小人族の土楼
正門を抜け、校舎の右側を沿って森を目指す。
「森の奥へ入ればいいのか」
「うん。校舎からは見えない、森の奥深くに居る」
元々、この近辺は小人族の生息地だった。
そこまで多くはないけれど、複数の小人族の住まいである土楼が建ち、複数の集団が暮らしていた。
後から人間が来たのだ。
寄宿学校を建てた人間。
迫害されたくない小人族は場所を移す。
人間の目に付かない場所。
安全に静かに暮らせる場所へと。
元から森の奥深くに土楼を建てていて、場所を移す必要に迫られなかったのがラピスィたちの集団だ。
背の高い木が密集していて、外からは場所が分からない。
野生動物の危険があるから、人間は森の奥まで足を踏み入れない。
そのうちに寄宿学校周辺を囲う石壁が作られ、ラピスィたちの住まう森は敷地内に入ってしまった。
こうなるともう、移動ができない。
石壁は2mほどの高さだ。
人間なら乗り越えられても、小人族にとっては高い高い壁となる。
自分の身長の2倍、場合によっては3倍の高さだ。
壁を避けて正門か裏門から出ようにも、大きな危険を伴う。
ラピスィたちは森から動けなくなり、今もそこで隠れて暮らしているのだ。
ケッツは馬の脚を緩めて、ゆっくりと森を進んでいく。
遠くから響くのは野犬の鳴き声。
影が伸び始めて、もう少ししたら野生動物の活動時間だ。
あれ?
このまま行くと、もしかして野宿?
宿がある一番近くの町へは馬を跳ばして2時間弱。
ラピスィと話を付けてから町へ移動して、果たして間に合うのかどうか。
しかも移動は街灯がない暗い夜道だ。
馬って夜目は効くのかな?
ケッツは灯りの準備はしてたっけ?
夜の心配をしていると、ばさりと羽音が追いかけてくる。
足に紙の括りつけられた鳩が、すいっと羽を畳んでケッツの肩に泊まった。
右手だけで器用に紙を外すケッツ。
ちらっと中を確認して腰のベルトに紙をしまった。
出発前に送っていた手紙の返事だろう。
気になるけど、どうせ何も教えてくれないから聞かなかった。
ケッツは肩に鳩を乗せたまま、ひたすら森を奥へと進む。背後を振り返っても木しか見えなくなった。
前後左右どこを見ても木。
方角がわからないから、正しい方向に進めてるのか不安になる。
馬の速度から考えて、そろそろ土楼が見えてもいいんだけど…。
進路を疑い始めた頃に建物の姿が目に入った。
切り出した石や粘土、押し固めた土壁などを積み重ねて作られた外壁。
茶色くくすんだ外壁は、木に馴染んで遠目からは気づかない色合い。
人間サイズで考えると2階建て、円形の建物だ。
「…これが小人族の住居なのか?」
どうやら初めて見たらしい。
馬に乗った状態で丁度目線の位置にくる窓を、しげしげと眺めている。
覗き込んでも見えないよ。
もう薄暗いしね。
「うん。ここには15家族くらいが居るかな。厨房も井戸も武器庫も中にあって、大門を閉じちゃえば丈夫な要塞になる」
外壁の厚みは2mもある。
弓はもちろん、銃や大砲さえも容易に防ぐ堅牢な壁。
今は野犬の警戒だけで、大門は閉じられてないはず。
壁に沿って移動し、大門へ。
野犬に侵入されないように木製の柵が掛けられているものの、強固に侵入を拒む措置はされていない。
柵の上部は50cm程空いている。
忍び込むのは簡単だ。
だけどそれだと話し合いができなくなるかもしれない。
「ケッツ、私を馬から降ろして。それで、ちょっと後ろに下がって隠れててほしい。一目で人間の兵士だとわかるケッツが居たら警戒されそうだから」
ちょっと不満げにしつつも言う通りに後ろへ下がった。
野犬対策だろう、細い筒を取り出して周辺に液体をかけている。
私は前を向いて土楼へと近づいた。
柵を揺らしたり叩いたりして、誰か気づかないかと試してみる。
思ったよりも音が出ない。
子供の力じゃ弱いかな。
手を止めて息を大きく吸う。
「すいませーん!ラピスィー!いませんかー!?」
出来得る限りの大声で叫んでみる。
これには反応があった。
私より少し背の高い小人族が3人、姿を現した。
人間の大人を上からぎゅっと押しつぶしたような、背は低いけれど肩幅はある体型。
肩や腕は筋肉で隆起していて、小人族の中でも力がある3人なのだろう。
土楼内の防衛役の人かな。
残念ながら知らん顔である。
ラピスィの家族ではないな。
奇抜な色合いの私を見て、警戒心を露わにそっと口を開く。
「…巨族の子供か?ラピスィに何の用だ」
「協力してほしいことがあるの。ラピスィと話せないかな」
「協力してほしいこととは?」
「ラピスィと直接話したいんだけど」
「ラピスィとは知り合いなのか?」
「ううん。知り合いではないなあ」
警戒心が高くて話が進まない。
ラピスィに会えさえすれば簡単に話が済むと思っていたんだけど。
甘い考えだったか。
この国の現状を考えると警戒心の高さも納得はできるんだけど、目の前の相手を見てよ。
ちっちゃくて可愛い無力で無害な女の子だよ。
柵越しでいいからラピスィと直接話さしてくれよ。
小人の3人は黒い瞳を歪めて、私を不審に見つめる。
「…ラピスィが数日、行方不明になったことがあったでしょ」
表情を観察しつつそう言うと、3人のうち1人が顔を変えた。
私が何を言いたいのか、察したような顔。
その人に視線を合わせて言葉を続ける。
「その時の借りを、返してほしい」
ラピスィが寄宿学校の方へ迷い込んだ時、意地の悪い生徒に捕まってしまった。
10前後の年齢で互いに未熟な子供であったとしても、人種により、身長には大きな差があった。
自分と比べて二倍近い体格の者との対峙。
例え筋力にそこまで大きな差がなかったとしても、強い恐怖を覚えるだろう。
恐怖で強張る体と、対多人数という不利な状況にラピスィは逃げることが出来なかった。
ラピスィは意地の悪い生徒に捕まり土楼には帰れず、数日間酷い扱いを受けていた。
奴隷のように、ペットのように、人としての尊厳を傷つけられる扱いを。
首輪に似た物を付けられる。
手を使わず直接口で食べろと言われる。
娯楽の少ない寄宿学校という環境。
人間・半人族・小人族の3種の中で、人間が一番偉いのだという驕り。
鬱憤のはけ口とされていたのだ。
ある日縄で繋がれて草臥れているラピスィをヴェータが見つける。
縄をほどき、自分の部屋で体を綺麗にし、皿に入れてきちんとした食事を与えた。
事情を聞いて森まで送り届けてくれたヴェータに対し、ラピスィは言ったのだ。
この恩は忘れない。
借りは必ず返す。
協力できることがあれば何でも言ってほしい。
何度かヴェータはラピスィと接触したがったが、この国での小人族は蔑まれる種族である。
周囲がそれを許さなかった。
ヴェータに対する借りは返されぬまま。
その借りを、今ここで。




