礼拝堂にて春の儀式
礼拝堂の扉の前に移動し、4人でタイミングを合わせて体当たりをする。
1発目。
勢いよく体当たりするが扉は壊れない。
中から狼狽える声が聞こえた。
2発目。
少し扉がゆがむ。
隙間から、武器になりそうな手近な物を持って迎え撃とうとする様子が見える。
3発目。
折れ砕ける音をたてながら、扉が内側へと倒れる。
扉とともに倒れる私たちとは違い、1人ケッツは飛び出した。
「な、何者だ…!」
なんて言って身構えようとする間に、ケッツは背後を取って火番の腕を固めてしまう。
鮮やかなり。
腕を固められた上に柱に押さえつけられる火番。
そんな苦しそうな状態でも、立ち上がる私たちの中からヴェータの姿に気づいたようだ。
「ヴェータ様、何をしていらっしゃるのですか!捕まっていたのではないのですか!」
「っ、あの…」
返答に困るヴェータの腕を引っ張る。
「今は答えなくていいよ。先に儀式をしよう」
「は、はい」
ろうそくの火が灯っていても薄暗い礼拝堂内。
私に促されてヴェータは奥へと進んでいく。
「こんなことをしていいと思っているのか!神聖な礼拝堂に傷をつけて…!小人族までいるじゃないか!」
途端、屑やら土埃やらを掃っていたラピスィがびくりと体を揺らした。
フードを被り、火番から距離を取り、怯えた目で様子を窺う。
「何を考えているんだ!私を放せ!礼拝堂内での勝手は許さんぞ!」
ケッツにがっつり体を固定されていながら、ぎゃあぎゃあと騒ぐ火番。
「ちょっと黙っててくださーい」
「んぐ!?」
布を噛ませて猿轡にする。
破壊した扉に付いていた装飾用の布である。
絶対不衛生だけど、ラピスィを怖がらせた罰としてこれくらいは我慢してもらおう。
残った布で体も拘束し、ケッツは火番から離れる。
「儀式ってのはどこでやるんだ」
「あっち。ラピスィも行こう。怖がらせてごめんね」
「ううん。…大丈夫」
背後から響く火番の唸り声。
それを無視して、ヴェータが向かったであろう礼拝堂の奥へ進む。
儀式で使う香炉の匂いが、ほのかに香ってくる。
ムスクに似た匂い。
粉っぽくて湿っぽいような、むわっとした匂いだ。
儀式を行う広間へとたどり着くと、両膝を付いて祈りの言葉を唱えるヴェータの姿が見える。
香炉から立ち上る煙を見上げるような姿勢。
少し変わった形で組んだ手を、上に掲げながら言葉を唱える。
季節を呼ぶ儀式は、煙と声が、神と繋がるための媒体として意味を持っている。
立ち上る煙に乗って、声が、心が、神の居るとこまで届く。
そういった考えの元に香炉が使われている。
「地味なもんだな」
儀式の様子を見てケッツが呟いた。
冷めた目で見るならば、香炉を焚いて言葉を唱えているだけ。
魔法のように辺りが輝くとか、風が舞うとか、神秘的なことは何も起こらない。
神の存在を信じていない者たちが、こんな行為に何も意味はないと、切り捨ててしまうのも容易いほどに。
それでもこの儀式が、この国を、この世界を成している。
欠かしてはならない儀式なのだ。
三度言葉を繰り返し、ヴェータは儀式を終えた。
「お疲れ様。撤収しよう」
立ち上がるヴェータに声を掛ける。
ヴェータの脱走に気が付かれるのは、恐らく朝方だ。
私が考えていた流れでは、朝の食事を運んだ際にヴェータの不在が露見する。
でもプロットと違う手段で出入口の兵士を外させているし、それより前に気づかれる可能性もなくはない。
早めに離れて隠れておきたい。
出口に戻るにつれ、暴れる火番の唸り声が再び聞こえ始める。
あ~、火番の対処どうしよう。
本来考えていた、ツフマがヴェータを助け出していた話では、もっと穏便に儀式を行う。
時折礼拝堂に顔を出していたツフマは、火番とも顔見知り。
言葉を尽くして説得し、中に入れてもらうのだ。
ヴェータは手違いだったと釈放された。
春を呼ぶための儀式をしてほしいと王にも頼まれた。
非常識な時間だが入れてほしい。
そんな感じで。
だからもちろん扉は破壊しないし、火番を拘束もしない。
拘束してしまった火番の処理に悩むこともない。
なぜプロット通りの行動をしなかったのかと言えば、ツフマがいないからだ。
私とラピスィは火番とは初対面だし、異種族であったり奇妙な色合いであったり、不信感を持たれ話を聞いてもらえないだろう。
ヴェータは火番とは仕事仲間でもちろん知り合いだけれど、理由もわからず牢に入れられていたのを脱走してきたばかりだ。
冷静に話ができるのか不安が残るし、なによりヴェータは素直な子だ。
脱獄してきたという負い目を持ったまま、嘘をうまく突き通せるのかは怪しい。
そしてケッツ。
兵士という身分を明かして火番を説得するという手も、なくはなかった。
けれど、そうする理由や火番への説得内容、諸々をケッツに説明・説得するのは酷く面倒だったし、ケッツがその労力を割いてくれるかどうかわからない。
力技の協力を乞う方が手っ取り早く、ケッツが動いてくれる可能性が高いと思ったのだ。
猿轡を噛まされ、後ろ手に拘束されている火番の姿。
「…っ、ミコトさん、あの、拘束を解いてもよろしいでしょうか」
心が痛むとばかりに眉を垂らして、ヴェータが許可を求める。
火番とヴェータは仕事仲間であり、良好な関係を築いていた。
ヴェータに対して暴力的なことはしないだろう。
おそらく。
「うん。いいよ」
すぐさま火番に駆け寄り、ヴェータは布の猿轡と拘束を解いていく。
「っは、ヴェータ様…。なぜこのようなことを為さるのです」
「手荒なことを申し訳ありません。けれど、必要なことなのです…」
猿轡状態では息がしづらかったのか、火番は荒い呼吸だ。
「春を呼びたかったの。詳しい説明をする時間が惜しかったから、強行突破しちゃった。ごめんね」
軽い調子で一応謝ると、ギッと火番の鋭い目線がとんでくる。
「貴様…!こんなことをして無事に済むと思うなよ!気味の悪い…。怪物のような見目をしおって!」
可愛いおにゃのこに向かって怪物のようですって!?
この儚くも美しい、素敵な容姿が理解できないのか!
カチンときて言い返そうとする前に、ヴェータが慌てて言葉を挟む。
「そのようなことを仰ってはいけませんプオレスター様。この方は神の遣いなのですよ」
怒りなんて途端に吹き飛んで、さあっと体の奥が冷えた。
わああああ!
爆弾を落とさないでくださいヴェータさん!
口止めをしておけばよかった!
神の遣いがじわじわ広がっていく!
やめて!




