始まりの兆し
練習
ーー黄金色の空に強く背徳感を覚えた。ここから先は崖で続く道などはない。
「こんな奴……生きててもしょうがないよな」
今にも枯れそうな声がポツリと零れた。また一日を無駄に過ごしてしまった。毎日毎日同じ行動と思考の繰り返し、生きていたとしても後悔しか募らない。ここから飛び降りればこの終わりのない日常から解放されるのだろうか、崖の手前にあった鉄格子に視線を送った。
高校に行けなくなった。唯一の母親と喧嘩をした。自信がなくなった。
様々な出来事があり自分の心は安定を保てなくなった。少しでもこの状況から逃れるために町の散策を続けた。
町の構造、住人の特徴、あの家は何人家族かなど、なんの実にもならない知識だけを蓄えては毎度毎度この崖にたどり着くのだった。
「もし……俺がまともな奴ならこんな意味のない行動をせずにすぐ飛び降りたんだろうな……」
きっと俺は覚悟ができていないんだ。いつだってそうじゃないか臆病で肝心な時に行動できずに縮こまっているだけだった。
だが、今度は違う。この鉄格子を超えさえすれば来世で新しい俺が頑張ってくれるだろう。今の俺よりも十分優れた俺がきっと何とかしてくれるに違いない。
俺は鉄格子に手を掛け上り始めた。これですべて終わる。俺の地獄はこれで終わるんだ。鉄格子の頂上に到達し、覚悟を決めた。
その時何かが軋むような音がした。軋むというよりも不協和音にも聞いて取れた。
あまりにも聞きなれない音だったので思わず振り返った。
「ッッ!!」
するとそこには猫がいた。違う、猫があんな声を出すわけがない。崖とは反対の方向へ急いで飛び降り猫の周辺を見渡した。
「なんだこりゃ……壁に丸い傷が……」
傷というよりも削られたような跡が残っているコンクリート製の壁に注目した。
「猫なんて今まで歩いてきた道にはいなかった。でもこの壁から出てきたとは考えられないしなぁ……」
どこぞのSF映画でもない限りそんなことはありえないだろう。まず無機質から生物が出るなんてのは生まれてこの方聞いたことがない。そして出てきた猫を捕まえまじまじと眺めた。
「種類的にはスコティッシュフォールドに似てはいるけど毛が青色って聞いたことがないな」
全身が青色の毛で覆われた猫なんて存在するのかどうかも不安だがそれよりも驚いたのは肉球がないこと、そしてひげがないこと。
「猫の特徴がほとんどないじゃないか……よく猫だと思えたな」
あの時は猫の違和感を感じた瞬間に体がひとりでに動いた。この世界の何かが変化したのではと思い、いてもいられなくなりこの不思議な猫に駆け付けたのだ。
「痛ッ……!!このクソ猫噛んできたッ!
慌てて猫から手を放し、噛まれた指をさする。
「変なウイルス持ってないよな……こんなんで死ぬなんてごめんだ」
噛まれて動揺している最中に猫が丸い傷のある壁に近づいた。猫が『みゃあ』と鳴くと何もなかったはずの壁から謎の空間が現れた。
「なんだこれ……さっきまでただの壁だったのに」
なんの迷いもなく猫はその空間に入っていった。入ったというよりも吸い込まれたという表現が正しいのだろう。瞬く間に猫はその空間へと姿を消した。それと共にその空間もなくなって消え、コンクリートの壁だけが残ったそして先ほど見えた丸く削られた後は無くなっていた。
「これが超常現象……なのか? 」
俺はしばらく状況が呑み込めずその場から動けなかった。