ヴェータに渡す伝達事項
「…出入口に居る奴、1人だけでいいのか」
熟考の後にケッツは口を開いた。
「うん!そこだけでいいの!」
そこさえ突破できればいい。
更新予定だった未来に戻せる。
前のめりになる私に対して、ケッツは冷静だ。
「わかった。手を回す」
簡潔な、簡素な言葉。
だけど私を心底安心させた。
助かった。
良かった。
これでシナリオ通りに事は進む。
「ありがとう!助かる!」
今度こそ不備はないはず。
うん。
オッケー。
盛大にほっとする私に、一旦流れを見守っていたらしいクーマカーヴァから質問が来た。
「兵士問題はそれで解決するのか?ツフマっていうのは誰なんだ?」
「あー…、ツフマのことは気にしないで。ヴェータの関係者なんだけど、兵士に捕まっちゃってるし。今回は関係ないから。兵士問題はばっちり解決。兵士の警備動線とか城の抜け道とか、ヴェータに教えて自分で外まで出てきてもらうよ」
大人しく話を聞いていたラピスィに顔を向ける。
「流れは以上なんだけど、大丈夫そう?」
ケッツに持ち上げてもらうと言ったときに声を上げた以外は、ずっと口をつぐんでいた。
「…うん。大丈夫」
不安気な顔で、でも頷いてくれる。
ここから城までは大体6時間ほどかかった。
一旦休んで、昼前に出発しようということに。
部屋を貸してくれるというので、私は土楼内で眠る。
森で目を覚まして拷問されそうになって、輩に襲われてケッツに協力を頼んで、小人族の土楼に来てラピスィの協力を取り付けて、目まぐるしい1日だった。
今ならきっと泥のように眠れる。
なんとお風呂も貸してくれるとか。
飲み終わったコップを渡していると、ケッツを咎める声が響く。
「おいお前。動くな。何する気だ」
「外に出る」
室内に入れないケッツは、地面にごろ寝させようという話になっていた。
「外で寝るの?」
野犬の心配もあるし、土楼内なら壁に囲まれて風が和らぐ。
わざわざ寝づらい外に行かなくても…。
「鳩に用がある。兵士を外させるんだろ? 準備なしには難しいからな」
違った。
ヴェータを逃がす下準備のためだった。
ケッツの肩に止まった伝書鳩は、その後ずっと肩に乗って同行していた。
馬を降りるときに肩から馬の背に移動させ、森に置いてきている。
筆記具も馬のところだ。
たぶん馬に括りつけたままの荷物に入っているのだと思う。
「あ、私も書きたいことある!私も行く。ペンと紙貸して」
自給自足で日々過ごしているこの土楼。
紙を作る技術は存在しない。
文字の読み書きも一部の小人しかできない。
まあ、識字率が悪いのはこの世界全体で言えることだけど。
急いで下に降りて、ぎゃんぎゃんケッツに噛みつく菱形ピアスの小人を宥めて、一旦外に出してもらった。
耳を澄ませば、葉擦れの音がする。
がさがさと鳴る音。
野生動物が潜んでる気がして、きゅっと心臓が縮む。
さらに森の中に街灯などあるわけが無く、目の前に広がるのは現代では考えられない黒々とした闇。
心細さにケッツの服の端を掴む。
が、ケッツは私に歩幅を合わせてくれるわけでもなく、服は掴んだまま、置いて行かれないように小走りで付いて行く。
「歩きづらい」
「だってだって、怖いっていうか不安っていうか…。幼気な子どもを気遣ってくれてもよくない?」
「魂は大人なんだろ」
「そうだけどー」
小人族から借りた灯篭の灯りを頼りに足を進める。
馬の元に辿り着くと、ケッツは括りつけていた荷物から紙を取り出し、馬の背を台にして文字を書きだす。
自分が見やすいようにと灯篭を上に持っていくので、私は馬の背に乗せてもらった。
城の兵士が夜間にどう警備をしているか。
抜け道を使って外に脱出する方法。
紙に書いてヴェータに渡さないといけない。
理解しやすい形で書くには…と考えながら、何気なくケッツが書いている紙に目を留める。
知らない文字の羅列。
当然だ。
ここは異世界。
日本、いや、地球とは異なる言語を用いている。
そうじゃん!
私この世界の文字書けない!
話し言葉が通じていたから頭から抜け落ちていた。
アラビア文字と英語の筆記体を足して2で割ったような文字を綴っていくケッツ。
いくら睨んでも読めないし、単語の切れ目すらわからない。
「…ケッツ、つかぬ事をよろしいですか」
「なんだその言葉遣い。気持ち悪いな」
「代筆してもらえませんでしょうか」
「は?」
「文字の読み書きが…、できなくて…」
ケッツの鋭い眼光が突き刺さる。
読み書きもできない馬鹿を神は使ってんのか?って言葉がありありと顔に書いてある。
読み書きできるもん!
違う言語だっただけだもん!
ケッツからしたら事実に間違いないから否定はしないけど。
「何を書かせる気だ」
溜息をつきつつ応じてくれる。
「ヴェータに渡す、兵士の警備配置とか城の抜け道を少々…」
「俺にそれを書かせるのか。城の抜け道とか俺すら知らない情報だぞ」
呆れ顔だけど仕方ないじゃん。
文字で説明できないし、図にするにも限度がある。
ケッツからすれば機密情報を外部に漏らす行為だ。
いい気分じゃないのは理解できるけども。




