幼女のお願い
馬を走らせて3,40分は経っただろうか。
寒さと振動に耐えて、ようやく城に辿り着いた。
時間から考えると、移動したのは30km弱くらいかな。
ふむ。
さっき自分がいたところがわかったぞ。
兵士が緊急で馬を走らせる用に作られた森の細道だ。
どうやら私はそこに倒れていたらしい。
そんなところにぽつんと幼女がいるなんて、不審極まりないな。
というか野犬とかに襲われなくて良かった。
下手したらかみ殺されてるところだ。
ここは中世風のファンタジー世界である。
異種族はいるし、魔法に似たものもある。
魔物はいないけれど、森や山には野生動物がいる。
人を襲い肉を喰らう凶暴な野生動物だ。
絶好の獲物だった私が襲われなかったのは運が良かったとしか言いようがない。
ふいい。
命拾いしたぜ。
食い殺されるとか、そんな惨い死は勘弁願いたい。
有り得た可能性に肝を冷やしていたら、厩まで移動していた。
ケッツが降りて馬を繋ぐ。
その場を離れようとして、後ろを付いてこない私に気がついた。
小さな体をした幼女が一人で馬を降りられるわけがなかろう。
早く降ろしたまえ。
子供の扱いに慣れてないなこいつ。
何もなかった顔で私を降ろすケッツ。
足が地面に着いてほっとする。
ジェットコースターとかは嫌いじゃないけど、下降によるふわっと感は苦手だ。
そのうえ、安全バーもといケッツの信頼度が低かった。
力一杯ケッツの腕にしがみついていたため、手が疲れてしまった。
「それで、城に着いたけどどうするつもり?」
問いかけられて考える。
目的は城の牢に捉えれてる主人公ちゃん、ヴェータを外に出すこと。
なんだけど、主人公ちゃんは王による勅命逮捕状によって捕まった。
私なんぞが口を出したところで出してもらえるわけが無い。
王に勅命逮捕状を撤回させる方法を考えるのが正攻法だ。
…夢の中なんだから、目の前にいるケッツに言ってみてもいいのかな。
釈放してくれたりするだろうか。
ちっちゃい子のおねだり風で挑戦してみよう。
両手を組んで、頬に当てて。
いざ。
「掴まってるヴェータを外に出して」
言い終わる前にひゅっと心臓が小さくなる。
まずった。
ケッツの目が一気に冷えた。
「ほしいなあ、なんて…」
尻すぼみになる言葉。
冷たいケッツの目。
氷点下の目線だ。
眼から針でも飛ばしてんのかってくらいに視線が突き刺さる。
背中が寒い。
心象風景は崖だ。
崖っぷちに立っている。
一歩下がれば落下か、もしくは荒波にさらわれそうな、そんな窮地。
「どうして?」
「どう、して…」
「どうしてヴェータを釈放してほしいの?ヴェータと知り合い?」
口角は上がっているのに、温かみを全く感じない顔。
「そもそも、どうして城に捕らえられてると知ってる?」
すっと顔から表情が消えた。
怖い。
視線で殺されそうだ。
中身はお酒も飲めるいい大人だっていうのに、恐怖で泣いちゃいそうである。
蛇に睨まれた蛙状態だ。
どうすればいい。
何を言えばいい。
頭が真っ白になって何も浮かばない。
冷ややかな目で私を凍り付かせていたケッツ。
不意に動き出して私を小脇に抱えた。
厩を離れて城へと歩き出す。
「怪しい点が多い。調べさせてもらう」
ああああ。
失態を犯したようです。
荷物のように運ばれる私。
一体どうなる。
次号の活躍にこうご期待。
とか言ってらんないんだけどねー!
いやー!
嘆いている間にもどんどん運ばれていく。
兵士用の出入口から城内へ。
長い廊下を通って兵士が待機する部屋へと。
ややぞんざいな扱いで椅子に降ろされ、なんと手枷がはめられた。
なんの躊躇いもなく、両手首が椅子の背もたれへと繋がれる。
ちょっと!
無力で無害な幼女に対して酷すぎる!
抗議しようと口を開き、ケッツの射殺されそうな視線に喉がきゅっと狭まる。
何もしてないのに犯罪者の気分だ。
抵抗したら何されるかわからない恐怖を感じた。
半泣きでお口チャックをしておく。
ケッツは仲間の兵士とぼそぼそ話し合っている。
かすかに聞こえてくる言葉たち。
怪しい。
人間か。
場合によっては。
拷問器具。
物騒すぎ!!
夢の中とはいえ、痛い思いはしたくないんだって!
やめてくれよ。
こんな可愛いおにゃの子が悪いことをするわけがないだろ?
正気に戻ってくれ。
というか悪夢から覚めろ私。
自分の創作世界に入り込んだ楽しい夢を見ているかと思いきや、とんだ悪夢だ。