翻弄されるオウタ
そろそろ温かくなり始める時期か、という頃に、突然寒波が訪れた。
ヴェータが交信者として就いてから、一日と違わず気候は落ち着いていたというのに。
乱れた気温に、何か胸騒ぎがする。
いや、きっと気のせいだ。
平然を装って仕事を続けていると、慌ただしく一報が飛び込んできた。
『王のご命令でヴェータ様がお捕まりになったらしい』
ざわりと、その場が急に乱れる。
有り得ない、と思った。
物心がついてから働き始めるまで、長い間この国の季節は乱れていた。
暑い日が続いていたかと思えば、急に寒くなる。
雨が多い時期のはずが、晴れ続きで水不足になる。
本来、気候は緩やかに移り変わるものだ。
寄宿学校ではそう習っていた。
温かい季節から暑くなり、暑さが和らぎ涼しくなり、やがて寒い季節が訪れ、また温かくなる。
しかし生まれてこの方、そんな安定した気候を体験したことのなかった私たちは、迷信のように教師の話を聞いていた。
その時期らしい気温というものを、体感したことがなかったのだ。
それが、ヴェータが交信者の職に就いて数日で、明らかに気候は落ち着き始めた。
ヴェータにとって交信者は天職である。
ヴェータ無くして気候の安定は有り得ない。
数年の後の、官吏の間での共通認識だった。
それぐらい稀有で有能な存在なら、多少の悪事は見逃されて当然。
そもそも、ヴェータは悪事を犯すような人物ではない。
ヴェータが捕らえられるなど、有り得ることではないのだ。
そうだというのに。
我が国の王ながら、呆れで眩暈を感じる。
額を抑えて溜息をこらえる私に声がかけられた。
「ヴェータ様がお捕まりになるなんて信じられません。一体何が起こったのでしょう。オウタ様は何かご存知でしょうか」
「いえ、私も存じません」
寄宿学校時代から親しくしてきたからか、ヴェータの情報は私に聞けば何かわかると思われている節がある。
今までは確かに答えられたが、今回ばかりは違った。
事態が呑み込めない。
ヴェータが捕らえられるなんて有り得ない。
驚愕の一報から数日、事態はさらに悪い方向へ動いているようだった。
ヴェータが手伝いを頼んでいた使用人や、育ての親、ヴェータと関わりのあった人物たちが、次々に捕らえられていく。
王の勅命逮捕状に寄るものらしいが、みな捕まるような理由など思い当たらない。
王の癇癪か難癖か。
私も危ないのではないか、と同僚と会話を交わした次の日には、牢へと入れられていた。
看守への碌な説明もなく、どんな罪状による逮捕なのかもわからないまま。
ああ、この国は終わるな。
有り得ない事態の連続に、脳裏によぎった言葉。
王の偏見に満ちた執政は以前から有名だった。
学のない平民すら気づくくらいに、王の命令は破綻していた。
しかし、それでも限度はあるだろう。
まさか国を亡ぼす行為はしないだろう。
そう考えていたが、一縷の期待は裏切られた。
ヴェータを逮捕するなど、限度が過ぎる。
現に、目前まで来ていた春は遠ざかり、寒さに身を縮めている状態だ。
王の在位を許していたら、いずれ近いうちに、この国は亡んでしまう。
早急に廃位させる必要がある。
新王に代え、政治を刷新し、立て直さなければならない。
案外快適な特別牢の中で、ひたすらに考えを巡らせた。
権力も何も持たない私が打てる手は、元老院を動かすことくらいだ。
あらゆる伝手を辿って、協力者を募り、王の悪政を訴える。
元老院を動すほどの訴えとなると、相当数が必要。
貴族たちだけで数は足りるのか。
確実に事を運ぶには、身分関係なく平民の協力も必要となる。
だが、身分によって人々が分断されている世の中だ。
貴族は平民を見下し酷使をし、平民は貴族に対して恨みを募らせる。
そんな状態で協力などできるのか。
そもそも私はこの牢から出られるのか。
出る方法はあるのか。
看守や、特別牢の医師や、言葉を交わせる人物から、少しでも情報を引き出そうと試みる。
焦ってはならない。
虎視眈々と、隙を、糸口を、僅かでも見逃さないように。
常に気を張り巡らせろ。
思考を止めるな。
めげそうになる自分を叱咤する日々に、突如終わりは訪れる。
看守が私の牢へと訪れ、釈放だと出される。
不可解だった。
罪状もわからず特別牢の中へ入れられていた私。
王が考えを変えたというのだろうか。
いや、そんな殊勝な王ではない。
仮に間違いだったと自覚しても、既に起きたことは仕方がないと開き直りさえするだろう。
では、なぜ釈放されたのか。
外へと向かう道中に看守へ尋ねると、どこぞの貴族が身元引受人となり、兵士同伴で迎えに来ているのだという。
看守は王の勅命逮捕状による逮捕だと知らされていないのだろう。
でなければ、王の意に背く兵士と貴族の行動を、嘘だと気づかない訳が無い。
危ない橋を渡ってまで私を解放しようとしているのは誰か。
顔を確認して我が目を疑った。
王の勅命逮捕状に因って、いの一番に捕まった人物。
ヴェータだった。
私よりも格段に牢から出るのが難しい人物だろう。
それなのに、何故。
引渡しが終わり、出入口の跳ね橋があげられると、ヴェータと共にいた兵士は素早く馬を走らせた。
「え?」
ヴェータが戸惑いの声を零している間に、ぐんと距離が離される。
兵士が駆けていくさらに先に、小人族の姿があった。
兵士の元に駆けながら何かを言う小人族に、兵士はすれ違いざま「わかってる!」と言い捨て、木々の中に姿を消す。
見覚えのある小人族だ。
どこで会ったのだったか。
「ラピスィ、どうしたのですか?」
「ミコ、ミコトが、連れてかれちゃった……っ」
息も絶え絶えに話す姿に、寄宿学校時代に助けた小人族だと思い出す。
ぼろ雑巾のようだった姿から、現在は真っ当な暮らしを送っているのだろう、健康的な体躯に変わっている。
「ミコトさんが……!懸念が的中してしまったのですね……。ご無事でしょうか。ケッツが追いかけているのでしょうし、すぐにお助けできますよね。きっと、すぐに元気なお姿を拝見できますよね」
ヴェータと小人族のラピスィが、2人して狼狽えている。
事情が何一つ読み取れない状況だ。
何故ヴェータが身元引受人として現れたのか。
何故小人族のラピスィがこの場にいるのか。
協力者らしい兵士は誰なのか。
ミコトとは誰なのか。
特別牢からそれなりの距離を取れたし、そろそろ問題ないかと口を開く。
「ヴェータ。何か問題が起こっているようですが、状況説明はできますか。どうしてヴェータが私を迎えに来ているのですか」
少しでも落ち着かせようと、低めの声でゆっくりと問いかける。
感情の昂りで潤んだ瞳が、困ったように私を見つめる。
「そう、ですよね。そうでした。オウタに何も説明していませんでした……。私、ミコトさんからの手助けがあって、ここまで来ていて……。でもミコトさんが今、攫われてしまったみたいで」
「ミコトさんとは、貴族の有力者ですか?」
どのような手段を取ったのかはわからないが、王の命令で捕まったヴェータを解放させられる人物。
並みの貴族では不可能だろう。
王と駆け引きを持ち掛けられる人物か、他の有力貴族などの協力を仰げる人物か。
「いえ、ミコトさんは……、……まだ幼い女の子です」
逡巡し、言葉を探した後に出てきた言葉。
幼い、女の子。
「……ふざけているわけではないのですよね」
こういう時に、ヴェータが冗談を言う人物でないのは理解している。
けれど、真っ当な言葉には思えなかった。
「違います。事実なんです。ミコトさんはまだ子供で、……でも素晴らしい方なんです。未来を良い方向に導いてくださるんです」
「導く?」
ヴェータは冗談を言う質ではない。
嘘を口にする質でもない。
「……一緒にいた兵士は?」
細かく掘り下げたい気持ちは抑えて、得やすそうな情報を尋ねることにした。
「ミコトさんの協力者です」
「どこの所属の兵士なんですか?」
「あ、兵士とは伺っているのですが、所属がどことまでは……。ラピスィは聞いていますか?」
ラピスィが首を横に振る。
結局、詳しい状況は把握できないまま、特別牢から離れた地点で待機することになった。




