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日露大戦  作者: 登録情報はありません
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1896年露清密約

ロシアは露清密約を清国と結び、港湾使用権と鉄道敷設権を我が物とした。日露の外交で独仏英が取るべき道も戦争しかなくなってきた。英仏独はこの戦争を世界規模にせず局地戦で済ます方法を模索していた。日本が身を守る為の方法は狭まり、とうとう戦争しかなくなってしまう。第零次世界大戦、いや日露大戦はいよいよ秒読みとなってしまった。

三国干渉で清国への旅順返還を成し遂げたロシア。

清国戦争の賠償金の借款供与も請け負ったロシア。

そのロシアに出資して共同借款を行うフランス。


交渉に当たった清側の李鴻章はすっかりロシア側の傀儡に成り下がっていた。

ロシア「露清密約を結べば、鬼に金棒ですよ」

李「何ですかそれは?」


表向きは日本が清国に進攻した場合、露清両国が協力する旨が書いてある。

その為にはロシア軍を安全保障条約に基づき清国に駐留させる事となる。


太平洋艦隊のロシア海軍の駐留を認めざるを得ない。

ロシア陸軍移動用の鉄路も敷設を認めざるを得ない。


1896年ニコライ二世の戴冠式の招待に李は招待された。

サンクトペテルブルクに向かった李は大変な歓待を受けた。


李には50万ルーブルもの賄賂が渡された。

莫大な大金に目が眩んだ李は、露清密約を結んでしまう。


満州防衛の名目で陸軍駐留と鉄道敷設を認めさせたロシア。

さっそく計画通りシベリア鉄道との結合を目指す。


シベリア鉄道の基点はチェリャビンスク駅だ。

チェリャビンスク駅-チタ駅間はすでに開通している。

挿絵(By みてみん)

チタ駅から先が空白地帯であった。

挿絵(By みてみん)


ザバイカリスク駅とウスリースク駅の間は東清鉄道。

挿絵(By みてみん)


ウスリースク駅とハバロフスク駅の間はウスリー線鉄道。

挿絵(By みてみん)


その中間駅ハルビンから瀋陽(奉天)、旅順へ向かう南満州支線鉄道。

挿絵(By みてみん)


この三つの支線の建設を認めさせたのであった。

シベリア鉄道の西の端はザバイカリスク駅である。


この全支線が開通した暁には恐ろしい結果が待っている。

ロシア帝国の欧州側と太平洋沿岸が鉄路で繋がるのだ。


その鉄路の旅程はたったの9日間だった。


200万とも言われるロシア陸軍が9日間で満州に進攻できる。

ロシア太平洋艦隊が兵站を9日間で本国から補給出来る。


欧州の巨大帝国ロシアの供給力は無尽蔵だ。

挿絵(By みてみん)

終点となるウラジオストクは極東支配の拠点である。

太平洋沿岸への玄関口、ロシア悲願の不凍港だ。


樺太の間宮海峡に注ぐアムール川河口。

ここにはニコラエフスク港があったが冬は凍結する。


唯一無二のウラジオストク。

挿絵(By みてみん)

ここまでシベリア鉄道が完成すれば、その次は日本だ。


日本政府は頭を悩ませていた。

政府内には開戦は不可避とする意見があった。


また両国の利害は調整可能とする意見もあった。

伊藤博文は後者の調整可能論者であった。


ロシア不戦の主張は、官僚の日英同盟案と対立した。

また伊藤博文の懐柔案はロシア側も拒否している。


伊藤「所詮は講和など夢幻(ゆめまぼろし)か・・・・・・」

1901年第1次桂内閣発足。


陸軍大将桂太郎による軍政が始まった。


1902年鉅野事件発生。


ドイツ人宣教師が殺され、それを口実に独軍が侵攻。

山東省の膠州湾を租借し、鉄路と鉱山を得た。


フランスは植民地ベトナムから北上を狙っていた。

もう何もかもメチャクチャだった。


伊藤「いや、メチャクチャなのはアジア視点だからかも知れない」

欧州から見れば「予定通り」なのかもしれない。


50年前、高島秋帆(たかしましゅうはん)が恐れていたロシア南下。

とうとうそれが現実のモノになろうとしていた。


もはや英国の力が絶対に必要だった。

ロシアとは戦争になるかもしれない。


だが独仏露とやりあう力は日本にはない。

誰かが独仏を止め続けてくれなくては!

それは英国しかなかった。


当時の西欧は二大勢力に分かれようとしていた。

ドイツ中心の三国同盟と露仏同盟の2つである。


英国は「栄光ある孤立」を保っていた。


ロシアはアジアでの「仕事」は独りでやるべきだと考えていた。

露仏同盟は露仏どちらかが進攻を受けた場合相互援助を謳っている。

それに対抗しえるのは日英の軍事同盟だ。


伊藤「むべなるかな」


1902年ロシア帝国極東進出に対抗すべく日英同盟調印さる。

露仏同盟と日英同盟は互いに睨み合う格好となった。


「複数の敵国と戦争になった場合、共同して敵国にあたる」

裏を返せば敵が1国なら中立を守るという軍事同盟だ。


ロシアが動くまでフランスは援助しない。

日本が動くまで英国は援助しない。


お互いを打ち消しあって第三国としての中立は守られている。

ここで戦闘になっても極東の局地戦となり、西欧には飛び火しない。


世界戦争にはならないだろうと踏んでいたのだ。

そのためドイツは日露に関しては中立を守っていた、


いよいよ日露が「戦争をしなければならない」状態になってきた。

伊藤「特設リングは確保したから、思う存分戦ってくれという事か」


「欧米と肩を並べるとはこういう事なのだな」

伊藤は理想と現実のギャップに肩を落とした。


一方の桂太郎内閣総理大臣は着々と戦争準備を進めていた。

政敵の肩をポンと叩いてニコリと笑う「ニコポン宰相」と恐れられた。


顔には満面の笑みを(たた)えながら、目が笑っていない恐ろしい形相だ。

人心収攬(じんしんしゅうらん)術に長けていたという八方美人ならぬ十六方美人でもあった。


桂太郎は陸軍出身の軍人だ。

シベリア鉄道の敷設状況を調べるよう所轄官僚に発破を掛けていた。


ロシアの物流の(かなめ)「シベリア鉄道」が気掛かりなのだ。

そしてそれは、とんでもない輸送力を擁していた。

次回は1896年シベリア鉄道考000です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ハバロフスクはそんな東じゃないですよ? そこじゃ尼港の奥地にある寒村・・・
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