うっかり見落とし
私の返事を聞いて唐突に、クーマカーヴァは鉄の棒を壁に打ちつける。
ガンガンと響く、鈍くて大きい音。
ざわついていた声がしんと静まる。
「脱線したが、先の恩返しに関する話に戻す。話し合えるよう静かにしてほしい」
土楼内という限られた場所で生きている集団。
よく統制がとれている。
注目を集めて、一声で話し合いの雰囲気が戻ってきた。
「すまない、話を続けよう。小窓から道具を渡し、錠前を壊してもらうという話だったな」
「うん」
流れが戻ってきたことにほっとする。
「ラピスィに頼むのはそれだけだよ。小窓から入ってヴェータに道具を渡す。ヴェータへの多少の事情説明も頼むけど、道具を渡したらすぐに小窓から戻ってきていい。…あ、ケッツ、さっきの話だけど協力してくれるんだよね?」
ケッツの協力が無ければそもそもラピスィは小窓に届かない。
話が逸れる前、ケッツが不満を述べていたことを思い出して確認する。
仏頂面で佇んでいたケッツが、意地悪く口角を上げた。
「協力してください、だろ」
きいいい!
精神ガキんちょか!
結局、協力する気はあるのだ。
ただ従順に大人しく従うのが不愉快なだけ。
中高生の悪ガキのような思考。
いや、もしかして本当に高校生くらいの年齢か?
働き始める年齢早いからな、この世界。
元の私より年下の可能性はある。
一瞬怒りが沸騰したものの、大人の余裕で返してやろうと思いなおす。
ふう。
よし、言うぞ。
「…協力お願いします」
「そう言うなら協力してやらなくもない」
神様神様!
やっぱりこいつムカつきますー!
なんでこんなんが隊長の直属の部下なんですか納得いきませんー!
暴れる感情のままに盛大に顔をしかめる。
「ヴェータとやらは錠前を壊して、自分で外に出るのか?出入口には兵士がいると言ってなかったか」
「ああ、出入口の兵士は外してもらうよ。ツフマの仕事仲間がうまいこと…」
言いながら、重要なことに気づく。
ツフマが捕まってるのに、ツフマの仕事仲間に話を付けられるわけが無い。
更新すべく考えていた、本来の未来はこうだった。
ヴェータがラピスィを助けるところを目撃していたツフマ。
元は城で働いていた世話係だったため、ツフマは城の内情に詳しい。
ヴェータと知り合いであり、小人族であるラピスィが居ればヴェータを助けられると考えて、ツフマはラピスィに協力をお願いする。
作戦はまんま一緒。
ツフマがラピスィを持ち上げて、小窓からヴェータに道具を渡してもらう。
ツフマは元城勤めの人脈を生かして、出入口の兵士が場を外すよう仕事仲間に話を振ってもらう。
出入口から兵士がいなくなれば、後は簡単。
ツフマは本当に、城の内情に詳しいのだ。
兵士が重点的に警備する経路。
警備が手薄になる時間帯。
少数の限られた者だけが知っている城内の抜け道。
それらを知っていれば、城は容易に抜け出せる。
この知識を記したメモを道具と共に渡せば、ヴェータ自身で外に出ることができ、外で合流した3人は安全な場所に逃げられるという流れだ。
同じことを私もするつもりだったのだ。
ラピスィを連れて城へ行く。
小窓までの足りない身長はケッツがいる。
城の警備事情や抜け道は作者である私が知っている。
本来のシナリオ通りに事は進むと思っていたのに。
どどどどうしよう。
奇抜な見た目の幼女の話なんか兵士が聞いてくれるわけないし、世話係の人たちとか下働きの人たちだってそうだ。
最悪、私が捕まる。
「おい、どうした?出入口の兵士は問題ないのか?というかツフマって誰だ」
言葉の途中で色を失った私。
心配と困惑の入り混じった声で、クーマカーヴァが逞しい眉毛を寄せて問いかけてくる。
ラピスィもどうしたのかという顔で私を見つめていた。
ぐるりと周りを見て、ケッツで視線を止める。
何か手があるとすれば、ケッツしかいない。
兵士から兵士への話なら、聞いてくれるはずだ。
ケッツの立場が兵士の中でどんなもんかわからないけど、下っ端では無さそうだし。なんとなくの勘だけど。
ついさっきお願いさせられた流れのすぐ後で、本当に頼み事をするのは心底嫌だけど、不服だけど、他に手は考えられない。
我が子を幸せに導く義務が、私にはある。
「ケッツ、お願いがあるんだけど」
「なんだ」
「出入口の兵士が場を外すように、手を回せないかな」
「問題なくヴェータを逃がせるんじゃなかったのか」
「うっ。ちょっと手違いがありまして…」
あああ。
頭が足りない自分が情けない。
やってしまった感に苛まれつつ、ケッツの返答を待つ。
始めからお願い口調で言ったからか、“命令すんな”の拒否はない。
ただし首肯してくれるわけでもなく、何かを考えている。
これでケッツに断られたらどうしよう。
塔出入口の兵士を突破できなければ、抜け道も兵士の巡回経路とかも何もかも意味がない。
ヴェータが外に出れなければ詰む。
詰んでしまう。
この国の季節は乱れに乱れて、寒波にやられて春も来ないかもしれない。
道具を渡すだけ渡して時期を待つ?
誰か違う協力者を探しに行く?
そんなことをしてる間に、もっと事態が悪くなったりしないだろうか。
今はまだ修復可能な段階だけど、これ以上本来のシナリオから逸れてしまったら、どう転んでいくかわからない。
作者たる私が有利なのは、シナリオ通りに進んでいる間だけだ。
ケッツという、私が創作したわけじゃない人物の存在が証明している。
更新していた小説内で、私が描写しきれなかった部分、想像しきれなかった部分はたくさんある。
きっと、私が考える以上に。
創作物の中なら省かれていても問題のない情報。
しかし、現実として世界が存在する場合、虫食い状態なんてあり得ない。
作者の知らない情報で補填されているこの世界。
シナリオから逸れれば逸れるほど、私は役立たずになってしまう。




