1886年ノンマントン号
1886年ノンマントン号は遭難した。日本人乗客が誰一人助からなかったことに非難が殺到した。「自国民の命は自国民の手で守る」そう言って立ち上がっった男がいた。山田猪三郎である。
1886年和歌山県樫野崎の沖合で貨物船ノンマントン号が難破。
座礁沈没するも、英国人乗組員は全員救命ボートで脱出する。
なぜか日本人乗り合い客25人は助からず、全員溺死した。
ノンマントン号は貨物船で、乗客に船旅を提供する旅客船ではない。
これは貨客船だったのだ。
乗り合い客は三等客室と呼ばれる貨物室を改修した船倉にいた。
客室とは名ばかりの船倉にゴザを敷いだけの大部屋で過ごした。
遭難した時の英国乗組員と日本人乗り合い客の扱いはどうか?
供述によれば、貨物船には通訳など旅客スタッフがいなかった。
「日本人乗客は英語が分からず、退船を薦めたが、応じなかった」
「船室に籠もって出ようとしなかったので、しかなく退船した」
英国乗組員「Abandon Ship!」
日本人乗客「はあ?」
英国船の乗組員が差別行為に及んだかは分からない。
だがこれは日本全国で悲哀と弾劾の嵐が吹き荒れる事になる。
この事故をきっかけに大日本帝国水難救済会が発足する。
今まで船会社まかせだった水難救助を専門とする活動組織だ。
その事件を受けて救命具の開発を志した者がいる。
山田猪三郎だ。
山田「怒るだけでは、何も解決せん」
「自国民の命は自国民の手で守る」
1854年ノルウェーでは既にコルク製携帯救命胴衣が使用されていた。
コルクは水に浮くが、かさばって使いにくかった。
山田はこれにヒントを得て、ゴム製の折りたたみ式救命胴衣を製作。
1888年に実際に試用し、改良を加え、実用に耐えるモノを製作した。
それはゴムの気嚢を木綿のジャケットに縫い込んだモノであった。
胸に小さな二酸化炭素の圧縮ボンベが付いている膨張式だ。
これを増産する工場も自ら借金して竣工、稼働させている。
伊藤博文は宰相時代にノンマントン号遭難について心を痛めていた。
そんな伊藤の耳に和歌山の山田の噂が人づてに入ってきた。
ノンマントン号遭難に一念発起して救命胴衣を発明したとか。
伊藤「和歌山にスゴいヤツがいるらしい」
西郷従道「海軍にも山本というスゴいヤツがいる」
「彼に調べさせよう」
すごいヤツとは山本権兵衛海軍大佐のことだ。
海軍次官樺山資紀の欧米視察旅行に1年以上も一緒に随行した。
山本はすでに山田の救命胴衣について興味を示していた。
山本「日本海軍にも救命胴衣は必要だ」
海外では、とくにアメリカでは艦長でさえ救命胴衣を付けている。
英国では違って、艦長は船と運命を供にする慣習がある。
艦長には「最後離船、最後退船の義務」があるのだ。
山本「貨物船や兵員輸送船に装備するのはかまわんだろう」
そう思って山本はこっそり工場を見に行った。
そこで救命胴衣を見て、山本は考えた。
山本「近々、日本沿岸でロシア巡洋艦隊が暴れ回っている」
「自称「検閲」を行い、物資を「押収」するのだ」
山田「それはとんでもないことです」
山本「だが貨物船に随行できるだけの駆逐艦が日本にはない」
逃げ出す貨物船を「不審船」として撃沈し、そ知らぬ顔だった。
この貨物船に救命胴衣を配備すれば溺死から逃れられる。
山本は山田とすっかり意気投合して、救命胴衣の大切さを知った。
山本「まずは上海航路の往路、復路に義務付けたいものだ」
彼の意見は海軍大臣西郷従道にすんなり通った。
海軍のバックアップを得て、救命胴衣は量産に入った。
1890年6月親善の為にやって来たエルトゥールル号。
だが乗員がコレラに罹患したため、3ヶ月以上帰れなくなってしまった。
季節は9月、乗員も快癒し、やっと帰国の目安が見えてきた。
使節団団長エミン・オスマン「これで故郷に帰れます」
日本人関係者は、老朽化し消耗激しい木造艦を見て、心配して言った。
「日本では9月は台風の季節です」
「修繕補強工事も兼ねて、1ヶ月出発を延期してはどうでしょうか?」
トルコ人は台風のことを知らないので大風程度に考えていた。
「いや、大丈夫です、予定通り帰国の途に就きます」
日本「そうですか、この荷物を上海まで乗せていただきたい」
トルコ「なんですかコレ?カポック700袋?」
日本-上海間は積載が義務付けられているとの事だった。
特に不審にも思わず、エミン・オスマンは快諾した。
日本「上海到着まで決して、このつづらを開けてはなりませんよ」
「但し、暴風雨で遭難した場合は開けてもかまいません」
エミン・オスマン「船幽霊対策のお守りでは?」
「船幽霊はコンパスを狂わすといいますからね」
日本「土佐化物絵本ですか、よくお調べで」
「まあ、そういった類いのモノと考えてもらって結構です」
こうして1890年9月15日エルトゥールル号は東京湾を出た。
次回は1890年エルトゥールル号です。