696.真実の愛に目覚める人間って、碌でもない人ばかりですか?
ベル君のお相手について、ドルク様を尋ねてみた。
可愛い嫁のジュリの弟の事だから、気になった事はきちんと調べておきたい。
別にリズドの屋敷にいるジィーヤに調べさせても良いのだけど、ベル君の相手を御紹介したのは、私の貴族後見人でもあるコンフォード家だからね。
おそらく直接お聞きした方が、より詳しい事が分かると判断しての事。
「あぁ、その件についてか。
もしかすると聞かれるかもと思ってはいたが、やはり来たか」
う〜ん、そう言うふうに返事を返されると言う事は、やはり訳あり令嬢だったようね。
ベル君のお相手の名はヘレナ・ランフォード嬢。
貴族籍を持ってはいるけど、純粋な貴族ではなく、家名で想像が付くかもしれないけど、コンフォード家に縁を持つ家で、ドルク様の歳の離れた弟さんの孫なのだとか。
分家なので正当な貴族ではなくても、古き血筋の一族でもあるコンフォード侯爵家縁の者が相手と聞けば、元は潰れかけた子爵家とってはかなりの良縁に聞こえる。
でも、ランフォード嬢はベル君より二つ年上の十五歳。
前世の感覚を持っていると、おかしくない組み合わせなのだけど、この世界の成人年齢は十五歳なので、貴族の令嬢の殆どは十五歳を迎えると共に結婚すると言われている。
だからベル君との婚約の話が出る前に、既に婚約者がいても当然とも言える年齢なのよ。
「私が言うのもなんですが、ランフォード嬢の年齢に少々疑問に思いまして」
ちなみに十八歳である私は、貴族社会的に言えば既に行き遅れ扱い。
二十歳過ぎたら貰い手なしで、後妻か側室くらいしか道はないと言われているのが貴族社会。
酷い話ではあるけど、そう言うものとしているらしい。
私は全然気にしていないけどね。
そもそも嫁二人と結婚しているつもりだもの。
「最初に言っておくが、あの娘に落ち度はない。
まぁ、元の婚約者の気持ちを引き止めれなかったと言う意味では、あの娘の責任ではあるがな」
珍しく困ったような、そして苦虫を潰したような複雑な表情をされるドルク様は、おそらく当時の事を思い出しているのでしょうね。
詳しい話を聞くに、ランフォード嬢の元婚約者はコンフォード侯爵家の騎士団、その内の一師団を預かる師団長の息子さんで、ランフォード嬢の四つ年上。
子供の頃から剣の才を見せ、ゆくゆくは父の後を継いで師団長になるのではないかと周囲に期待されていたため、コンフォード家の分家であるランフォード家の一人娘と縁を結ぶ事でより深い繋がりを作り、彼女が成人したら結婚をさせるつもりだったらしい。
「せっかく目を掛けてやったにも関わらず、血迷いよってからに」
遊びなのか、性欲処理なのか、事前練習なのかは知らないけど、問題の元婚約者の男は華街の娘に入れ込んだ挙句に、家の金を全て持ち出してその娘と駆け落ちしたらしい。
ただ、それだけで済んだのならば話は良かったのだけど、よりにもよってその男、駆け落ち前にランフォード嬢を味見をしていったのだとか。
しかも半ば無理やりに。
おまけに結婚式まで一ヶ月を切っていたのによ。
実に最低な下衆野郎である。
両家としては当初は若者の過ちで、もうすぐ結婚して責任を取るのだから、今回は目を瞑ろうと考えていたら、数日後に姿が消えたと言うのだから大騒ぎ。
『俺は真実の愛を見つけた。
彼女と苦労を共にし、彼女を支えながら生涯を生きる事にした。
俺を息子と愛してくれるのであれば、どうかこのまま探さないでくれ』
と言った内容の勝手な書き置きを残して、家中の金品と共にいなくなったのだとか。
裏切り行為をしていただけでなく、責任を取る気もないのにランフォード嬢を傷モノにしていった訳だから、ランフォード家だけでなくコンフォード家に対しても泥を塗った事になる。
元婚約者の父親は、息子の不祥事と親としての監督不行届の責任をとって騎士団を辞任。
おまけに貯蓄も子供に持って行かれたので、生活に困窮したらしい。
ドルク様としては許す訳にはいかないものの、今まで師団を率いて来た実績もある事から、街を守る衛士として雇用したとの事。
それで肝心の親不孝で女の敵でもある、その元婚約者は……。
「まだ捜索中ではあるが、半年掛けて潜んでいる町のだいたい目星がついて来た」
コンフォード家の騎士ともなれば大半が体格が良いからね、そんな体格の良い人間が平民の中に混ざろうとも目立つだろうし、騎士団に所属しているのだから特徴も詳細に分かっている状態。
ましてや華街出身の女性を引き連れてとあれば、本人の見栄もあって山奥のひっそりした村や集落とかではなく、住みやすい街や町と限定されるし、移動方法も移動距離も知れている。
捜索網と包囲網は確実に元婚約者の男を追い詰めているはず。
あと既に半年が経っていると言う事は妊娠の心配はなく、ベル君との結婚に問題はないと言う事。
自然に私が知りたい情報を織り交ぜてくれるあたり、実にありがたいわ。
「その人、と言うか同じ人間だと思いたくありませんが、その方は自殺願望でもあったのですか?
男の方にはそう言う欲望があると言う話は聞くのですが、ちょっとあまりにも考えなし過ぎて……」
「儂もアレと同じ男だとは思われたくはないが、そうとしか思えんな。
ならばその願いを叶えてやるのも、嘗ての配下に与えてやる最期の慈悲だと言えよう」
ドルク様の弟のお孫さんだから、貴族としての血はかなり薄い。
それでも、古き血筋の一族であるコンフォード侯爵家の縁の者である事には違いない。
少なくともドルク様が御存命の内はランフォード家は貴族として扱われるし、そこの一人娘と結ばれれば、コンフォード家の中ではそれなりの影響力を持つ事になる。
ドルク様が亡くなられた後は、その庇護は失われるけど、それまでの頑張り如何によっては、コンフォード家の臣下としての地盤を固める事ができる可能性は十分にあったのよ。
縁だの何だの言った所で、結局は切っ掛けにしかしか過ぎない。
でも世の中には、その切っ掛けさえ得られない人間が山程いる。
そう言う意味では、ベル君はその貴重な切っ掛けを得る事が出来たのだし、コンフォード家としては、ベル君にはそれだけの可能性を見出していると言う事でもある。
「お手伝いできる事はないでしょうか?
その愚か者のおかげで、ベル君に運が向いてくれたのですから、お礼を申し上げないといけませんもの」
「顔がそうは言っていなが、気持ちだけ貰っておく事にする。
アレは儂自らの手で鉄槌を下さねば、気が収まらん」
まぁ何が言いたいかと言うと、ランフォード嬢はコンフォード家にとってそれだけ貴重な駒の一つと言う事。
それを事のついでとばかりに摘み食いをするなど、見逃される訳がないのよね。
せめてランフォード嬢に手を出さなければ、見逃してもらえたかもしれないと言うのに、自ら自分の首を絞めているのだから、救いようのない馬鹿だとしか思えない。
こう言っては悪いけど、ランフォード嬢はその程度で済んだのは、不幸中の幸いだと言える。
そんな最低なクズ男と結婚していたら、絶対に幸せにはなれなかったもの。
その点、両親や姉であるジュリの苦労を知っているベル君は、家族思いで周りにも気を使える良い子だからね。
頑張り屋さんだし、次期ペルシア家の当主としても魔道具士としても、将来は明るいもの。
「そう言う事でしたら、私から言う事は何もありません。
新しい二人が、幸せな家族を築く事を祈り、見守るだけです。
幸いな事と言っては何ですが、ランフォード嬢はベル君に夢中のようですし」
「そのようだな。
話は聞いているが、実に微笑ましいものだ」
彼女の本心は知らないけど、単純にランフォード嬢に後が無いだけとも言える。
傷物になってしまった上に二回も婚約が流れたら、貴族としての血が薄いランフォード嬢は、縁を結ぶ駒としての価値はおそらく無くなってしまう。
両家が心から望んで祝ってくれるのは、ベル君との縁談が最後。
後は何処かの後添えか側室、もしくは修道院での生活だと考えてしまうでしょうね。
侯爵家の分家とは言っても、爵位を持っていない以上は、貴族としての家門を何時かは閉じないといけない訳だもの。
私やジュリのように何かを身に付けている訳ではなく、ごく普通の貴族のお嬢さんみたいだから、尚更に選択肢がないのよ。
裏切られ、捨てられた悲しみを無理にでも抑え込んで、ベル君を全力で愛する道しかね。
「ああ、話は変わりますが、私、ベル君の婚約祝いにまだ公開していない魔導回路を幾つか贈りました。
防犯関係の物が主流となりますので、きっとコンフォード家のお力になれると思いますわ」
魔導回路で前世の防犯装置を再現した、未公開の魔導具。
ベル君の名前で魔導具師ギルドに登録はしてはあるけど、基本的に貴族向けの秘匿魔道具として、特定の人物以外には公開される事はない。
魔導具師ギルドとしては、似たような魔導回路を登録できないし、その登録をしようとした開発者に圧力を掛けておくのが仕事。
「残念ながら、今のベル君の技術では扱いかねる代物ですが、成人する頃には問題なく作れるようになっていると思いますわ」
「ほう、それは先の楽しみが増えたな」
貴族の屋敷の防犯体制は基本的に秘匿。
と言っても哨戒ルートや哨戒時間、そのメンバーとかと言った程度の物になるのだけど、それでも外に漏らして良い情報ではない。
侵入者側からしたら、危険を冒してでも手に入れたい情報だからね。
そこへ魔道具による防犯装置が加わるのであれば、ベル君の価値は格段に高まる。
基本的に貴族は商人や職人を本当の意味では信用しない。
屋敷の防犯体制ともなれば尚更関わらせる事はないし、関わらせたとしたら関わらせた人物を処分する事まで視野に入れている。
その点ベル君は貴族だ。
しかもシンフォニア王国において、大貴族であるコンフォード侯爵家を貴族後見人に持つね。
その大貴族であるコンフォード家が紹介するのであれば、大半の貴族はベル君を信頼するしかない。
それにベル君に贈った防犯用の魔導回路は汎用性がある上に、あくまで防犯体制を補助する代物でしかないからね。
ベル君の身に掛かる危険性は薄まる。
何よりベル君を紹介した、コンフォード家がそれを許さないだろう。
「ふっ、お主を囲い込むための駒ではあったが、思わぬ拾い物だったな」
「いえいえ、ベル君が頑張っているからこそ、ドルク様の目に止まったのだと思いますよ」
「そこは認めよう。
だがあの小僧を認めたのは、彼奴だけの努力だけではない。
アレの姉の頑張りを知っていれば、同じ血を引く小僧にも期待したくなると言うものだ」
ふふっ、良かったねジュリ。
ジュリの努力を認めてくれる人が、此処にもちゃんといるわよ。
そしてジュリの努力が、ジュリの家族を守る事に繋がっている事も。
私の前では結構甘えっ子だけど、私の見ていない所では努力をしているのは知っているもの。
ちょっとドジな所や暴走癖があるのは昔から変わらないけど、アレはアレでジュリの大切な魅力の一つだから、変わらなくても良いか。
うん、屋敷に戻ったら、たくさん甘やかしてあげようかな。
「ところでお主自身の教育だが」
「あっ、今はまだ忙しいので無理です」
いえいえ、嘘ではないですよ。
新規の事業も入っていますし、他領の事業のお手伝いもありますから、その辺りの噂をお聞きになっていると思うので、私が適当な事を言って煙に巻こうとはしていないのはお分かりになるはずです、と言って全力回避。
「うむ、確かに話は聞いている故に仕方あるまい。
だが今日一日くらい時間を取る事くらいは出来よう。
まさか、それすらも断るとは言うまいな?」
はははは……、ドルク様の強い押しに、私は素直に頷くしかなかったとだけ。