういう因果か、私は自分が創作した世界へと飛ばされている。
転生、と呼んでいいのだろうか。
乳児期すっとばして幼児の姿だけど。
そんで落ち着いて思い出してみよう。
神様らしき人の言葉を。
創造主である私が死んで…、人生が断絶される?
だから、導いてほしい、…とかなんとか。
つまり、主人公ちゃんを助けるのは必須のはず。
プロット通りに進むように、あれこれ手を回せばいいってことだろう。
主人公、ヴェータは人間ではない。
この世界には3つの人種がある。
人間と、小人族と、半人族。
主人公は人間と半人族のハーフだ。
人間優位のこの国では、小人族も半人族も立場が低い。
迫害されていると言ってもいい。
ヴェータは国でかなり重要な役職にもかかわらず、半人族とのハーフだというだけで、いま牢に囚われている。
このままヴェータが囚われていると、この国は立ち行かなくなるだろう。
私がそう設定したのだ。
間違いない。
プロット通りに進めるためにも、この国を救うためにも、何よりヴェータを幸せにするためにも、ヴェータを解放する必要がある。
そして城での出来事を思うと、協力者が要る。
発言力も行動力も、幼児では圧倒的に不利だ。
忍び込んでも迷子だと思われる。
話をしようにも子供の戯言だと思われる。
大人ならすぐの距離でも、この体では2倍3倍の時間がかかる。
おまけに突飛な容姿を指定してしまったから、輩に狙われる確率が高い。
くそう。
夢だと思って好き勝手に好みだけでキャラメイク(?)してしまった。
不都合極まりないんだが。
いや、私のせいなんだけど。
自業自得ではあるんだけど。
神様ももうちょっと詳しく丁寧に説明してくれれば、私だってきっと今後を考えた行動を…。
したかな。
わかんないや。
まあ過ぎたことは置いておこう。
自分の姿を確認できるのを楽しみに、どうにかこの状況を打破だ。
話を戻して、味方が必要である。
できれば自分が創作したキャラを味方に付けたいところ。
性格も生い立ちも、諸々把握してるからね。
だけど今この場にはいない。
いないから仕方ない。
ケッツを、味方につけたい。
兵士だし、それなりに信用できる人間のはず。
怖い思いはさせられたけど、輩からは助けてくれた。
泣き喚く私を慰めるように、抱きしめてくれた。
言葉を尽くせば何とか、どうにか、少しくらいは、私のことを信じてくれないだろうか。
狐のようなつり目をした、ケッツの顔を見つめる。
荒唐無稽な説明を聞かせることになる。
何をどこまで、どの順番で話せば、信じてもらえるだろう。
なぜヴェータが城に囚われているのを知っていたのか。
そこを糸口に話せばきちんと聞いてくれるはず。
問題は何をどこまで、というところだ。
この世界を創り出したのは私だとか、この世界を導くために呼ばれたとか、そんなの信じてくれるわけないよなあ~!
私だったら信じない。
相手の正気を疑ってしまう。
けど、相手は幼女であっても外敵かと疑う兵士だ。
ある程度の証拠と、筋の通った説明をしたら信じてくれるかも。
もしかしたら。
もしかすると。
私が考え込んでいる間、ケッツは静かに待機していた。
意を決して口を開く。
「…ヴェータが、なんで城に囚われてるかを知ってたのか、話す」
ケッツの顔がすっと真面目な顔に切り替わった。
話が長くなっても困らないように、道の端に避けて腰を落ち着ける。
「えっとね、始めに言っておく。このままヴェータが囚われてると、この国はダメになるよ」
この世界では、季節を司る役職がある。
祭壇にて神と交信し、相応しい時期に相応しい季節へと移り変わらせる役職だ。
時期を誤れば気候が乱れてしまう。
寒すぎる、暑すぎる、雨が少ない、雨が多いなど。
作物の収穫量は当然気候に左右されるわけで、不作になれば民が苦しむ。
場合によっては洪水や台風で死者が出ることもある。
基本は一人が1つの季節を受け持つこの役職。
それを主人公であるヴェータは1人で全ての季節を請け負っていた。
この国の季節を牛耳っていたと言っても過言ではなかったのだ。
しかし、そのヴェータは囚われ職務を全うできない現状。
季節が正しく巡らなくなる。
スノードロップが芽吹く気配がないのも、その片鱗かもしれない。
もしかして私が執筆した時点よりも時間が進んでるんだろうか。
おや、その可能性は考えてなかったぞ。
「なぜだ」
考え込みそうになった思考を、ケッツの疑問が引き戻した。
「ヴェータの代わりの人は就いてる?いないでしょ?これからどんどん気候は狂っていくよ。ヴェータが就く前も崩れかけてたのに、止めを刺したね」
この国の季節は長らく不安定だった。
神との交信がうまくいかず、適切な季節の移り変わりが出来ていなかったのだ。
それをヴェータが立て直した。
神との親和性が高く、1年を通して適切な時期に適切な季節を呼べる。
稀有で有能な人材。
だからこそヴェータは役職に就けたのだ。
本来ならば夢見ることすら許されない、天と地ほどの差がある身分だった。
無理やり体裁を整えての異常な配置。
嫉妬や悪意の飛び交う環境。