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日露大戦  作者: 登録情報はありません
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1905年奉天の会戦000

奉天までの道のりは遠かった。ロシア軍はやがて日本軍に戦車60両航空機4機しかない事に気付き始める。

摩天嶺の戦いでは日本側も陣地の構成を覚えていた。

ロシアの陸軍東部兵団が攻撃を仕掛けてきたが打ち破る事が出来た。


大石橋の戦いではもう少しで負ける所だった。

もう戦車は60両しかないと見抜いたロシア軍は大量の歩兵を投入した。


ここでは旧来の小中火砲が頼りとなった。

前線は崩れ始め、日本軍は総崩れとなり、転進した。


乃木将軍「だめだ、戦車が500両とかでもなければ」

多勢に無勢、手投げ弾を持った騎兵に翻弄され、逃げ惑う歩兵たち。


爆撃機も4機しかなかった。

敵は50個大隊という膨大な戦力で攻め寄せてきた。

航空戦力を恐れて、幅数キロにわたっての進軍だ。


この広範囲に広がった歩兵を一網打尽に倒す方法はあった。

燃料気化爆弾である。


吉橋「石炭粉と液体酸素によるモノだそうだ」

「研究中だそうだが思った程の効果がまだ出ないとか」


乃木「う~ん、地上掃射が出来る航空機が200機でもなければ」

すでに155粍榴弾砲50門は200門に増強され自走化されていた。


乃木「この新兵器が間に合わなければ負けていた」

吉橋「反撃だ!反撃に出るぞ!」


200門をズラリと並べてのつるべ撃ちである。

ボカンボカンッドカンドカンッ!


一時的に弾頭弾薬が底を尽きるほどに撃ちまくった。

この迅速射撃で100,000発の砲弾を費やした。


吉橋「全然足りないぞ、もっともっとだ!」

吉橋は大坂陸軍工廠に直談判の電話をした。


急遽貨物船が仕立てられ、さらに100,000発が船便で送られた。

1度には送れない、これはとんでもない数量であった。


火力で上回る事でようやくロシア軍を撤退させる事が出来た。

これで辛うじて日本は勝利を得た。


折木城の戦いでは日本軍も兵力を増強し、辛勝を得る事が出来た。

そして遼陽の会戦を迎える。


日本軍12万余人対ロシア軍15万余人。

この戦いではロシア側も飛行船を出してきた。


ロシア側飛行船は日本のように飛行機を携帯していなかった。

たちまちロシア側飛行船は気嚢(きのう)を打ち抜かれて墜落していった。


秘匿兵器の戦車は遼陽太子江を渡河出来ず、立ち往生。

まだ戦車は水密でなく、渡河能力はない。


鉄騎兵第4旅団長の吉橋が電話口で怒鳴っていた。

吉橋「架橋車両の遼陽到着はまだか!」


水陸両用自走架橋車両の出番だが日本からの積み出しが遅れている。

歩兵用仮設橋では8tもある戦車では通れなかった。

自走砲は40tもあり、話にならないのだ。


吉橋「なにぃっ、4日後だぁ、今だよ今!」

吉橋「くっそぉ、またここは航空機の手柄だよ」


上空を轟音を立てて爆撃機が通過する。

ここは爆撃機の出番となった。


4機しかないので先制攻撃である。

ピンポイント爆撃で要撃する。


あらかじめ偵察の航空写真で全てを把握していた日本陸軍。

爆撃機はその要所全てを爆撃し、なぎ払った。


満州軍司令官クロパトキン「こんなものが戦闘か?一方的虐殺だ!」

日本陸軍司令大山巌大将「奥満州での貴国の蛮行を真似ただけだ・・・・・・」


1900年ロシア兵は黒竜江で2万5000人の清国人を虐殺した。

この戦闘は義和団勢力の一掃にあったが、一般人も犠牲になったのだ。


ロシア軍は、決戦の地を求めて、奉天へ撤退した。

こうして遼陽の会戦は日本の勝利に終わった。


沙河、黒溝台と日本軍の辛勝が続いた。

これは日本軍の諜報活動の軽視が原因だった。


ロシアが冬将軍を味方に付けるのはナポレオン時代からおなじみである。

「ロシアグンニ、ダイサクセンノ、ヨチョウアリ」

この諜報を日本軍は黙殺した。


氷点下の荒天、凍結した大地、野営すれば凍傷や凍死・・・・・・。

こんな状況で陣地から出て戦うわけがないという盲信があった。


1902年1月青森県青森市八甲田山。

八甲田雪中行軍遭難事件は余りにも有名である。


1905年も2月である。

奉天の平均最低温度は零下16℃にもなった。


ここで日本側の秘匿兵器も最先端ゆえの脆弱性を露呈した。

厳しい奉天の気象に動きが取れなくなっていたのだ。


初期の航空機は厳寒期の荒天では飛べなかった。

飛行船は気嚢(きのう)への氷結が原因で飛べなかった。


戦車のエンジンは氷点下では、始動さえおぼつかない。

吉橋「エンジンが掛からない戦車は張り子の虎よ」


ロシア軍は経験豊富なコサック騎兵隊を擁していた。

結局は、昔ながらの騎兵の出番になるのだった。


騎馬戦闘による敵後方の兵站攪乱戦法だ。

電線を切断し、食料庫や火薬庫を放火する奇襲戦法だ。


奇襲は日本の十八番だったが、ここではロシアに先手を越された。

コサック騎兵隊は徹底的に情報と兵站関係を断絶しにかかった。


騎兵に電信電柱を倒され、鉄路を破壊された。

まさしく思うまま攻撃を受けてしまった。

満州軍総司令官の大山巌(おおやまいわお)はやむなく温存していた騎兵隊を起用。


吉橋「えっ、騎兵で出撃していいの?ホント?」

零下16℃で動かなくなった戦車をゲンナリして睨んでいた吉橋。


吉橋の顔がパアッっと明るい笑顔に変わった。


吉橋「野郎ども!騎兵の最後の戦いに華を持たせてやろうじゃないの」

「相手は最強のコサック騎兵隊だ、相手にとって不足はねーっ!」


戦車大隊はそのまま騎兵第4旅団員だった。

ただちに軍馬に乗り換えた。

吉橋「いざ、コサック騎兵隊を蹴散らせ!」


食糧倉庫を放火にきたコサック騎兵隊を思う存分に蹴散らした。

弾薬庫に放火にきた奴らも同様に蹴散らしたが、こちらは馬賊だった。


吉橋「おのれ、日本に味方すると約束しておきながら、裏切ったな!」

こちらも壮絶な戦いとなったが、木っ端微塵に蹴散らした。


沙河、黒溝台ともゲリラ戦は、日本の騎兵第4旅団によって鎮静化した。

本戦も猛烈な攻撃に耐え、日本軍は辛うじて辛勝することが出来たのだ。


次回は1905年奉天の会戦001です。

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[一言] 勝てる 此のいくさ!!
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