1905年バルチック艦隊003
北上するバルチック艦隊をついに沖縄の漁船サバニが発見する。漁船には軍が貸与した特殊無線機が積まれていた。その無線機が発進出来る信号はたったひとつ「テキカンミユ」。
インドシナのハロンを出港したバルチック艦隊。
この先はもう青島ぐらいしか寄港地はない。
青島はドイツの租借地であった。
ドイツは中立を守っている。
入港すれば、即座に武装解除だ。
ロジェストヴェンスキー「無寄港で行く!」
ネボガトフ率いる第三艦隊は旧式艦だ。
元来、旧式艦は新鋭艦の足手まといだった。
だがボイラー強化を施し、船速は20ノットに近く出せた。
排気炎の熱の再利用がどうとかで、魔改造されたボイラーだった。
艦内の生活品全てを捨て去り、燃料も7割しか積載していない。
艦隊決戦に際しては、艦隊は戦闘に不必要な物は全て投棄する。
だがロジェストヴェンスキーは最初から艦隊決戦を見込んでいた。
ロジェストヴェンスキーは不退転の覚悟を決め、腹を括ったのだ。
バルチック艦隊はいよいよ日本に接近してきた。
この北上する艦隊をいち早く発見したのは沖縄の帆船だった。
帆船乗り「こりゃあ、えらいこっちゃ」
バルチック艦隊は帆船を発見した。
ロジェストヴェンスキー「清国のジャンク船だ」
この船の形から中国人と誤認して捕らえなかった。
この帆船乗りは特殊な無線機を貸与されていた。
敵艦を見た場合の特殊暗号しか打てない。
タタタタ(― ‐ ― ‐ ― ‐ ― ‐ 敵艦見ゆ)。
この発信は直ちに宮古島中継所に受信された。
この情報はすぐ沖縄本島に連携送信された。
沖縄本島には電信用海底ケーブルが敷設されている。
これを通じて大本営はその日のうちにバルチック艦隊の動向を知った。
翌日、哨戒中の信濃丸もバルチック艦隊を発見した。
午前2時45分、あたりは真っ暗闇の深夜である。
監視員「赤外線探知機に反応あり、距離不明、北東方向」
実験中だった水銀柱による温度感知式赤外線探知機に反応があったのだ。
1800年英国ウィリアム・ハーシェルが赤外線を発見している。
太陽光をプリズム透過した際の事だった。
七色の赤色光を越えた位置に温度計を置いて発見した。
それから100年。
あらゆる物体はそれ自身の温度によった遠赤外線を出している事が分かってきた。
これを利用すれば、夜間でも物を診る事が出来よう。
まだサーモグラフィーも遠赤外センサもない時代だ。
探知装置は微少な温度変化も計れる水銀温度計によるものだ。
240本の水銀柱が環状に並べられ、反応のあった方向が熱源だ。
バルチック艦隊は煙突が熱源となって、遠赤外線を放出していた。
これを信濃丸の赤外線探知機が捕らえたのだ。
進路は東北東。
対馬東水道を目指していた。
信濃丸監視員A「こんなのが実用化されたら、夜間攻撃も台無しだな」
信濃丸監視員B「熱源はすべて遠赤外線を出しているんだと」
信濃丸監視員C「煙幕も役立たずか、どうすんだよこれから」
日本の技術は振り切れていた。
こんな国と戦争をしてはいけなかったのだ。
日本連合艦隊旗艦薩摩は同型艦安芸とともに集結地にいた。。
信濃丸がバルチック艦隊を捕らえたという報は東郷の元にももたらされた。
東郷平八郎「抜錨!薩摩発進!」
秋山真之「ヨシッ」
秋山参謀長は、日本海海戦の戦略を全て立案した天才だ。
そこには対馬で迎え撃つ案が書かれていた。
「本日天気晴朗なれど波高し」
出撃の大本営打電文にはこの句が添えられていた。
全通甲板空母は荒れる海では機の離着艦はまだ出来ない。
今回は航空支援無しでやらねばならなかった。
また水雷艇も泣く泣く対馬の島影で待機となった。
今回は水雷艇も無しでやらねばならなかった。
北上するバルチック艦隊を密かに追う艦がいた。
日本の防護巡洋艦の和泉だ。
「触接」として任に当たっていた。
和泉「ワレ、ショクセツヲツヅケタリ」
バルチック艦隊の仮装巡洋艦ウラルは電波妨害装置を積んでいた。
強力な妨害電波で和泉の電信を不可能にした。
和泉「ワレ、ショクセツヲツヅケ・・・・・・」
薩摩「妨害電波で電信が途絶えました」
次回は1905年バルチック艦隊004です。




