良い人だと思ってたのに
「そういうことだ。あの時、待機部屋にいた兵士は数人。平民出身の奴が王主導の悪事に関わることなどできない。あの場に居た中で貴族出身は1人だ」
それは誰、と聞く前に、ある点に引っかかる。
「それでどうして人身売買だって言い切れるの?待機部屋にいた兵士が、見世物小屋に売り飛ばすために情報流したのかもしれないじゃん」
「見世物小屋に売り飛ばして得る利益なんて高が知れてる。自分だけでとっ捕まえて売るならまだしも、協力者を増やせば分け前は減る。兵士が危険を冒してまで手を出すほど、得られる利益はないんだよ」
なるほど。
私もようやく理解した。
平民出身の人が兵士になるには、それなりの努力を要するものだ。
持ち馬の無い家庭で乗馬スキルを磨き、高価な剣などを手に入れられない中、安くて壊れやすい武器で剣技を身に付ける。
民間の傭兵として働くのなら、実戦で技術を磨くとことも可能だ。
けれど、城勤めの兵士には雇用試験がある。
初対面の馬でもある程度乗りこなせるのか。
一定の水準を満たす戦闘技術は持っているのか。
試験によってふるいが掛けられる。
平民が城勤めの兵士になるには、生半可な努力では駄目なのだ。
好きなだけ講師を呼べ、質のいい馬も武器も用意できる貴族とは違う。
苦労して手に入れた地位だ。
その地位と天秤にかけるには、見世物小屋に売った程度の金銭では釣り合わない。
自分1人で商品を売り飛ばしたとしても、手に入る金銭は兵士の給料3月分くらいだろうか。
輩と山分けすれば、手に入る金銭は当然減る。
釣り合わない天秤がさらにローリターンだと傾く。
平民出身の兵士が私を見世物小屋に売り飛ばすことはない。
王や貴族は身分差別が激しいため、人身売買に加わることも不可能。
よって、平民出身の兵士は無実だと言える。
貴族出身兵士の場合も、見世物小屋に私を売り飛ばすメリットは少ない。
私腹を肥やしたいという欲はあるだろうが、見世物小屋で得られる金銭なんて、貴族にとっては特別な金額ではないのだ。
保有している宝石などを売り飛ばした方がよっぽど金銭を得られるだろう。
貴族出身の兵士が見世物小屋に売り飛ばす線は考えられない。
残るは、人身売買に関わっている場合だけだ。
「うう。嫌だけど納得した。それで?私を売り飛ばそうとしてた兵士は誰なの?」
「アウレオラだ」
「誰!」
あの場に居た兵士は私が生み出したキャラじゃなかった。
名前を聞いても誰か分かるはずもなかった。
即座に突っ込んでしまった私に対して、“なら聞くなよ”とケッツは顔をしかめる。
それでも、誰かわかるように言いなおしてくれた。
「拘束したお前を勝手に解放した奴だよ。わかるだろ」
あの時私が兵士の待機部屋へ行くことになったのは、尋問のためだった。
口外禁止なはずのヴェータの存在について言及した私。
不審人物だと、尋問目的で兵士の待機部屋に連れていかれた。
手枷を椅子の背もたれに繋がれ、拘束される。
ケッツの視線がそれはそれは恐ろしく、私は半泣きで身体を震わせていた。
そんな窮地から解放してくれたのは、優しく声を掛けてくれた兵士だった。
後光が指すかのように眩しく見えた、あの。
「う、嘘でしょ…。ケッツから解放してくれた仏のように見えたのに…」
「俺から?」
愕然として言葉が漏れた。
軽い失言をケッツに聞き咎められ、ぷいっと顔を背けて開き直る。
「だってあの時のケッツ最悪だったもーん。無力で無害で最高にプリチーな私を拘束しちゃってさ。殺されるかと思ったもんね」
「意味不明な言葉もあるが俺を怒らせたいのはわかった」
「いたいいたい!暴力はんたーい!」
両手でわしっと頭を捕まれて圧力がかかる。
本気じゃないのはわかるけど痛いのには変わりない。
ぎゃあぎゃあ騒いでいたらケウニス隊長が笑いを零した。
「ふっ。ケッツとミコトは仲が良いんだね」
それは誤解だ!
そう口から言葉が飛び出す前に、ケウニス隊長の麗しさに体が機能を停止する。
善人だと思ってた人が悪人だった衝撃も、ケッツに掴まれた頭の痛みも溶かされて、心に多幸感が満ちる。
ケウニス隊長には一生笑っていてほしいわ。
それだけで世界を幸せにできるよ。
「ミコトの質問は以上かな」
「あっ、う、まだ聞きたいことある。えっとね」
ふざけてる場合じゃなかった。
反省反省。
分からないことは聞けるときに潰しとかないと、またどんでん返しが起こるかもしれない。
何が聞きたかったんだっけ、と考えながら口を開く。
「ウィスさんとイェ…なんちゃらさんは仲間なんだよね?」
「ウィスターヴァとイェテーヂョな」
「そうだね。信頼できる仲間だよ。もしミコトに何かあって助けを求めたい場合は、彼らに頼めばいい。基本的にはケッツが傍にいるだろうから、そう出番はないだろうけれど。ウィスターヴァの姿は見たよね。イェテーヂョは赤髪に紫の目をした少し背の低い男だよ。左の瞼にホクロがあることが特徴かな」
名前すら覚えられずあやふやな私に、ケウニス隊長が優しく教えてくれる。
ウィスターヴァはケッツが半地下の牢で誘拐犯を見張るよう頼んでいた兵士だ。
ベリーショートで背が高かった。
細長く見えるケッツに比べて胸板が厚く、筋肉ががっしりと付いた体つき。
薄暗い半地下では色が確認しづらかったけど、黄色い目は眩しいくらいに鮮やかだった。
イェテーヂョは“黒”だとわかった人物を調べさせていると言っていた兵士だ。
左瞼にホクロがあるという特徴はわかりやすいな。
そこまで考えて、何が“黒”だと判明したのかピンときた。
「“黒”だと解ったって、人身売買に関わってるって判明したってこと?」
「そうだよ」
積荷の数を確認しに行ったら人身売買に関わっていると判断できる、ということは、子供たちを売って手に入れた物が積荷なのだ。
国力を上げるために取引しているという人身売買。
子供を売り渡して手に入れるのは、金銭だけではないようだ。
「ほぼ黒だと解っていたが、確証が無くてね。断定できてよかったよ。これで1つ、調査が進む」
「へえ…」
部下であるケッツに使われた状態だったにも関わらず、ケウニス隊長は満足げだ。
上下関係よりも実力や結果を重視する、貴族にしては珍しい思考のケウニス隊長。
この世界の常識的にはケッツは有り得ない行動をしたわけだけど、成果を得られたから、結果的にお咎め無しなのかな。
だけどヴェータが逃げられるよう、見張り兵士を場から外すようにケッツに手配を頼んだあの時、否定はなくすんなりと私の頼みを聞いてくれた。
私の頼みを聞いたら、ケウニス隊長との調べが先に進むと予想できたからだったりして。
そうだとすると、城内兵士の配置をケッツが把握している可能性が出てくる。
…ケッツの行動の何もかもに裏があるような気がしてきた。
その“裏”がこの世界にとって良いものでありますように。ケウニス隊長の指示で動いてるみたいだし、大丈夫だよね?
大丈夫なはず、うん。
「積荷の中身ってわかってるの?」
「中身を確認できたことはないが、香辛料や砂糖などの高級品だろうと踏んでいる。国内に出回っていない香辛料の匂いを城内で嗅いだことがあるからね」
香辛料や砂糖は、この国では生産されていない。
他国から輸入しなければ手に入らない高級品だ。
砂糖は多少出回っているけれど、他国産の希少な香辛料は貴族であっても入手するのは難しい。
ケウニス隊長が何故その匂いを嗅いだことがあるのかといえば、商品を運んだことがあるからだ。
普段は輸出入業務に携わる人が荷運びもするけれど、量が多くて手が足りない場合は兵士が借り出される。
他国との交流準備のために大量輸入した時や、天候が悪く何便かの荷物がまとまってしまった時など。
ケウニス隊長もいつだかの時に借り出され、他国産の希少な香辛料を運んだ。
その時と同じ匂いがする、と。
厨房や積荷保存庫などから香辛料の匂いがしたとしても不思議はない。
ケウニス隊長はその他の不自然な場所で匂いを嗅いだのだろう。
例えば、食品を持ち込まない会議室から。
例えば、香辛料に触れるはずのない兵士から。
「うん。わかった。一先ず、人身売買に関わってると断言できる兵士が2人ね。それで他にも怪しい人物がいるから、私を囮にして判明させたい、情報を掴みたい、と」
「そうだね。ミコトには申し訳ないが、囮役を頼むよ。ケッツはくれぐれもミコトに危害が加わることのないように、しっかり見といてくれ」
「へーい」
ケウニス隊長の指示じゃなければ、ケッツは反対したに違いない。
気の抜けた返事だ。
くれぐれも私を守ってくれよ、ケッツ君。
小まめな報告は継続するようにだとか、今後の作戦をケウニス隊長とケッツで大まかにすり合わせて、話は終了となった。
最早荷物を抱えるかのように自然に、動くのを待たないでケッツは私を抱え始める。
移動するのを待って遅いと言うのすら面倒になったらしい。
そんなケッツに、ケウニス隊長は目を細める。
「2人ともお休み。気を付けて戻るんだよ」
「じゃあな」
「うん。おやすみー」
ケッツに抱えられて荷物と化すのもだいぶ慣れてきちゃったぞ。
できれば荷物じゃなくて人間としてちゃんと抱えてほしいところだけど。




