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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第四章 〜新米領主編〜
493/1050

493.あぁ……、また何か悪巧みをしている予感が。





「と言う訳で被害は甚大ですが、軍港予定地で暴れていた魔物を無事に狩り終えた事を御報告いたします」


 今回は陛下の命令の下だったので、臣下モードで御報告。

 その中、私の心配を他所に無事な様子な陛下達の姿に、ホッと胸を撫で下ろすくらいの気の緩みは許してほしい。

 どうやら【咆 哮】の影響を受けた様子はないみたいなので、ジュリとルチアはきちんと多重結界で陛下達を守ってくれたようね。

 陛下はまだ大丈夫だろうけど、年配の方だと【咆 哮】を喰らって心臓発作を起こす事もあるみたいだもの、心配にもなる。


「ジュリ、ルチア。

 陛下達を無事にお守りできた事、貴女達の主人(あるじ)として誇りに思いますよ」


 なので、ちゃんと二人の事をアピール。

 ジュリは実家とバルタザール家の事で、幾らか動いてもらっているし、ルチアも愛息子のオルヴァー君との事で御心配や御迷惑をお掛けしているので、お力添えをして戴いた甲斐があった事を示しておかないとね。

 もちろん、コッフェルさんも結界には御協力戴いたとは信じてはいるけど、まずは身内を優先。


「うむ、見事な戦いぶりであった。

 ルチニア・メルローズ、そしてジュリエッタ・シャル・ペルシアよ、その方等も大義であった。

 そしてコッフェルよ、その方は流石は元魔法使いと言える指示の速さだ。

 なんなら今からでも、魔法使いとして復帰するか?」


 うんうん、流石は陛下分かってらっしゃる。

 派手な活躍が見えなくても、自分達を守っていてくれた事をちゃんと理解し、お褒めの言葉を授ける事を忘れないあたりは、一国の王として大切な事を忘れていない。

 そしてコッフェルさん、勘弁してくださいと本気で嫌そうな顔で言うあたり、流石だと思う。

 と、一応は報告は終わったと見られたのか、ここで陛下も国王モードは終了。

 いつもの陛下の雰囲気に戻られるので、私もへにゃりと臣下モードから通常モードへ移行。


「だが、被害甚大と言うが、あれくらいであれば、君ならば直ぐに戻せるのではないのかね?」

「確かに私の作業としては数日で取り戻せますが、それに陛下達の貴重な時間を割く訳にはいきません。

 何より……」

「何より、何かね?」

「領民全員参加の【魚の掴み取り大会っ!】が、台無しです。

 私としては、今回の目玉の催しだったのですよ」


 軍港予定地の海水を抜くに伴い、領民達が童心に戻って、海の幸を取りたい放題の一大イベント。

 それが今や会場は氷漬け状態。

 カチンコチンッですよっ!

 氷を溶かしたら鮮度が落ちるので、もはやただの発掘作業ですよ。

 しかも幾ら夏でも、あれだけの氷に囲まれたら凍えてしまいます。

 もはや私が脳裏に浮かべていた、賑やかなイベントとは駆け離れたものにしかならない。


「せっかく美味しいお魚さんが、あっという間に冷凍食品です。

 しかも血抜きのしていない三等品の代物です」


 もっとも、あんな魔物が五匹も押し寄せて来たんだから、大きい奴は大抵はひしゃげた止水鉄板の所から沖に逃げていたでしょうけど、それでも海底や岩陰に逃げ込んだ魚も多いはず。

 貝にしたって泥も履かせず、剥身処理もしていない状態の冷凍貝なんて、美味しい訳がないです。

 あれ? どうしたんですか陛下、急に頭を抱えだして。


「……君は巨大な五匹の魔物による襲来より、領民との魚獲りが駄目になった事の方が大事なのかね?」

「当り前じゃないですか。

 数少ない領民の楽しみで、皆んな楽しみにしていたんですよ。

 それに、その光景を眺めて貰いながら、新鮮で美味しいお魚さんを皆様に口にして貰おうと考えていたのに」


 陛下は呆れているかもしれないけど、国の人間に領民が楽しげにしている姿を見せるのは、意外に大切な事。

 貧富の差は有っても、笑顔が浮かぶのは領地がある程度安定している証でもあるからね。

 中には領民に無理やり笑顔を作らせるような領主も世の中にはいるみたいだけど、ウチの子達は基本的に天然。

 あと、そう言う光景を見ると、不思議とお魚さんが美味しく感じるんですよね。

 それを味わって戴きたかったと言うのもある訳です。


「うぅ、美味しいお魚さんが……、貝が……、海草が……。」




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

 シンフォニア王国、北西部辺境伯爵当主。

【ディスマイヤ・ロス・ダルクファクト】視点:



「ふ〜〜……」


 上物が何か知らんが、美味そうに紫煙を吐き出すネルソンに、思わず眉を顰めたくなるのを、今は少しの諍いを起こす訳にもいかぬ故にグッと我慢をする。

 煙草を嗜むも嗜まないのも本人の自由ではあるが、正直に言って儂は好かん。

 頭が冴えるとか落ち着くと言う意見は聞くが、アレは臭いが身体に染み付く。

 その匂いも虫除けになると言う奴もいるが、鼻の効く者や頭の良い魔物などは、それを目印にして匂いを辿る輩もいるため、少しでも身の危険を避けるためには吸わぬ方が利口と言うもの。

 ましてや、紛争にしろ討伐にしろ、最前線に身を置く可能性が高い立場にあらば尚更の事だ。

 同じ辺境伯でも、人間を相手にする事がもっぱら多いネルソン家では、そうなる事も分からない話でもないが、儂からすれば自覚が足りないとしか思えぬ。


「カリブよ、俺はその匂いは好かん。

 吸うなとは言わぬが、此方に煙を向けてくれるな」

「この一本だけだ」


 儂と同じ考えなのか、ジークフリードがネルソンを窘めてくれる。

 ネルソンも言葉通り、数口吸った後に火を消す姿を見ると、自覚はしていたのだろう。

 そして自覚していながら、煙草を吸いたくなる心境だったとも言えるか。

 まぁ無理もない、此処に来る前から(・・・・・)は、目を疑う光景ばかり見せられているのだからな。


「どうやら随分と待たせたようだな」


 昼間のあの娘に合わせた軽薄な印象を取り払った陛下が、カーライル皇太子殿下と共に部屋に入られていたのは気が付いてはいたが、臣下たる者、お声が掛かるのをじっと待つしかなかった。

 その陛下達が照明の光の下に足を進めてから、重々しい言葉でもってようやくお声を掛けて下さる。

 屋敷の外観の割には、やや不釣り合いなほど立派な水晶製の燭台を通して、光石を用いた灯火はやや暗いものの、それは敢えて明るさを落としたもので、とうに陽が落ち夜更けの集まりにおいては寧ろ落ち着いた明るさと言える。

 調光器と言う仕掛けらしいが、照明の魔導具一つに中々に奥深いものだなと、妙な所で感心する。


「お主達辺境伯にこうして集まって貰った理由は、大方予想は付いていよう。

 あの娘を、お主達の目にはどの様に映ったかを知りたいと思うてな」


 陛下の言葉に、低く唸る者、小さく隣の者と言葉を交わす者、そして黙って考えを巡らす者と様々だが、予想された言葉ではある。

 屋敷の殆どの者が寝静まった夜中、白水晶壁から夜空を眺められる談話室に集まったのは、ぷかぷかと嫌な紫煙の香りを漂わせていた南西の海の雄、カリブ・オル・ネルソン。

 それを不快に感じ、それを口にした東北の雄、シャルドニー・ソル・ジークフリード。

 北部に続いて紛争の絶えない東端の雄、ムッツリーニ・テスラ・ミシュラン。

 海に面した国の南東部を守護する、ヘルマン・ザルド・ファーガソン。

 広い北方の中央を守護する、アークライド・ラル・アックスフルドとキーマイヤ・グル・カーレン。

 更にその東西を守護するシャルドニー・ソル・ジークフリードと儂。

 シンフォニア王国の外周部を守護する辺境伯の任に就いている全員となれば、話の内容は想像がつく。

 これが王都であるならば、戦の準備をしろと言われるだろうが、此処は王都ではない。

 招集させられ、王国最西部であるこの地にあるものを見させられた時から、そう尋ねられる事は確信していた。

 だが、あらためて陛下の口から問われれば、どうしても考えを巡らせてしまう。

 あのような小さな者に、重責を負わせても良いものかと。


「どう見るも何も、陛下に力を貸せと言われたら、我等は貸すとしか答えようがありませぬな」

「そうだな、それに我等はあの娘に力を分け与えられている。

 返さぬのでは我等は配下の者に、どれだけ(なじ)られる事になるか考えたくもない。

 あの娘には、どうやらその自覚はないようではあるが」

「内々に魔物の繁殖に力を貸せと言われた時には、気が狂われたかとお疑いもしたが、この地を見てみれば納得もできる。

 行軍には水は欠かせぬ物だし、他にも多くの者が助かる事になる。

 あの程度の危険で済むなら、その価値はあろう」

「新たな武具に、軽く頑丈な携帯(かまど)に、美味く食べやすい携帯食、水を通さぬ布に、旅中での水問題の解決、止めがポーションと言われる治癒魔法を封じた魔導具だ。

 どれだけの者が助かっているかを考えれば、問われるまでもない事だ」

「だが……、本人もそうだが、家として若すぎるのではないかと、それを危惧する」

「それにあの娘に、それだけの覚悟があるかもだ。

 聞けば、結婚が嫌で家を出たと聞くぞ。

 子供の我儘で我等や国が振り回されては、民に示しがつかぬ」


 ここ数年、騎士や兵達の損耗率が下がったのは、間違いなくあの娘が齎した物が関係している。

 国が使用用途に制限を掛けながらも、積極的に我等や魔物の領域に接した地に優遇して回して下さったからこそではあるが、その開発者であるあの娘に対する感謝の声は、現場の騎士や兵士達ほど強くなっている。

 例え売名行為と言われようとも、(かまど)の魔導具の裏に刻まれた想いと名前に素直に感謝する者は以外に多い。

 特に、まだ数こそ少ないが、治癒魔法を封じたポーションと言う魔導具は直接的に多くの者の命を救っている事を思えば、その声はますます高くなるはず。

 それで感謝するなと言う方が無理であろうし、その娘のために力を貸さぬのでは、我等のような上に立つ者として示しがつかない。

 だが、だからと言って我等の立場で無闇に力を貸すのも憚れる。

 国内外に対して、あまりにも影響力がありすぎる立場にあるからな。

 ジークフリードの奴が言った様に、あの娘は若すぎる。

 能力を疑問視するのもそうだが、カーレンの言う様に覚悟があるかが大事だ。

 ……だが。


「ダルクファクト、おぬしは彼女をどう見るのだ?」


 まだ言葉を発していない儂に、王太子殿下の言葉と共に視線が集まるが、意見がない訳ではない。

 ただ、儂は他の辺境伯と違って、少しばかしあの娘の事を良く知る者から聞き知っているが故に、戸惑っているに過ぎん。

 あの娘の父、アルドシア・ノベル・シンフェリアは若し頃に共に剣を交え、身分の差を超えた友であり、あの娘の名を聞く様になってからも、何度か手紙と言葉を交わしているためだ。

 一見して人懐っこく、それでいて気弱そうな少女ではあるが。


『アレは、誰に似たのか酷く頑固な所がありましてな』


 深い溜息を吐きながら放ったアルドシアの言葉を聞いた時、ならば父である貴様に似たのだろうと心の中で悪態を吐いたものだ。

 普段は他人の言葉を素直に受け入れる癖して、自分が譲れないと思った事は、何があろうとも曲げる事がない気質。

 一度、孤立した部隊を助ける助けないで伯爵家の人間相手に口論となり、興奮した相手が剣を抜いても、一歩も引かずに言葉で持って相対した。

 まぁ、それで男爵家の人間に伯爵家の人間が引き下がる訳もないのだが、その結果、アルドシアは重症。

 それでも血だらけの手で相手の顔を掴み、意見を曲げない言葉を口にするアルドシアに、伯爵家の人間が怯み、折れる事になったのだが……。

 幾ら急所をギリギリのところで避わしていたとはいえ、出血死も十分にあり得たと言うのにあの馬鹿者は。

 更に馬鹿なのは、治癒魔法を受けたとはいえ、それで言葉の責任を取ると言って、血の足りない身体で救援に出撃したのだから、頑固を通り過ぎて大馬鹿だと当時は本気で思ったものだ。

 まぁそれが故に表裏のないアルドシアの事を儂は気に入り、友とする事にしたのだが……。

 あの頑固者は、儂を友として思ってはくれたみたいだが、一切、それを態度には出さなかった。

 貴族として、寄親の寄親の寄親の家と、末端の家の人間としてのケジメだと言ってな。

 儂はそれを不満に思いつつも、彼奴のその頑固な弁えが、周りが儂とアルドシアの身分差がありながらも、奇妙な関係を黙認していた理由だと、だいぶ後になって知った時には、言葉の足りぬ彼奴らしいと苦笑したものだ。


「貴族としての覚悟と結婚は関係がないとは言わぬが、覚悟の示し方は人それぞれであろう。

 そもそも、フェルガルド家とシンフェリア家との婚姻の話は、最初からなかったと言う事になっている。

 その噂話を事実として、あの娘の貴族の覚悟をどうこうと判断するのは、些か乱暴ではないかと思うが」


 政略結婚とは、本来は互いに利があり、相手の力を取り込むためのもの。

 優秀な者を血筋に取り込むために、己が娘を差し出すのはよくある事だが、彼女の様に能力がある者である場合は、相手が納得する環境を整える必要があるし、十全にその能力を発揮して貰うためには互いに理解があってこそ成り立つもの。

 そうでなければ、取り込む価値もないし意義も失う。

 こう言ってはなんだが、当時のフェルガルド伯爵家とシンフェリア男爵家の婚姻の話は、一方的な話だったと言える。

 シンフェリア家が得る物が少ないのに対して失う物の方が遥かに多い上、フェルガルド伯爵家程度では、あの娘の才能を扱いきれなかっただろう事は、今や誰の目にも明らか。

 貴族の視点で言うのであれば、子供の我儘どうこうではなく、結果的に見て現状が最善だったと言うべき事を捉えるべきであろうと、言葉を続ける。


「あの娘も、家も若すぎる事は陛下もお分かりの事。

 それ故に多くの古き血筋に力を貸させ、更にはこうして我等にあの娘を見定めさせようとなさっている。

 ならば、それはあの娘を否定する理由にはならぬよ」


 アルドシアの言う様に、少々天然な所がある様だが、上に立つ者としての能力がある事は、陛下だけでなく、アーカイブが気に入っている事から間違いはないだろう。

 彼奴は無能な者は嫌いだからな。

 使えぬ者となれば、容赦のない人間だ。

 それを、実の孫の様な眼差しで見守り、更には要所要所で導き、そして助言をしている。


「ふむ、覚悟と言うのであれば、俺はあの娘を信じよう」


 ミシュランの言葉に皆の者の視線が儂から逸れる事を感じ、少しばかし安堵する。

 流石に国の重要な方針を決める内容を、この面子で注目を浴びるのは心臓に悪い。


「数年前に俺の地で起きた魔物の群溢大暴走(スタンピード)、それに災害級の魔物である虹色双頭巨亀(エメラルド・タートル)による強襲による被害が軽微で済んだのは、おそらくあの娘のおかげであろう。

 自ら囮となって虹色双頭巨亀(エメラルド・タートル)を誘い出したり、魔物の群溢大暴走(スタンピード)を巨大な土の壁を作り出して谷へと誘導した白髪の子供と言う報告は信じ難い話だったが、虹色双頭巨亀(エメラルド・タートル)の甲羅を用いた船を見れば、あの娘である事は疑いようがない。

 幾ら卓越した魔導士であろうとも、自らを巨大な魔物を誘き寄せる餌としたり、従者と二人だけで魔物の群溢大暴走(スタンピード)の前に立ち塞がるなど、そうそう出来る様なものではない」


 ミシュランの語る話に、多くの者が肝を冷やす。

 虹色双頭巨亀(エメラルド・タートル)の話も大概だが、魔物の群溢大暴走(スタンピード)の前に従者のみを引き連れて立つなど、命知らずの馬鹿でも出来ない様な事。

 魔物の群溢大暴走(スタンピード)は、その数も驚異だが、多くの魔物が密集する事によって生まれる濃厚で狂気を含んだ魔素により、人は魂の奥底の根源から恐怖を呼び起こさせられる。

 多くの勇敢なる者が集まって、初めて絶望に耐えれるようになると言うのに、それをたった二人でなど、とても信じられる話ではない。

 だが、この場にてミシュランがそう話すのであれば、それは事実なのであろう。


「それにな、虹色双頭巨亀(エメラルド・タートル)だけなら、その高価な素材故にと言うのもあり得る話だが、魔物の群溢大暴走(スタンピード)の件では、真偽の確認も含めて、褒美を取らせようと呼び出そうとしたが辞退された。

 それどころか、被害にあった村や町で怪我人の救済や炊き出しをして、とっとと姿を消した事から、白髪と言う容姿も併せて、天が遣わした天使だの妙な噂が立ったが、これ等から名声や富を求めての事じゃないのは確かだ。

 少なくとも、なんの覚悟も考えもない人間には、出来ねえ事だな」


 今の話から、あの娘が虹色双頭巨亀(エメラルド・タートル)の甲羅を持ち、その価値を気にする事なく、あの様な船にするなどと言う、非常にあり得ないほど勿体無い使い方をしている辺り、虹色双頭巨亀(エメラルド・タートル)の素材が齎す富を求めて倒した物ではないのは確かだろうな。


「がはははっ、そう言えば、海を一人で氷漬けにした事に目が行っちまっていたが、あの災害級の魔物を倒した時の戦い方は、才能任せの子供の出来る戦い方じゃねえな。

 やっている事は派手で凄えが、それ以上に経験と実力を裏打ちした、堅実的な戦い方だ。

 よほど普段から、あらゆる事を想定して鍛えているんだろうぜ。

 あんなちっせえ身体でな」


 ミシュランの話に、今度はアックスフルドの豪快な笑い声と言葉に、誰もが頷く。

 数日前のあの時に目にした内容は信じられないものばかりだが、それでも一朝一夕に出来る事ではないだろう。

 災害級の魔物を五匹を相手にしながらも、あまりにも簡単に倒した様に見えたあの戦いに、本人は……。


『陛下達の安全を最優先にしたため、手段を選ばなかったと言うのもありますけど、偶然とはいえ、罠に掛かっていて助かりました。

 周りに被害を与えぬ様に気をつけて戦っていたら、流石に纏めてなんてとても無理でしたから』


 それでも出来ないと言わない辺り、薄ら寒さを覚えたものだが、その後の言葉にあの場にいたほぼ全員が凍りついたがな。


『浅い海に誘い込んで、海を凍らせて仕留めるのが常套手段(セオリー)と聞いていましたけど、流石に止水鉄板に混ぜた程度の魔法銀(ミスリル)だと、海を凍らすのも効率が悪くて、魔力が半分近く減っちゃいましたし、何か良い手を考えないといけませんね』


 ネルソンとファーガソン達曰く、海を凍らせるのは、騎士や兵士達が乗っても耐えられる程度の厚みの氷であって、間違っても海の底まで凍らせる様な物ではないらしい。

 少なくとも災害級の魔物が、身動きが取れなくなる程まで分厚く、それでいて強固な氷を作り出す事など無理だし、前述の人が乗れる程度の氷で相手を囲むのですら、百人以上の魔導師がいて、やっと取れる作戦だと。

 しかも止水鉄板と呼ばれる、街がすっぽりと入るほどの巨大な輪の内側を全ての海水を凍らせておいて、それでも魔力が半分も残っているなど、幾らなんでも非常識にも程がある。

 だが、それでも言えるのは、あの娘がその短い人生の中で、たえず自分を鍛え続けていただろうからこそと言えるのだと。

 そう言う所は、本当に父親に似た娘だと思わざるを得ん。

 彼奴(アルドシア)からしたら、不本意な評価だろうが、俺から見たらそっくりだ。

 まぁ、見た目的にも性格的にも可愛げがある分、娘の方がよほどマシではあるがな。


「なるほど、私の最初の発言は取り消させて戴こう。

 だが、力があり、覚悟もあるだけが肝心ではないだろう。

 政治力も必要だ。

 聞くに、社交会ではかなりの反発をされていると聞くぞ」


 儂もその話は知っているが、カーレンの言う事は確かに問題と言える。

 人は一人では生きていけない。

 多くの者の力を借りて、反目試合ながらも寄り添って生きてゆく必要がある。

 その点では、あの娘は社交会では、かなり不利な状況だと聞いている。

 だが……。


「妬みや僻みを一々気にしてやっていられるか。

 力のねえ人間や、社交界でしか生きられない奴には、噂の一つが致命的になる奴もいるが、俺の妻も言っていたが、あれだけ悪評が立っていても動じねえ神経が凄いと褒めていたぜ」


 ……それは褒め言葉として取って良いのかと思うが、アックスフルドの言う事は、ある意味、的を得てはいる。

 我等辺境伯に最も求められるのは、国を守る事。

 国の中央の情報には耳を傾けるが、一々瑣末な事に関わっていては国防は担えない。

 時には、無視する事も必要だ。

 繊細で気弱に見えても、アルドシアの娘なら、それくらいの図太さを持っていても、おかしくはない。

 と言うか、それくらいの図太さがなければ、あの歳で家を出て、更には家を興すなんて真似は出来ぬ。

 そこで再び葉巻に火をつけようとして睨まれたネルソンが、その視線を忌々しげにしながらも、あの娘の評価を口を出す。


「社交会はともかく、政治が出来ねえって事はなかろう。

 ここ数年、商売ではシンフェリアは新旧共によく聞く名だが、特にあのガキの商会の名は、港で聞かぬ日はねえって程だ。

 商人の奴等は、目と耳が良い奴が多い。

 急速に成長する様な商会は数あるが、彼処まで地盤を固めながらやっている商会はそうはねえ。

 商会を仕切っている奴の手腕と伝手が(・・・・・・・・)凄いんだろうが、そんな奴を使えるのも、上に立つ者の器が成せる業だ」


 他国との商売が盛んな、ルシードの港街を拠点に動くネルソンらしい視点だ。

 商会を仕切っている奴、と言う所で陛下に視線を一度向けるネルソンに、なんら動じる事なく、黙って耳を傾ける陛下だが……、それだけであの娘の商会を仕切る人間が、陛下の手の者だと言う事は、この場の全員が思った事だろう。

 だが、それだけに前王と違い、実力主義者である陛下が送った者が、ただあの娘の代わりに商会を盛り立てるだけの人間ではない事は信じられる。

 商売に向かぬ者であれば、容赦なくその道を潰すだろう。

 才能がなく、無駄な事をする暇があるのなら、もっとやるべき事に力を注げとな。

 ネルソンは、皆の反応を一瞥した後で更に言葉を続け。


「経験も知識も足りねえって事は同感だがな。

 だが、逆に言えば、そんな程度のものは誰かが側に付いて補佐するなり、出来る者にやらせれば良いだけの事だ。

 そう言う事をやっている連中の方が寧ろ多い。

 俺だって、一人で全てやっている訳じゃねえ」

「テメエは、寧ろ椅子に踏ん反り返って、指示しているだけだろうが」

「俺ん所は、オメエ等の所と違って、馬じゃなく船に乗っての指示が多いんだ。

 自然とそうならぁ。

 寧ろ船に乗るだけ、俺なんぞまだマシな方だぜ。

 他国(よそ)じゃ、海将と言っても船に乗った事のねえ肥え太った豚が、陸で踏ん反り返っている所もあるからな」


 同じように港街を拠点にしている、ネルソンとファーガソンだが、ファーガソンは陸と海両方の対応が求められているが、ネルソンの奴は殆ど海、しかも南にある砂漠の国に対しての対応が多い。

 砂漠の国とは一応は陸続きではあるが、炎帝山と呼ばれるリオレイシウス山脈と強力な魔物の領域。

 そして、その向こうにある広大な砂漠が自然の防壁となり、彼の国からの陸路での侵略を防いでいる分、海に集中するためだが……、少々話が逸れている様だな。

 注目を浴びるのは嫌だが、修正すべきだろう。


「つまり、貴族の社交会の力に頼った商売をせずとも、成せるだけの力があると言いたい訳だな」

「ああ、その通りだ。

 気に食わねえガキだが、そこは見誤ったりしねえ。

 俺んところは、そう言う目と耳と勘が命綱でもあるからな」


 山にしろ、海にしろ、魔物の領域に近づかなければ、ルシードの港街を含むネルソンが治める領地周辺は、比較的魔物の脅威の少ない地域。

 それが故に、他国に狙われやすいため、潜り込む間者も多く、人間相手に苦労が多いネルソン家ならではか。

 ……しかし、妙だな。


「気に食わないガキって、お主は子供好きじゃなかったか?」


 カーレンが皆の代表するかのように、皆が疑問に思った事を口にする

 海賊の親分その物の様な凶悪な相貌をしているネルソンだが、実は無類の子供好き。

 本人は将来の戦力だとは言ってはいるが、ルシードの街だけでなく、領内にはネルソン家が出資する大きな孤児院を持つ教会が多いと聞いている。


「だ・か・ら・っ、気に食わねえんだよっ!

 あんな小さなガキに責任を押し付けようって言うのがっ!

 かと言って、あのガキが持つ力を無駄にする訳にはいかねえのを、理解出来ている自分が一番腹が立つっ!」


 あっ、誤魔化す気もなく本音で怒鳴りやがった。

 この男、それがよっぽど腹に据え兼ねていたのだろう。

 どおりで煙草の煙を嫌う者がいる中でも、何度も吸おうとする程に苛立っていた訳だ。

 だが、辺境伯としての自覚はあるのだろう。

 怒鳴って終わりではなく、気を鎮めるように息を吐き出した後に、『理解できている』と言う内容を語る。


「確かに、この地に港が出来れば多くの船乗りが助かるだろう。

 国としても、齎す影響を考えれば、抑えるより活かすべきだと言う考えは分かるさ。

 あのガキは女だてらに商売も上手いし、勇気も行動力もある。

 数は少ねえが本当の意味での味方もいるならば、少しは安心できる。

 あと、教会に対する影響力は絶対に無視できねえな。

 例え化け物と言って良い程の力を持っていようとも、国に対する忠誠心があるなら、使わねえ馬鹿はいねえだろうさ。

 だが、それだけに情けねえんだよっ。

 あんな小さなガキを矢面に立たさなければ、いけねえのかってなっ!」


 それはこの場にいる誰もが思わない訳ではない想い。

 我等は大業な名前の役目を担ってはいるが、その本質は民を守る騎士。

 その守りたい女子供そのものの姿であるあの娘に、その重責を担わせようと言う事に戸惑わない訳ではない。

 だが、それでも、その価値がある。


「……ガキって、あの娘はあんな成りだが、確か成人していたんじゃなかったか?」

「女性魔導士は偶に若さを保つ者がいるとか聞くしな。

 あの娘の家臣であるルチニアは、以前に俺の所で討伐の部隊にいたはずだが、確か今年で二十六かそこらだったはずだぞ。

 珍しい歳若い娘の二つ名持ちの魔導士だったから、よく覚えている」

「なにっ! どう見でも二十歳を過ぎたところにしか見えなかったぞ。

 いや確かに魔力制御の優れた女性魔導士は、そう言う事があると言う話は聞いた事があるが……、あれで二十代後半とは、恐ろしい」

「はぁっ!?

 つまりあのガキ、実は見た目はあんなのだが、とんでもねえ婆あだとか言うのかっ!?」


 ……お前達、言いたい事は分かるが、女性の年齢に対して、言及するのはどうかと思うぞ。

 それとネルソンよ、流石に婆あは幾らなんでも言い過ぎだ。


「皆、妙な誤解をしている様だが、アレは十六だ。

 見た目通りの年齢ではない事は確かだが、此処にいる者達からしたら誤差の範囲であろう。

 ネルソンよ、間違ってもその様な事あの娘に言うでないぞ。

 我等の全員の品位が疑われる」


 思わぬ話の方向に、陛下が口を挟み、失礼な事を口にしたネルソンを嗜める。


「ふんっ、紛らわしい。

 だが、その程度なんぞガキには違げえねえだろうが」

「私の娘、確か十六で孫を産んでいるんだけど、と言うか大抵はそんなものでしょうが」

「俺は二十を超えなきゃ、大人とは認めていねえんだよ。

 色気のない乳臭いガキなんぞ、守るべき対象だろうが」


 言いたい事は分かるが、もう少し言葉を選べ。

 まぁ確かに、十六、七ともなれば、大半の貴族の女性の最初の子供を産む年齢とも言えるが、それは後継を早く育てるためのものであって、平民の大半はネルソンの言う通り二十歳前後での初産が多いと聞く。

 あの娘の様に幼い外見にそれを望むなぞ、もはや病気と言って良いだろう。

 と言うか、もしもウチの娘が、あの娘ぐらいの姿の時に、その様な事を望む輩がいたら、間違いなくその場で叩き斬っている。

 故にネルソンがあの娘を子供扱いする気持ちも、分からないでもない。

 だが、個人の感情と辺境伯としての意見は分けて然るべきものだ。

 それが分かっているからこそ、ネルソンは彼処まで苛立っていると言えるか。


「どうやら、色々考えはある様だが、あの娘とこの地が有用だと言うのは、全員の一致の様だが、余の見解と違うのであれば申し出るが良い」


 有用であるか、有用でないかで言えば、答えなどとっくに出ている。

 あの娘の年齢と、個人の感情を無視すれば、利用すべきだろう。

 すでにあの娘が齎した物や、これから齎せるであろう物は無視出来ない物ばかりだからな。

 それは皆も同じ考えなのだろう。

 先程まで面白くないと騒いでいた、ネルソンも苦虫を噛み潰したように、椅子に深く腰掛け直しているが、その態度こそ何も反論はないと言っているも同じ。


「では、時が満ちた時のために、それぞれ準備をしておくが良い。

 この地を、そしてあの娘を守るためにな」

「「「「「御意」」」」」


 黙って頭を垂れながらも、脳裏に浮かべるのはアルドシアの事。

 お前の心配を他所に、お前の娘はどんどんと厄介毎に巻き込まれて行っている事に、少々友の心労が心配になる。

 彼奴からしたら、何処をどうなったら、己が娘がそんな事に巻き込まれているのかと心配するであろうからな。

 だが、俺からすれば、アルドシアにも十分に非がある。

 親譲りの性格と、自重を教え込まなんだお前が悪いとな。






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― 新着の感想 ―
[一言] 理由がどうあれガキに重い責を担わせるのは裏を返せばそれができる大人がいないと取ることが可能だな。
2022/05/13 12:18 退会済み
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