遅い春の到来
ケッツの家で休息を取り、翌朝、早速ケッツの元に伝書鳩が届く。
ケウニス隊長からの捜査の指令である。
「ケウニス隊長からだよね?なんて?どこに行くって?」
「うるさい。ちょっと待て」
朝食中に飛んできた伝書鳩。
ケッツがすぐに教えてくれないので、仕方なしにスープを飲みながら待つ。
朝食は塩漬けの魚と野菜が具材のスープだ。
硬い魚の身をがじがじと味わっていたら、指令を読み終えたケッツがテーブルに紙を置く。
紙には簡単な地図も描いてあった。
「ここからは距離のある町だ。馬で6日はかかる」
「西北地域?」
「そうだ」
6日という数字と簡単な地図から、おおよその行先が予測できた。
この国の中で一番隣国に近い、西北地域だ。
そこは、西には巨大な山脈で壁が出来ており、北には海が広がっている。
海を隔てた先にある国とは貿易の交流があり、大きな港町になっているのだ。
「ずいぶんと遠くに行くんだね。そこに人身売買に関わってるかもしれない貴族が潜んでるの?」
王が主導となって人身売買を行っていると言っていた。
他国と取引するには、船が必要不可欠だ。
一度に多くの荷を積み込めるし、この国の周りはほぼ海に囲まれている。
陸路で繋がっている国もなくはないけれど、貿易する旨みのある国ではない。
それ以外の国と貿易する手段は海路に限られる。
人身売買のためだけに船を出すのは怪しんでくれって言ってるようなもんだから、多分どうにかして国の貿易船に子供を積み込んでいるのだ。
積荷の揚げ降ろしは、王城近くの港で行われる。
王城で使われる食材なども多く積んでいるため、そのまま王城に運ばれるのだ。
それなのに、王城から離れた西北地域で子供を攫うのはどうなのだろう。
西北地域で子供を捉えたとして、王城の方まで運ぶのは骨が折れる作業だ。
「馬移動で6日もかかるのに、西北地域から子供を王城の方に運ぶのは難しくない?」
「確かに船は王城の方から出発するがな、必ず西北地域に立ち寄るんだよ」
「なんで?」
自国内で何度も船を止めるのは燃料とかを無駄にしちゃうんじゃなかろうか。
荷物を積み込んで出発したら、そのまま目的地に直行するもんだと思ってたんだけど。
「海流の関係で王城付近を出た船は西北地域まで行かざるを得ない。逆にそれを利用して、食材の補給地になってるんだよ」
ケッツが言うには、下から横向きのJの字を描くように、地形に沿った形で海流が流れているという。
この世界の技術文明は中世あたりだ。
蒸気船は存在しておらず、帆船も海流に逆らって船を進ませる程の推進力はない。
よって、航路は海流に沿ったものになる。
王城付近の港を出た後、どうしても西北地域まで行かざるを得ない航路。
ならば、西北地域の港に立ち寄り、その後の長い航海に向けて新鮮な食材を補給し直した方が良い。
冷蔵庫なんてものは勿論存在してないこの世界。
燻製・乾燥・塩漬け・砂糖漬け、いろいろな手法を駆使して長期保存できるものを船に積み込んでいる。
しかし、新鮮な食材を補給し直せるならそれに越したことはない。
医学の進んだ現代知識から言うと、これは大正解だ。
長期保存できる食材だけだと、ビタミンCが不足して壊血病になっちゃうからね。
「西北地域の港で食材補給するのに乗じて、子供も船に積み込んでるってことなのか。おっけー、理解した」
なるべく問題にならない孤児とか異種族を狙ってるんだろうけど、一地域の子供だけに行方不明者が多かったら怪しいもんね。
西北地域の港に貿易船が立ち寄るなら、その付近の子供も商品に出来る。
6日の道のりということで、それなりの準備が必要だった。
地図に食料、ランタン、野宿の準備に野犬対策、ほか諸々。
旅なれているケッツ自身はいいとして、私の準備をどれだけ入念に行うかに手間取っているようだ。
精神的には大人だけど、肉体的には幼い子供な私。
体力が持たずによく寝落ちしてることからもわかるように、気力でなんとかしようと思っても限度がある。
旅路で体調を崩すことが一番困るだろう。
下手したら命落とすし。
子育てって大変ね。
ケッツに育てられてるわけじゃないけど。
春の儀式を行ってまだ二日目。
息を吐けば白く染まるし、日影には解け切らない雪もほんのり残っている。
暖かい気温になるまでは、もう数日。
防寒対策は必要だけれど、かさばる防寒具の量はなるべく減らしたいところ。
移動の数日で気温は暖かくなるだろうし。
私も準備を手伝いたかったところだけど、邪魔だから手を出すなと言われてしまった。
役立たず扱いだ。
くそう。
結局、荷物は私2人分くらいの分量になった。
それを馬の両側に括りつけて、西北地域に向けて出発した。
余計な面倒を避けるため、道中はフードを目深に被っておく。
お目当ての人以外が釣れても困っちゃう。
西北地域に着くまでは要注意だ。
宿には泊まれたり、泊まれなかったり。
陽が暮れる調度いい時に町が近ければ、屋根の下で寝れたけれど、のんびりと旅を楽しむのが目的ではない。
ケッツは容赦なく馬を飛ばして先へと進ませるため、野宿率は高かった。
今日も今日とて硬い地面の上で野宿である。
陽が傾いて陰り始めてきたため、馬を止めてケッツは野宿の準備を始める。
火を起こし、小さな天幕を張り、食事の準備をする。
ここでもお邪魔扱いで暇な私。
周りを見回していると、スノードロップの花を見つけた。
春を告げる花と言われるスノードロップ。
空気もだいぶ柔らかくなってきた気がするし、本格的な春は目前だ。
鍋でスープを作っているケッツに声を掛ける。
「見てみて!スノードロップが花を付けてるよ。もう春になるね」
「…あの儀式、本当に効果あるんだな」
「信じてなかったの!?」
ほくほくとスノードロップを指さして報告するも、ケッツの返答に驚いてしまった。
効果があるから、ヴェータを助け出して儀式を行ったんじゃないか。
「ただ言葉を唱えてるだけにしか見えなかったからな」
「まあ、傍から見てるとそうか。誰にでもできそうな簡単な儀式なんだけどね。それでも、いまこの国で精度の高い儀式ができるのはヴェータだけだし、春を呼ぶ儀式をしたから、ようやくスノードロップが花を付けたんだよ」
森で目を覚ましてヴェータを助けるまで、スノードロップは蕾すら付けていなかった。
空気は肌に刺さるくらいに冷たくて、冬の間に降った雪も解け残って山を作っていた。
春に移り変わる兆しを全くと言っていいほど感じられなかった気候。
それが、儀式を経て正しく時が進んだ。
傍から見てた分には、ヴェータが行っていたことは言葉を繰り返し唱えていただけだ。
猿真似で誰にでもできそうだと勘違いしてしまう、なんてことない儀式。
それでも、内実は違う。
ヴェータは季節を司る神と心を交わし、季節を動かす交渉をしているのだ。
言葉を交わしているわけではない。
ヴェータ自身に神と交渉している自覚もないと思う。
けれど、神の存在を感じ、祈り、通じ合うものがあったはずだ。
それこそが交渉者である証であり、季節を呼ぶ儀式そのものだ。
その日の夜は、寒さで目が覚めることもなく、朝までぐっすり寝ることができた。
翌朝も吐く息は白くない。
昨日見つけたスノードロップは、花を開いてこちらに顔を向けていた。
嬉しくなってケッツを呼んだけれど、素っ気ない言葉を返されただけだった。
つまらん男め。
曇りがちだった空が、今日は久しぶりの快晴。
上りきった太陽からの光はぽかぽかと体を温めてくれた。
春が来たぞー!!
ビバ春!
暖かいっていいね!
無駄に心がウキウキするぜ!
春という季節が単純に好きというのもあるけれど、嬉しい理由はそれだけではない。
これで1つ、本来のシナリオに沿って話が進んだ。
交信者としてヴェータが有能だと、改めて証明できたのだ。
ヴェータが捕まって如実に悪化していた寒さ。
一向に春は訪れず、体を凍えさせる日々。
ヴェータが脱走した事実は、もう確実に露見している。
礼拝堂で儀式を行ったことも、多少広がっていることだろう。
扉が破壊され、儀式の残り香が漂う場。
あの日礼拝堂で火番をしていたプオレスターは、事情を説明させられたに違いない。
夜間に押し入られて、ヴェータが儀式を行っていったと。
ヴェータの脱走に気づいた兵士たちが、ヴェータの職場である礼拝堂に聞き込みへ行く確率は高い。
私たちが破壊した礼拝堂の扉修理に呼ばれる職人もいるだろう。
そういった人たちから、おそらくヴェータの話は漏れていく。
そして、儀式が行われた翌日から落ち着いた天気。
春へと歩み出した気候。
ヴェータという存在の重要性が身に染みたことだろう。
この国では、神など存在しないとでも言うような教育がなされている。
季節を正しく巡らせるための儀式も、それを行う交信者も、奉納祭など神にまつわる物事全てにおいて、無駄だとでも言いたげな教育内容。
しかし、ヴェータが儀式を行った前後でこうも気候の落ち着きようが違う。
教わってきた内容と現実とで齟齬があるのではないか。
国が行ってきた教育への信頼が揺らぐ。
また、ヴェータの投獄について、罪状は明らかになっていない。
品行方正に、勤勉に日々を過ごしていたヴェータ。
悪事は目撃されていないし、犯しもしないだろうという信頼がある。
なぜ投獄されてしまったのか。
王は何を以ってヴェータを逮捕させたのか。
それまでも独裁で強権を発揮していた王に対して、疑心が生まれる。
果たして王は、国のために勤めてくれているだろうか。
そのくすぶる心に働きかけるのがオウタだ。
ヴェータと関わりがあった者たちは、大なり小なり心が揺れる。
普段のヴェータの働きぶりを知っていて、儀式による影響も間近で見て実感している。
王のヴェータに対する匿名逮捕状は明らかにおかしかった。
その疑心を、危機感を、看過してはいけない。
団結して、声を上げて、訴えかけよう。
元老院を動かそう。
手紙を出して、伝手を辿って、いまオウタは働きかけているはずなのだ。
春が訪れた事実は、オウタの活動を後押しする。
ハッピーエンドへ向けての大きな一歩だ。




