1904年日本の戦費調達
戦争には戦費がいる。要するにカネが無いと何も出来ない。明治政府は戦費を外債で調達することにした。
日露大戦の戦費をどうやって調達するか?
頼みの綱はユダヤ人投資家だ。
戦争は1618年の30年戦争以来、投機の対象となった。
この仕組みを作り出したのがユダヤ人であった。
死体の数を見ながら、札束を数えるといった有様である。
国際戦争では両陣営に投資し、双方からカネを巻き上げた。
戦争前に戦費を4億5千万円と見積もっていた日本政府。
その内1億円を外債として集める事を決定した。
当時の日銀副総裁の高橋是清はさっそく米国に渡った。
高橋「どうも米国人気質は合わないが、お国の為だ」
彼は仙台藩の藩命で渡米留学し、奇異な人生を歩んだ異能者だった。
高橋「こうやって船旅でまず横浜の米国人に騙されたんだよなあ」
まず留学を斡旋した貿易商に騙され、学費や渡航費を着服され、一文無しに。
高橋「まだ青年だったオレは脱亜入欧に染まっていた」
さらに渡航先のホームステイでも騙され、奴隷として売られた。
高橋「我慢と精進が身に染みついていたからなあ」
オークランドの葡萄園で奴隷として、強制労働に駆り出された。
これを高橋は「日本でも丁稚奉公はある」と気付かなかった。
さらに複数の農家間で奴隷として売買され、ストライキを起こした事もあった。
この間に猛勉強して、1年で英語の会話と書き取りを習得した。
明治元年に帰国し、英会話のスキルを生かして、文部省に入省。
文部省、農商務省の官僚を歴任し、特許局局長に就任。
しかしペルーの銀鉱山事業の為、渡航するが事業は失敗、一文無しに。
高橋「また廃坑会社を掴まされてしもうた、あれはつらかった」
「騙すのは騙すヤツが悪い、二度騙されるのは騙されるヤツが悪いってな」
帰国はするものの乞食になってさまようホームレスになってしまう。
高橋「あそこで川田のオッサンに拾われなかったらオレは」
ここで当時鉱山業、造船業、流通業の投資の天才川田小一郎が登場する。
川田「だれか国際事情に詳しい英才をスタッフに加えたい」
当時の内閣総理大臣松方正義はこの天才川田を日銀総裁に抜擢。
川田「文部省のヤツで学校の校長や特許局の局長を務めたヤツ」
「ええと誰だっけ、高橋?」
「なに?ペルーで一文無し、今ホームレスだと?」
この後に「日銀の法王」の異名をとる川田がホームレスの高橋の才能を拾うのだ。
川田「お前の才能を日本の為に使ってくれい」
高橋「えっ、ホームレスの私を日銀副総裁に?」
こうして日銀副総裁となった高橋はニューヨークに飛んだ。
その使命はロスチャイルド家の融資勧誘であった。
当時のロスチャイルド家は「戦争投資家」だったからだ。
彼らはロシアの反ユダヤ主義に大いに反感を抱いていた。
1854年のクリミア戦争では英国、フランス、トルコに支援した。
英仏に軍事費を調達し、トルコには巨額の借款を与えた。
英仏はトルコ公債を50%近く保有する強大な保有者(1881)であった。
これにより米国も保有者に名前を連ねることになったのだ。
これなら日露戦争にも戦費を出してくれそうだった。
だが高橋の雄弁を持ってしても、融資は受けられなかった。
ロスチャイルド「英国のシフ卿を頼りなさい」
高橋「シフ卿?」
ロスチャイルド「彼は日本人を高く評価しているよ」
高橋「???」
ロスチャイルド家は同じ戦費投資家としてジェイコブ・シスを挙げた。
高橋はそのまま日英同盟で縁のあった英国に飛んだ。
露土戦争(1878)により地中海進出を狙ったロシア。
そのロシアの地中海進出を猛烈に嫌っていた英国。
高橋「国際情勢を鑑みれば、英国に脈がありそうだ」
早速多くの金融会社や投資家を説いて回った。
ロンドンの金融会社や機関投資銀行、オランダの投資会社が興味を示した。
その中にカール・マイヤー(ロスチャイルド家の主任書記官)もいた。
まず香港上海銀行(HSBC)のユーウェン・キャメロンが名乗りを上げた。
キャメロン「日本人が戦費を外債で賄うそうですよ」
シフ卿「なに?日本人?戦費を外債?」
「それを待っとったぞ!」
これが呼び水となりジェイコブ・シフ等のユダヤ人投資家が賛同する。
シフ卿「やあやあまた来たね、日本人は久しぶりだよ」
高橋「え、初対面ですが、なんですかそれ?」
シフ卿「まあまあ、話は1億の外債だろ?」
高橋が話す前に全ての情報が筒抜けになっていた。
シフ卿「我々ユダヤ人投資家の手は長いのだよ」
高橋「はあ、さすがですな、シフ卿殿」
何だかわからない時は「長いものには巻かれろ」である。
高橋は1877年トルコでの桂小五郎の活躍を知らない。
桂がシフ卿と出会った事を知らない。
シフ卿はユダヤ人で、ロシアの反ユダヤ主義に反発を感じていた。
日露戦争に融資するのは、彼なりの報復もあった。
シフ卿は桂が異国のトルコで粉骨砕身して経済を立て直すのを見た。
それから、日本に投資してみたいとずっと考えていたのだ。
シフ卿は米国JPモルガンとも関係を保っていた。
結局クーン・ローブ金融財閥を通して2億円を融資した。
これはほぼ予定戦費の200%であった。
銑鋼一貫製鉄所建設費、国産機関車400台、まだまだあった。
秘匿兵器の研究費は軍事機密である。
以後日本は7200万ポンドを3回に渡って公債で募集。
シフ卿がドイツのユダヤ系銀行や米国リーマン・ブラザーズを説いて回った。これが功を奏して、日本融資を次々と申し出てきた。
クーン・ローブ商会「ふむ、戦後の金利の支払い能力は充分のようだ」
リーマン・ブラザーズ「バクー油田以来だぞ、こんな巨大融資は?」
シフ卿はこれを全て成功させ、「ユダヤの金融世界征服」と揶揄された。
ここでは最初に断ったハズのロスチャイルド家もちゃっかり便乗してきた。
シフ卿が乗っかってくれば、それは「もうかる話」なのだ。
ロスチャイルドは天秤に掛けて様子を見ていたのだった。
シフ卿は高杉や吉田、桂といった日本人の気質を信じていた。
日本人はアジアの他のどの国とも違う異能者なのだと信じていた。
シフ卿はこの戦争投資に不思議な魅力を感じていた。
直感とインスピレーションがこの極東の島国を支援しろと囁いていた。
こうして戦費は合計1億3千万ポンドを外債でまかなった。
だが結局戦争遂行に費やした戦費は約20億円。
当時の日本の政府歳入は約4億円だった。
これはちょっとシャレにならない金額である。
しかも外債は年利は6%の利率であった。
戦費は揃った、あとは実行あるのみである。
日露大戦の準備は整った。
ちなみに日本は利率圧縮も債権放棄もせず、律儀に全額返済している。
全額返済を終えたのは82年後の1986年であった。
次回は1904年の開戦です。




