怒り狂う王の裏で
「まだあの半人族は見つからないのか!」
父の怒り狂った醜い叫び声が響く。
近頃はずっとこの調子である。
半人族だという交信者に逃げられてからは一層酷い。
表面だけは平静を装い、しかし内心ではうんざりとした気持ちだった。
王族として恥ずかしいという気持ちすら沸く。
父は恋情に囚われすぎている。
そこに執着するがために、心を乱されて醜い姿を晒すことになるのだ。
仮にもこの国の王なのだから、些事で喚き散らさず平静を保ってもらいたいものだ。
騒ぎを横目に、必要な書類を臣下に持たせて速やかに通り過ぎる。
面倒事には近寄らないのが一番である。
父には3人の妻がいる。
第一に、第三王子である私と、第一王子である私の兄の母。
第二に、私にとって異母兄となる第二王子の母。
そして第三に、年の離れた異母弟である第四王子の母。
理想としては、どの王妃も平等に扱い愛することが正しい姿だ。
それこそが国王たる模範的な姿である。
たとえ気持ちに差があれど、表面上は平等に愛していると取り繕うものだ。
だが、父は違った。
誰から見ても、父が第四王子の母、ツォタワ様を一番に愛していることは明白だった。
いや、ツォタワ様しか愛していないと言ってもいい。
幼少の私が察するほどに、父の態度は露骨であった。
血を絶やさぬこと・子孫を残すことは王族の使命であり、複数の妃を娶り跡継ぎを確実に作ることは、もはや国王の義務である。
しかし、父にはそれが受け入れられなかったようだ。
父が一方的に惚れてツォタワ様と婚姻を結んだ後、第二・第三の妃を娶ることには随分と渋ったという。
周りの説得でどうにか二人の妃を娶らせたわけだが、そこに気持ちがないことは明らかだった。
義務としか言いようがない乾いた接触だけが重ねられており、私の母と父の仲睦まじい姿など一度として見たことがない。
かといって、ツォタワ様と父の親密な姿も見たことはないのだが。
そもそも、ツォタワ様の姿を見る機会が非常に少ない。
重要な行事では、国の代表者が顔を並べ出席するものだ。
もちろん、王妃は三人とも姿を揃える。
しかし、それ以外で姿を見たことはあっただろうか。
ほぼ無いと言える。
もしかしたらツォタワ様は、父によって大事に大事に囲われているのかもしれない。
いや、恐らくはそうなのだろう。
書類を確認していると、とある数字に目が留まった。
手元の輸入物一覧の書類には香辛料の名前が並んでいる。
その中で一部、香辛料の輸入量が例年よりも減っている。
季節的に減る時期ではあるが、以前に比べて減り幅が大きい。
過去数年分の資料と見比べ、間違いないことを確信する。
「コリャンダーの輸入量が減っているようだが」
「対価が見合っていないと、これまでと同様量の取引きを渋られました。次回の交易では倍量請求すると仰っております」
こちらの足元を見る嫌味な顔が目に浮かぶ。
実際、向こうの方が豊かな国だ。
こちらが向こうに与えられる利益は少ない。
国内の作物収穫量は長らく芳しくなく、なけなしの量を輸出したところで、質の悪さで買い叩かれる。
輸出できるほどの武器を作る技術もなく、我が国の国力は下がる一方だった。
そういった中で、食い止めるべく実施された苦肉の策が、子供を商品として取引することだった。
きっかけは純然たる偶然。
社交界での戯言に端を発する。
とある国の貴族が嘆いていたのだ。
「自分よりも背の高い従者は気に入らない」
「小人族の従者が欲しい」と。
その男は一般的な男性よりも頭一つ以上背が低く、家族や従者から見下げられることを神経質な程に気にしていた。
しかし国内で小人族の従者を見つけることはできなかったようだ。
身長の低い良い従者はいないものかと社交界で話していたところ、父の耳に入った。
小人族なんぞでいいなら幾らでも売ってやる。
……実際は取り繕った言い方をしたことと思う。
でなければ、社交界での父の評判は地の底だ。
さすがの父でも社交界では時と場所を弁えた態度だったと思いたい。
しかし、私たち子息に説明した際の言葉はこうであった。
小人族なんぞでいいなら幾らでも売ってやる。
何人欲しいんだ。
男でも女でも、好きなだけ用意しよう。
貴族は喜んで取引に応じ、それをきっかけとして、子供と香辛料を取引きする秘密裡の交易が始まった。
しかし、だ。
質を計りやすい香辛料と質を計りづらい子供を取引するなど、公平性を保つには酷く骨が折れる行為だ。
向こう側は難癖をつけてはすぐに支払いを渋ってくる。
要求を素直に飲んでいては、むしろ国力を弱める意味のない交易となってしまう。
応戦に必要なのは、何よりも情報である。
相手の好みに応じた容姿、年齢、性別、種族。
選りすぐりの子供を商品として送りだす。
それでも取引に渋るようなら、相手の弱みをちらつかせる。
弱小国だからと甘く見積もられては溜まらない。
いずれ、我が国は強国に肩を並べる豊かな国へと成長するのだ。
子供を欲するような、変態貴族なんぞに負ける些末な国では決してない。
この貴族に対しても同様である。
これまで差しさわりのない取引だったからと、別取引を優先して兄を乗せずに船を出したのが間違いだった。
今後二度と同じ事態は起こすまい。
優位に立とうという行為がどれだけ愚かなのか、深く心に刻み付けてやろう。
脳内を飛び交うのは、事あるごとに探りを入れて溜め込んでいた情報たち。
今回はどの情報を使って愚かな貴族の青い顔を拝もうか。
くつくつと笑いが漏れる。
手始めに、今回の取引に関して文書を送って、相手の反応を確かめるとしよう。
「他に報告はあるか」
「は。カークオ国の貴族が取引に参加したいと意思を示しております」
カークオ国といえば、希少な豆が取れる地域だ。
豆を燻して磨り潰した粉は、薬にも甘味にもなるという。
これは良い知らせだ。
「その貴族は幼子を偏愛しており、近頃は光を発するかのような眩しい少女を所望しているとのことです」
人間が光を発するわけがない。
“神に謁見したい”と同義の言葉だ。
つまりは不可能。
「それはどういうことだ」
「あるべくもない容姿の子供を欲しているようです。正気を失しているのか、世迷言かは定かではありませんが」
幻影を探す戯けなら、優位に事を運びやすいだろう。
盲目的に幼子を欲する可能性も高い。
唯一つ幻影だけを求めているわけでもないだろう。
代替品を宛がってやればいい。
「全てを調べろ。手早く念入りにな」




