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解放と調査依頼

ヴァツサが支援する事業の1つに、貿易がある。

純粋に海産物などを輸出し、外貨を得ている事業。



その貿易相手のとある貴族が、曲者らしいのだ。



5~10歳頃の子供を極端に愛し、身の回りの世話をさせている。

当然、時と共に子供は成長するわけで、好みの年齢から外れた子供は、特に容姿の優れた一部だけを残して売り払われる。

減った分はどこからか調達し、新たな子供を屋敷に受け入れる。




そんな悪名高い貴族が、耳敏く人身売買に関して嗅ぎ付けたらしく、ヴァツサに探りを入れたことがあった。


その時すでに人身売買に関わっていたヴァツサ。

痛む胃に苦しみながら、平静を装って話をごまかしたのだという。








「あの方は、常に子供を欲しているから、人身売買のいい取引相手になるだろう。地形や海流が複雑で、人身売買に用いる大きな船は通行できないのも都合がいい」




通信機器も交通機関も未発展で、元の世界に比べたら不便極まりないこの世界。


迅速に連絡を取るには伝書鳩が一番だが、海を越えて他国まで飛べる体力は鳩にはない。

海で隔たれた先にいる相手と連絡を取るには、船で現地まで行くに限られる。

さらに行き来できる船が限られるとなると、情報管理がしやすい。


知らぬ間に本人に接触され、偽情報を流したとばれるリスクが低いのだ。





「子供についてなら、こいつはどうだ?その酔狂な貴族が好きそうか?」




こいつ、とケッツが私を指した。

嫌な予感がする。

私を一瞥してヴァツサは肯定した。




「情報を耳にすれば、必ず欲しがるだろう」


「だろうな。こいつを利用しよう」




ああ、やっぱり。


囮となる範囲が大幅に広がった。

眉間に皺を寄せながら、ティーカップに砂糖を追加する。


砂糖よ、一時のまやかしでもいいから私を癒しておくれ。




ケッツとヴァツサの話はどんどん進んでいく。


子供を偏愛する貴族に人身売買への打診をし、人身売買を取り持つ貴族には取引に加わりたい貴族がいると持ち掛ける。

また、取引に加わりたい貴族の好みに加えて、その好みドンピシャな見た目をした私の情報も流す。

それによってどう事態が動いて行くのかを漏らさず観察する、といった流れだ。




「些細な情報も逐一報告してくれ。たとえ動きが無くても、だ」


「わかった」




今後の方針が粗方決まったところで、ヴァツサがためらいがちに問いかける。




「ミェスは、……その子を攫おうとして君たちに捕まった男は今、どうなっている?」


「尋問中だよ」


「……生きては、いるんだな」




ヴァツサが小さく息を漏らす。

使い捨てのコマへ向ける態度には見えない。




「あいつ、ただの無頼漢じゃないのか?」


「確かに言葉も態度も悪いが……、性根は真っ当な男だ。食べるに困っていたときに、私主催の炊き出しで生き延びれたのだと、恩返しに働きたいと、そう声をかけてきた。人身売買に関わることになり途方に暮れたときも、自ら汚れ仕事を請け負ってくれた」




金稼ぎをもくろむ小悪党にしか見えなかったけれど、ヴァツサへの恩義で動いていたのか。


……思い返しても小悪党としか考えられない態度だったけど。


でも、誘拐犯であるミェスがヴァツサに対して本当に恩義を感じていたなら、口の堅さについては納得できる。




「……ミェスを雇っていた私が、君たちに協力するんだ。ミェスは解放してやってくれないか?」


「無駄にとらえておく必要もないし、返すのは構わない」




ケッツはあっさりと了承した。


ってことは、あの手この手の尋問は行われないわけだ。

ケッツから聞かされただけの私でも、想像して体がぞわぞわとした内容。

根っからの悪人じゃないなら、手酷い尋問が行われる前の解放で良かったのかもしれないね。









ヴァツサを連れてケウニス隊長の別荘まで移動する。

部屋の扉前に立つ人物が、ケッツとその後ろの私たちに気が付いた。




「ぞろぞろ連れてんなあ。どうした?」


「今どんな感じだ?」


「状況変わらずだなあ。昨日から断食で責めてんよ」


「取止めだ。雇い主と協力関係になった。奴は解放する」




ケッツの言葉を聞いて、男から舌打ちが飛び出す。




「吐かせられず、かあ。痛めつけてやろうと思ってたのに、残念だなあ」




ゆるい話し方で優しそうに見えたのに。

第一印象に似合わず物騒な考えだ。

わあ怖い。


ケッツと話していた男は目線をずらして、ヴァツサに顔を向ける。




「口の堅い良い部下だなあ。大事にしな」




ヴァツサは一瞬怯んだものの、顎を引いて毅然と応えた。




「言われずとも、そのつもりだ」




扉を開けて中に入ると、誘拐犯、もといミェスは椅子に縛り付けられていた。

捕まえたときよりも傷が増え、少しやつれたようにも見える。




「ミェス……」




ヴァツサの小さく震える声に、俯いていた顔を上げたミェス。

目を見開いて、馬鹿にしたように息を吐きだした。




「はっ! 無関係なやつ連れてきて、ご苦労なこったな」




無関係を装うミェスの健気な虚勢を、ケッツは片手をひらひらさせてあしらう。




「あー、もういいから。ヴァツサは俺らに協力することになった。お前から聞き出す必要はもうない」


「なっ……」


「もういいだろう。拘束を解かせてもらう」




狼狽えるミェスに、痛めつけられていた本人よりも顔色を悪くさせて、ヴァツサが駆け寄る。

砂埃や血やもろもろで汚れているミェスに躊躇なく触れる様は、市井の者に寄り添う良き為政者の姿だ。




「すまない。痛い思いをしただろう」


「ヴァツサさん、やめてくれ。それよりもあんただ。俺のせいであんな奴に従わなきゃいけなくなったのか」




“あんな奴”呼ばわり。

チンピラ集団だと思われてるな。




「違う。これは取引だ。協力関係になったことで、忌まわしい悪事からは足を洗う。そもそも、全ての指示は私だ。ミェスのせいではない」




誠実な人だ。

責任を背負いこんで、抱え込んで、1人で何とかしようとする人だ。


そんな細い体でそんなことしてたら、ぽっきり折れちゃうぞ。


この人が貴族に似合わず細いのは、心配事が多すぎて食が喉を通らないせいじゃなかろうか。

ストレスで食べれなくなるタイプと見た。




「細かいことは屋敷に戻ってやってくれ」




さっさと出ていけと言わんばかりにケッツが促す。




「水しか与えてなかったから、粥でも食わしてやんなあ」




痛めつけた張本人がゆるく言葉を投げ、ミェスは男を睨みつける。




「お前、覚えてろよ」


「やれるもんならなあ」




“殺してやる”ぐらいの恨みが込もっていたが、男はにやにやと応えた。

スポーツの試合を申し込まれたくらいの気楽さだ。


軽くふらつくミェスをヴァツサが支え、屋敷へと戻っていった。







2人の姿が消えて、男が振り返る。




「あんたが囮の餌か。なるほどなあ」




私と向き合った男。

少し長めの髪を後ろで一本に縛っていて、一見すると優男風。

だけど一連のやり取りを見るに、ケッツと張り合えるチンピラ具合だ。




「こりゃあ吊り放題じゃん。消えそうな色してんなあ、おもしろ」




ケウニス隊長が雇っている人なのだろうけど、あんま印象良くないな。

男の視線が不快で、ケッツの後ろに隠れる。




「お、避けられた。ケッツ懐かれてんなあ」




懐いてるわけじゃないもん。

ただの視線避けだもん。

いうなれば壁よ壁。

単なる遮蔽物。


ケッツのズボンを掴んで後ろに隠れる私の存在は丸無視で、会話は続けられる。




「尋問がなくなったんだ。ペィミア手空きになるだろ?状況確認に行ってくれないか」


「俺は構わんが、どこを調べんだ?ケウニスに報告は?」


「ケウニスには鳩をもう飛ばしてる。たぶん許可でるだろ。この一覧に書いた町の様子が知りたい。特に、こいつらの動きだ」




ペィミアというらしい男に、ケッツが紙を見せている。




「ふうん。官吏に関係ある奴らかあ」


「オウタという人物が何かしら接触を図ってるはずだ。その動きを知りたい」




そうこう話してるうちに、タイミングよく伝書鳩が戻ってきた。

鳩の脚から外した手紙を、2人で覗き込む。




「ああ、許可が出たな」


「げ、めんどいこと足されてんじゃんかあ」


「まあ頑張れ」




ケッツの返答に舌打ちしたペィミアは、体を反転させる。




「仕方ねえから行ってきてやんよ。でも俺1人で調べる量じゃなくねえ?」


「俺よりケウニスの方を優先してくれ。俺のは片手間程度でいい」


「へいへい。それでも大変だけどなあ」




諦め半分、不満半分といった感じで、ペィミアは部屋を出ていった。

ケッツがペィミアに頼んだのは、オウタが接触を図っている人たち、官吏に関係がある人たちについての調査。




「オウタの動きを知りたいの?」


「あいつらも向いてる方向性は同じなんだろ。なら状況把握して利用しない手はない」




王の人身売買を咎め、廃位に追い込みたい私やケッツ、ケウニス隊長たち。

独裁が過ぎる王を廃位させ、まともな政治に戻したいオウタやヴェータ。

細かな目標は違うが、大まかな方向性は同じだ。

手を組むに越したことは無い。

し、本来考えていたプロット的にも、オウタとケウニス隊長は手を組むことになる。


うむうむ、良い流れじゃないか。


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