礼拝堂から撤収
「神の、遣い…?」
何を言っているんだ感が半分、そう言われれば納得できる感が半分といった複雑な表情だ。
きょどきょどとした動きで、火番の目が私とヴェータを行き来する。
「私を、この国を、良き方向へ導いてくれると仰いました。そのために春を呼ぶことが必要だったのです。手荒な真似をお許しください」
「そ、んなことが…、信じられるとお思いですか」
「けれど事実なのです。通常神の言葉を賜ることのできない私たちに、直接伝えてくれる方が現れたのです」
「すとっぷすとっぷすとっぷ!」
「すとっぷ…?」
「ミコトさん?どうなさいました?」
すらすら話が進んでいって驚いた。
ヴェータさん、思ったよりも冷静か?
神の遣いっていうワードの強さが心の安定を促していたんだろうか。
強行突破せずとも、ヴェータに説得してもらう手が有効だったかもしれない。
今更考えても遅いけど。
とりあえず、よろしくない方向に進んでいく事態の収拾を図る。
「あの、手荒なことしたのは本当にごめんね。で、国のためにしたっていうのは本当だよ。だって春が来てておかしくないのに、まだこんなにも寒いでしょ?駄目になる一歩手前だった。早く立て直さなきゃいけなかったの。えーと、それで、神の遣いってのは内密にしててほしいんだけど」
まとまりきらないまま、思いついたままに喋ってみた。
ヴェータの顔には疑問符が、プオレスターの顔には困惑が現れている。
「何故でしょうか。内密にしていては、今のようにミコトさんを誤解される方は多いかと思われます。説明した方がよろしいかと…」
そうね!
でも仰々しく迎えられたいわけじゃないんだな!
しかもヴェータみたいに素直に受け取ってくれる人間はとても少ないと思うよ!
幼児なのに妙に弁が立つとか、有り得ない色合いをしてるとか、奇妙な目で見られるのは構わない。
けれど、祀り上げられるとか敬われるとかは回避したいのだ。
この場をうまく収める言い分を、捻り出せ私の脳みそ。
「あの…、あのね、“神の遣い”って言葉が独り歩きして、誤解されたくないの。神はそうでも、私は万能じゃないし。出来ないことも分からないこともたくさんある。期待されすぎると困っちゃうんだよ」
良い感じのことを言えたんじゃないか?
謙遜すんなよ神の遣い様ー、なんて声が小さく飛んでくる。
黙らっしゃいケッツ。
素直なヴェータは私の言い分をすんなりと飲んでくれる。
「…わかりました。ミコトさんを困らせたいわけではありません。神の遣いだという事実は内密に、ですね」
「うん。お願い」
事態を消化しきれていない、信じきれていないプオレスターは複雑な顔のまま、半ば睨むように私を見る。
説得に長々と割く時間はない。
今はこの状態で放っておいていいだろう。
「さ、儀式は済ませたし外に出よう」
「逃げる気か…!」
怒り100%だった勢いが、少し和らいでいる。
同じ内容を私が言ったとしてもこうはならないだろう。
「長居してる時間はないの。また改めて来ると思うから、その時にじっくり話そうよ。じゃね」
扉をぶち破ったままの出入口へと向かう。
すぐ後ろをラピスィが駆け寄ってきて、柱に寄りかかっていたケッツはようやく話が済んだかとばかりに歩き始める。
ヴェータは場を離れることに後ろ髪引かれている様子だった。
同僚にきちんとした説明ができていないまま。
迷惑をかけた状態での放置。
「っ、プオレスター様、申し訳ありません。未来のためだということをご理解ください…」
そう述べて、一礼してから私たちに駆け寄る。
礼拝堂の火番、プオレスターが場を去る私たちを邪魔することはなかった。
外に出ると、肌を突き刺すように冷たかった風が少し柔らかくなっている気がした。
春が玄関前までやってきた、って感じかな。
きっと数日後には、春の息吹を感じる暖かい陽光が降り注いでいることだろう。
茂みに戻って隠れる私たちと別れ、ケッツは城へと向かう。
正確な時間はわからないけど、そろそろ日付が変わる頃。
このまま休みなく6時間かけて土楼へ戻るのはきつい。
兵士であるケッツはともかく、幼児である私には確実に不可能。
昨日も寝落ちたしね!
今も実は瞼が引っ付きそうだよ!
ヴェータやラピスィも1日程度なら無理が効くのだろうけど、私が絶えらんないので却下である。
次の行動へ移る前に、一旦仮眠が必要。
仮眠場所への移動のためにも、ケッツには馬を連れてきてもらう。
葉をかき分けながら進んで、始めにケッツが私とラピスィを馬から下ろした茂みの辺りまで戻る。
しかしまあ、改めて実感するけど、幼児の体だと茂みがなんと進みづらいこと。
大人の体で膝丈程度でも、今の私にはお腹にまで来る。
大きく草をかき分けていると、平泳ぎでもしている気分だ。
頑張って進んでいたものの、目的地にたどり着く前にケッツの方が早く戻ってきた。
私たち3人を通り過ぎそうになるのをどうにか止めて、馬に乗せてもらう。
馬は2頭いる。
ケッツの前に私、ヴェータの前にラピスィという乗り方だ。
緩い安全バー再び!
揺れる!
落ちる!
ちゃんと支えてくれ!
腹に回るケッツの腕にしがみつきつつ、道案内もしなくてはならない。
向かうはツフマの家。
馬なら30分足らずで着けるはずだ。
ツフマは捕まってしまったので現在無人。
勝手に拝借させてもらう。
真っ暗な中で馬に乗るのは余計に怖かった。
目的地に着いて馬が止まると一安心。
途端に眠くなってくる。
アドレナリンが切れたって感じ…。
アドレナリン君、もうちょっと留まっててくれ…。
馬上で舟をこいで、危うく落ちそうになる私。
ケッツに後ろから服を掴まれ、半分ずり落ちた状態で止まった。
「ミコトさん、大丈夫ですか?」
ヴェータが抱き留めてくれて、そのまま抱っこで運んでくれる。
あ、このままスヤァしてしまう…。
まだだめだ、明日の計画とかをヴェータにも…。
明日以降の計画を話さないといけないだとか、お風呂はどうするだとか、1人用の寝具しかない中でどう寝るかだとか。
いろいろ話すことはあったはずなのに、結局私は寝落ちてしまった。
2日連続である。
幼児の体力の無さよ。




