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牢の中

悲しくて、苦しくて、自分を責めては涙で頬を濡らす日々。

自分が何をしでかしたのかもわからず、けれど自分が悪いのだと、何かがいけなかったのだと、そう考えてはまた視界がにじむ。




ただただ、家族の役に立ちたい一心だったのに。




一緒に過ごす時間が減って、弟妹は会えない間に大きくなって、それでも、力になれていると思っていた。


私が文字を読めるようになって、計算もできるようになって、父さんと母さんの仕事状況は改善された。

業者にぼったくられていたことが分かり、父さんと母さんに計算を教えて、少し暮らしが楽になった。

食べ盛りの弟妹のために食事を減らしていた2人も、満足できる食事がとれるようになったはずだ。



寄宿学校を卒業して、交信者となって、仕送りもできるようになった。

たまにしか会えないけれど、家に帰れば暖かい食事で出迎えてくれて、抱きしめてくれて、かけがえのない存在だったのだ。



血の繋がらない私に、惜しみない愛情をくれた家族。

その家族が、私のせいで牢に捕らえられている。







家族だけではない。


寄宿学校で親しくなり、働くようになってからも何かあると手助けしてくれていたオウタ。

外聞のため、身分を取り繕うためにと身の回りの世話を頼んでいたピイカ。


他にも、私の知り合いが何人も捕えられたと聞いた。

聞かされた。




何も、何もした覚えはないのに、みんなに迷惑をかけている。

みんなに迷惑をかけている自分が、情けなくて悲しくて、もうとにかく辛い。







必ず日に一度はここから連れ出されて、交信について問いただされる。


なぜ私だけが支障なく季節を移り替わらすことができるのか。

これまで就いていた交信者との違いは何なのか。



厳しい口調で問われても、何も答えることができない。






そんなの知らない。

私だって知りたい。


こんな、こんな能力さえ無ければ、今も変わらず家族の元に居れたのに。

和やかに暮らすことが出来ていたはずなのに。

親しい人たちに、私と関わったばっかりに捕らえれて、苦しい思いをさせることも無かったのに。






もうこのまま消えてしまいたい。










雲で輪郭をぼやかす月を目に映して、涙が静かに伝うのを感じていた時だった。



ぼんやりとした月の下に、何か動くもの。

どうやら手らしい、と気付いたら、次は顔が現れる。


月明かりに照らされる、鮮やかな赤みを帯びた黄色。

つんと硬そうな、黄金色の髪の毛には見覚えがあった。




私ではつっかえるだろう小窓を、するりと越えて中に降り立つ。

日焼けしたような茶色い肌を持つ、子どもと変わらぬ大きさの体。


人と比べると長い耳たぶに付けられた木製のピアスを揺らして、目の前の小人は言葉を発する。




「……あの、こんばんは。……ヴェータ、僕のこと…、覚えてる?」




もじもじとお腹の前で指を動かしている人物。


覚えている。

寄宿学校に迷い込んだ、小人の人。

名前は確か、ラピスィ。




「…ええ。覚えています。ラピスィ…、よね。……どうしてここに?」





強張ったぎこちない顔で、けれど嬉しそうに口角を上げる。



「…言葉、随分と、綺麗になったんだね。…あの、助けにきたんだ。ここから、逃げ出そう」





寄宿学校で出会ったときと背丈は変わらないけれど、段違いに健康そうな体で、少し安心する。

あの時は痩せていて、気力も抜けきった酷い有様だったから。


そう、ラピスィを助けるのにも、オウタにいろいろ手伝ってもらったのだった。




「逃げ出すって、どうやって?」




小窓は通れない。

鉄格子の扉には鍵が掛かっている。

その外には見張りの兵士もいるはずだ。



私の質問に、ラピスィは布でくるまれた何かと紙を差し出す。




「…鍵は、これで壊せるはず。逃げる経路は、ここに書いてある」




折りたたまれた紙を開いてみると、図と文が書いてある。

初めて筆記具を持った子どもが描いたような、拙い図。

それに添えられているのは、書きなれて滑らかな文字だ。


城の外へ抜け出すための秘密の通路と、それに至るまでの警備の配置や動き。



布の方はごつごつとしていて、石がくるまれているようだった。

これで錠を壊せるというのなら、紙を信じて動けば、確かに逃げ出せるのかもしれない。




けれど、私1人が逃げ出してどうするというのだろう。


どこかに捕まっている父さんや母さん、オウタ、ピイカや、私に優しくしてくれた人たち。

助けに行けるわけではない。



私1人が助かったって、今よりもっと悲しくなるだけだ。










「…できません」


「どうして?…いま、外は大変なことになってるよ。まだ春が来ないし…、このままだと国が亡ぶかもって、聞いた。…ヴェータに春を呼んでほしいんだよ」


「亡んでしまえばいい…」






思いがけない人物の登場に止まっていた涙が、気持ちの昂りと共にぽろりと落ちる。




国なんてどうだっていい。


私はただ、家族のためにやってきたのだ。

家族のためだけを思って今まで頑張ってきたのだ。


家族が辛い目に合わされている今、国のために動こうなんて思えない。








「こんな、苦しいことばかりの国なんて、亡んでしまえばいいわ…」








ぶつけどころのない感情に、服の裾を握りしめる。

私の言葉を聞いてラピスィは目に見えて狼狽えた。




「…僕、ヴェータに恩返ししたくて来たんだよ。泣いてほしくない。…どうしたらいい……?」




わざわざ私のために来てくれた、心優しき小人の人を困らせている。

自暴自棄な考えだということは理解している。



でも、どうすればいい。



私のせいで、たくさんの人に迷惑をかけている。

捕まっていたところで、何も状況は変わらない。


向こうの望むものを差し出せれば、せめて私のせいで捕まった人たちを解放する交渉ができるのかもしれないけれど、尋問への答えは持ち合わせていない。


かといって逃げ出したって、助けに行けない。

どこに捕まってるのかも知らない。


私が逃げ出すことでみんなの処遇が悪くなる可能性だってある。








どうしたら、なんて。



「私が聞きたい……っ」





胸が震えて声がかすれた。

目の周りが熱を持って痛い。

涙が沁みる。





どうしてこんな、迷惑をかけることしかできないんだろう。





実の母親の顔も知らない。

生後すぐに捨てられた私は、産まれたことすら迷惑だったのだろう。


父さんと母さんに育ててもらった時間はとても幸せだったけれど、それなのに今、辛い思いをさせている。

助けてくれた人たちに、恩ばかりの人たちに、仇で返すようなことを。

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