608.非常事態宣言って、破産するレベルでお金が掛かるんですよ。
【港街オルディー、領主執務室】
「移民計画の現状の進捗状況は?」
「ひと月半程、遅れております」
「だよねぇ〜。
仕方ないとは言え、疫病と移動制限が痛かったわね」
「港の方も二ヶ月近くもの間、必要最低限の水と食料の補充だけで、閉鎖しましたからね。
今頃どんな噂を、彼方此方でされているか、少々心配ではあります」
疫病による被害と爪痕は、私の予想よりも大きかった。
人的被害を最低限に抑え、短期間に疫病を終息させた事によって、国から褒賞と言う名の見舞金として掛かったお金の半分を戴ける事になってはいる。
けど、それはあくまで疫病を終息させるためのお金であり、それにしたって此処で行われた事を知り、国の防疫体制に生かしたいからこそのギブアンドテイクと言うのが本当の所。
幾つか私や私の商会が権利を握っているとは言え、そちらでの利益還元はまた別の話。
非常事態宣言により幾つかの産業が停滞し、更に病気を他国に広めないために港を封鎖した損害は人・物資・情報と様々な処に普及し、金額だけでもかなり膨大で、それこそ国から戴けるお金など、はした金と言えるほど。
いえ、普通は戴けない物ですから、十分有難い事には違いないんですよ。
ただ、それが霞むぐらいの損失があったと言うだけの事。
その事によって損をした人達に、行政部は被害に応じた見舞金を出す事を行政部と相談して検討したけど、これに関しては商会の組合の方からお断りされた。
『領主様や街が、どれだけ我等のために奔走し、努力してきた事は見ております』
『疫病による損失も、商売の内ですので、これ以上は甘えた事は言っていられません』
『な〜に、すぐに取り戻して見せます。
十日熱に掛かっても、こうして命があったのですからな。
生きていられるからこその商売です』
と、商売人には商売人の意地があるのだとか。
小さいお店や個人のこ所も、組合の方で助け合うとか言っているので、実に逞しい人達が来てくれたと、感謝するばかり。
「移民の人達は?」
「病気が落ち着いてからは、それぞれ納得はしているようです。
逆に一部では、就く仕事の振り分けの調整ができる時間が出来たと、逞しい事を言っています。
少なくとも、畑と家が貰える事の前に、夢を失っていないようですね」
「別にあげたりしないわよ。
二十年間、真面目に土地を耕して、作った物を街に収めれば、その御褒美に土地を使う権利を得れると言ってあるだけだし、家も二十年間の分割払いよ」
「ユゥーリィ様、材料費と建てるのに掛かった人権費しか算出していない家など、殆ど無料と似たような物でしょう」
前世でも簡素で安い家なんて材料費だけなら、二百万もあれば建つからね。
大工などの人件費込みなら、四百万から六百万。
それを四千万、五千万で売るのだから、ぼったくりだよね。
実際には設計費だの、建築会社の維持費や宣伝費などが加算されてその値段になる訳だけど、材料費なんてそんな程度。
流石に断熱とか考えると、材料費の値段が倍近くになったみたいだけど、それでも材料費などたかがしれているし、それ以上に売値を上げているから関係ないどころか、更にそれを理由に利益を上げているのだから、商魂逞しいよね。
この世界の農家向けの一般住宅だと、断熱材とかはないけど、その分、作業や農機具を収めるのに広い分だけ値段が高くなっており、材料である木材も前世に比べたらかなり高い。
「そうかしら?
何も持っていない人達が、これから一から生活を始める事を思えば、決して楽な生活とは言えないはずよ。
まぁ、前のように路上生活に戻りたくなければ、死ぬ気で頑張れとは言うけど」
「そこは、生きる者の義務と言えるものでしょう」
前世では、ニートとか引き篭もりとか、許されているけどね。
ああ、『働いたら負け』とか言う言葉もあったか。
でも『働いたら負け』って、ある意味貴族のためにある言葉なのよね。
国によっては、貴族が商売に関わる事を禁止している国がある程だもの。
「そちらは時間を掛けるしかないとして、戴いた方達の方はどうなの?」
「例の騒ぎで、とりあえず彼方此方で手の足りない所に入ってもらっていましたが、現在再配置中です。
皆さん能力はあるようなんですが、それこそ面倒事はなんでもやらされていた分、これと言った得意なものがある訳でもないので、本人の希望と人手不足の部署との兼ね合いで苦労をしております。
来月までには配置は完了し、一年後に適性を見極めた上で、再度配置転換を考えます」
「その辺りは任せたけど、優秀すぎるからって、虐めちゃ駄目よ」
「はははは、肝に銘じます」
私の言葉に、目が泳いだり笑っていない人間が何人かいたけど、それも仕方がないわよね。
実際、今いる古株組と言っても、五年も十年も違う訳では無いし、年齢も一部を除けば比較的若い人達が多い。
能力と性格次第では、今の椅子すら怪しくなる人間が出てくるのは当然でしょうね。
でも、世の中は弱肉強食で、シンフォニア王国は能力至上主義な所があるから、そこは頑張ってもらうしかない。
ちなみに、この場合の能力には性格も含まれるから、なかなかにこの国も業が深いと思う。
皮を被り、バレない、又は見逃されるだけのもの身に付ければ、やり過ぎない限り問題視しないってね。
ある意味、魔物が生態系の頂点であるこの世界らしいと言えば、そう言えるお国柄と言える。
「それと、毎度申し訳ないのですが、これが現状で不足気味が懸念される物資の一覧になります」
「ふんふん、食料品や生活物資などは、大体誤差の範囲ね。
移民達の希望が出揃ってきたから、道具類の数が確定したと言ったところか。
へぇ〜、専門的な設備や道具までって事は、職人希望者も結構いるみたいだし、悪くはない流れね。
実際の腕前の方は、どうだか知らないけど、これから上げてもらいましょう。
交易が本格化して、他所から物が入ってくるようになったら、あっと言う間に市場を喰われる事になるから、半端な物など作らずに、死ぬ気で頑張りなさいと尻を叩いておいて。
五年間で自立出来なければ、道具も工房も財産も取り上げるともね」
職人希望者は、他より優遇処置が受けられる分だけ、結果も求められる。
貯蓄があって自分で全て賄ったのならともかく、道具も工房も材料も人の金で始めようと言うのなら、それくらいのリスクを背負って当然。
この辺りは、行政部とも意見は一致している。
むしろ三年で良いのではないかと言う意見もあったけど、港街自身がまだ出来たばかりで、不安定な情勢で結果を求めるのは少々気の毒。
「今、印を付けた物は、ウチの村の物の製品を使わせるわ。
数年前から使っていて問題なさそうだから、こちらの街でも展開しても問題はないでしょう。
ああ勝手に売り払われない様に、注意はしておいてね」
前世の知識を使った便利な農具や、魔導回路やクズ魔石を使った農機具用魔道具。
主に力仕事を軽減させる物が多いから、楽になった分、作物に手間を掛ける事に力を入れれるはず。
まぁ、大量生産品とは言え、魔道具なので貸付金が増える事になるけど、頑張って働いて借金を減らしてほしい。
魔導具関連は基本的に賃貸なので、それほど高い賃貸料を設定していないつもり。
ウチも鍛治師のレイチェルと、魔導回路専門の魔道具士達三人が、私の指示で毎日悲鳴を上げながら頑張っているから、無駄に出来ないと言うのもあるんだけどね。
「領主様の村ですか……、凄い物が出てきそうね」
「凄いって、農具に何を求めているのよ、まったく」
他にもマルチシートとかも展開するつもりだけど、何処かで道具の使い方を講習会をした方が良いかしら?
その辺りを一度、ダルス達に相談しておくかな。
餅は餅屋で、実際使っている人の声が一番だからね。
「再来月から、各地で建てた家の移築も始まるから、その準備もお願いね。
国から魔法使いが二十人程お手伝いに派遣されるから、担当者を決めておいて、
寝泊まりは、この建物なら幾らでも空いているでしょう?」
「まっ、魔法使いが二十人もですか?」
「傲慢で気難しい人達が多いらしいから、気をつけてね。
陛下からは気に入らなければ、遠慮なくぶっ飛ばしても構わないと言われていても、はいそうですか、と言う訳にはいかないでしょうからね。
だいたい、私、暴力沙汰って嫌いなのに、なんでそう言う事を言われるのか……って、なんで皆んな絶句しているのよ。
そんなに魔法使いが派遣される事が珍しいの?」
笑って誤魔化された。
現場の総指揮官として、何故かサリュード王子が取られるらしいけど、魔法使いは国の魔法師団でもあるから、国の将軍職にあたる人が指揮をしないと、色々と拙いと言う事なんだろうと思う。
サリュード王子、新婚さんなのに扱き使われているなぁ。
ああ、逆に新婚さんだから、扱き使われているのか。
可愛い幼妻に、仕事が出来る事を見せなさい、とか周りに言われてそうだもの。
仕事が出来るイコール生活力があるは、この世界では男性の魅力を表す肝心な要素だもんね。
『君を一生、食うに困らせたりはしない』
は、実際にプロポーズに使われる決まり文句だったりするんだよね、これが。
お互いの気持ちが大切だと言っても、碌に収入のない相手より、きちんと生活力がある男性を選ぶ女性は意外に多い。
誰だって、好き好んで苦労をしたい訳でもないし、女性蔑視が強いこの世界だと、再婚と再就職が難しいから、マジで生死に関わるからね。
広い庭付きの家を持っていない限り、年配女性の独身は相当な蓄えがない限り、飢え死にを意味するもの。
まぁ何事にも例外はあるけど。