事件勃発
馬に乗り、休憩して鳩を触り、また馬に乗り、昼を食べてお喋りをし、再び馬に乗る。
特別牢までは少し距離がある。
罪人を城から離すためだ。
特別牢には、王と意見が衝突した政治犯なども捕まっている。
政情に関して知られないよう、市民に悪影響を与えないよう、城からも町からも離された半隔離地域に建てられている。
出入口は2ヶ所と少なく、監視・管理がしやすい形状だ。
町を抜けて平野を駆け、小高い丘を越えて村を通り過ぎる。
太陽が上りきってもう1時間程した頃だろうか。
私たちは特別牢へとたどり着いた。
壁のように建てられた監視塔でぐるりと囲われた敷地。
出入口は跳ね橋になっているため、許可が下りないと入れない。
特別牢から離れた地点で私とラピスィを降ろし、ヴェータはツフマの家から拝借した貴族服を着る。
「では話をして参りますね。お2人は周りに気を付けて、隠れていてください」
「うん。待ってるね」
馬に跨りなおしながらヴェータが言う。
私たちへの心配と、オウタを助けるのだという義務感が混ざっているのだろう。
ヴェータは少し硬い表情だ。
ケッツは何も変わらない様子で、兵士のマントを羽織りながらおざなりに言う。
「石は絶対に手放すなよ」
「わかってまーす」
へいへい。
貴重な石ですものね。
無くしはしませんよ。
首にかけている石を、より安全にと服の中にしまう。
私とラピスィは例のごとく茂みに隠れ、ケッツとヴェータは特別牢の入り口へと向かっていった。
特別牢の近くに隠れられるような建物とか何かあればよかったんだけど。
そんな敵に塩を与えるような状況にするわけがなく、特別牢の周りは見晴らしがいい。
私とラピスィが隠れている地点から特別牢の入り口までは、20mかそこらってところ。
大声を出さない限り声は聞こえないけど、姿はきちんと視認できる。
ヴェータの護衛を引き受けているかのように、引率をして門番にも話を付けているケッツ。
門番は何の疑いもなく話を聞いている雰囲気だ。
よしよし。
順調そうだな。
2人いる門番のうち1人が、特別牢の中へと向かう。
恐らくオウタを連れてくるのだ。
これでオウタは釈放。
連れて帰れば、自発的にいろいろ動いてくれるはず。
「…無事に話は進んでる、のかな」
「うん。いまオウタを連れてきてるはずだよ。怪しまれることなく話せたみたいだね」
横にいるラピスィは不安気な態度。
ヴェータのことが心配なんだろう。
ラピスィのことを地獄から救い出してくれた恩人だ。
悪いことが起こらないように、とはらはら見守ってしまうのも理解できる。
ラピスィのはらはら具合と門番と話をするケッツ・ヴェータを見守っていると、音が近づいてくることに気づく。
規則的に響く馬の足音。
私たち以外に特別牢へ用がある人がいるんだろうか。
しかし特別牢に向かう馬の姿は視界に入らない。
違う。
茂みの中を進んでいるんだ。
地面を蹴る音だけでなく、がさがさと草を押しのける音も混ざっている。
気づいた時には背後に馬がいた。
「うわっ」
「ミコト!」
突如馬に乗って現れた人物に抱えられた。
足が地面から離れる。
慌てて私に向かって伸ばされるラピスィの手。
その手を取ろうと私も手を伸ばして、指先を霞めるに終わった。
「ミコト!ミコト!!」
ラピスィの姿が小さくなっていく。
距離が離れていく。
荷物のように乱雑に馬に乗せられた。
跨っているわけではない。
お腹を下にした状態で、乗っているというよりも引っかかっているという形。
馬の振動とともにお腹が圧迫されて苦しい。
押し出されて息とともに声が漏れる。
揺れるし、頭に血が上るし、不届き者の顔は確認できないし、暴れることすらできなかった。
馬の気性が荒いのか、馬を操っている人の腕が悪いのか、単純に急いでいるせいか。
ケッツに乗せてもらっていた時よりも酷く揺れた。
揺れの衝撃で視界を滲ませながらも後方を見る。
ラピスィの姿はもうどこか彼方。
木々の隙間から覗くのは、遠く小さくなっていく特別牢。
まさかこの短時間の間に、心配していたことが起こるなんて思わなんだ。
服の上から、ケッツに渡された石を握る。
希少価値が高いって発言、私が考えてる以上に重いのかもしれない。
迷いなく私を狙ってきた。
ラピスィには目もくれず。
それにしても、この国はこんなに治安が悪かったのだろうか。
この世界に来てから3日目。
現在2度目の誘拐事件中である。
攫われすぎじゃない?
それだけ私が可愛くて魅力的な幼児ってことか?
それなら仕方ないなー。
私ってば非の打ち所がない素晴らしい容姿をしているはずだからなー。
こんなに狙われちゃうのも頷けるなー。
なんて馬鹿な考えは横に置いておいて、だ。
私が他にも代えがたい容姿をしているとはいえ、事件に遭遇しすぎだと思う。
人間以外の種族が厭われている国だけど、こんな誘拐事件が頻発するような事態、私は知らないぞ。
ヴェータの耳に人攫いの噂が届くくらいだ。
それなりの頻度で事件が起こってると考えていい。
え、こわ。
そんなに頻繁に人が攫われてるの?
というか、攫われた人たちは一体どこに行くというのか。
一度目の誘拐は、私を見世物小屋へ売り飛ばすのが目的だった。
金銭目的。
まあこれは納得できる。
貴族や特別な立場の人間ではない限り、大半の人が1日1日を生き延びるのに精一杯という状況だ。
仕事が無い人だって多い。
一目見て珍しいと解る私を売り飛ばして、大金を得ようとしてもおかしくない。
でも、今現在攫われているコレはどうだろう。
私とラピスィは茂みに隠れていて、しかもフードを被っていた。
ぱっと見じゃ気づかれないはずだし、後ろ姿では子供だとしかわからない。
他とは違う突飛な色の髪や肌は服で隠していたわけだし、見世物小屋へ売り飛ばす金銭目的とは考えられない。
奴隷、もしくは使用人として売り飛ばすという手もなくはないけど、無理して子供を攫って売り飛ばすにしては、労力に見合わない報酬だと思う。
そうだとしたらラピスィも併せて2人誘拐した方が報酬も増えるし。
それに、この誘拐犯は馬を使っている。
馬を所持するだけの経済的余裕があるのだ。
金銭目的に悪事を働く必要はない。
そうだとすると、何故私は攫われているのかが理解できない。
ラピスィか私、どっちかでいいという攫い方じゃなかった。
振り向いて目が合った一瞬、明確に私を捉えていた。
私の容姿を確認して笑ったようにさえ見えた。
“私”を目的とした誘拐。
もしかして、どこかから付けられていたんだろうか。
だからフードを被って茂みに隠れていた後ろ姿だけでも、“私”を狙って攫うことができたんだろうか。
心臓がきゅっと縮まって、体の深部から体温が抜けていった。




