ポルッタの主人、ヴァツサ
火傷跡が左手にある男、もといポルッタとともに、ヴァツサの屋敷までやってきた。
罪を償うチャンスをやる、ヴァツサと話をさせろ、とケッツが要求したからだ。
ポルッタは本来、屋敷の世話係達を取り仕切る執事らしい。
調査などの隠密活動は専門外なのだ。
それなのに何故、ポルッタがへまをした誘拐犯の尻拭いをさせられていたのか。
隠密を生業とする人を雇う余裕がなかったからなのだという。
良心の呵責に苦しんでいたらしく、1つ言葉にしたら堰を切ったようにポルッタは話し出した。
外面は取り繕っていたが、財政状況が苦しくなり、内装品などを売却し始めていたヴァツサの屋敷。
挽回を図って貨物船開発に力を入れるも失敗。
もう数年この状況が続けば、貴族としての地位も危ぶまれるというときに、とある声掛けがあった。
貿易に一枚噛まないか、と。
ヴァツサが管理する地域で入手できるものを出荷したい、良い儲け話だ。
にこやかな顔で相手は話を持ち掛けるが、肝心な部分は濁される。
何を商品としたいのか。
確実な儲け話などないというのに、儲け話だと断言する根拠は何か。
詳細を話せないということは、隠したい内容を含むということである。
つまりは、後ろ暗い内容か、一部不利益を被る可能性があるということ。
怪しく感じたヴァツサは断ろうとしたが、それは叶わなかった。
脅されてしまったからだ。
貴族として爵位が与えられている以上、ヴァツサには責務が生じる。
任された地域を管理し、平民の生活を守るという責務。
財政が傾き始めている今、その責務を変わらず果たせるかは疑わしくなっていた。
この事実が明らかになれば、少なからず治安が乱れる。
事業が立ち行かなくなる会社が現れ、失業者も出る。
ヴァツサの支援によって成り立っていた事業もあるからだ。
中流層が他所の地域へ移動し、町が衰退していく事態もあり得る。
最悪の場合は爵位の剥奪だけでなく、責務を果たせず治安を乱したと、刑罰が与えられる可能性も考えられた。
ヴァツサと対する貴族は優しく述べた。
近頃行商人が出入りして、屋敷から装飾品を運び出しているそうじゃないか。
私の話に噛めば、そんな必要はなくなるだろう。
町の者が不安に駆られることも無くなる。
良い話だとは思わないかい?
つまりは、こうだ。
財政が苦しいことは把握している。
周知されたくなければ話に応じろ。
弱みを握られているヴァツサには、頷くほかなかった。
そうして関与することになったのが人身売買だというのだから、後ろ暗いどころではない。
貿易に一枚噛むにあたってヴァツサが要求されたのは、異種族の子供だ。
北西の港町の、特にヴァツサが管理する地域の端っこには、半人族と小人族がひっそりと暮らしている。
もちろん友好的な関係ではない。
積極的にかかわる人間などいないし、異種族の姿を見れば顔を歪める者がほとんどだ。
しかし、追い出すほどでもなかった。
むしろ、関わりたくはないが、その場には留まっていて欲しかった。
どういうわけか、異種族が暮らしている周辺地域では、農作物の出来が良いのである。
土や日照条件を改善し、どれだけまめに手入れをしても、異種族の住まう周辺地域の農作物には敵わない。
一度、恥を忍んで農作の秘訣を聞いてみたが、特別なことはしていないという。
仕方なしに、半人族・小人族が住まう地の周りは、人間の農作地で固められていた。
そういうわけで、友好関係にはないが、険悪という程でもない、当たり障りのない関係が続いている港町。
異種族の生息地を把握していて、なおかつ敵対関係にない状態は全国的に珍しい状態だった。
生息地を把握していれば、人身売買の商品とする異種族の子供も捕まえやすい。
船に積み込みやすい立地も好都合だった。
弱みを握られたヴァツサには、要求に応えるしか選択肢はなかったのだ。
整えられた庭園に、陽光を反射して輝く品の良い装飾品。
お金がかかっているだろう立派なお屋敷は、中に入れば少し寂しさも感じるくらいに、簡素な内装だった。
ポルッタの後に続き、屋敷の中を歩く。
これだけ屋敷が広ければ何人か下働きの姿を見るはずだけど、さっぱりだった。
「ヴァツサ様、ただいま戻りました」
扉を叩いて入室するポルッタに、執務机に付いていた人物が顔を上げる。
ポルッタの主人、ヴァツサは、痩せて気の弱そうな風貌をしていた。
食に困ることのない、いや、食に金をかけられる貴族は、恰幅のいい人が多い。
また、たとえ嘘であっても威厳があるように振る舞うものだ。
貴族社会で対等に渡り合うために。
住民たちの畏敬を集めるために。
しかしヴァツサは、身なりは整っているものの、貴族らしさのない人物だった。
ケッツと私の姿を見て、ヴァツサの目が泳ぐ。
「ポルッタ、これは一体……」
「っ……、勝手をお許しください。この者たちが、ヴァツサ様と話をしたいと……」
「話をしたい?違うな。贖罪の機会を与えてやるためにわざわざ足を運んでやったんだ」
指示と違う行動を取った後ろめたさに弁解を始めるポルッタの言葉を、ケッツが鼻で笑って遮る。
ヴァツサは表情を硬くして問い返した。
「……贖罪?」
「ああ、そうだ。人身売買を繰り返しているだろ?その罪を贖う機会をやろうって言ってるんだ」
ヴァツサの青ざめた顔が私に向けられた。
なんとなく目礼をする。
どうもー。
恐らく貴方が攫うよう指示を出した子供ですー。
「……ポルッタ、茶の用意を。……応接室で話をしよう」
気が重そうに、ゆっくりと立ち上がりながらポルッタに指示を出した。
痩せた体に血の気の引いた顔。
病人と言われても違和感のないヴァツサと向き合い、応接室の椅子に腰を下ろす。
少しして運ばれてきたティーカップを掴むヴァツサの指は、かすかに震えて見えた。
唇を濡らす程度にちろりと紅茶を舐め、ヴァツサは口を開く。
「……君たちは、どこの家の者だ?」
「どこの家の者でもない。ケウニス・サティラス個人のもとに動いてる」
「サティラス家の……」
ケウニス隊長はそこそこの貴族の出だ。
家名を出せば、たいていの貴族はピンとくる。
「ケウニス様は、王城に勤める兵士だったな。……王のご命令なのか?」
「はっ、随分と都合よく使われてたんだな」
冷笑したケッツは少し身を乗り出して、強気に述べる。
「逆だ。むしろ、このままの状態だと王と一緒に身を亡ぼすぜ」
「っ、まさか……」
青ざめていた顔色をさらに悪くさせ、目を見開いたヴァツサ。
片側だけ口端を上げたケッツは、明言せずに話を続ける。
「ケウニスは今、人身売買に関与する奴らを一掃するために動いてる。俺たちに協力するのなら、救いの手を差し伸べることもできるぜ」
「君達への協力が、贖罪になると……?」
「ああ」
逡巡するように目を泳がせた後、ヴァツサは口を開いた。
「……私に、何をさせたいんだ?」
「取引相手に嘘を混ぜた情報を流したい」
前日に私が口にした作戦を実行するらしい。
つらつらとケッツは概要を述べていく。
ほんの少しの嘘を混ぜた情報を流し、それを元に第三王子の行動が変化するか、反応を見たいこと。
しかし、ヴァツサは王族が人身売買に関わっていることを把握していなかった。
つまりは人身売買の中枢には位置していなかったわけである。
周縁の位置から、中枢の王族にまで情報を流すことができるのか。
一抹の不安がよぎるものの、ヴァツサは心当たりがあるらしい。
「……貿易相手の1人に、子供を偏愛している貴族がいる。その貴族についてなら、うまく情報を流せるかもしれない」




