649.家畜の餌? いえいえ、立派な食材ですよ。
ふん、ふんふ〜ん♪
鼻歌混じりに、昼食代わりのオヤツ作り。
この世界だと昼食と言う文化がなく、平民は働きながら食べれる物を、貴族はティータイムの際に摘む物が昼食代わりなのよね。
どちらにしろ軽食やオヤツ程度の代物。
なので、今、作っているのはクレープも、それほど凝った物ではない。
ただ、この世界のクレープやケーキなどの甘味は、基本的に貴族や一定以上の所得がある層の食べ物。
カフェだなんて物は、そう言った客層が利用する物で、大抵の平民は安価な屋台が中心。
大量生産する事で、コストを抑えた私の経営する甘味屋は、平民の偶の贅沢として気楽に入れる店にはなってはいるけど、やはり甘い物って言うのは贅沢品なのよね。
クレープだって、フォークとナイフで上品に食べるデザートとして物が主流で、前世の様に紙で包んで食べ歩き、なんてものは存在しない。
贅沢品として言われる主な理由の一つが砂糖。
オルディーネの特産となっている高級砂糖である魔草大根ではなく、普通の砂糖ですらも必需品である塩に比べて数倍の値段もするため、庶民にとってはかなり高いと言える。
それでも砂糖を求める貴族達が、安定供給させるために力を入れた結果、所得の低い庶民でも手に入らない物ではなくなったし、きちんと管理しておけば保存が効く代物。
やはりお菓子をを贅沢品として位置付けている一番の要因は乳製品かな。
基本的に乳製品は腐りやすい。
乳製品の中でも、保存食としてのチーズとかは普通の平民でも手に入れられるけど、新鮮な牛乳やフレッシュチーズ系、そして生クリームやバター等の乳製品は常温では直ぐに痛むため、牧場を経営している人間との繋がりがないと入手が困難なのよね、これが。
だって、普通の平民は働くのに忙しくて、態々牧場まで行って買いに行かないもの。
お店を経営しているならともかく、私の様に空間移動の魔法でも持っていない限り気軽に行けたりはしない。
せいぜい牧場経営者が街に売りに来て、その際の売れ残りを買う機会があるくらいでしょうね。
「はい、完成〜♪
ふやけない内に食べちゃって。
勿論、冷めたら冷めたで、違った美味しさがあるけどね」
だけど、私が今作ってみた物は、それらの問題を解決した代物。
「……、おっ、意外にイケる」
「そうねぇ、味や香りは微妙に違うけど、材料を知らなかったらそれほど違和感はないわね。十分に美味しいわ」
「代替品でなくとも、普通に美味しいな。
これで屋台で出すとしたら幾らくらいなの?」
アドル、セレナ、ギモル、順の評価は、予想に反する事なく好評。
ちなみにラキアは、新人達の短期間兵士強化集中訓練に、指導教官の補佐としてまだ付き合っているので不在。
伝えた値段に関しては……。
「「「「安っ!」」」」
「その値段なら、代替品とか関係ないだろ」
「普通に毎日買える値段だわ」
「絶対にその値段って間違ってないか?
いや、確かに原価を考えたら……」
なにか驚いているけど、ギモルの言う通り原価を考えたら、そんなところ。
牛乳の代わりに豆乳を使い、卵は必ずしも必要ではないので今回は無しで。
生クリームだって、手間は掛かるけど大豆から代替品を作れる。
今回は砂糖は必要最低限のみで、具はジャムと生クリームのみの物だから、銅貨三枚でも原価率は二割を切っている計算。
そこから一般的な人件費や諸費や場所代など、様々な経費などを含めたとしても六割程にも満たない。
十分に、利益は出せる価格設定。
「商売的に考えたら今のを銅貨三枚にして、具材を新鮮な果物などを加えたりする事で値段を上げれば、銅貨五枚まで上げれるんじゃないかしら。
ジャムも種類によって値段は違うし、果物も季節によって変えれるから、季節限定と謳えば、購買意欲をほどよく刺激するでしょうからね」
屋台だと、十種類ぐらいまでが限度だろうけど、選択があると言うのは、それだけでまた来ようと相手に思わせれる要素になるもの。
とは言っても、これで本格的な屋台を始める気はないのよね。
あくまで、港街の特産品の使用例の一環として、紹介するための試作品でしかない。
まぁ、商売にならない様な物を作ったところで宣伝にはならないから、その辺りは現実的な物を追求しているだけ。
「はい、今度は粉末卵を使ってみた物よ」
話を聞きながらも、作っていた次のクレープをアドル達三人の前に出す。
私一人だと、胃袋の大きさの関係で量は食べれないし、ジュリだと美味しいとしか言わないから、こう言う時は腹ペコ組がいると助かるのよね。
駄目な所は駄目と言ってくれるし、三人とも細かな好みが違うから、色々な意見も聞けるもの。
勿論、調理人のヴァイスやエマにも意見は聞いているけど、あの二人は何方かと言うと宮廷料理人としての意見になってしまうので、今回の様な目的には不向きなのよね。
「そして、これが小麦粉の代わりに米粉や大豆粉を使った物ね。
小麦粉のものよりパリッとした感じになりやすいから、別の食べ物と言えるかもしれないけど」
ちなみに蕎麦粉でやると、ガレットと言う完全に別の料理になってしまうので、今回は使わなかった。
……お肉や野菜を巻いた方が美味しそうって。
いえ、それって完全に別の料理だからね。
……別の屋台も出そうよって。
あのね、目的が入れ替わっていない?
……海の漢はきっとガッツリ派だから、そっちの方がいけるって。
だから、あくまで特産品を売り出すための促進販売の一環で、港地区に特産品を使った屋台を出させるだけだから、目的と手段を見失わないのっ!
「でも真面目な話し、普通に王都でも通用するんじゃないか?」
アドルはそうは言ってくれるけど……。
「う〜ん、それはどうかなぁ。
やっぱり材料的に、まだ敬遠するんじゃないかしら」
軍の携帯食の材料として広まりつつある大豆ではあるけど、やはり世間の大半の認識は家畜の餌扱いだからね。
「確かになぁ。
だいぶ知名度は上がったとはいえ、元は家畜の餌だもんな」
「保存の効く携帯食の材料として、軍を中心に定期的に大量購入してくれているからこそだものね」
一部原料の正式名称を使わずに、豆類として王都の甘味のお店でも使われてはいるけど、まだまだ正式名称を公表するまでには至ってはいない。
ただ、その辺りは時間の問題だと思っているし、地は出来上がってきているから売り方次第だと思っている。
なにより大豆を使った健康料理は、コンフォード家や王都の討伐騎士団の方でも使って戴いており、数年経った今では、他の部隊や師団と明確な差が出始めているんですよね。
ドルク様やヴァルト様は、その辺りの成果を気にして、問い正してくるほど。
だから……。
「人が食べてもそれなりに美味しいと分かって貰えば、あとは時間の問題よ。
大豆って身体に良い上に美肌効果もあるし、牛乳を使うよりも栄養価が低くて太りにくいから、ご婦人方には好まれると思うのよね。
他にもお肉のように筋肉が付きやすい食べ物なのよ。
しかもさっぱりと食べられるから、胃もたれの心配もあまりないもの」
大豆はタンパク質が多く、その割には脂質が少ないから、身体を鍛えていれば肥大する事なく締まった筋肉が付きやすい食物。
そしてこの世界の騎士達は、差はあれど魔力持ちの人間が多い。
ちょっとした筋肉量の差が、身体強化の魔法の影響を受けて大きく変わる。
例えるなら、筋肉量が五に対して、身体強化の影響で二倍になったとしたら、十の力になる。
でも、筋肉量が六になれば、同じ身体強化の魔力で十二になるし、筋肉量が七になれば十四になる。
僅かな差が、身体強化の魔法によって、大きな差を生み出す事になってしまう。
実際には個人差があるし、身体を使うの単純な物ではないので、この計算は当て嵌まらないものの、筋肉の増加は少なくない影響を与えている。
もうね、ドルク様の所にしろ、ヴァルト様の所にしろ、立派な身体付きの騎士ばかりになったんですよね。
その上に肌もハリがあってツヤツヤしているから、実年齢よりも若く見え、御令嬢達から熱い視線を集めている。
『あの分厚い胸板と、逞しい腕に抱きしめられたいですわ』
ってね。
うん、私はゴメンだけど、世間ではそう言うが女性に人気なのよね。
一方、前世の世界とこの世界との差なのか、女性騎士のお姉様方は男性騎士の様に全体の筋肉量が増えるのではなく、女性らしい体格を維持しているため、筋肉の密度と質が上がっている可能性が高い。
この辺りは女性騎士の人数が少ないため、一概にはいえないのだけど、セレナやラキア達は勿論の事、オルディーの港街の女性騎士達も同じ傾向が見られるので、おそらく間違ってはいないのでしょうね。
まぁそこは要観察かな。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「あははははっ」
「見てください。この鍛えられた身体をっ」
「上腕二頭筋♪三頭筋♪腹筋♪胸筋♪大胸筋♪
見よこの広背筋♪」
「更に、岩をも蹴り上げる大・腿・筋♪
下腿三頭筋♪四頭筋♪」
「我らが築く肉体美っ♪
「努力の結晶、裏切らない美♪
それが筋肉美♪」
ふと筋肉増強メニューを逸早く採用した、村の自警団の鍛錬の様子を見に行ったら、何故か私の存在に気が付くなり、妙な筋肉ラインダンスを始める自警団員達。
「キモイっ!」
ド〜〜〜〜ンッ!
暑苦しいまでの光景に思わず反射的に、彼等の足元に空気砲を打ち込んだ私は悪くないと言いたい。
冷静に考えれば、我ながら酷い対応だと思うんだけどね。
それはともかく、何故いきなり筋肉のラインダンスを始めたかと尋ねると。
「領主様が舞踏が好きだと、お聞きしていましたので」
「それに力が付きやすように食事の内容も、態々考えてくださったのは領主様だと」
「ルチニア様も『無駄のない素晴らしい筋肉』だと褒めてくださったので、ぜひ領主様に感謝の気持ちを伝える手段として見て貰おうと、前々から練習を繰り返しておりました」
「村の女性陣にも好評なんですよ」
確かに、パッと見で見せかけの筋肉ではなく、鍛錬と労働によって鍛え抜かれた肉体美である事は認めるわよ。
素直に元男性として格好良いと思うし、前世ならば羨ましいとも思っただろう。
でも、だからって筋肉のラインダンスに見惚れる趣味はない。
それに舞踏は好きだけど、正直、筋肉ダンスは気持ち悪いだけ。
私にその手の趣味はないのっ!
でも、流石に正直それをそのまま伝えるのは酷なので……。
「……気持ちは十分に伝わったわ。
でも頼むから、いきなりは始めるのは止めて頂戴、妙な呪術に嵌まったかと思ったわ」
うん、努力をいきなり否定するのは良くないものね。
努力の方向性がおかしかっただけで。