見透かす瞳
生家での母の扱いに不満があった私は、野心を溢れんばかりに抱えて寄宿学校に入学した。
優れた成績を修め、世間評価の高い職場へと就く。
そうして私の価値が上がれば、付随して母の待遇も良くなるだろうと考えていた。
国内最高峰の教育を誇る、国営の教育機関である寄宿学校。
さぞや素晴らしい級友たちと切磋琢磨する日々が待っているのだろうと期待していたが、実態は違った。
金に物を言わせて子を入学させる貴族。
親の地位を自分の価値だと誤解している生徒。
志高く勉学に励む者もいたが、その数は予想よりもはるかに少ない。
失望した、期待外れだ、と不満を綴った手紙を何通か書いた。
入学後一月で見切りをつけ、余計な交友はしないと決めた。
そんなときだ。
時期外れの入学生、ヴェータがやってきたのは。
空いていた席に、ある日突然座るようになった生徒。
ヴェータは悪い意味で注目を集めた。
微妙に体に合っていない既製品の服。
髪や肌への艶が少なく、手入れが行き届いていない身嗜み。
姿勢が悪く粗野な振舞い。
貴族と並び立つには恥ずかしい有様だった。
平民であっても、天才的な才能を持って入学してくる人物は稀にいる。
しかしヴェータは文字が読めず、簡単な計算も覚束ない。
何故この場に存在しているのか。
疑問で仕方が無かった。
だが周りのことはどうでもいい。
ただ黙々と、自分の成績を上げさえすればいいのだ。
それを授業が許さなかった。
教師が機械的に割り振って、複数人で組んで成績を競うことになり、しかも同じ組にヴェータがいた。
他者との意思疎通の図り方などを学ぶためらしいが、文字も書けない人物と同じ組み合わせなど腹立たしくて仕方がない。
しかし足を引っ張られて私の成績が下がるのはさらに耐えられない。
初めにどう声を掛けたのだったか。
あの頃の私は平民への偏見が強かったから、「至極不服だが勉強を教えてやる」とでも言ったのかもしれない。
横柄だったことは間違いない。
そんな私にヴェータは嫌がるでも怒るでもなく、意欲的だった。
「お願いする、ます」とたどたどしく返ってきた言葉だけはよく覚えている。
そこらの貴族に勉強しようと声を掛けたなら、面倒くさいとでも返ってきそうなところだ。
その時点でヴェータは自分の名前と簡単な読み書きしかできなかったが、私が厳しく教えたのもあって、めきめきとできることを増やしていった。
場違いな平民だと侮っていたが、親の威を借りる貴族よりもずっと好ましい。
結果、寄宿学校で一番深く関わる相手となり、現在でも交流は続いている。
「“特別”の意味、ちょっとは伝わるかな」
軽く頭を傾けて、“ミコト”の色素の薄い髪の毛が揺れる。
私とヴェータの関係を、その目で見てきたわけでは確実にない。
寄宿学校に部外者は入れない。
何よりこの見た目では騒ぎが起こるはずだ。
「ヴェータが伝えたのではないですか…?」
人伝に得た情報なら理解できるが、「違います」と否定が返ってくる。
「そもそも、始めは私に苛ついていたなんてこと知りませんでしたよ。オウタ、私のことをそんな風に思っていたんですか?」
初めの頃は高圧的な態度を取っていたと思うのだが、その態度をヴェータはどう受け取っていたのだろうか。
心外だと眉を寄せている。
ヴェータから得たわけではない情報。
寄宿学校の他の生徒に聞けば、組まされた授業によって親交するようになったことは容易に知れる。
しかし、怠けた貴族たちに不満を抱いていたこと、ヴェータの向上心を好ましく思ったことなど、私の内心はきちんと隠していたはずだ。
大した身分ではないが、仮にも貴族である。
外面を取り繕う能力は小さい頃から指導されてきた。
つまり、人伝に情報を得ようが、その目で事実を確認していようが、詳しい私の内情を知れるはずがない。
「…わかりました。いざという時には相談させていただくかもしれません」
全てを信頼することはできないが、しかし情報を持っているのはどうやら事実。
最終手段に駄目元で相談する先がある、とだけ頭に留めておこう。
私の返事を聞いて、ミコトたちは足早に宿を引き上げていった。
どこまでも見透かすような、実際知りがたい情報を知っているのに、けれど知らないことばかりだという不思議な少女。
何を目的として今の話し合いが持たれたのかは謎だ。
見ている方向は同じだと伝えたかった、何かあれば頼ってほしいと言う態度は、見返りを求めているようにも見えなかった。
無償での奉仕など、単なる助言や手伝いだとしても、お人好しが過ぎる。
そのせいで逆に怪しく見えているようにも、神秘性を高めているようにも思えた。
しかし“ミコト”の言動を胡乱な目で見ているのは私だけのようで、ヴェータからしたら疑問に感じる点はなかったらしい。
「さあ、オウタ。考えをお持ちなのでしょう?私も手伝います。何でも言ってください」
気概に満ち満ちた目で私に指示を煽る。
不思議な説得感を持つあの容姿が、ヴェータを心酔させているのだろうか。
それとも他に何か要因があるのか。
「人手が増えるのは助かります。まずは手紙を方々に送ろうと考えていまして……」
去った人物のことを長々と考えていても仕方がない。
頭を切り替えて、元老院を動かすための手立てを実行に移す。
まずは、確実に信頼できる友人であり、堅実で口が堅い同僚に向けた手紙だ。
自身の無事と協力を仰ぎたい旨をしたためる。
王の執政への不満を、以前から互いに口にしていた。
ほぼ確実に協力してくれるはずだ。
行動し始めは慎重に、口が堅くて信頼できる相手を選んで声をかけていきたい。
何せ王に反意を翻す行為だ。
危険な行いだと反対する者、背反だと憤慨する者、様々な立場で反発する人物は現れる。
王を廃位させたい計画が、意志が、どこかしらから漏れたら一生牢から出られない。
出られないだけならまだいい。
処刑も有りうる。
慎重に事を運ばなければならない。
特別牢を出られて数日、ヴェータと手分けして、大量の手紙をやり取りしていた。
何通かまとめて送っては束になった手紙が送られてくる。
部屋は紙で溢れかえっていた。
一番始めに手紙を書いた同僚からは、無事への安堵と危険を心配しつつも協力する旨がすぐに返ってきた。
お互いの行動をすり合わせつつ、それぞれ協力者を増やそうと奮闘している。
合間に一度、宿まで様子を見にも来た。
手紙には書ききれない細かいことも話し合えて、非常に助かる訪問だった。
ヴェータが抜け出したことはもう明らかになっており、王は大層憤慨しているようだ。
当然捜索の手が伸びており、ヴェータは顔を晒せない状況だ。
そこに意識が集中しているからか、円満に出てきたからか(偽造ではあるが)、私の方は問題になっていないらしい。
派手な行動を避ければ、問題なく外を出歩けるということだ。
これは朗報だった。
手紙のやり取りをヴェータに任せ、一応兵士の目は避けつつ、知り合いの元を尋ねるようになった。
手紙では掘り下げづらくとも、対面ならば話せることもある。
粛々と、地道に行動を続け、協力者は増えていく。
やはり王の執政に不安を抱いていた者は多く、家や仕事上のしがらみが少ない者は二つ返事で応じてくれる。
問題は、平民と繋がれる者がいないことだった。
貴族と平民は、居住区も活動範囲も、交わる部分が少ない。
交わっていたとしても、互いに接触を避けるか、嫌悪を深めるか、という関わり方が多い。
そんな相手に協力を頼んだとして、応じてはくれないだろう。
ヴェータなら平民と友好的に繋がれるだろうが、今は外出できる状況ではない。
どのような策を講じるべきだろうか。
悩みながらも協力者の元を尋ねて戻ってくると、宿屋では男と子供が待っていた。
「おかえりオウタ」
時宜を得た訪問。
左右で違う色の瞳が、見透かすように私を見つめていた。




