火傷跡の男
誰かに調査されているらしいモヤモヤは解消されないまま翌日。
お昼時で忙しさピークの食堂で食事を済ませ、外へ出る。
もう数十分で、午後仕事の前の昼寝タイムだ。
人通りがめっきり無くなる時間。
ケッツが私を抱えて、攫われポイントへと向かって歩く。
今日は囮捜査をするのかな。
でもケッツが私を抱えてたら何も意味が無いぞ……?
ケッツが何をしたいのかが分からず考えていたら、角を曲がったところで突然足を止めた。
すぐさま180度身を翻したケッツと私の正面に、見知らぬ誰かが飛び出してくる。
後を付けてきたらしき人と目が合った。
…………誰?
ケッツに抱えられた私よりも目線が低いその人。
慌てて逃げ出そうとして、すかさずケッツに捕らえられる。
「は、離してくださいっ!」
「なんでだよ。俺たちの事を調べてたんだろ?仲良く話そうぜ」
首根っこを捕らえたその人と目を合わせて、意地悪くケッツが笑う。
その様は、ヤンキーに絡まれた善良な市民のよう。
さっと青ざめた顔は若干涙目で、心苦しく感じるくらいだ。
昨日、食堂の店員さんが話していたのはこの人のことだろう。
低めの身長は、おそらく食堂の店員さんの肩あたり。
首根っこを掴むケッツに抵抗しようと上げられている左手の甲には、黒く変色して爛れた傷跡が残っている。
火傷跡のある男を容赦なく引きずって、ケッツはケウニス隊長の別荘へと移動した。
誘拐犯を閉じ込めている部屋とは別室に男を放り込む。
ケッツの力の勢いに、べしゃりと火傷跡の男は床に叩きつけられていた。
絶対、痛い。
あれは痛い。
仮にも兵士なんだから、もうちょっと人心のある行動をしてほしい。
顔に皺を寄せる私を降ろし、ケッツはドアの鍵を締めた。
ガチャリという音に、火傷跡の男がドアを振り返る。
絶望に見開かれた目。
なんかもう、ほんと、うちのケッツが申し訳ないという気持ちだ。
私とケッツについて町で調べ回っていたらしき男だけど、悪い人だとはあまり思えなかった。
というか、こんなに怯えてる人が悪いこと出来ないでしょうよ。
「さあて、楽しいお話しようか」
これっぽっちも楽しくなさそうな響きだ。
尻餅状態でずりずりと後ずさる火傷跡の男に、ケッツが大股で近づいて行く。
「どうして俺たちのことを調べてたんだ?」
「し、調べてなんていません……」
「食堂、魚屋、荷運びの奴……、左手の甲に火傷跡のある男が俺たちのことを聞きまわってた証言を、複数聞いてるんだよなあ」
さらに大きく一歩踏み出して、ケッツは男の左手首を掴む。
「お前も左手を火傷してるんだよなあ。うわ、肘までがっつりかよ。お前雇い主に暴力振るわれてんのか?」
ケッツが何気なく男の袖をたくし上げると、思ったよりも広範囲で酷い傷跡だった。
思わず世間話をする口調になっている。
それに対して、火傷跡の男はカッとなって叫んだ。
「ヴァツサ様はそんなことしません!」
ケッツが口角を上げる。
火傷跡の男は慌てて手で口を覆ったが、すでに言葉に出した後だった。
「ヴァツサ、ねえ。この港町に古くから居を構える由緒正しき貴族だな。そんなお貴族様が、俺たちなんかを調べて何がしたいんだろうなあ」
それは、ケッツが人身売買関与の疑いがあると言っていた貴族の名前だった。
この町で上位に入る立派なお屋敷。
近づかないようにしようと思ったあの屋敷の所有者だ。
つまり今の状況はこうか?
人気のない場所をうろついて、思惑通り誘拐犯をゲット。
私たちは情報を得るために誘拐犯を尋問中。
一方、誘拐犯の雇い主は、誘拐犯が戻ってこないから何でだ?って調べ始めた。
捕まえて売りさばくはずの私が出歩いてるんだし、すぐ私とケッツに気づいたはず。
詳しく調べようとしてたら、逆にケッツに捕まってしまった現状、と。
「……ヴァ、ヴァツサ様は、関係ありません。私、私が、独断で行ったことです」
声を震わせて、つっかえながらの言葉。
「お前の独断だとしても、お前はヴァツサに雇われている身だ。お前の行動に対する責任が、ヴァツサには生じる」
「っ……」
それまでと言い方を変えて、至極冷静で真っ当なケッツの発言。
冷や汗を浮かべながら、火傷跡の男は言葉を探して口をもごもごと動かす。
開き直るわけでもなく、でたらめに言い返すでもなく、ケッツの言葉を真摯に受け止めて返答しようという姿勢。
悪事を犯すような人間には見えないし、その度胸も無さそうなのに、人身売買に関わっているらしい事実。
ぼんやり私の頭にあった人物像とは、まるっきり違う人が目の前にいる。
「まあ、俺たちを調べていたことは今はどうでもいい。町の人の証言と、後ろを付けていた事実。言い逃れできない状況だ。それよりも、だ。こいつを売り飛ばそうとしていたんだろ?」
火傷跡の男は、もはや何も言葉が思い浮かばない様子だ。
肩を上下させて粗く息を吐きながら、ぎこちなく首を横に振る。
「攫うよう指示をだした奴が一向に戻ってこない。何故なのか、それをお前は調べていた。つまりヴァツサは人身売買に手を出しているんだ。そうだろ?」
「ち……、ちがう……っ」
「何が違うんだ?事実、こいつは男に攫われそうになった。森の小屋に連れ込まれ、怪しい薬を飲まされそうになり、酷く衝撃を受けていた。可哀想になあ。まだ4つの、希望に満ち溢れた子供に、大きな傷を与えたんだ」
……私は泣き真似でもしたほうがいいんじゃろうか。
ケッツに物凄く話を盛られているぜ。
小さい私よりも、目の前の大の大人の方が、今は精神的に追い詰められている。
粗く短い呼吸を繰り返す火傷跡の男。
過呼吸になっちゃいそうだ。
「こいつを攫おうとした男は捉えて、情報を吐かせてる。すぐにいろいろ判明するぜ?取り繕ってた張りぼてが壊れちゃうかもなあ」
「っちが、本当に違うんですっ。ヴァツサ様は、巻き込まれただけで……っ」
「巻き込まれた立場なら悪くないのか?何人もの子供を売り飛ばしておいて、無罪だと主張したいのか?」
「それ……、は……」
本当は関わりたくなかったのに、何か事情があって巻き込まれてしまったのだろうか。
その場合、見る角度によってはヴァツサも被害者と言えなくはない。
けれど、悪事に手を染めたことも変えようのない事実。
情状酌量はあっても、無罪は有り得ない。
「お前たちは罪を犯した。幼気な子供たちを売り飛ばして、家族と切り離したんだ。その罪が消えることはない。お前たちは罰せられるべき存在だ。……ただし、多少なりとも罪を贖うことは可能だ」




