頃合い
もうすっかり暖かいぽかぽか陽気で、太陽がご機嫌に輝く日々。
私はのんびり平穏な時間を過ごしていた。
子供たちと遊び、食堂で店員さんと軽口を交わし、散歩をしては町の人たちと束の間の交流を楽しむ。
一二度攫われそうになったけど、すぐさまケッツが捕まえてたし、ノーカン、ノーカン。
合間合間にヴァツサと情報交換の場が持たれ、周りでは策略が動いていることを感じる。
オウタとヴェータも、きっと今頃頑張っていることだろう。
この港町までは伝わってこないけど、王都ではヴェータ脱出が大問題になっているはず。
兵士に捕まることなく、こっそり無事に活動できていることを願う。
なむなむ。
しかし、平穏に過ごせることは良いことだけど、世間はまったく平穏ではない。
逃げ出したヴェータを探して兵士が躍起になっているだろうし、人身売買なんてものはひっそりと行われているし、ヴェータの育ての親たち関係者は捕まったままだし、私は何か動かなくていいのだろうか。
動きたい気持ちだけはモリモリあるけど、ケッツの方は待ちの姿勢だ。
囮捜査を積極的に行う様子はなく、私が遊んでる間は周囲を観察して、町を歩いては住民と交流を深めているのか情報収集をしているのか、という感じ。
ヴァツサに任せている罠に第三王子が引っかかるのを待っているのか、ペィミアからの調査報告を待っているのか、ケウニス隊長からの新たな指示を待っているのか。
謎である。
持て余したやる気の行先をください。
そんな平穏な日々に変化が生じる。
ペィミアからの伝書鳩が起因だ。
何通めかの報告書を受け取ったケッツは言った。
「良い頃合いだな」
「何が?」
「ラヘッラに行くぞ」
オウタとヴェータが宿を取っている町、ラヘッラ。
そこに行くということは、オウタとの接触を図るのだろう。
ラヘッラまでの移動に数日かかるため、詳しい話は馬上でされた。
「貴族連中の協力は順調に取付けたらしいな。今のところ兵士に咎められる気配もない。だが、そこで行き詰っている」
「えーと……、貴族以外、身分が違う人の協力が得られてないってこと?」
「そうだ。お貴族様から平民に協力を乞うなんて不服でしかないしな」
「まあねえ。よくそこまで調べられたね」
王を廃位させるための活動なのだから、当然、ひっそりこっそり隠れて行っているはず。
それを調べるというのはすごく大変なことなのではなかろうか。
オウタが誰と接触してるかは、まあ手紙の行先とか訪問先とかを確認すればいいんだろうけど。
「あれでペィミアは優秀なんだよ」
優男な見た目に反して好戦的で、無遠慮な視線を向けてくる男、ペィミア。
あんまり関わりたくないと思ったけど、やる時はやるらしい。
まあ、ケウニス隊長が雇ってる人だもんね。
実力があるのは当然か。
ラヘッラの宿に着いたが、部屋を訪ねるとヴェータしか居なかった。
顔を出した瞬間大歓迎で迎え入れてくれる。
「ミコトさん。お元気そうで何よりです。久しぶりにオウタ以外と会えました。とても嬉しいです。あ、部屋が荒れていて申し訳ありません。いま片付けを……。ええ、オウタは今出かけています。中でお待ちになりますか?」
紙が散乱する部屋を軽く片付け、私たちにお茶も出してくれる。
兵士が必死の捜索中であるヴェータは外を出歩くことができない。
宿屋に閉じこもり、手紙のやり取りをずっと行っていたらしい。
ちょうど配達時間がきたようで、話してる合間にも束となった手紙が届けられた。
「忙しそうだね」
「そうですね、少し。ですが、のんびりもしてられません」
宛名を確認して開封していくヴェータ。
その表情は真剣だ。
邪魔しない方がいいかな。
文字が読めない私はぼうっと見守るしかできなかったけど、ケッツは簡単に整理された手紙へ勝手に手を伸ばし、素早く目を通している。
静かな空間。
私だけすることが無い。
文字が読めないのたびたび不便だな。
勉強すべきだろうか。
そんな時間あるかな。
ケッツは教えてくれなさそうだしなあ。
どうやって勉強すればいいかな。
取り残された私がぼんやりそんなことを考えていると、通りで馬車の停まる音が聞こえた。
窓から覗いて見えたのは、オウタの姿。
「オウタが戻ってきた」
すぐに足音が近づいてきて、ドアが開けられる。
「おかえりオウタ」
連絡もなく突然訪問してきた私とケッツ。
その姿を見て目を丸くさせたオウタは、数秒かけて口を開いた。
「……何故いらっしゃるのですか」
「話をしに来た。良い話だと思うぜ」
手にしていた手紙を元の場所に戻しながらケッツが言う。
それを受けたオウタは、喜ぶでもなく驚くでもなく、僅かに眉を寄せた。
貴族は表情をころころ変えるものではない。
優雅な態度を保つのが美徳とされている。
何かしら動いた感情を表に出さないようにした結果が今の表情だと思うが、ポジティブな反応には見えなかった。
なんか警戒されてるようにも見えるんだけど。
気のせいかな。
「突然ですね。ご存知の通り、秘密裏の活動で忙しくしているので、無関係なことは今はご遠慮願いたいのですが」
「行き詰ってるんだろ?協力しに来たんだよ」
ケッツの言葉を聞いて、何故かオウタの視線が私に移る。
なんだ?
ちらりと交差した視線はすぐに戻された。
「……わかりました。話を伺いましょう」
コートを脱いだオウタが腰を下ろし、4人で向き直る。
前回この部屋で話をした時よりも人数は減っているのに、その時よりもなんとなく窮屈な気分だ。
空気が重いというか、硬いというか。
気のせいかな。
「ミコトさんたちはあの後どうされていたのですか」
オウタを特別牢から出して別れた後。
誘拐犯を城へ届けた、その後の数十日。
世間話で場を温めてから核心を話す流れなのかと、気持ち明るめに声を出す。
「お城に行った後は西北の港町に居たよ」
「港町ですか。何をしに?」
人身売買に関わる貴族をはっきりさせたくて囮活動をしてました!、なんて馬鹿正直には言えない。
誰にどこまで明かしていいのかも、私には判断が付かない。
なんて言えば……。
迷った返答をケッツが引き継ぐ。
「お前たちと同じさ。秘密裏の活動だよ」
「国を立て直したい目的は同じ、でしたか」
「ああ、そうだ。利害は一致するはずだ。手を組みたい」
一呼吸置いて、オウタが顎に手を当てながら言う。
「……ミコトさんがケッツに協力を頼んだと言っていた気がするのですが、随分と積極的なのですね」
そういえば、前回話をしたときは人身売買の件を知らなかった時だ。
私主体で動いてるって説明したし、ケッツは仕方なく私に付き合ってくれてるのだと思っていた。
「いろいろとあってな。回りくどいことは止めよう。貴族連中としか繋がれなくて困ってるんだろ?俺たちと協力するなら、平民と繋げられる」
オウタがヴェータの方を向いて、ヴェータは首を横に振る。
「ただし、結構な秘密を抱えてもらうがな。後戻りは許さない」
国の頂点が主導となって人身売買を行っているなど、簡単には口に出来ない。
それを伝えるということは、仲間となって協力することからは逃れられない。
でなければ、ケッツの場合、命を奪う可能性すら考えられる。
言葉の重みに対して軽いケッツの口調。
それが逆に、背筋を冷たくさせる。
協力するでしょ?
協力するよね?
何故だか心の距離を感じる気がするけど、お前はここで死ぬような玉じゃないはずだ!
はらはらと見守る私とオウタの目線が、再び交差する。
私を見ても何も助言できないよお。
ケッツの冷静で飄々とした感じ、標的になると怖いよね。
わかるよ、オウタ。
私にはエールを送ることしかできないんだ。
頑張ってくれ。
「その情報は、どこから知り得たのですか」
「兵士なんだ。調べる伝手も技術もあるさ」
オウタが押し黙ったことで、室内の空気が重たくなる。
“結構な秘密”とか“後戻りは許さない”とか言われたら尻込みするかもだけど、オウタたち貴族が平民と友好的に協力関係になるのは至難の業だよ。
ケッツと手を組んだ方が絶対にいいよ。
オウタの心をどう前向きに動かそうかと考えていたら、思わぬところから手助けがあった。




