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救出作戦の開始

馬の足音が石畳に当たる硬いものへと変わり、城の姿も見えてきた。


まだ陽は沈んでいない。

もうそろそろ、仕事の終わりを告げる鐘がなるだろう時間だ。



城が立つ小高い丘をそのまま上るかと思いきや、逸れて茂みで馬を止めた。



「お前らを連れてたら目立つから置いてく。大人しく隠れてろよ」






城へ向かうケッツ。

茂みに置いていかれる私とラピスィ。


野犬対策をしていったから危険はないだろうけど、匂いがきつい。

鼻につんと届く刺激臭。

この刺激臭を嫌って野犬が遠ざかるわけだけど、人間にもきついっす。


服の裾で鼻と口を覆う。

この匂いの中じゃ息がしづらい。




「…ミコトは、ヴェータとどういう関係なの?」




私と同じく鼻を塞いだ状態で、ラピスィが問いかけてきた。


初めてミコトって呼んでくれた!

向こうから話しかけてくれた!


馬上での会話は全て私からだったのだ。

警戒心の強い子と一歩距離を近づけられた高揚感。




「んっと、直接の知り合いではないんだよね。私が一方的に知ってるだけで」



後にヴェータと会った際に、不自然にならない説明をしないと。





「…一方的って?」


「ええっとねえ、んーと、儀式をするヴェータの姿をこっそり覗いてたの。すごいなーって」


「そうなんだ……。…それだけで、どうしてヴェータを助けるためにそんなに行動できるの?…神の遣いだから?」





う、突かれたくないところを。




産まれて数年の幼い子どもが一人の女性を助けるために奮闘している状況。

何がそこまでさせるのか、疑問に思うのはおかしくない。



ましてや王に逆らう行為だ。

よほど親しい相手を、命を投げ出す覚悟で助け出すというのならまだ納得がいく。


けれど私はヴェータと話したこともない間柄。

ヴェータが消えて歴然と気候が乱れているのだから、なんとかしたいと思う人は多くいるだろうけど、でも誰も動かないのが現状だ。

それが通常の反応なのだ。


話したこともない一方的な知り合いにそこまで思い入れることなんて無いし、エピソードも思いつかない。



子どもが助けるために行動する何か…。

そもそも今の見た目年齢の範疇から外れた言動をしすぎてるんだよなあ。


神の遣いだから、以外の説明ができないか考えるものの、うまく思いつかなかった。

仕方なしに肯定する。




「あー…、そ、うなの」




ケッツに関しては突拍子もない説明を信じてもらうのに“神の遣い”って表現が丁度良かったんだけど、それ以外では使いたくなかったなあ~。



この国の人間が特殊なだけで、この世界は神への信仰が厚い。

“神の遣い”なんて多用していたら絶対に面倒を呼び寄せるのだ。












「…神の遣いだから、僕を呼んだの?」




ん?

どういうことだ?


ラピスィの言いたいことがわからなくて目をぱちくりさせる。




「…ヴェータに返せてない、“借り”のこと、クーマカーヴァにしか話してない。でも、ミコトは僕のところに来て…」




ラピスィ自身も言いたいことが定まっていない様子。

ゆっくりと言葉を紡ぐラピスィを静かに見つめる。




「……僕、土楼からずっと、離れられなかったんだ。…また、迷ったら、また怖い目に合ったらって」




ふとラピスィの指先が震えていることに気づく。


馬上でもそうだった。

寒さで震えているのかと考えていたけど…。


そうだよね。

怖いよね。


ラピスィの指を軽く握る。

子供体温の暖かさでちょっとは落ち着かないかな。


手を取った私に、ラピスィがぎこちなく笑う。





「…ミコト、言ってたでしょ。ヴェータを助けることが、僕たちの状況を変えることに繋がるって。…必須事項だって」


「うん」


「…僕は、数日帰れなくて、心配かけて、ただでさえ土楼内でできることも少ないのに、その後も迷惑かけて。…でも、僕の協力が皆のために繋がるんだよね。皆の力になれるんだよね。…だから、その…、がんばるね」







控えめに、けれど意志のこもった言葉。

庇護欲に駆られて、横からラピスィを抱きしめる。


イメージ的には幼子を抱きしめるママンなんだけど、実際には子供のじゃれ合いになっていることだろう。


そして手を離したために復活する刺激臭。

でも今は気にならない。









「なにしてんだお前ら」




いつのまにやら馬を置いたケッツが戻ってきていた。

ざくざくと草を踏み鳴らしながら近づいてくる。


鎧を外して身軽な恰好だ。

歩く度に鳴っていた金属音は抑えられている。



あの恰好じゃ“兵士です”って丸わかりだもんな。





「仲良しこよししてたの」




明後日な回答でお茶を濁す。


恐れている相手に、不安な心情は明かしたくないはず。

ラピスィが及び腰なのは態度でばればれかもだけど、一応ね。




「あっそ」



特に興味もないらしく、ケッツからは素っ気ない返事。

厨房でまた作ってもらったらしきサンドイッチを私とラピスィに渡す。


完全に夜の帳が下りるまではこのまま待機である。

サンドイッチを食べながら、改めて作戦の確認をして時間を潰した。



健康な良い子が眠りにつく、おおよそ9時頃に作戦開始だ。


この時間になるともう外を出歩く人間はいない。

街灯はないし、城周りには飲食店もない。


野犬がうろつく外を出歩くのは、私たちと同じく良からぬことを企む人だけだろう。




時折雲でかくれんぼする月明かりを頼りに、念のため暗がりで隠れつつ塔へと近づく。


こういうときの行動はさすが兵士と言うべきか。

機敏かつ無駄がない。

手足の短い私は必死でケッツの後ろを追いかけた。


たまにラピスィが心配げに私を振り向く。

手を引っ張ってくれたりもする。



ラピスィは優しいなあ。

ケッツよ、慈悲の心を持て。



主人公ちゃんであるヴェータが捕らえられている塔に徐々に近づき、一番近い茂みへと潜り込む。

兵士の姿はない。

上がる息を整えながら周辺を確認した。


今夜は野犬も大人しいのか、遠吠えもない。

聞こえるのは風で擦れる葉音くらいなもの。

静かな夜だ。






「うん。兵士はいないよね。じゃあやろう」






茂みを飛び出し、目当ての窓下へ。



ブラックジャックもどきと脱出経路を書いたメモを持ったラピスィを、ケッツが持ち上げる。

窓枠に手が届いたラピスィは、ケッツの手も踏み台に利用してよじ登り、するりと向こう側へ消えていった。

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