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日露大戦  作者: 登録情報はありません
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1907年新生シベリア帝国

新生シベリア帝国の地下資源、それは度肝を抜く巨大大陸岩塊だった。2億5千万年前のP-T境界を穿ったスーパープルームが地球の核にある重金属を地表に持ち上げていた。

ここは松山の捕虜収容所にある管理事務所の一室。

伊藤博文は帰国後すぐにニコライ二世に面会した。


ニコライ二世「なんですと、新生シベリア帝国?」

伊藤「左様、新しい立憲君主制国家を建国なさい」


寝耳に水とはまさにこの事だ。

ニコライ二世はロシア帝国が崩壊したのは知っていた。


皇帝が捕虜になったのだから当然だろう。

そして祖国では革命が起こっていた。


新国家はロシア社会主義連邦ソビエト共和国というのだそうだ。

ニコライ二世「つまらん国になったものだな」


帰る国を失った皇帝ほど情けない者はなかった。

このまま朽ち果てるのかと意気消沈していた所だったのだ。


ニコライ二世「取りあえず話だけでも聞こうか」

ニコライ二世は掛けていた椅子に座り直した。


伊藤「ウラル山脈以東のシベリアは不毛の地です」

ニコライ二世「原生林、湿地帯、荒れ地しかない」


伊藤「産業は河川で獲れるマス、野獣の毛皮、材木です」

ニコライ二世「囚人の働くシベリア鉛鉱山しかないな」


伊藤「ですが」声が急に低くなった。

ニコライ二世「なんだ」つられて声が低くなる。


伊藤「サハ州で世界最大のダイヤモンド鉱山が発見されました」

「これをご覧下さい」


そういうと伊藤はとんでもない大きさのダイヤ原石を取り出した。

1000カラットはあろうかというでかいダイヤだった。


伊藤「これが市場に出ますと70億円は下らないでしょう」

「こんなのがゴロゴロしているのです」


ニコライ二世「な、なんだとう!」

伊藤「シーッ、お声が高い」


「石油も試掘されまして総量はおよそ200億バーレル」

「年間9000万トンで30年分確保できます」


ニコライ二世は死にかけの鯉みたいに口をパクパクさせている。


伊藤「石炭は単純計算で400年分はあるようです」

「ほかにも金は200t~300tは採掘可能です」


伊藤「どうです?新生シベリア帝国の手応えは?」

「大陸を形成する安定陸塊(クラトン)が地表に出ているのです」


このシベリア卓状地は2億5千万年前の地球最大の噴火のあとなのだ。

P-T境界と言われる大絶滅の原因となった超巨大地底火山だ。


挿絵(By みてみん)


地下2900kmのスーパープルームが爆発した直径1000kmの噴火の跡だ。

比重の重い重金属が地上に吹き出し固まり、地下資源となった。


挿絵(By みてみん)


西シベリア堆積盆地はその大量絶滅した死骸が堆積し沈下した盆地だ。

そういう死骸が高温高圧下で石油に変質したと考えられている。


深さ6000mの地下にはバジェノフ層があり、シェールオイルがある。

技術的回収可能総量は750億バーレル。


地下10000mに沈下しているシベリアントラップはさらに無尽蔵だ。

地上に出ている地下資源の10倍は埋蔵量があるだろう。


後にロシア-シベリア科学アカデミーは超深度掘削に挑戦する。

その超深度は1万2千289m(地熱温度300℃)で、直径は23cmだった。


将来の技術が、この地下の至宝の採掘を可能にするかもしれない。

だが今は手に届く範囲の地下4000mで充分である。


西シベリア堆積盆地は石油石炭の大宝庫。

シベリア卓状地は地下資源の大宝庫なのだ。


新生シベリア帝国はこの宝の山の上にある。

ニコライ二世はその帝国の皇帝になるのだ。


ニコライ二世「しかし農業は?」

伊藤「カスピ海周辺のチェルノーゼムを頼りなさい」


チェルノーゼムはウクライナ人民共和国に広がる穀倉地帯だ。

ウクライナ・コサックが独立した地域である。


まだ国としての体を成していない。

日本が植民地ではなく、信託統治で治めている。


ムィハーイロ・フルシェーウシクィイが一応国家元首である。

彼は大学教授であったが、シベリア流刑に処されていた。


今回の日本軍シベリア進駐で解放され、ウクライナ元首に選ばれた。

外交、経済、産業、流通と学ぶべき事は山のようにあった。


彼が政治家として成熟するまでは、日本が施政権国の任にあたる。

ニコライ二世の目がすうっと細くなり、キツネ目になった。


ニコライ二世「なるほど、今ここで絆を結ぶのも悪くない」

伊藤「そう言う事ですな」


こういう独立を目指す地域は無数にあった。

だが国家体制のなんたるかを自覚していないのがほとんどだ。


まず資金がなく、いくら(こころざし)があっても無い袖は振れない。

金融の知識もほとんどない純朴な民族集団だった。


そこで公債を作り、広く資金を募集する事となった。。

いわゆるソブリン債というヤツである。


信用が低く元本割れが生じる可能性の高いハイイールド債だ。

全世界に公募を掛けたが、信託統治国の債券はハイリスクだ。


公募がなく、しょげる伊藤に声を掛けてきた投資家がいた。

ユダヤ人投資家ジェイコブ・H・シフ「面白そうな事をやってるな」


伊藤「おおっ、さすがプロですな!」

シフは日露大戦の戦争準備金でお世話になった英国の資本家だ。


金儲けの話になると必ず一枚噛んでくるのである。

シフ「シベリアに何か見つけたかな」


伊藤は眉一つ動かさない。

「何のことが全然わかりませんなあ」


シフ「ベルギーのアントワープに最近ダイヤの研磨依頼があった」

「そのダイヤはなんと1000カラットもあったそうだ」


伊藤はユダヤ人コミュニティの情報網を侮っていた。

貴金属商と研磨工のほとんどはユダヤ人なのだ。


依頼主は匿名なのだから、日本が依頼した事は分かるはずがない。

シフはそれで鎌を掛けてきたのだ。


伊藤は冷静を保っていたが、それは逆効果だった。

シフ「債券を買わせてもらいますよ」


ユダヤ人投資家が莫大な買い物をした事は世界にすぐ知れ渡った。

ロスチャイルドやJPモルガンにもすぐ情報がもたらされた。


ロスチャイルド「ほう、金のガチョウですかな」

JPモルガン「ふむ、なかなかいいようだな」

シフ卿「おいおい」


こうしてニコライ二世と伊藤博文は国家体制を整えていった。

帝政ロシアの人口は1億2500万(うちロシア人6250万)人であった。


つまり半分はコーカサス・中央アジア・シベリアの民族集団であった。

彼らの多くは独立したが、まだ国の(てい)を成していない。


多くは首長を頂く大部族集団で中央集権制度を有していた。

それがそのまま国家となったのだが、近代国民国家への道は遠い。


日本とシベリア国が施政権国となり、信託統治する事となった。

植民地ではない、独立国家として(てい)を成すまでの暫定処置だ。


こうして新生シベリア帝国の肇国(ちょうこく)は成った。

面積1310万平方キロ、日本の37倍もの巨大国家である。


首都エカテリンブルクにはニコライ二世の住まう皇宮がある。

1796年造営のアレクサンドロフスキー宮殿だ。


ニコライ二世「夏の離宮がまさか本宮殿になろうとは・・・・・・」

政治形態はロシア帝国のままなら専制君主制だった。


ニコライ2世は専制君主制から立憲君主制に舵を切った。

その(おもむき)は以前とは違っていた。


ニコライ二世は日本にいた頃、伊藤博文に聞いた事がある。

「新しい国造りをどうすればいいか?」


伊藤「従兄にお伺いを立ててみなされ」

ニコライ二世「従兄?」


「英国国王のほうか?ドイツ帝国のか」

伊藤「英国国王ジョージ5世がよろしいでしょう」


「立憲君主制で上手く治めていらっしゃいます」

欧州の王族の縁戚関係は、複雑に絡み合っていた。


英国国王ジョージ5世は、ニコライ二世と瓜二つと言われるほど似ていた。

ニコライ二世の側近が間違えてジョージ5世にひざまずく事もあった。


日本は英国王室を説得、ニコライ二世が英国留学出来るよう計らった。

だが、これには英国貴族院が拒否権を発動して、猛烈に反対した。


貴族院「ロシア革命が英国に飛び火したらどうなる!」

貴族にとって、革命は毒薬である。


ジョージ5世「大権を発動するが良いか?」

立憲君主制では、君主の権力は憲法によって制限を受ける。


だが「大権」といって、大臣や公務員、軍人の任命権は残されている。

新たに新貴族を叙爵し、味方の議員を増やせば、法案通過はたやすい。


永年職権にあぐらをかいていた貴族達は、権力が希釈されるのを恐れた。

反対意見は引っ込み、国王も大権を発動しなかった。


ニコライ二世「なるほど、こりゃあスゴい」

自分が「血の日曜日」でやった実力行使とは正反対だ。


ジョージ5世は血の一滴も流さず、銃弾一発も撃たず政敵を黙らせたのだ。

ニコライ二世「ロシア流はやはりどこかおかしかったのだな」


ニコライ二世はジョージ5世の元に日本から英国に赴いた。


ニコライ二世「従兄様、極意を従弟にお授け下さい」

彼は従兄に弟子入りする格好で、政治のあり方を徹底的に学んだ。


皇帝を君主とし、貴族院を統べる君主・内閣・貴族院の立憲君主制を学んだ。

ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世も従兄であったが、ドイツ式は帝国主義過ぎた。


ニコライ二世「英国式の方が肌に合う」

そう考えたニコライ二世は英国式を選んだのだった。


ちなみに日本はドイツ式帝国主義に学んでいる。

それゆえ取捨選択はその時代の潮流次第だった。


立憲君主制は権力が憲法によって制限される。

実際の権力は議会にあり、君主は「飾り」なのだ。


ニコライ二世「君臨すれども統治せず、か」

立憲王政のあり方はかくあるべしと従兄にたっぷり教わった。


1年後。


こうして政治形態の骨子が出来上がっていた。

新生シベリア帝国は3つの行政区に分けられる。


コーカサス・中央アジア・シベリアの3つの行政区だ。

その下にさらに多くの共和国.自治区がぶら下がる格好だ。


ニコライ二世はそれぞれの領土の立憲君主である。

だが実際の政権は内閣と貴族院にある。


ニコライ二世「ああ、楽になった・・・・・・」

ニコライ二世は宮殿の執務室で背筋を伸ばすのだった。

次回は1908年レーニン暗殺です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ニコライ2世も皇太子も四姉妹も生き残った上に皇族、国民共に親日と化すとは万々歳ですな! [気になる点] 新生シベリア帝国と日本との交流が活発に進み、欧州ルールの理解や日本文化の理解などお互…
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