ピンチと実感
にやにやと意地悪く笑う男たち。
前方は塞がれてしまった。
ならば。
逃げるが勝ちだ!と回れ右で走り出す。
しかし100cmに満たない幼児と大の大人の競争。
勝てるはずがなかった。
すぐに捕まり、手で口を抑えられる。
「へへへ。こりゃ金になるぜえ」
「早く売り飛ばそうぜ。そんで今夜は宴だ」
私の見た目は、この世界には馴染まない特異な色合いをしている。
見世物小屋に高値で売り飛ばすつもりらしい。
そんなことされてたまるか!
死に物狂いで暴れる。
踵が男のどこかにヒットした。
「ぐっ」
男の手が緩んで地面に落ちた。
すかさず走ろうとして、足に熱い衝撃が走る。
勢いよくこけた。
振り返ると男の手には短いナイフ。
「舐めやがって」
腿を切られた。
深くはなさそうだが、傷口から血が滴り落ちる。
やばい、と思った。
ケッツとはまた違った恐怖を感じる。
ケッツには信念があった。
国を守る。
王を守る。
秩序を守る。
兵士としての信念。
余計なことをしたら暴力が飛んできそうだったけど、それでも言葉を尽くす余地があった。
いま目の前にいる男たちは違う。
感情のままに振る舞う、論理の通用しない相手だ。
そんな危険な相手を怒らせてしまった。
歯が小さく震え始めた。
おかしいな。
夢の中だってのに、こんなにも恐怖を感じてる。
男がナイフを振りかぶった。
せめてもの抵抗に飛びずさる。
痛みに備えて強く目を瞑った。
けれどナイフが私の体を傷つけることはなかった。
聞きなれない、鈍い打撃音が響く。
こわごわ薄目を開いてみたら、ケッツが男たちを伸していた。
助けてくれた…?
倒れこんだ姿勢のまま、ぽかんとケッツを見つめる私。
ケッツは倒した男たちを拘束して私に向きあう。
氷点下だった視線が幾分か柔らかい。
うつ伏せに倒れる私を起き上がらせ、腿の傷を見て手当を始める。
「…悪かったな。怪しさは拭えないが、非力な子供であることは間違いない」
傷口周りの汚れを落として布を巻いていく。
瞬時に滲む血の赤。
布を赤く染める。
途端に傷口が痛みを主張してきた。
鋭く痛んで、熱い。
じくじくと痛みが脈を打つ。
呼応するように目頭も熱を持った。
鼻がつんとする。
視界が揺らぐ。
瞬きをすれば涙が落ちて、崩壊したらもう止められない。
ああ、この痛みは本物だ。
腿を切られた痛さ。
擦りむいた膝の痛さ。
この寒さも、感じた恐怖も、全て、すべて。
唐突に実感する。
あの真っ白な空間で説明されたこと。
足を踏み外したこと。
わたし、死んだんだ。
ひくりと喉が震える。
悲しみか絶望か、はたまた危険から解放された安堵か。
何かわからない感情が叫び声に変わった。
もう親には会えない。
友達にも会えない。
長年お世話になってた習い事の先生にも、サークルの人たちにも、バイト先の人たちにも、もう、誰にも。
傍から見れば幼女の大号泣だ。
輩に襲われた恐怖で泣き叫んでいると思ったのか、ぎこちない動作でケッツが私を抱きしめる。
泣き叫びつつもどこか冷静な自分。
ケッツに対して申し訳なさが頭をよぎった。