1905年バルチック艦隊000
ついに日本連合艦隊撃滅の為の切り札「バルチック艦隊」の出撃が決まった。目指すはウラジオストクだ。だが日本の流した偽情報に惑わされ、英国付近に日本の水雷艇が遊弋していると信じてしまった。
ここは北欧バルト海。
内海のため、海況は穏やかだ。
対岸同士も近く、鉄道連絡船が多く運航している。
乗客は列車にに乗ったままで、対岸の他国に渡る事が出来た。
その穏やかな内海に睨みを効かせているのがバルチック艦隊だ。
ロシア軍港リエパーヤにはバルチック艦隊が停泊中であった。
バルチック艦隊はいよいよ極東派遣の運びとなった。
ロシア軍はバルト海を担当する艦隊をウラジオストクへ送り込む。
これらの編成はロシア側からは第二・第三太平洋艦隊と呼ばれた。
日本側からは単にバルチック艦隊と呼ばれていた。
司令官はロジェストヴェンスキー提督だ。
軍部の計画はまずウラジオストクに到達し補給休息する。
そののちに日本連合艦隊と決戦するつもりだった。
日本連合艦隊を撃破すれば、日本海の制海権はロシア軍に移る。
そうすれば中国大陸の日本軍は孤立する。
あとはシベリア鉄道で歩兵と兵站を送り込む。
大陸に残された日本軍は袋のねずみである。
ニコライ二世「これで日本に勝つ!」
皇帝は強気だった。
ニコライ二世「撤退は戦力温存の為の転進なのだ」
ロジェストヴェンスキー「そう簡単にいくだろうか?」
ウラジオストクは日本海の北西にある。
バルチック艦隊はインドシナ方面から遡上するかっこうだ。
日本海を通過するには黄海沖・対馬を通過する。
ロジェストヴェンスキー「私が日本艦隊だったらここで待ち伏せだ」
様々な考えが頭の中を過った。
司令官は黙考していた。
極東ははるか地球の裏側だ。
これはとんでもない遠征になるだろう。
バルチック艦隊はその名の通り、内海バルト海の防衛艦隊だ。
タンブルホーム形状という帆船で用いられた断面をしている。
マストの横索具を固定する為に便利な構造だ。
木造船から鉄鋼船に変わる過渡期に見られる折衷案である。
まだ艦上構造物が高く、帆船の面影を残している。
渡洋出来る充分な装備とエンジンを備えてはいない。
艦隊をどう導き、補給・休養・英気を養うか。
彼は自室で、世界地図をじっと睨んでいた。
スエズ運河を行きたいが英国はどう出るだろうか?
スエズの入り口ポートサイドで燃料弾薬運搬船を雇う。
今の満載状態では喫水が深すぎるからだ。
積み替えは手間だが、アフリカを遠回りするよりはいい。
スエズを抜ければそこはもう紅海である。
紅海、アラビア海、インド洋沿岸は全て英国植民地だ。
エジプト、アデン、オマーン、インド、ビルマ、マレーシア。
インドシナまで来てやっとフランスの植民地にありつける。
その先にもう同盟国の寄港地は無かった。
フィリピンはかつてはスペイン領土であった。
だがそこはもうスペイン植民地ではない。
1898年フィリピンは2000万ドルでアメリカの手に渡った。
補給はフランス領インドシナでやっておかねばならない。
ロジェストヴェンスキー「インドシナが最後の頼みの綱だ」
インドシナ(ベトナム)は友好国フランスの植民地だった。
しかし、そこまでの無寄港の航行は相当な負担だろう。
翌日遂にバルチック艦隊は出港した。
さっきまで航海の無事を祈っていた教会の尖塔が遠目に見える。
通称「海の男の教会(Karosta正統教会のこと)」だ。
多くの水兵達が祈るような気持ちでいた。
第三太平洋艦隊は旧式艦の寄せ集めで足手まといであった。
ロジェストヴェンスキーは抵抗したが、結局受け入れる事になった。
「インドシナでボイラーを改造する事になるかもしれん」
ロジェストヴェンスキーはこう考えていた。
インドシナのハロンには強烈な変態技術者がいる。
フランス本国では頭のイカレた超天才だったと言われていた。
ネジが抜けたのだ、カミナリに打たれたと噂されていた。
彼の名はルイ=エミール・ベルタン。
かつては日本に招かれ、日本の為に尽力した天才造船技術者である。
三景艦「松島」などを作った外国人設計者だ。
設計が英国帰りの日本人に移った為、免職になっていた。
母国フランスに帰らず、まだ何か研究に没頭しているらしかった。
ロシア軍港リエパーヤを出港して北海に入ったバルチック艦隊。
運悪く、英国近海で物凄い濃霧に突っ込んでしまった。
ロジェストヴェンスキー「日本軍が英国近海で待ち伏せという情報だ」
「各自警戒態勢を厳にして蟻一匹通すな」
日本がなにか恐ろしい技術で旅順や奉天を攻撃占領したらしい。
そんなニュース水兵たちの間に広がっていた。
水兵「おそらく潜水艦だろう」
すでに1886年に英国は潜水艦の実用化に成功。
これをオスマン帝国に引き渡し、魚雷発射に成功している。
16世紀からロシアはオスマン帝国と10度にわたり戦争をしてきた。
こういう軍事情報には特に敏感なのだった。
1900年米国は実用潜水艦ホーランド号を海軍に就役させている。
これはつまり、潜水艦が実用化の域に達したという事を意味していた。
ロシアは日本が新兵器で襲いかかってくる恐怖におびえていた。
明石元二郎がまたしても、妖しげな偽情報をたれ流していた。
日英同盟による日本海軍英国派遣という偽ニュースだ。
偽ニュースなので尾ひれが付きやすい。
ロシア水兵A「これは潜水艦の魚雷攻撃があるやもしれん」
ロシア水兵B「いやいや、高速水雷艇の一斉攻撃だろう」
ロシア水兵C「飛行艇というのが実用化されたそうだ」
その時、100km先行していた工作船「カムチャツカ」から無線が入った。
ロジェストヴェンスキー「どうした、何かあったのか?」
旗艦通信員「どうした?応答せよ」
工作船「ワレ スイライテイノ ツイセキヲウケツツアリ」
旗艦通信員「何隻だ!方角は!」
工作船「シホウヨリ」
旗艦通信員「繰り返す、何隻だ?」
工作船「8セキヲミトム」
旗艦通信員「距離を知らせ!」
工作船「キョリ 1ケーブル(180m)・・・・・・」
そこで通信は途絶えた。
場所はドッガーバンク、英国西方100kmの浅瀬だった。
ロジェストヴェンスキー「まずいぞ、これは」
その日の深夜・・・・・・。
「総員戦闘配置!」「総員戦闘配置!」
けたたましいラッパが鳴り響き、艦隊は大騒ぎになった。
真っ暗な水面の上を、探照灯が敵船を探し回った。
ロシア水兵A「水雷艇だ!」
ロシア水兵B「魚雷攻撃だ!」
ロシア水兵C「駆逐艦だ!」
遠くに数隻の艦影を認めた。
艦橋から確認すると、発光信号で連絡を取り合っているようだ。
そのうち1隻が戦艦アレクサンドル3世に突進してくるように見えた。
直ちに迎撃態勢が取られ、敵船は撃沈された。
だがそれはよく見ると、漁場で魚を獲るトロール漁船だった。
発光信号に見えたのは、漁船の作業灯が揺れていただけだった。
突進してくるように見えたのは、トロール網を漁船が牽引したためだった。
銃撃を受けた漁船の漁師は、あわてて獲ったサカナを見えるように掲げた。
漁民の一人はでかいオヒョウを持ち上げて言った「これは漁船です」
ロシア軍観測員「敵は防弾盾を持ち上げて威嚇しています!」
漁民の一人はタラを持ち上げて言った「これが証拠です」
ロシア軍観測員「敵は枝付き手榴弾を振りかざしています」
艦長「なに、こしゃくな!」
「撃て!撃って撃って撃ちまくれ!」
もう、敵水雷艇だと信じて疑わないロシア軍。
実際500余発の砲弾をぶちかましていた。
次回は1905年バルチック艦隊001です。




