656.新人デビューと王子の教育。
今回はちょっと長めです
四人の護衛騎士見習いを新たに迎えた事もあり、屋敷が以前よりも騒がしくなった。
騒がしいのは好きではないけど、子供が元気に騒いでいる雰囲気は好きなので問題はない。
やっぱり子供は元気なのが一番よね。
私の幼少期の様に病気で年中寝込んでいる事を思えば、元気過ぎるくらいの方が良いに決まっている。
元気が余り過ぎてなのか、何やら早々に殴り合いの喧嘩を始めた子もいるけど……、まぁ男の子だしね。
雰囲気的に虐めとかではないみたいなので、周囲に観察だけはしておいてと指示を出して放免。
セバスが何も報告をしてこないって事は、喧嘩の原因はたいした事ではなかったんでしょうね。
私も前世は男だったから分かるけど、男の子同士の喧嘩に女の子が仲裁に入っても、あまり良い結果は生まない事が多いのよね。
女は黙れとか、女には関係ないとか、妙な事で意地を張ってね。
一応は自分が実年齢よりも幼く見える自覚があるので、女の子と言う事には突っ込まないでほしい。
好きで発育不良の童顔に生まれた訳ではない。
選べるものなら、前世同様に男に生まれたかったわよ。
「アドル、今度出かける時から、ラキアの代わりに二人づつ連れて行くから、貴方達三人で面倒を見なさい」
「早速か? 少し早過ぎないか?」
「元凶の俺が言うのも何だが、あいつらが使えるようになるまで、ラキアの抜ける穴は俺達三人で補うつもりだって言っただろ」
アドルとギモルが難色を示すが、意見を変える気はない。
まだ騎士見習い以前に子供で、役には立たないどころか足手纏いである事は分かってはいるけど、それとこれとは話は別。
「職業体験のようなものよ。
定期的に参加させる事で、騎士としての自覚を促すのも大切な事よ。
貴方達が普段私の我が儘な行動に振り回されながらも、どれだけ護衛として気を張って任務をこなしており、それがどれだけ凄い事なのか肌で体験させれば、勉強や修練にも身が入りやすいってものよ。
幼い内から預かる以上は、立派な騎士に育て上げるのが当主としての私の責任でもあるしね。
そしてあの子達を引き取る事になった元凶のギモルは、あの子達を守り導く義務があるし、アドルとセレナは仲間としてそれを手助けするのは当然でしょう。
違うかしら?」
「はぁ……了解。
あと俺達を振り回している自覚があるなら、少しは自重と手加減をしてくれ」
「本当、ユゥーリィには勝てないわね」
「まったくだ」
三人とも、気が重いのは分かるけど、目の前で溜め息を吐くのは止めなさい。
私の精神がガシガシ削られるでしょうが。
あと振り回されるのは今更だから、いい加減に諦めてほしいなぁ。
それと勝ち負けの問題じゃないくて、責任の問題だからね。
子供を預かるって、とても責任重大な事なのよ。
なにより、騎士として自覚を早く持つ事に越した事はない。
私に付き従う護衛騎士として、力を振るうべき時を見極め、どんな相手でも礼節を持ち、心を乱さない自制心を養ってもらわないとね。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
【王都ルグスブルク、国王陛下執務室】
「ああ、そう言えば先程聞いたけれど、今日は新しい子達が付いて来ているんだって?」
毎回思うのだけど、陛下って暇なのかなぁ?
そんな訳がないと分かってはいるけど、ついそう思ってしまうのも仕方ないと思いません?
だってね、新興貴族、しかも遠く離れた地方の貴族の家に入った新人を気に掛ける国王が、何処の世界にいるのかと思っても当然でしょうが。
これが入った新人が何処かの天下一武道会の覇者だとか、Sランクの伝説の冒険者とか言うのならともかく、相手は十一、二歳の正真正銘の子供ですよ。
「また何か失礼な事を考えてそうだから言っておくけど、君が思うほど僕は暇じゃないからね。
自分の価値を自覚していない、どうしようもない臣下の代わりに気に掛けているだけだからね。
そのどうしようもない臣下を認めた、王の任命責任と言うものがある以上、目を光らせておくのは当然だろう」
相変わらず酷い言われようだなぁ。
まぁ臣下としては、自分の事ながらどうしようもない不良臣下である自覚はあるので、あえて反論はしない。
だって、面倒臭いもん。
そもそも私は魔導具師であって、政治家ではないしね。
領主だって前世の知識と経験でなんとかなっているだけで、本格的にやったらボロが出るに決まっているじゃないですか。
「とりあえず、今頃はウチの近衛達に、護衛のなんたるかを叩き込まれているだろうから、次回も連れてくるように」
うわぁ〜、他人の家臣にも関わらず、相変わらず無茶苦茶と言うか何と言うか。
まさに王様発言。と言うか、正真正銘の王様だけどね。
そう考えると、むしろ王様発言は王道と言えるわ、……やられる方はたまったものじゃないけど。
冗談はともかく、現役騎士の最高峰と言われる王城の近衛騎士に、お教えを受けるのは名誉でありがたい事なんだろうけれど、せめて事後承諾は止めませんか?
あの子達、今頃はきっと突然の事に畏れ多くて、恐縮しまくっていると思いますよ。
どうせ『上からの命令だ』とか言って、掻っ攫うようにして近衛騎士団の隊舎に連れて行かれたら、普通は誰だってビビるものですよ。
ええ、経験談です。
私ではなく、アドル達のだけどね。
だから、それとなくお願いすると。
……私の呆れる顔が面白いから止めないと。
あの子達も、まさかそんな理不尽な理由で、近衛騎士団のシゴキを受ける羽目になるとは想像もしないでしょうね。
早々に迎えに行って救ってあげようにも、この後はラード王子の所に行って遊んであげて、その後は王妃様とフェニシア様とお茶をして、更に魔物討伐騎士団でヴァルト様と打ち合わせと近況報告があるので、それらが終わるまで迎えに行けないのよね。
まぁ、これも人生の勉強と思って諦めて、と心の中であの子達の武運を祈ってから本題に入る。
「――――――と、定期報告は以上となり、続きまして此方が今月納めた魔導具の目録です。
失礼ながら、本当に納めるのは此方で良かったんですか?
私であれば、直接先方まで持って行けますよ。
まぁ、陛下としては時間稼ぎがしたいんでしょうけど」
「それが分かっているなら余計な口は慎みたまえ。
あと、我が国から正式なルートで品を送るからこそ意味があるのだ。
君は面倒臭がりなのは分かってはいるが、国としてはそう言う様式美も必要とするのだよ。
確かに君の言う通り、嫌がらせ程度でしかない時間稼ぎではあるが、少しでも技術を渡す事を遅らせたいと思う者達がいるからな、この国を想う者達の意を汲む必要もある僕の苦労を理解したまえ」
話に挙がっているのは、春の終わり夏の始まりの頃に行われた諸国王会議、その場で陛下が私の了承も得ずに勝手に魔導具を渡すと約束してきており、その一部をやっと国に収める事が出来たんですよね。
ええ、一部です。
まだまだあります。
と言うか、ここ一年はその作業に押されます。
まったく、ただでさえ忙しいのに、これでは個人の趣味の研究がちっとも進まないじゃないですか。
そうして忙しい中で、コツコツと数を作った魔導具は、一旦は国に納めた後に購入を希望した各国に、国の使節団が納めに行く事になっている。
「確かに突然に怪しげな発育不良の何処ぞの誰とも分からない魔導士が、『国のお使いできました〜』とか言って持って行くよりも、膨大な時間とお金を使って使節団が訪ねた方が説得力がありますよね」
「自分で怪しげとか、発育不良とか言うか?」
「自覚はありますので」
「他に幾らでも自覚すべき事があるだろうが」
「さぁ、ありましたっけ?」
お小言は聞きませ〜ん。
と言うか魔導具の代金払ってくださいよ。
……使節団がお金を受け取って帰って来てからと。
遠い所だと、往復で五年は掛かるじゃないですか、酷いっ!
いえ、遠い異国との取引ってそう言うものですけど、そこは国が立て替えると言う事例もありますよね?
……欲しければ、自分で財務大臣に掛け合って来いと。
嫌ですよ、前みたいに目の前で血反吐を吐かれたら、目覚めが悪すぎるじゃないですか。
陛下、普段財務にどれだけ無茶を言っているんですか、可哀想だと思わないんですか?
……私が言うなと。
意味が不明ですっ!
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
【ラードゥナルド殿下の部屋にて】
「と言う訳で、陛下は初夏に行われた諸国王会議で、勝手に仕事を取って来て私に押し付けた挙句、薄情にも魔導具の代金の支払いを渋りました。
さぁラード王子、この国の王子としてどう思います?」
陛下と宰相閣下、そして皇太子殿下と一刻ほど魔物の繁殖を始めとする領が行っている事業、港街での他国の動き、通信事業の話などをした後、こうしてラード王子の部屋に来るなり、貴方のお爺さんの非道ぶりをチクる。
「ぇ? ぁ……、すまない、意味が分からないんだが」
「え〜、こんな簡単な事も分からないんですかぁ〜?」
「ち、違うっ!
部屋に入ってくるなり、いきなり言われたから訳が分からないだけで、俺に分からない訳がないだろうっ!
ちょっと待て」
ふふふふっ、強がっちゃって可愛いなぁ。
ラード王子も、王族で固い教育をされてはいると言っても、まだまだ十歳を過ぎたところ。
私みたいな友達感覚の人間を相手に、ああ言う言い方をされたら、つい強がっちゃうよね。
なんだかんだ続いているラード王子の遊び相手役ではあるけれど、ラード王子が魔力過多症候群から回復の兆しが見えてからは、少しだけ関係が変わりつつある。
遊んでくれて、ついでに色々と教えてくれるお姉さんから、遊びながら色々と学べるお姉さんにジョブチェンジです。
もう少しで背が追いつかれそうではあるけど、まだ見た目的にも私の方がお姉さんと言える。
「「……、……、……」」
ラード王子の反応はともかく、王子の付き人である近衛騎士や侍女さんが、額に大粒の汗を浮かばせながら、何やら呆れたような、困ったような表情をしているけれど、この際気にしない。
二人が心配しているような、王家批判には当たりませんからね。
それに陛下にとって、可愛い孫に何を教えているのかと思っているかもしれないけれど、別に陛下の非道ぶりをチクってはいるけれど……。
「う〜、お、お祖父様の横暴は……たぶん違……う?
……となると、お金がない?
いやいや、確か投資したお金が、数倍になって戻って来たとか言っていた気が」
うんうん、唸りながら真面目に思考を巡らす姿は可愛いですよね。
あの非道な陛下を一応は信じているあたり、陛下も孫であり、まだ幼いラード王子に対しては、それなりに良いお爺ちゃんの姿を見せているんでしょうね。
いつぞやは、その可愛い孫達を反逆者達を誘き寄せる餌にしていたりしても、それはそれ、これはこれなんでしょうね。
もう少し眺めていたいけれど、あまり長引かせてラード王子に陛下への不信感を植え付ける事になってもいけないので、この辺りにしておくかな。
「ふふふっ、ラード王子、半分だけ正解です」
「え? まさか、本当に王権の濫用?」
「違います。
流石にそこは信じてあげましょうよ」
実際、陛下は変な事(人を虐めるため)に度々王権を濫用したり、そう見せかける事はあるけれど、暴君ではないですよ。
横暴で、陰険で、意地悪で、性格が悪くて、それを楽しむ程歪んではいてもです。
「お金がないと言うのが正解です。
ラード王子が正解に辿り着けなかったのは、陛下も、ラード王子のお父様である王太子殿下も、沢山のお金を持っているはずなのに、と言う事を知っているからですよね?」
「そ、そうだ。
この間も、お祖母様に誕生日の祝いに、茶会用の離宮を一つ贈られていたし。
あっ、それでお金がないとか?」
「残念〜、それが理由ではないですよ」
「ぅぐっ」
「ラード王子、私がこうやって問題を出すんですから、答えは既にラード王子の中にある事ですよ。
でも、ちょっとだけヒントとして、ラード王子が十歳になってから教えられた事に関わる事です」
王族は六歳で公の場に顔を見せるようになり、十歳から公務を兼ねた社交が始まると同時に、同年代の少年少女達と将来を見据えた本格的な交流が始まる。
大抵は十歳になるまでに顔見知りになった子供達と共に、社交の輪を広げて行くのだけれど……、ラード王子は魔力過多症候群を患ったため、その辺りがやや疎遠になっちゃっているんですよね。
まぁその前の幼少期の性格に、やや問題があったのも原因の一つだったりはする。
こう、同年代の男の子達は媚び諂うだけのイエスマンで、ご機嫌を取るしか脳のない配下であって友達にはなれない存在。
同年代の女の子達の方も、子供なのに作り笑顔で、王子を将来の旦那様候補としてか見ておらず、これまた友達にはなれない存在。
これは、そんな子供達ばかりを集めた大人側にも問題があるのだけれど、そんな造られた環境に、ラード王子は子供ながらに不満を鬱屈させて、本音を出してくれないならばと、意地悪や悪戯ばかりを繰り返していたんですよね。
今は良い子に育っているので、それは横に置いておくとして、同年代や年上との社交を進めて行く上で、どうしても必要になるのが【お金】。
子供相手に何を言っているんだと思うかもしれないけれど、高位の貴族や王族ともなれば、その掛かるお金も自然と上がり、子供だからと言って侮ってはいけない。
普通に平民の高所得者を除いた平均所得など、軽く上回る金額が飛び交うからね。
世間から掛け離れているとはいえ、金銭感覚は身につけておかないといけない。
「ようは予算です。
ラード王子は、毎月、決まった金額のお小遣いを戴くようになりましたよね」
「うむ、今までは欲しい物を誰かに言っておけば良かったが、これからは大人の仲間入りをして行くから、自分で管理するようにと言われた」
「大切な事ですし、ラード王子が御自身を含めてお金の管理が出来ると判断されてのことでしょう。
ラード王子の普段の頑張りの一つが認められたって事です。
王子、頑張りましたね」
平民だともう少し小さい時から始めるだろうけど、そこは使う金額の桁が違いすぎますからね。
それにサリュード王子にこっそり城の外に連れて行ってもらって、屋台での買い食いを経験してもいるので、まったく知らない訳ではない。
『くそっ、何が金の管理を教えるのならばだ。
面倒な仕事を押し付けただけだろうが』
どうやらサリュード王子、その件で面倒なお仕事を押し付けられたらしいです。
陛下曰く……。
『僕も子供の頃にやったし、そう言う事を教えた僕が言うのもなんだが、やるならばバレないようにしないとね』
だそうだ。
まぁ、悪い事を教えるラード王子の叔父さんの話は置いておいて。
ラード王子が戴いているお小遣いは、謂わば【私費】にあたる。
王族である以上、生まれた時点で国から毎年年金が支給されており、ラード王子のお小遣いもその支給された年金から出ており、大半は貯金に回されている。
ラード王子が支給される年金全体を扱える様になるのは、成人してからになるだろうけれど、成人したらしたで、今度は王家直轄の領地の幾つかが与えられて、そこから更に収入を得られる事になる。
けれど、そちらは子供に相続される事はなく、公務から身を引くか亡くなった時点で王家へと返還される。
ただし、国王だけは王位に就いた時点で所有していた領地は王家へと返還し、国王のみが所有する事の出来る優良株の領地を所有する事になる。
領地の運営と管理は別の人間がするにしろ、所有する領地や商会からで得られる金額も、広義の意味では【私費】にあたる。
その辺りは、何れ別の人間から教わるだろうとして、ラード王子のお小遣いが【私費】と呼ばれる物にあたると伝え。
「さてラード王子、お小遣いとは別に王子には沢山のお金が掛かっています。
それはラード王子が普段食べる食事や着る服だけではありません。
王族としての品格を維持するため、部屋の維持管理するための費用や、王子を護衛をするための騎士、王子をお世話する侍女や女中達の特別手当、王子に色々な事を教えてくれる教師の給与やそのための教材費など、言葉にするにはしきれないほど沢山の事にお金が動いていますが、それらは王子の意思とは関係ないところで動いており、【公費】と呼ばれ、ラード王子が公務で王族の責務を果たす際に掛かる費用も、この【公費】にあたります」
「うむ、多くの民から集めた税金が、それらに使われているのだったな」
さすがは王族だけあって、前世に比べて教育が遅れているこの世界でも、税金や王族としての責務は知識として学んでおり、ラード王子もその辺りの自覚は出てきているみたいで、私の言葉に力強く頷いてくれる。
まぁ王族特有の洗脳教育とも言うけれどね。
その辺りの賛否は置いておいて、ラード王子のお小遣い同様に公費にも金額が決められており、国の政治はその決められた金額の中で行われているとお話をする。
「【私費】も【公費】も細かな種類が別れますが、そこはこれから学んでゆく事になると思いますので、今は話を戻して、先程王子が何となくで出した答えである【お金がない】と言うのは、この【公費】にあたります。
今回の場合は、国が年間に使える予算を決めてあり、私に支払う魔導具の金額は、この予算に入っていなかったため【お金がない】となるのです」
なにせ、春に急遽開催されたされた諸国王会議で、これまた急遽決まった事なので、予算など組みようがない。
どのような話の流れでそうなったかは知らないけれど、国としてはそうする事で他国に貸しを作ったり、有利な話に持って行く事が出来ると判断したからだと思う。
「そう言う時のための予備費などの予算が組まれているのですが、これはもしもの時に取っておいた方が良いお金です。
少額程度ならば問題ないのですが、もしも大雨による川の氾濫によって災害が起こったり、疫病が流行り多くの方が病気に伏せたり亡くなる事で、人々が生活ができなくなってしまいます。
そう言った時に多くの人々を救い、元の平穏な生活に戻すためのお金がないと、もっと悲惨な事になってしまいます。
王子、私の話している意味は分かりますか?」
王子には少し難しい話かもしれないけれど、噛み砕きながらゆっくりと丁寧に話す。
王子は王子で、自分の中で整理しながら、ゆっくりと頷いてから私に話の続きを促してくるのだから、本当に王子は勉強も頑張るようになったよね。
勉強をサボって、カエルや蛇を片手に女の子を泣かせたり、スカートめくりをしていただなんて、今の王子の姿からは誰も信じないかもしれない。
もちろん、覚えている人は覚えていますけど。
「では、お金は必要なのにお金がない。
さぁ、王子ならばどうします?」
「ならば、俺が持っている金を出せば」
「駄目ですよ。
公私混同ですし、とてもではないですが足りませんし、前例を作ればこれからも【私費】から出す事を求められます」
【私費】から払うと言うラード王子の答えを一刀両断する。
ラード王子の友好費として、ちょっとした贈り物であろうとも、子供であっても王族である以上は王族としての品格を保つために、かなり高価な贈り物になるため、ラード王子のお小遣いという名の【私費】は金貨数千枚はある。
お忍びならともかく、王子としての立場で外のお店で食事をすれば、安全上の問題でお店を貸し切る事になるし、たかが焼き菓子を贈るにしたって、それを入れた箱も一つの工芸品で、宝石があしらわれていたりする。
その手の箱は大抵は家人に下賜する事で、贈り物を贈られた者はより良い環境を得る事になるのだけれど、その程度の金額では私が今回収めた魔導具の代金には届かないし、それを使ってしまえば、ラード王子は社交をする事も出来なくなってしまう。
と言うか、ラード王子は知らないだろうけど、膨大なお小遣いを使い切ってお金がないなんて事になった時点で、王子は愚か者の烙印を押され、ただ血を残すためだけの存在として扱われるようになってしまうらしい。
子供であろうと、王族としての資質を絶えず試され続け、資質がないと判断されれば切り捨てられる。
子供を相手に酷ではあるけれど、王族と言うのは、そう言う存在だから仕方がない。
馬鹿や能力のない人間が上に立っていては、国全体が不幸に見舞われる事になりかねないからだ。
可哀想だけど、何処かの男爵家の次女みたいに、家を飛び出して済む身分では無いのよね。
「国として動かれている以上、私としても魔導具の値段を値引きする事はしませんし、陛下もそれを望んでいないでしょう。
こう言う考え方は好きではありませんが、高価である事に意味がある事がありますし、国としての体裁を保つために、高価でなければならない事があります。
なにより、魔導具師ギルドに所属する一員として、不要な値引きをして、他の魔導具師の生活を脅かす訳にはいけないからです」
実際問題、陛下やカイル殿下であれば、【私費】で支払う事は可能ではあるだろうけれど、それをして良いかどうかは別問題。
魔導具の値段も、ギルドと国で話し合って決めている値段ですから、値引きも何も最初から私に権限がないんですよね。
私が開発して、作っているにも関わらずね。
「予算そのものを増やす手段はありますが、様々な問題を引き起こしますし、最低でも数年掛かりますので、今回の答えには当てはまりません」
税金を上げれば良いなんて言うのは、それ相応の名目が必要だし、この国の規模だと数千人規模の餓死者を出しかねない上、下手すれば暴動が起きてそれ以上の被害が出る可能性がある。
長い目で見て費用対効果を考えない安易な増税は、国力を弱めるだけの結果になるので、解決手段としては最悪だと言える。
他の予算を回してくると言う手もあるけど、それはそれで予算が決まった時点で既に動いている事が多く、多大な混乱を招くと共に、その予算の本来の使い道で、結果的に多くの人間が職を失ったりしかねないし、一度失った信用や技術を取り戻すのは並大抵の事では出来ない。
「ならば、借りるぐらいしか思いつかない」
「そうですね、それも解決手段としては有効です。
ですが国としてお金を借りる以上は、約束を反故出来ませんし、どのような形にしろ、借りた以上の形で返さなければなりません」
以前、王宮全体の改装費を捻出した時は、この方法を使ったんですよね。
限定的な決め事を作り、古き血筋の家に金を出させると言う、かなり強引な方法ではあるけれど、その見返りとして期限を決めて一部を減税したり、政策や権利など、国として各家に便宜を図るなどして、借りた金額以上の形にして返却をしている。
「ただ、あまり彼方此方に借金をしたり、何度も借金をすれば、これまた国としての品位が下がりますし、施政者としての信頼を失う事になります。
まぁ、借金の金額の大きさが信頼の証という考え方もありますけれど、赤字大国とか借金大国って言われて、どう思います?」
「どう思うって、どう考えても後が無さそう国だなとしか」
私の言葉に危機感を持つラード王子って純粋だよねぇ。
これが後数年経ったら、陛下やカイル殿下みたいに腹黒になるのかなぁと思うと悲しくなってしまう。
だってね、国は幾ら借金を背負っても、実は問題ないんですよね。
前世の私がいた国が、とてつもない金額の国債を発行していたけれど、国がそれでも何も対策していないのも、きっと同じ理由でしょうね。
なにせ借金をチャラにしちゃう法律を施行してしまえば良い訳ですからね。
【債権放棄命令法】
借金を反故するのではなく、無かった事にする法令の施行は、様々な問題を引き起こす劇薬ではあるけれど、大抵はその前に根回しをして、お金の借り元である債権者は、大貴族から平民の大商人達や、潰しても国政としては問題のない貴族に廻っており、国や国を支える大貴族としては、借金を無理やりチャラにされた人間の阿鼻叫喚を、高い位置から眺めてほくそ笑んでいられるんですよね。
恨みを買う心配があるなら、その後で適当な静的や小者に冤罪を押し付けるなりなんなりして、一族諸共潰してしまえば良い訳ではあるけれど、どちらにしろ乱発は出来ない手段であり、数百年に一度程度だからこそ使える手。
つまり、ここぞという時以外には使えない手であり、乱発するようならば、それこそラード王子が言ったように、国としては終焉を辿っていると言って良いでしょうね。
他にも、そんな危険な手段を使わずに、お金を持っている一族に冤罪を押し付けて、一族の血筋を絶やした上で財産を全て没収し、借金の返済に充てるだなんて真似もあり得るから、封建社会って怖いよね。
「他にも支払いを待って貰うと言う手段がありますね。
まぁ、内容的には借金をしているのは然程変わりませんが、そこは体裁を整えてとお考えください」
ヒントをばら蒔きながら、ラード王子の思考を誘導して行く。
当然ながら、ラード王子は借金と同じならば、信頼に関わる事になるし、貴族や他国に侮られる事になりかねないかと聞いてくる。
うんうん、他国の目と言う事に気がつくのは十歳と言う事を鑑みれば、立派ですよね。
「ですから、別の理由を設けてしまうんですよ。
今回の場合は、陛下としては払いたいけれど、金を渋る奴がいるとね。
私は財務大臣と相性が悪いので、その辺りを狙って、自分で交渉するように言った訳ですが、この場合、気にすべき事は【誰かのせい】ではなく、相手の意識を逸らす事であり、納得させる事です。
陛下は私に対して、私の苦手な人間を置きましたが、人によって苦手とする人間は違いますし、理由を【誰かのせいに】するのは、信頼にも関わってきますので、相手を見て行う必要があります。
他にも、相手が気に掛けている政策にお金が動いているため、そちらを後回しにすればすぐに払えるが、そうなると相手が困る事になりかねないなど、相手にとって今すぐにお金を得る事よりも、後にする事で相手にとって利になる事を提案する方法があり、どちらかと言うとこちらの方が主流ですね」
「む、難しいのだな」
「難しいですよぉ〜、動いている金額が大きいと言うのもありますが、【公費】は人のお金であり、血税と言う言葉があるように、民が汗水垂らして働いたお金の結晶ですから、銅貨一枚粗雑に扱えれません」
だから、毎年予算の奪い合いで各部署の責任者は血眼になるし、財務は財務でその調整で毎年胃をやられる人間が何人もいるのだとか。
「それは当然な考えとして、ユゥーリィは財務と仲が悪いのか?」
ラード王子の子供らしいもっともな疑問に、思わず目を逸らしそうになるのをグッと堪える。
いえいえ、相性が悪いと言いはしましたが、仲が悪いと言う訳ではないですよ。
互いに和かな笑みを浮かべて会話はしますし、互いに贈り物もし合う関係です。
先日だって廊下ですれ違った時に、こんな会話をしましたよ。
『貴殿の商会が扱う算盤を導入してからは、仕事が早くなったと皆が喜んでおる。
まぁその空いた時間で誰かさん関係の予算をどう捻出するか、何度も計算させられてはいる様だがな』
『ふふふふっ、その誰か様は、きっと付き合いの上でどうしようもない事だと思いますわ』
『そうかも知れぬな。
ところで、子供の前に玩具を見せびらかせたのならば、当然その子供は玩具を欲しがる。
その場合、玩具を欲しがる子供が悪いのか、それとも玩具を見せびらかした相手が悪いのか、何方だと思うかね?』
『何方にも責任はないかと。
子供にとって知る事は必要な事ですし、その玩具が子供にとって必要なものならば、子供を管理する親が与えるでしょう。
逆に不要な物であるのならば、子供を説得するのが親の責任であり仕事だと思いますわ』
と言った様な会話の後、胃薬の魔法薬を箱で贈ったりもした。
いえ……、ルーシャルド街道計画で長期に渡った公共工事計画や、私が開発した様々な魔導具関連で新設の部署ができたり、お城での大規模工事が始まったり、更には諸国王会議で急遽、教会の大聖堂の工事を早めさせた上で準備するなど、私が関わっている関係でかなりの金額が動いてしまい、その結果、財務大臣を始めとする財務の人間に負担を掛けている事を自覚している身としては、どうしても苦手意識が出ても仕方ないですよね。
まぁその罪悪感を誤魔化すために、先日も胃薬の魔法薬意外にも、夜によく寝れる様に睡眠導入用の魔導具を大量に贈ったばかりと言うのが真相。
流石に子供を相手にそんな話をする訳にはいかないので、仲が悪いと言う訳ではないとだけ伝えて、本題に戻る。
「王子、ここで肝心なのが、相手の意識を誘導し納得させるためには、相手が何を望み何を苦手としているかを知っていなければならないと言う事です。
そう言う訳でラード王子、もう少しお友達と遊ぶ時間を作りましょう」
「い、いや、俺は自分を鍛えるために、もっと勉強をだな」
「お友達と遊ぶのも、立派な勉強です。
それと、お小遣い帳もきちんとつけましょうね」
要はお説教です。
ラード王子、幼少期の交友関係と魔力過多症候群に患った事ももあり、しっかりとボッチ予備軍。
確かに、病気の際に勉強が遅れた分を取り戻そうと思ったら大変だし、時間がないのも分かる。
ラード王子も立派な王族になろうと頑張っているから、その姿勢は褒めてあげたいけれど、この時期にしかできない事を頑張る方が大切。
なんのために十歳から社交が出来る様になったのか、これでは意味が薄まってしまうとラード王子の親である王太子殿下に愚痴られてしまったんですよね。
『身近な大人である君が社交をおろそかにして、問題ないと思ってしまっているようでね。
まったく困ったものだ』
酷い濡れ衣である。
月に一〜二回しか会わないのに、身近な大人扱いはどうかと思いますよ。
それに私の場合は、好きで引き籠りのボッチをしているのだし、新興貴族だから社交界に率先して出て行ける立場ではない。
何より面倒臭いしね。
私の事はともかく、子供であるラード王子にとって、ボッチは良くない兆候。
一人が好きな子供がいるにしても、ある程度の交流は必要だし、王族として生まれてしまった以上、社交ができなければ、生死に関わってくる問題に発展しかねない。
現にサリュード王子も、相手を見極める目が劣っていたため、処分される一歩手前だったと言う事実があるもの。
荒療治で女性騎士のお姉様方にボコボコにされながら、女性に対する礼儀と、人を見る目を養ったと言うのは、対処療法としてどうかと思うし、ちょっと同情をしたりしたけれど、処分されるよりはマシなんだろうと話を聞き流した覚えがあるけど、その前に防げるのならばそれに越した事はない。
「お友達と遊べる物を沢山持って来ましたので、一緒に遊んでくださいね」
男の子の遊びと言えば、チャンバラごっこ。
この世界で貴族の男児だと、なんだかんだと言って剣術は必須の物で、武官系の家だと、子供の内から体力作りと体術を始めている家も多いのだとか。
体力がある程度ついて、身体を思う様に動かせる様になったら剣術を学ぶのだけど、それもだいたい八歳前後からで、王族であるラード王子はその辺りの教育も早く、既に本格的な指導に入っているほど。
ただね、この世界で剣術を学ぶのは危険で、練習用の剣と言えば刃を潰しただけの剣や硬い木製の剣。
木剣の方も持った事があるけれど、高価な物は前世の木刀よりも重く、まともに当たれば骨折や裂傷は避けられないと言う凶悪な代物。
いくら回復魔法があるからと言っても、魔法を使える人間自体が貴重なので、そうそう治癒魔法には頼れない。
そのため一人で型を練習するか、大人を相手に学ぶのみなので、一緒に学ぶ同年代が相手がいるのならばともかく、競争意識は薄いんですよね。
「そんな訳で、怪我をしにくい剣を作って来ましたよ」
「……これが剣って、はっきり言ってダサイ」
「が〜〜〜〜ん! ダサイって言われたっ!」
竹の代わりにこの世界ならではの特殊な木材を材料にした、前世の竹刀を模した剣は軽くしなやか事が特徴で、子供が剣術を学ぶ上で、互い打ち合う事で切磋琢磨し合えると言う優れた物になるはず。
ただ、見た目が剣とは名ばかりの丸い棒に見えるため、確かに本物の剣や木剣に比べたら見た目で劣るのは確かなので、ラード王子のダメ出しは、ある意味至極当然の反応かもしれない。
「ほらほら王子、こうして魔力を流してあげれば」
「おぉーーーーっ! 光る剣かっ! かっこいいっ!」
竹刀もどきの中に、光石の粉末を塗した魔力伝達コードが仕込んであり、魔力を意識して握れば、剣の隙間から光が漏れ、それを振れば剣自体が輝いているように見えると言う、子供の厨二心を刺激する仕掛けが施されている。
木の部品にササクレ防止と表面の保護を兼ねてニスが厚く塗ってあるのも、光を内部で反射する用途を兼ねているため、光が良い感じに内部で反射しているんですよね。
もちろん、見た目を重視しただけではなく、光る事によって剣の軌跡が見やすくなるので、剣の動きを学ぶ上での指標にもなるように考えた上での事。
叩かれればもちろん痛いけれど、刃を潰しただけの鉄製の剣や、硬くて重い木剣に比べたらかなりマシだし、革製の防具や厚手の生地の服を着れば、子供同士が本気で打ち合っても大怪我をする事はそうそうない。
もちろん、大人の監視下での使用を推奨。
パンッ、パンッ、パシンッ。
早速、側騎士であるリベルト様と打ち合ってみせるラード王子の目は、楽しそうに興奮している。
うん、うん、リアルライトセーバーもどきでのチャンバラって燃えるよね。
私も混じりたいけれど、流石に淑女という立場もあるので自重。
その間、侍女の方に予備を含めて百本ほど持って来たので、王子のお友達やその候補の方に配って、一緒に剣術を学ぶなどの交流を図る事で、社交の輪を広げてはと提案。
ラード王子の場合、【吸魔の自在楯】があるから、少々ズルにはなるけれど、そこはルールを作るか、鍛錬の一環として取り込むかは丸投げ。
どちらにしろ、大怪我の心配がない練習用の剣は、相手の家にとっても利があるだろうし、王族との繋がりも増えるとなれば乗ってくるに違いないと、侍女の方も賛同してくださる。
一応は父親であるカイル殿下に話は通してあるのだけれど、そこは現場の判断も大事なので、賛同を得られたならばと言う事になっているんですよね。
そこへ、ラード王子の相手を終えたのかリベルト様が……。
「子供用に作ってあるとは言え、本物の剣や木剣では身体の出来ていない子供には重すぎる場合もありますし、未熟な腕のまま打ち合った結果、大怪我をして二度と剣を振るう事が出来なくなったり、亡くなられる事もあります。
それを考えたら見た目はアレですが、身体を壊す事なく剣を学べる事を重視したよく出来た物ですね。
軍部でも鍛錬用に扱う事も提案したいと思いますので、出来ましたら数本戴けないでしょうか?
子供達も、大人達が使っている姿を見れば、見た目で馬鹿にする事も減るとは思います」
見た目がダサイ事は否定せずに、その事による普及の障害に対する対策を提案してくる。
うん、練習用の剣として優秀なのは認めてくださっているのだけど、見た目がと何度も言われたら……、うん、どんどんとダサく見えるから勘弁してほしい。
いえ、どう考えたって竹刀もどきよりも、本物の剣や木剣の方が格好良いに決まっているんですけど、そこまで扱き下ろさなくてもと思ったりもする。
「……やっぱり、ダサイですか?」
「模擬剣としては優秀ではあります」
「光っていなければ、手にした姿は絵にはならないのは確かかと」
この後、一人チャンバラごっこと楽しむラード王子を他所に、如何に周りを巻き込んで普及させるかのプチ会議を始まったのは、言うまでもない。
なにせ主な目的は、ラード王子の脱ボッチ生活ですからね。
王家に仕える人間からしたら、他人事ではないですから、自然と熱を帯びて行くのは自然の事。