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囮捜査の開始

ケッツの家から馬を走らせて6日。

小山を越え、川を渡り、時には道なき道を進み、ようやくお目当ての町が姿を見せた。


大変だった道のりも、現代なら新幹線か飛行機でひとっ飛びだというのに。

そんなもの欠片も存在しないこの世界では、地道に馬を走らせるのが最速の手段だ。


旅って大変。

精緻な地図も存在しないから、途中で方角頼りになってたし。

GPSって天才的に素晴らしいものだったよね。

無い物ねだりをしてもしょうがないんだけど。







まずは宿へ赴き、馬を休ませ拠点を確保する。

砂埃のおかげで髪はキシキシだし、連日まともに洗ってないから体はベタベタだ。


お風呂に入りた―い。

湯舟に浸かりたーい。


安宿に入った私たちには敵わぬ願いだ。

町に着いたのが陽が傾き始める時間だったため、囮作戦は明日から本格的に始める。







今日は簡単な下調べだ。


町の建物配置、隠れやすそうな物陰、住民の顔の把握など、歩き回りながら頭に入れていく。

主にケッツが。


あっちにこっちに大股で移動していくから、私のちんまい足では追い付くはずもなく、もはやケッツの腕の中が定位置になりかけている気がする。


雑な抱きかかえられ方でも、私が体勢を工夫することで安定度が違うことも学習してきた。

他で役に立ちようもないスキルだけど、私にとっては大事なことだ。




町を歩き回るのは、下調べと共に餌のばらまきも兼ねている。


フードは被らず、異色な見た目を晒す私。

町の人たちの好奇の視線を感じる。


興味津々で話しかけようとしてくる子もいたけれど、ケッツの歩く速さに気圧されて身を引いていた。


ああ。

囮捜査を目的にしていなければ友達になれたかも。

見た目年齢の近いお友達を作るチャンスよ、グッバイ。











一通り調べ終わってから食事を取り、濡らした布で体の汚れを落とし、寝る前に今後の流れを確認する。




「攫いやすそうな地点はこの辺りだな」




スプリングの効かない硬いベッドの上で、小物を並べて建物に見立て、誘拐ポイントを説明するケッツ。




「人身売買に関わってると踏んでる貴族はここに住んでいるが、実際に手を動かすのは別の奴だ。その屋敷付近をうろつく必要はない」




この北西地域の港町で、上位に入るご立派な屋敷だった。

庭木はよく整えられていて、建物も豪華な装飾が施され、一見して金持ちの家だと分かる外観。

とても優雅な暮らしをしている感じが漂っていたけれど、住人の中身は真っ黒らしい。


ひええ。

近づかんとこ。




「船の発着時間前後は人が多いから攫われることはない。この町は昼食後に昼寝するのが慣習だ。昼過ぎの人出の少ない時間が狙い目だろう」




朝と夕方に船は発着する。

出発前は荷を積む作業で人が集まり、到着後は届いたばかりの新鮮な商品が店に並ぶ。

人の行き来が多い時間帯には、おそらく出歩いても狙われない。


その合間の時間、かつ昼寝が習慣づいているこの町では、昼過ぎに出歩く人はかなり少なくなる。

その上で攫いやすい地点、つまりは隠れやすく人目に付きづらい地点を私がうろつけば、誘拐犯が釣れるだろうという算段だ。


ケッツがきちんと守ってくれるという話だけど、やはり緊張する。


ああ、なるべく怖い思いをしないで済みますように。

痛い目には合いませんように。










翌日、昨夜説明された誘拐ポイントを確かめてから、いざ昼の時間。

昼食を終えたらしき人たちが職場へ、自宅へと昼寝をしに戻っていく。

十数分で人通りはほとんどなくなってしまった。

しんと静かな町。


幼児が家を勝手に抜け出して一人で散歩を楽しんでいる風を装って、うろちょろと誘拐ポイントを彷徨う。

小さい花がぽつぽつと咲いていたため、手慰みに花束にしていった。


春だねえ。

可愛いねえ。



始めは暴れていた心臓だけど、誘拐される気配がないためだんだんと気は緩んでいく。

結局この日は何も起こらず、ただの散歩を楽しむに終わった。




「至って平和な散歩だったわ」


「向こうも手当たり次第に攫うわけじゃないからな」





ケッツ曰く、私を攫って問題にならないかどうか、簡単に調べを付けている状況じゃないかという。



子供が攫いやすい場所に1人でいるからといって、手当たり次第に攫うわけではないようだ。

その子が貴族の子だったなら大騒ぎになるし(貴族の子が1人で出歩くなんてあり得ないけど)、もしもその子が貴族所有の下働きだったりしても問題になる。


バレずにひっそりと子どもを捕らえて、人身売買の商品にするのが目的だ。

騒ぎや問題になる行動はご法度である。


ボロイ衣服を纏っていて見るからに孤児なら、調べもせずにすぐに攫うかもしれない。

けど、今の私はほどほどに小綺麗だ。


貴族と判断できるほどの豪華な衣服ではないけれど、汚れは少なくほつれも破れもない恰好。

ましてや二目と見ない希少な容姿だ。


どこかの貴族が愛玩用に所持していても、なんらおかしくはない。

そんなわけで、攫って大騒ぎになる身分ではないか、周辺貴族の所持物ではないか、調べを付けているのだろうという。



あからさまに連日1人で出歩くのは怪しまれそうだからと、誘拐ポイントを1人でうろつく日とケッツと行動を共にする日と、数日を町で過ごした。


ケッツに抱えられて行動する日もあり。

ケッツの目の届く範囲で町の子供たちと交流する日もあり。

精神的にはお酒も飲めちゃういい大人なので、一緒に遊ぶというよりは面倒を見るという交流ではあったんだけど、とても楽しかった。


小さい子可愛い。

わらわの心は大変癒されました。





拷問されかけ襲われ脱獄をさせ、とイベント目白押しだった日からうってかわって、のどかな時間を過ごしている。


夏休みに田舎の祖父母宅に遊びに来たかのような感覚だ。

このまま誘拐犯なんて現れなければいいのにな。


ああ、でも人身売買に関する情報を手に入れられなくても困ってしまう。




顔なじみとなった食堂でお昼を食べ、町の人たちの昼寝タイムに外を出歩く。

4度目の1人散歩だ。

振り替えってもケッツの姿は見えない。

近くにはいるはずだ。


風に乗って、波の音が静かに聞こえてくる。


浮き輪を持って海水浴したいね。

ここの海は港になってるから、海水浴を楽しめる環境じゃないけど。




また小さな花束でも作って宿の部屋に飾るか、としゃがんだところで、突然口をふさがれた。

そのまま抱えられて、森へと駆け足に連れ込まれる。


狙い通り誘拐犯がかかった。

待っていた展開ではあるものの、急にこられると心臓に悪い。

驚きで見開いた目で私を抱える誰かを見ようとするも、口を押えられているから顔は動かせない。




ケッツ、ケッツはちゃんと気づいてくれてる?




後ろを振り向けないせいもあって、ケッツがちゃんと私を追ってくれてるのかがわからない。

誘拐犯がひたすらに草をかき分けて進む音だけがしている。


茂る葉に日光が妨げられて、少し薄暗い森の中。

簡単には人目につかない場所に、小さな小屋があった。


誘拐犯はその中に入り、藁が積み重なった上に私を落とす。

藁が擦れる音ががさがさとした直後、背中に落とされる衝撃。




「うっ」




たぶん誘拐犯が私を踏みつけてるのだ。

逃げられないように。


ちょっとケッツさん!?

私危険な状態なのでは?

早く助けなさいよ!



誘拐犯が何かを準備してる気配がする。

手足を縛るのか、口を塞ぐのか、はたまた意識を奪うのか。

手足をばたつかせて抵抗を試みるけど、藁が音を鳴らすだけで何にもならない。


ケッツがすぐに助けに入るって、ケウニス隊長が言ってたのに!

ケウニス隊長の言葉を嘘にするつもりか!

ケッツこのやろー!


憤りを頭の中で喚き散らす私。



もう駄目だ。

私はこのまま捕まって、人身売買の商品になって酷い扱いを受けるんだ。










「がっ」




誘拐犯の変なうめき声と共に、ふっと圧力が消えた。

後ろで誘拐犯が激しくせき込んでいる。

急いで体を起こして振り返ると、ケッツが誘拐犯の体を固めていた。




「遅いじゃん!」


「頃合いだろ。お前を攫った。小屋の場所が分かった。妙な薬も取り出した。お前は怪我することなく、最大限情報が得られる」




喋りながら淡々と誘拐犯の体を拘束し、薬を奪い、尋問する体制を整えていく。


確かに怪我はしてないけど!

それは結果論でしょ!

それに私が感じた恐怖も無視しないでいただきたい!




「私を黙らせるために殴るとかしてたかもしれないじゃん」


「しないね。綺麗な商品の方が価値が高いからな。ミコトほどの容姿なら、そこらのガキとは比べ物にならない大金が手に入る。価値を落とす行為はしないさ」




むぐううう!

感情ガン無視の論理が述べられる。


ケッツ、あなたもしかしてロボットだったりしない?

子供に無理させちゃいけないとか、怖い思いはさせられないとか、少しくらい配慮はないのかい?

まあ子供なのは体だけだけども!





ケッツの言い分を理解はできても、感情は納得しない。

囮操作はまだ1人目だ。

私は当分この状況を味わなければならない。

憂鬱である。

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