誘拐犯への尋問
「さて、諸々吐いてもらおうか」
手足拘束の上、さらに柱に括りつけた誘拐犯の前に、チンピラの如き態度で相対するケッツ。
誘拐犯も負けじと睨みつけるから、背後には飛ぶ火花が見える。
ばっちばちだ~。
くわばらくわばら、と後ずさって少し距離を取る。
「こいつに何をしようとしてた?」
「は?その子が体調悪そうだったから介抱してやろうとしてたんだよ。むしろ感謝しろよ」
「へえ。わざわざこの小屋まで運んでか?さぞ介護に適した小屋なんだろうな」
しらじらしく小屋の中見まわしながらケッツが言う。
小屋の中にあるのは藁と木箱と縄や布。
どう見たって、体調が悪い人を看るための物は置いていない。
「飲ませようとしてたこの薬はなんだ?」
私に飲ませようとしていたらしき、液体の入った小瓶。
それを誘拐犯の目の前に翳している。
「だから体調が良くなる薬だよ」
「ふうん」
コルクを外してケッツは匂いを嗅ぐ。
紅茶に似た、オレンジがかった茶色の液体。
「体調が良くなる薬なら、お前が飲んだっていいわけだ。おら、口開けろよ」
誘拐犯の顔をがしっと掴んで、無理やり口を開けさせようとするケッツ。
瞬間、思わずといった様子で、誘拐犯は薬を恐れるように顔を逸らした。
人身売買の商品を殺すわけがない。
つまり、あの薬は飲んでも死ぬことはない。
しかも子供が飲んでも命に別状はない薬効だ。
体の大きい大人なら尚更平気なはず。
それでも、咄嗟に避けたくなる薬。
単純な睡眠薬、ではなさそうだ。
気持ち悪くなったり、放心状態になったり、幻覚を見たり。
そうはなりたくないと思う状態になる薬。
背筋が寒くなり、身震いが起きた。
私はあれを飲まされる寸前だったのだ。
すくむ体をごまかそうと二の腕をさすると、ケッツの冷笑する声が届く。
「顔を逸らすんだな」
「…体調悪くねえのに飲む薬があるかよ。逆に悪くなるわ」
恐怖に冷える私とは別に、ケッツと誘拐犯は睨み合って激しく炎を燃やしている。
あの射殺されそうに鋭いケッツの視線と対抗する誘拐犯。
あれぐらい図太くないと悪事は働けないんだな。
「体調が悪い奴を碌なもん置いてない小屋まで連れてきてるくせに笑わせんなよ。…アイツを捕まえたのは誰の指示だ」
「捕まえたなんて人聞き悪い。保護してやったんだって」
「そういう戯言はいい」
睨み合っていたケッツの体が動いた。
のらりくらりとして一向に話す気配のない誘拐犯、その目玉をめがけて、ケッツの拳が鋭く飛ぶ。
拳に握られているのは細い金属の針。
ラピスィと叢に隠れる私を攫った誘拐犯を痺れさせた、あれと同じ針だ。
目玉まであと数ミリというところで針の先端は止まった。
時が止まったかのように、空気がピンと張りつめる。
「素直に話してくんねえかな。苦しむのはてめえだぞ」
近すぎる針先に、誘拐犯は零れ落ちそうなほどに目を見開く。
けれど怯む様子はない。
虚勢なのか豪胆なのか、笑みを浮かべさえする。
「随分と手荒だな。その感じじゃ兵士じゃねえな?もしかして商売敵か?ならこっちに付けよ。俺が話をつけよう。今よりうんと報酬上げてやるぜ」
ケッツの態度が悪すぎて、誘拐犯と同類だと思われてるじゃん。
この人兵士ですよ、兵士。
お城に勤める歴とした兵士なんです、一応。
にやにやと嫌な笑みを浮かべながら、誘拐犯はケッツを仲間に引き込もうとする。
「上げるって、どれくらいだ?」
目玉から少し針先を離して、ケッツの態度が微弱ながら軟化した。
「稼げるって聞いたのに全然だ。しかも目当てにしてたガキは先に持ってかれる。あいつを餌に邪魔者を消してやろうかとも思ったが、…俺を仲間に入れてくれるのか?」
尋問から方向転換して情報を聞き出すらしい。
ケッツの表情や声から凄みが消え、降ってわいたチャンスに縋る態度へと変わった。
「ああ!稼がせてやるさ!分け前が減るし仲間は増やさねえ方針だが、お前は別だ。腕がいい。特別に混ぜてやるよ。そのガキが仲間だってんなら、そいつは見逃してやってもいい。そのガキを使って目標物を誑かせばより楽に攫えるだろ」
「ああ、頼むよ。こんな生活、もう真っ平だ」
金属の細い針を持つ手を、完全に下ろした。
ケッツは誘拐犯から一歩下がる。
「俺はどうすればいい。誰かに許可をもらいに行った方がいいのか?」
「いや、その必要はない。俺から指示を出そう。そのガキを使ってこの小屋まで目標物を連れ出してくればいい。あとのことは俺がやるさ」
「それだと俺は何もすることがない」
「いざというときに加勢してくれりゃいい。お前の腕なら負けることは無いだろ。ほら、納得したなら縄を外してくれよ。仲間になるのにこの仕打ちはないだろ」
縛られたままの誘拐犯。
体勢がきついのだろう、ケッツを懐柔できたと判断するやもぞもぞと動き出した。
が、軽いため息をついたケッツは、誘拐犯の脚に金属針を突き刺す。
「い!ってえなおい、何すんだ」
「ここで粘っても無駄そうだ。場所を変えてキツイのを見舞ってやるよ」
「くそ、おまぇ…」
視点が定まらない、虚ろな目へと変わっていく誘拐犯。
呂律が回らなくなり、言葉にならない何かを呻く。
ゆらゆら体を揺らしながら、何故だか楽しそうな表情だ。
今の誘拐犯の状態を端的に例えるなら、麻薬でラリッている人。
「…どうするの?」
「付近にあるケウニスの別荘に放り込む」
問いかけると、誘拐犯を柱への拘束から解きながら、ケッツは答えた。
「こいつ無駄に肝が据わってやがる。時間かかりそうだからな。尋問は他の奴に任せる」
誘拐犯を肩に担ぎ、私も小脇に抱えて、早歩きで移動を始めた。
港街の、中心からは少し外れた見晴らしのいい地点。
そこにケウニス隊長の別荘はあった。
ケッツは中の一室に誘拐犯を押し込め、鍵を閉めて監禁する。
勝手知ったるといった雰囲気でケッツは迷いなく行動し、ケウニス隊長へ報告するためだろう手紙をしたため始める。
貴族の所有する別荘。
当然、設備は整えられており、居心地のいい建物。
「安宿に泊まらなくても、ここを拠点にすればいいんじゃないの?」
ここなら絶対にお風呂がある。
湯舟でゆったりお湯につかれるはずだ。
春の兆しを見せ始め、昼間はぽかぽか陽気の暖かい日が増えたとはいえ、濡らした布で体を拭く行為は少し肌寒い。
汚れを落としきれない頭だって、すっきりさせられる。
なんなら今すぐにお湯を溜め始めたいくらいだ。
「貴族と関連あると思われれば警戒されるだろ。お前が囮の意味を成さなくなる可能性もある。なるべくここには近づくなよ」
「んぐうう」
目の前にお宝がちらついているのに、私には手が出せない。
悔しきかな。
ケウニス隊長の別荘には長居せず、すぐに拠点である安宿へと戻った。
情報収集は他の人に任せて、別の人をまた捕まえていくのだ。
目的は人身売買にかかわる貴族全員を把握すること。
誘拐犯を1人捕まえただけでは終われない。




